出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

ブルーコミックス論

ブルーコミックス論30 立原あゆみ『青の群れ』(白泉社、一九九六年)

一九六七年から七〇年代にかけて、『漫画主義』という同人誌が刊行され、当時の多くのリトルマガジンと同様に、特約の書店や古本屋で売られていた。『漫画主義』の同人メンバーは石子順造、梶井純、菊地浅次郎、権藤晋で、そのアンソロジーが六九年に青林堂…

ブルーコミックス論29 高田裕三『碧奇魂 ブルーシード』(新装版講談社、二〇一〇年)

(新装講談社版) (竹書房版) 『古事記』における出雲神話は次のように伝えている。 高天原を追放された須左之男命は出雲国に降り立った。するとそこに老夫婦と娘の奇稲田姫がおり、泣いていた。須左之男命がどうして泣いているのかと問うと、わしには八人の…

ブルーコミックス論28 秋里和国『青のメソポタミア』(白泉社、一九八八年)

戦後史の記憶の中にあって、色彩、それも「青」に関するエピソードとして、最も強い印象を残したのは、人類史上最初の宇宙飛行士となったソ連のガガーリンの「地球は青かった」という発言であろう。それは人間が初めて外から地球を見ての証言であり、まさに…

ブルーコミックス論27 やまむらはじめ『蒼のサンクトゥス』(集英社、二〇〇四年)

とりわけコミックやアニメの分野において、核戦争などに象徴されるカタストロフィが起きたその後の世界の物語が無数に紡ぎ出されてきた。例えば、大友克洋の『AKIRA』は第三次世界大戦、宮崎駿の『風の谷のナウシカ』や原哲夫の『北斗の拳』は核戦争といった…

ブルーコミックス論26 原作・高山 路爛、漫画・やまだ哲太『青ひげは行く』(集英社、一九九九年)

この『青ひげは行く』は医者を主人公とする多くのドクターコミック群の中にあって、特筆すべき作品ではない。だがタイトルにある主人公の町医者の名称「青ひげ」にいくつかのイメージと記憶を喚起させられたので、それらを書いてみたい。思わず医者を主人公…

ブルーコミックス論25 柳沢きみお『青き炎』(小学館、一九八九年)

石川サブロオの『蒼き炎』、島本和彦の『アオイホノオ』と続けてきたからには、もうひとつのほぼ同名のタイトルを有する作品に言及しないわけにはいかないだろう。それは柳沢きみおの『青き炎』である。 この作品はピカレスクコミックとよぶことができよう。…

ブルーコミックス論24 島本和彦『アオイホノオ』(小学館、二〇〇八年)

前回の石川サブロウの『蒼き炎』は読者よりも同業者に対して大きな影響と波紋を生じさせたようで、それは第5巻のやはり表紙カバーの見返しの部分に寄せられた星野之宣の言葉に明らかであろう。星野は石川の『北の土龍』や『蒼き炎』以前には「絵画の世界を扱…

ブルーコミックス論23 石川サブロウ『蒼き炎』(集英社、一九九〇年)

石川サブロウの『蒼き炎』全12巻は、山間の村の風景と、それに添えられた「明治中期、ある小さな村で二人の赤ん坊が生まれた」という一節から始まっている。一人は地主の長男の川上龍太郎、もう一人は小作人の同じく長男の大山竹蔵であり、二人は小学生の頃か…

ブルーコミックス論22 志村貴子『青い花』(太田出版、二〇〇六年)

志村貴子の『青い花』というタイトルから、ドイツロマン派のノヴァーリスの同名作品『青い花』(青山隆夫訳、岩波文庫)を思い浮かべてしまうが、内容的にはまったく異なっていて何ら共通するものはない。その「青」はミスティックなものではなく、少女のひ…

ブルーコミックス論21 羽生生 純『青(オールー)』(エンターブレイン、二〇〇二年)

羽生生 純の『青(オールー)』全五巻の表紙には主要な登場人物たちの裸の姿がコバルトブルーに染められ、描かれている。「オールー」とは「青」をさす沖縄方言で、それを告げるかのように、冒頭のページに沖縄の空と海の「青」が鮮やかな背景となって現前し…

ブルーコミックス論20 入江亜季『群青学舎』(エンターブレイン、二〇〇四年)

『群青学舎』 『さよなら群青』発表年は相前後してしまうが、前回のさそうあきらの『さよなら群青』と同じく、タイトルに「群青」を含んだ作品がエンターブレインから刊行されているので、続けて言及してみる。それは入江亜季の『群青学舎』である。入江の『…

ブルーコミックス論19 さそうあきら『さよなら群青』(新潮社、二〇〇九年)

さそうあきらは一貫してビルドングスコミックを描いてきたように思われる。しかしそれは熱情的な筆致や声高な語り口によって表現されるのではなく、その たおやめぶりを想起させるキャラクター造型と、描写にふさわしい物静かな淡々とした物語展開によって。…

ブルーコミックス論18 篠原千絵『蒼の封印』(小学館、一九九二年)

(フラワーコミックス) (小学館文庫) 前回の『青龍』に続いて、もうひとつの龍の話をしよう。それは「青龍」ならぬ「蒼龍」についてであり、篠原千絵のフラワーコミックス『蒼の封印』全11巻ということになる。 ただ「蒼龍」も「青龍」と同様に、方位の四…

ブルーコミックス論17 木内一雅作・八坂考訓画『青龍(ブルードラゴン)』(講談社、一九九六年)

『青龍』(以下ブルードラゴンを省略)は一九二四年の中華民国、北京の紫禁城の場面から始まる。清朝のラストエンペラー愛新覚羅溥儀は道教による神託を待ち、自らが皇帝として返り咲く可能性を問う。老祭司は神託の詩文を伝える。 「ご先祖様である女真族の…

ブルーコミックス論16 松本充代『青のマーブル』(青林堂、一九八八年)

松本充代を印象づけられたのは、『青のマーブル』の前年に同じく青林堂から出された『記憶のたまご』で、そこに収録されていた短編「ユメ」の二作によってであった。 『記憶のたまご』「ユメ(一)」は血にまみれたパジャマ姿の女性が描かれ、そこに「朝起きる…

ブルーコミックス論15 やまじえびね×姫野カオルコ『青痣』(扶桑社、二〇〇九年)

同じ作者について、二度論じるつもりはなかったのだけれども、またしてもやまじえびねの『青痣(しみ)』を入手したこと、それにこのやはり「青」を含んだタイトルの作品が姫野カオルコの同名原作(『桃、もうひとつのツ、イ、ラ、ク』所収、角川文庫)を得て…

ブルーコミックス論14 やまじえびね『インディゴ・ブルー』(祥伝社、二〇〇二年)

やまじえびねの作品を最初に読んだのは『LOVE MY LIFE』だった。その主人公で十八歳のいちこはママを七年前に失い、大学助教授とアメリカ文学翻訳者を兼ねるパパと二人暮らしである。ところが彼女はレズビアンで、弁護士をめざしている完璧な恋人エリーがで…

ブルーコミックス論13 よしもとよしとも『青い車』(イースト・プレス、一九九六年)

「青い車」a Blue Automobile は冒頭の短編で、それがタイトルに採用されているし、また表紙カバーもその短編の登場人物の姿が描かれたものなので、よしもとにとっても、思い入れの深い作品だと考えられる。それを物語るかのように、「この短編はマンガ史に…

ブルーコミックス論12 松本大洋『青い春』(小学館、一九九三年、九九年)

(93年版) (99年版) 松本大洋の短編集『青い春』のタイトルを見ると、高校時代に読んだヘンリー・ミラーの『暗い春』(吉田健一訳)を思い出す。それは一九六五年に集英社から出された『世界文学全集』6のミラー所収の作品で、英語タイトルはBlack Spring…

ブルーコミックス論11 鳩山郁子『青い菊』(青林工藝社、一九九八年)

鳩山郁子はずっと「青」と「少年」に執着してきた漫画家である。私は『スパングル』(青林堂、後に青林工藝社)と『青い菊』の二冊を読んでいるにすぎないが、そのように断定してもかまわないだろう。(青林工藝社版)『スパングル』の表紙は鮮やかな藍色の…

ブルーコミックス論10 魚喃キリコ『blue』(マガジンハウス、一九九七年)

紫がかった青である「花色」の表紙カバーに『blue』のタイトルと著者名が白抜きで銘打たれ、その横に若い女の顔と上半身がピンクの細い線で描かれている。そしてページを開いていくと、次のようなエピグラフめいた言葉が記され、この『blue』の物語の在り処…

ブルーコミックス論9 山本直樹『BLUE』(弓立社、一九九二年)

(弓立社)(光文社)(双葉社) (太田出版)山本直樹はここで取り上げる『BLUE』を始めとして、性を物語のコアにすえてきたといえるだろう。それは彼が森山塔などのペンネームで「エロ」を描いてデビューしてきたことと関連しているにしても、山本にとって直…

ブルーコミックス論8 山岸涼子『青青の時代』(潮出版社、一九九九年)

山岸涼子の『青青(あお)の時代』は英語タイトルとして、The Blue Era も添えられているが、全四巻に及ぶ物語の中に、ダイレクトな「青」への言及や「青」にまつわるエピソードは何も記されていない。 それでもあえてその痕跡や手がかりをたどろうとすれば、…

ブルーコミックス論7 白山宣之、山本おさむ『麦青』(双葉社、一九八六年)

一九八〇年代に刊行された双葉社のA5版の「アクション・コミックス」は『青の戦士』の他に、もう一作「青」のタイトルが付された二冊本を送り出している。それは白山宣之と山本おさむの共作による『麦青』である。 俳句の季語に「青麦」があることは承知し…

ブルーコミックス論6 狩撫麻礼作、谷口ジロー画『青の戦士』(双葉社、一九八二年)

ミステリアスなボクサーがいる。その名を礼桂(レゲ)という。年齢とプライバシーは定かならず。デビューは昭和50年4月、戦績は32戦12勝20敗、12勝はすべてKO勝ち、20敗もすべてKO負け。全日本ライト級の三位から十位を上下。だが彼のパンチ力のある試合は熱狂…

ブルーコミックス論5 安西水丸『青の時代』(青林堂、一九八〇年)

(青林堂版 箱) (光文社文庫版)安西水丸の『青の時代』(後に光文社文庫)は くすんだ青紫である紫苑色の箱入りで、本体は箱よりも色が薄いコバルトブルーで装丁されている。このタイトルを見ると、たちどころに三島由紀夫の『青の時代』と、ピカソの「青…

ブルーコミックス論4 佐藤まさあき『蒼き狼の咆哮』(青林堂、一九七三年)

佐藤まさあきは一貫して犯罪にこだわってきた劇画家である。六十年安保のかたわらで、政治的テロリストとして構想された『影男』、土門拳の写真集『筑豊のこどもたち』に表出する戦後の貧しさに触発され、炭鉱出身の少年が狼となって権力に立ち向かう『黒い…

ブルーコミックス論3 川本コオ『ブルーセックス』(青林堂、一九七三年)

この「ブルーコミックス論」を始めるにあたって、青林堂の「現代漫画家自選シリーズ」の川本コオ『ブルーセックス』をまず取り上げるのは、あえて意図したことでもないし、牽強付会でもない。この連載を考えた時、最初に浮かんだコミックが『ブルーセックス…

ブルーコミックス論 2

序2 これまで英語、日本語、フランス語と続けてきたので、それぞれの「青」のイメージについて、ここでラフスケッチしてみる。ミシェル・パストゥローは『ヨーロッパの色彩』(石井直志、野崎三郎訳、パピルス)において、「青」は西欧総人口の半分以上が常…

 ブルーコミックス論 1 

序1 数年前にグレアム・グリーンの短編「ブルーフィルム」に言及したことがあった。 その短編はイギリス人のカーター夫妻が夕刻にホテルのティールームで話している場面から始まる。二人は倦怠期を迎えている夫婦で、子供はなく、東南アジアの一国にきてい…