出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話

古本夜話1479 野口米次郎『歌麿北斎廣重論』

前回、「野口米次郎ブックレット」の第十三編『小泉八雲伝』を取り上げたばかりだが、続けて静岡のあべの古書店で、もう一冊見つけてしまった。ところがそれは「同ブックレット別冊」と表記された第七編『歌麿北斎廣重論』で、四六判のブックレットとは体裁…

古本夜話1478 円本としての「野口米次郎ブックレット」と『小泉八雲伝』

野口米次郎に関しては『近代出版史探索Ⅱ』372、『同Ⅵ』1131ですでに取り上げているが、後者では昭和十八年の春陽堂『野口米次郎選集』にふれた際に、第一書房「野口米次郎ブックレット」のタイトルだけを挙げ、後述するつもりだと記しておいた。浜松の時代舎…

古本夜話1477 第一書房と「戦時体制版」

第一書房はバアル・バック『大地』三部作のベストセラー化と併走するように、昭和十二年の日中戦争の始まりと翌年の創業十五年を機として、「戦時体制版」を刊行していく。まずは昭和十三年十月に杉浦重剛謹撰『選集倫理御進講草案』、高神覚昇『般若心経講…

古本夜話1476 アンドレ・マロウ、新居格訳『熱風』

最近になって浜松の時代舎で、新居格の翻訳をもう一冊入手した。それは『近代出版史探索Ⅴ』892で書名を挙げておいたアンドレ・マロウの『熱風』で、昭和五年に『近代出版史探索Ⅱ』365などの先進社から刊行されている。 『熱風』はマロウという表記、及び「革…

古本夜話1475 スタインベック、新居格訳『怒りの葡萄』

パアル・バック『大地』の訳者新居格はもはや忘れられたジャーナリスト作家、評論家だと思われるが、『日本近代文学大事典』にはほぼ二段、半ページに及ぶ立項が見出される。それを要約すれば、明治二十一年徳島県生まれ、七高、東大政治家卒業後、『読売新…

古本夜話1474 パアル・バック『大地』と深沢正策

第一書房が新潮社、改造社に続いて、前回の『文藝年鑑』の版元を引き継いだのは、昭和六年の『セルパン』の創刊、及び拙稿「第一書房と『セルパン』」(『古雑誌探究』所収)で書いているように、同十年の春山行夫の招聘による総合雑誌としての成功によるこ…

古本夜話1472 大柴四郎と梅原北明、杉井忍訳『露西亜大革命史』

大正時代はロシア革命とその関連書出版がトレンドであったと見なせるけれど、その全貌は定かではない。だがそれは『近代出版史探索Ⅱ』203の左翼系出版社ばかりでなく、様々な版元が参入し、発禁処分も相次いでいたと思われる。そうした一冊として、大正十四…

古本夜話1471 尾瀬敬止『労農露西亜の文化』と弘文館

前回、富田武『日本人記者の観た赤いロシア』における同時代の「記録」をリストアップしてみた。そこには見えていないけれど、尾瀬敬止による『労農露西亜の文化』も入手している。同書もこのジャンルの一冊に加えることができよう。大正十年に神田区山本町…

古本夜話1473 第一書房の『文藝年鑑』

続けてジョン・リード『世界をゆるがした十日間』を始めとするロシア革命ルポルタージュを取り上げ、また日本人ジャーナリストによるレポートなどもリストアップしておいた。それらはロシア革命とソヴエトに関する出版が一つのトレンドでもあり、確たる分野…

古本夜話1470 章華社、角澄惣五郎『京都史話』、大竹博吉『新露西亜風土記』

前回、黒田乙吉の『悩める露西亜』の『ソ連革命をその目で見た一日本人の記録』としての復刻に言及しておいた。だが富田武『日本人記者の観た赤いロシア』によれば、同時代の新聞記者のもたらした「記録」は予想以上に多いけれど、古本屋でも出会っていない…

古本夜話1469 黒田乙吉『悩める露西亜』

友人から黒田乙吉『ソ連革命をその目で見た一日本人』を恵送された。これは大正九年に弘道館から『悩める露西亜』として刊行の一冊で、昭和四十七年に世界文庫によって、新たなタイトルで復刻されていたのである。 黒田のことは『近代出版史探索Ⅲ』540で、ロ…

古本夜話1468 ジョン・リード『反乱するメキシコ』

ジョン・リードの『反乱するメキシコ』(野田隆、野村達朗、草間秀三郎訳、筑摩叢書、昭和五十七年)は『世界をゆるがした十日間』に比して遅れ、最初の邦訳は昭和四十五年に小川出版から刊行されたが、それもほどなく絶版となっている。この小川出版の一冊…

古本夜話1467 ベンヤミン『モスクワの冬』

ジョン・リード『世界をゆるがした十日間』や『エマ・ゴールドマン自伝』をめぐる数編を書きながら思い出されたのは、ベンヤミンも一九二〇年代にモスクワを訪れていたことで、その記録が『モスクワの冬』(藤川芳郎訳、晶文社、昭和五十七年)として残され…

古本夜話1466 ツヴァイク『人類の星の時間』と「封印列車」

『近代出版史探索Ⅶ』1391のツヴァイクは一九二七年に歴史小説集『人類の星の時間』(片山敏彦訳、みすず書房)を刊行している。「星の時間」とはツヴァイクの造語と見なしていいし、彼はその「序」で記している。 多くのばあい歴史はただ記録者として無差別…

古本夜話1465 エルジェ『タンタン ソビエトへ』

続けてアーサー・ランサムにふれ、彼のロシア革命とのかかわりも既述したので、イギリスとベルギーのちがいはあれ、同時代のエルジェの「タンタンの冒険」シリーズにも言及しておきたい。それはこのシリーズの最初の作品が『タンタンのソビエト旅行』でもあ…

古本夜話1464 アーサー・ランサムとロシア革命

前回、アーサー・ランサムの著作として、『一九一九年のロシア、六週間』や『ロシア革命の危機』を挙げておいたが、彼もまたジョン・リードの『世界をゆるがした十日間』を同じように体験していたのである。そのために『アーサー・ランサム自伝』の「はじめ…

古本夜話1463 「ツバメ号」シリーズ以前のアーサー・ランサム

アーサー・ランサムは『ツバメ号とアマゾン号』(神宮輝夫訳、岩波書店、昭和三十三年)に始まる十二冊の冒険児童文学の著者としてよく知られている。だが『アーサー・ランサム自伝』(白水社、昭和五十九年)、シューブローガン『アーサー・ランサムの生涯…

古本夜話1462 大日本文明協会とリップマン『世論』

浜松の典昭堂で、ウォルター・リップマンの『世論』を入手した。しかもそれは裸本で、背タイトルの旧字の『與論』がかろうじて読める一冊だった。それだけでなく、版元は大日本文明協会で、『近代出版史探索Ⅲ』569などの「大日本文明協会叢書」の一冊として…

古本夜話1461 弘津堂書房と樋口弘、佐々元十共訳『世界を震撼させた十日間』

ジョン・リードの『世界をゆるがした十日間』は戦前に『世界を震撼させた十日間』として刊行されている。それは昭和四年に樋口弘、佐々元十共訳で、弘津堂書房から出版され、四六判並製四一七ページだが、当然のことながら伏字も多く、戦後の岩波文庫版に見…

古本夜話1460 ジョン・リード『世界をゆるがした十日間』

前回のモスクワの「魔窟」のようなホテル・ルックスだが、『エマ・ゴールドマン自伝』の最も長い三〇〇ページ近くに及ぶ第52章「ロシア一九二〇-二一年」において、誰が滞在していたのか、あらためて確認してみた。するとエマたちは訪れているけれど、実際…

古本夜話1459 マイエンブルグ『ホテル・ルックス』

ここで少し趣向を変えてみる。本探索の目的のひとつは近代の出版を通じて、どのようにして「想像の共同体」が形成されていったか、またそこに集ったインターナショナルな人々の出会いはどのようなものだったのかを浮かび上がらせることにある。そのような典…

古本夜話1458 岩上順一『歴史文学論』と森鷗外「歴史其儘と歴史離れ」

入手したのは二十年以上前になるのだが、そのままずっと放置しておいた一冊があった。それは機械函入、岩上順一『歴史文学論』で、昭和十七年に中央公論社から刊行されている。 読まずにほうっておいたのは、そうしたそっけない装幀に加え、岩上を知らなかっ…

古本夜話1457 新日本文学会と中野重治『話四つ・つけたり一つ』

昭和十年代後半の戦時下と同様に、戦後の昭和二十年代前半の出版業界も不明な事柄が多い。その背景には国策取次の日配の解体に伴う東販や日販などの戦後取次への移行、出版社・取次・書店間の返品と金融清算、三千社以上に及ぶ出版社の簇生と多くの倒産など…

古本夜話1456 『世界評論』創刊号と大西巨人『精神の氷点』

続けてふれてきた小森田一記が手がけた『世界評論』創刊号は手元にある。それは例によって近代文学館の「復刻日本の雑誌」(講談社)の一冊としてで、WORLD REVIEWという英語タイトルも付され、昭和二十一年二月一日発行のA5判一一二ページ仕立てである。(…

古本夜話1455 横浜事件、『日本出版百年史年表』『出版事典』

前回、『出版人物事典』の小森田一記の立項において、彼が横浜事件で検挙されたことを見ている。この横浜事件はいわば出版業界の大逆事件と称すべきもので、本探索でも取り上げておかなければならない事件であり、ここで書いておきたい。 横浜事件は大東亜戦…

古本夜話1454 世界評論社、小森田一記、尾崎秀実『愛情はふる星のごとく』

これは戦後を迎えてのことだが、ゾルゲ事件で獄中にあった尾崎秀実が妻の英子と娘の楊子に宛てた書簡集『愛情はふる星のごとく』がベストセラーになっている。それは昭和二十一年からのことで、出版ニュース社編『出版データブック1945~1996』のベストセラ…

古本夜話1453 義和団の乱と大山梓編『北京籠城日記』

前回、渡正元が普仏戦争とパリ・コミューンに遭遇し、明治四年にその記録が『法普戦争誌略』として刊行され、それが二万部に及んだこと、及び大正三年に第一次世界大戦の勃発を受け、『巴里籠城日誌』として再刊されたことを既述しておいた。(東亜堂版) だ…

古本夜話1452 渡正元『巴里籠城日誌』

かつて拙稿「農耕社会と消費社会の出会い」(『郊外の果てへの旅/混住社会論』所収)で、久米邦武編『特命全権大使 米欧回覧実記』(岩波文庫)に言及している。岩倉使節団がフランスを訪れたのは、普仏戦争とパリ・コミューンの余燼さめやらぬ1872年であり…

古本夜話1451 ルイーズ・ミッシェル『パリ・コミューン』とゾラ『壊滅』

クロポトキンは『ある革命家の思い出』において、もう一度反復すれば、十九世紀後半の政治状況を次のように分析している。国際労働者協会(第一インターナショナル)は万国の労働者の連帯と団結に基づき、資本と戦うという思想によってヨーロッパで隆盛を迎…

古本夜話1450 ステプニャーク『地下ロシア』とゾラ『ジェルミナール』

『ある革命家の思い出』に述べられているように、クロポトキンは前回ふれた一八七二年のスイスにおける国際労働者協会(第一インターナショナル)の歴史と活動への注視、及びジュネーブ統一支部での国際労働者運動の実態を知ったことで、ロシアに帰ると、チ…