出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話

古本夜話1391 片山敏彦とツヴァイク『権力とたたかう良心』

前回の片山敏彦に関して続けてみる。高杉一郎『ザメンボフの家族たち』に「片山敏彦の書斎」という小文がある。 高杉は『文芸』の編集者として、昭和十二年から十九年の応召に至るまで、片山の書斎訪問を繰り返し、「片山教室」の「生徒」だったことを語って…

古本夜話1390 小尾俊人と高杉一郎

またしても飛んでしまったが、みすず書房創業者の小尾俊人は『昨日と明日の間』(幻戯書房、平成二十一年)所収の「高杉一郎先生と私」で、次のように書いている。 私が高杉先生のお仕事のお手伝いをいたしましたのは、昭和二十九(一九五四)年からのことで…

古本夜話1389 叢文閣「マルクス主義芸術理論叢書」、啓隆閣、マーツア『二〇世紀芸術論』

本探索1386の秋田雨雀『若きソウエート・ロシヤ』の版元である叢文閣に関しては『近代出版史探索Ⅱ』204、206、207、208などで言及してきたが、出版目録は出されていないこともあって、その全貌は明らかではない。有島武郎との関係はよく知られ、彼の個人誌『…

古本夜話1388 『雨雀自伝』とロシア文学者たち

『雨雀自伝』の中で、彼がロシア文学によって教育され、生活の意義への問いを喚起されたと告白している。それは明治末期のことで、ドストエフスキーの英訳に読みふけり、二葉亭四迷訳のゴーリキーやアンドレイエフを愛読していたとされる。 前回の演劇のトレ…

古本夜話1387 森鷗外訳『ジョン・ガブリエル・ボルクマン』、自由劇場、画報社

続けてふれてきた国際文化研究所や『若きソウエート・ロシヤ』などからわかるように、戦前において、秋田雨雀は社会主義や演劇運動のキーパーソンの一人であった。この際だから、そこに至る雨雀の前史を見ておこう。『雨雀自伝』(新評論社、昭和二十八年)…

古本夜話1386 秋田雨雀『若きソウエート・ロシヤ』

高杉一郎は前回の『スターリン体験』の国際文化研究所外国語夏期大学のところで、秋田雨雀所長の『若きソウエート・ロシヤ』の書影を挙げている。これは昭和四年に叢文閣から刊行された一冊だが、やはり同年の再版が手元にある。 この『若きソウエート・ロシ…

古本夜話1385 高杉一郎、国際文化研究所外国語夏期大学、『国際文化』

エロシェンと神近市子をたどり、かなり迂回してしまったが、高杉一郎に戻る。彼は『スターリン体験』(岩波書店「同時代ライブラリー」、平成二年)において、「国際文化研究所の外国語夏期大学」という一章を設け、駿河台の文化学院で、昭和四年七月十五日…

古本夜話1384 笹沢左保『見かえり峠の落日』と木枯し紋次郎

前回の峠に関してはただちに本探索1306の中里介山『大菩薩峠』が思い浮かぶけれど、ここでは戦後の時代劇と時代小説にまつわる話を書いておこう。もはや半世紀前のことになってしまうのだが。 ひとつは村上元三原作、市川雷蔵主演、池広一夫監督『ひとり狼』…

古本夜話1383 青木書店、深田久彌編『峠』、有紀書房『峠』

前回の「日本新八景」における山岳、渓谷、瀑布、河川、湖沼、平原、海岸の選定が、美しい景観への再認識と景勝地への旅行を促進させたことにふれておいた。そしてそれは出版界にとっても同様で、これも前回の「湖沼」だけでなく、多くの旅行ガイドも兼ねた…

古本夜話1382 田中阿歌麿『趣味と伝説 湖沼巡礼』

『みづゑ』の「水彩画家大下藤次郎」に収録された水彩画を見ていると、彼が湖を好んで描いていることに気づく。具体的には湖のタイトルを付しているものだけでも「木崎湖」「本栖湖」「猪苗代湖」「久々子湖」「松原湖の秋」「宍道湖の黄昏」などが挙げられ…

古本夜話1381 国画創作協会同人、大阪時事新報社編『欧州芸術巡礼紀行』

本探索1365の島崎藤村の「水彩画集」ではないけれど、そのモデルの丸山晩霞のみならず、水彩画の先駆者である大下藤次郎や三宅克己も、明治三十年代に欧米旅行に出かけている。 それは大正時代を迎えると、第一次世界大戦後の円高の影響も受けてか、画家たち…

古本夜話1380 徳田秋声『縮図』と小山書店

徳田秋声の『縮図』は昭和十六年六月から『都新聞』で連載が始まったが、九月までの八十日で中断し、秋声は十八年十一月十八日に七十三歳で亡くなり、未完のままになってしまった。 (『縮図』) だがその一周忌がすみ、帝都の空襲が激しくなる中で、小山書…

古本夜話1379 都新聞出版部と金井紫雲『花と鳥』

中里介山の『大菩薩峠』を連載した『都新聞』にもふれてみたい。それは浜松の時代舎で、都新聞出版部から刊行された金井紫雲を編集者とする『花と鳥』を入手し、都新聞社が出版も手がけていたことを知ったからである。 『花と鳥』は四六判函入、上製五〇五ペ…

古本夜話1378 田中貢太郎『貢太郎見聞録』とシナ居酒屋放浪記

実は上海滞在中の村松梢風を訪ねてきた人物もいるのである。それは『近代出版史探索Ⅲ』545の田中貢太郎で、しかも村松は「Y子」とともに彼を迎えたことを『魔都』で書いている。 私とY子 がそんな生活を始めて四五日経つた処へ、私の親友の田中貢太郎が日本…

古本夜話1377 大谷光瑞『見真大師』と上海の大乗社

前々回は村松梢風の『魔都』において、その不夜城にして物騒な都市の領域をクローズアップすることに終始してしまった。だが村松は上海の魔都だけに注視しているのでなく、思いがけない人々とも交流し、それらに言及している。例えば、「唯一の新芸術雑誌」…

古本夜話1376 芥川龍之介『支那游記』

前回、芥川龍之介の『江南の扉』にふれたが、その後、浜松の典昭堂で同じく芥川の『支那游記』を見つけてしまった。改造社から大正十四年十月初版発行、入手したのは十五年五月の訂正版である。それは函無しの裸本で、褪色が激しく、背のタイトルも著者名も…

古本夜話1375 村松梢風『魔都』

前々回の中里介山の『遊於処々』において、上海に向かう長崎丸の利用者に村松梢風たちがいると述べられていた。それを読み、村松に上海を舞台とした『魔都』という一冊があり、しばらく前に浜松の時代舎で入手したことを思い出した。 同書は四六判上製のかな…

古本夜話1374 中里介山『日本武術神妙記』と国書刊行会『武術叢書』

かつて国木田独歩とともに「同じく出版者としての中里介山」(『古本探究Ⅱ』所収)を書いた際にはその内容に言及しなかったけれど、昭和八年の介山の大菩薩峠刊行会版『日本武術神妙記』 の書影だけを掲載しておいた。 ところが前回の隣人之友社版『遊於処々…

古本夜話1373 介山居士紀行文集『遊於処々』

前回、中里介山の『大菩薩峠』の出版をめぐる春秋社、大菩薩峠刊行会、隣人之友社などの入り組んだ関係にふれておいたが、その後、介山居士紀行文集『遊於処々』を入手している。これは昭和九年に介山を著作兼発行者として刊行された四六判上製の一冊で、発…

古本夜話1372 『石井鶴三挿絵集』と中里介山

挿絵に関連して、ここでもう一編書いておきたい。それは浜松の典昭堂で、ずっと探していた『石井鶴三挿絵集』を入手したからである。正確にいえば、同書は『石井鶴三挿絵集』第一巻だが、近代挿絵史上の一大事件といっていい著作権問題を引き受けるかたちで…

古本夜話1371 陸軍美術協会出版部『宮本三郎南方従軍画集』

平凡社『名作挿絵全集』第六巻の「昭和戦前・現代小説篇」を繰っていると、前々回に挙げた獅子文六『胡椒息子』の挿絵を描いている宮本三郎も「挿絵傑作選」のメンバーに含まれて、そこには次のようなポルトレが提出されていた。 石川県生まれ。川端画学校洋…

古本夜話1370 新潮社「挿絵の豊富な小説類」と角田喜久雄『妖棋伝』

これは前回の岩田専太郎編『挿絵の描き方』の巻末広告で知ったのだが、同じ昭和十年代に新潮社から「挿絵の豊富な小説類」が刊行されていたのである。それらの挿絵は岩田のほかに、林唯一、富永謙太郎、小林秀恒、志村立美が担っていて、まさに新潮社も「挿…

古本夜話1369 岩田専太郎『挿絵の描き方』と新潮社「入門百科叢書」

前回、長谷川利行の人脈に岩田専太郎も含まれていることを既述しておいた。それは大正を迎えての新聞や雑誌の隆盛に伴う挿絵の時代を想起させるし、岩田に関しては『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』(「出版人に聞く」12)で、飯田豊一が戦前における岩田の…

古本夜話1368 『長谷川利行展』と「カフェ・パウリスタ」

もう一冊、展覧会カタログを取り上げてみよう。浜松の典昭堂で『長谷川利行展』(一般社団法人 INDEPENDENT 2018)を見つけ、買い求めてきた。これは利行の最新の展覧会本で、一四四点の絵がカラーで掲載され、その「年譜」や「長谷川利行が歩いた東京」「参…

古本夜話1367 横浜美術館『小島烏水 版画コレクション』

今橋映子編著『展覧会カタログの愉しみ』(東大出版会)があるのは承知しているけれど、展覧会カタログの全容は把握しがたく、刊行も古本屋の店頭で出合うまでは知らずにいたことも多い。それに市販されていないので、目にふれる機会も少ない。そのような一…

古本夜話1366 森鷗外「ながし」

大下藤次郎の『水彩画之栞』に序文ともいうべき「題言」をよせた森鷗外は、大下が明治二十三年、二十一歳の時に書いた手記「ぬれきぬ」(「濡衣」)によって、大正二年に「ながし」という小説を書いている。このことは前々回の『みづゑ』の土方定一「藤次郎…

古本夜話1365 島崎藤村「水彩画家」と丸山晩霞

水彩画というと、ただちに思い出されるのは島崎藤村の「水彩画家」である。この作品は春陽堂の『新小説』の明治三十七年一月号に掲載され、同四十年にやはり春陽堂の藤村の最初の短編集『緑葉集』に収録されている。 水彩画の隆盛が明治三十年代から四十年代…

古本夜話1364 『みづゑ』と特集「水彩画家 大下藤次郎」

宮嶋資夫の義兄大下藤次郎のことは何編か書かなければならないので、本探索1353に続けてと思ったのだが、少しばかり飛んでしまった。大下に関しては他ならぬ『みづゑ』が創刊900号記念特集「水彩画家 大下藤次郎」(昭和五十五年三月号)を組んでいる。 ( 9…

古本夜話1363 垣内廉治『図解自動車の知識及操縦』とシエルトン『癌の自己診断と家庭療法』

実用書に関して、出版社、著者、翻訳者の問題も絡めて、もう一編書いてみたい。実用書の出版史は『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』(昭和五十六年)にその一角をうかがうことができるけれど、こちらの世界も奥が深く、謎も多いので、とても細部まで…

古本夜話1362 金園社の実用書と矢野目源一訳『補精学』

かつて「実用書と図書館」(『図書館逍遥』所収)を書き、日常生活に役立つことを目的とする実用書出版社にふれたことがあった。実用書はそうしたコンセプトゆえに、生活と時代の要求に寄り添い、ロングセラーとして版を重ねているものが多いのだが、文芸書…