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古本夜話76 ハヴロック・エリスの日月社版『性の心理』

[出版状況クロニクル34]で予告したように、[古本夜話]は3月から木、土曜日の週2回更新とする。続けてのご愛読を乞う。  


海野弘『ホモセクシャルの世界史』や都築忠七の『エドワード・カーペンター伝』に書かれているように、シモンズとカーペンターに対し、性科学者として接触した人物がいた。それはハヴロック・エリスで、海野は同書の「オスカー・ワイルドコネクション」チャートにおいて、オックスフォード人脈にペイター、シモンズ、スウィンバーン、カーペンターに続き、性科学者エリスの名前を併記している。
ホモセクシャルの世界史

エリスは『性の心理』Studies in the Psychology of Sex 全六巻を一八九七年から刊行し、同性愛もまたアブノーマルなものではなく、多様な性のひとつであると先駆的に分析した。そのために歴史的資料についてはシモンズに、症例に関してはカーペンターに依頼し、シモンズは自分の症例も提供するつもりでいた。ところがシモンズが急死したために、それは実現されずに終わった。これが簡略な三人の関係である。
Studies in the Psychology of Sex

ここで蛇足ながら付け加えておくと、ロシアから脱出してきたエマ・ゴールドマンをイギリスで温かく迎えたのはカーペンターとエリスで、彼女は「ハヴロック・エリスとエドワード・カーペンター! 私の夏は、この知性と愛情を備えた二人のおかげで本当に豊かなものだった」と『エマ・ゴールドマン自伝』に書いている。

エマ・ゴールドマン自伝 上 エマ・ゴールドマン自伝 下 古本探究

シモンズの著作は『ダンテ』以外はほとんどは翻訳されず、カーペンターも同性愛の著作は翻訳に恵まれなかった。だがエリスだけは主著『性の心理』は昭和初期に『全訳・性の心理』として、全二十巻で出版されている。これについては拙稿「ハヴロック・エリスと『性の心理』」(『古本探究』所収)ですでに書いているが、重複を恐れず、ここでも記しておくべきだろう。当時における『性の心理』の出版とその反響を、村上信彦の長編小説『音高く流れぬ』三一書房)が伝えている。その部分を引こう。

 「君ね、こんど、すごい全集が出るんだよ。(中略)かかりつけの本屋のおやじが、にやにや笑いながら教えてくれたのだが、ハヴェロック・エリスの『性の心理』というのだ。今日中に広告するらしい。全部で二十巻ぐらいあるんだってさ。僕は早速申しこむつもりでいる……」

これは円本時代の予約出版非売品扱いで、医学士・増田一朗訳として、日月社から刊行されている。私は全二十巻のうちの十六冊を所持しているだけだが、いくつかの謎と疑問に突き当たる。まずこれは「全訳」と称しながら、第三巻は一冊がマックス・ヒューネルの論文集であり、第十七巻は半分以上をハインリッヒ・キシュの『処女および成女の生理と衛生』が占めていて、明らかにエリス以外の著者と著作が紛れこんでいることになる。これはどのような事情によるものだろうか。

私の手元にある原書はアメリカのフィラデルフィアの出版社F.A.Davis Company から一九二七年に刊行の全六巻のうちの四冊だが、それらを繰ってみても、ヒューネルやキシュは出てこない。ただ『性の心理』はアメリカ版、フランス版、ドイツ版と様々なヴァージョンが存在するようである。例えば、ジョン・ボズウェルの『キリスト教と同性愛』(国文社)の「文献表」を見ると、アメリカの一八九七年版にはシモンズのA Problem in Greek Ethics が収録されているとわかる。また『ナボコフ・ウィルソン往復書簡集』作品社)によれば、ナボコフ『ロリータ』(新潮社)を構想したのはフランス版に付されたロシア人の症例からだったとされる。だから日月社の『性の心理』も異なるヴァージョンを原本としているとも考えられる。

キリスト教と同性愛 A Problem in Greek Ethics ナボコフ・ウィルソン往復書簡集 ロリータ

それからこの日月社も春秋社の関係の出版社であることはわかるが、それ以上のことが判明しない。さらに気になるのは奥付の表記、及び押印で、著作者と発行者が同じ草深熊一、押印も同様なのだ。これは一体何を意味しているのだろうか。

この表記と押印から判断すると、発行者と著作者の草深熊一が訳者の増田一朗と考える他はなく、日月社は草深が『性の心理』を自ら翻訳して刊行するために、春秋社の助力を得て設立した出版社と判断してもいいような気がする。

それならば、草深熊一=増田一朗とはどのような人物なのか。そのヒントは第一巻に付された英文学者宮島新三郎の「ハヴェロック・エリスを訪ふ」にあるように思われる。既述したように宮島はカーペンターの『吾が日吾が夢』(大日本文明協会)の訳者でもあった。この会見内容についてはすでに前述の拙稿で書いているので、ここではふれない。

宮島はその訪問記を「日月社主から、ハヴェロック・エリスより、その著『性の心理』六巻の翻訳権を貰ってくれないか」という依頼状をロンドンで受け取ったことから始めている。「日月社主」の名前は記されていないが、草深だと考えていいだろう。そして宮島は自分も関係している大日本文明協会から翻訳するつもりなので、『性の心理』を読んでみてくれないかと頼まれ、「全く文字通り寝食を忘れて読耽つたこと」を語ってもいる。

この事実から推理してみると、その後大日本文明協会は『性の心理』を出版することを決め、宮島などを通じて医学関係者に翻訳を依頼した。それが草深熊一ではないだろうか。しかし大日本文明協会はすでに全盛を過ぎ、このような大部の性の著作を刊行する余裕も持てなくなっていた。

そこで大日本文明協会も春秋社のいずれも早稲田人脈によって設立されていたことにより、草深は大日本文明協会から春秋社を紹介され、自ら日月社を設立し、すでに翻訳完了にこぎつけていた『性の心理』を刊行することになったのではないだろうか。しかし立場上からして、実名を記すことはためらわれ、ペンネームとして増田一朗が採用された。日月社の出版物も『性の心理』以外に見かけないのも、それを証明しているように思われる。

なおエリスの自伝 My Life に書かれている彼自身の興味深い生活史、自伝に写真が掲載されているフェミニズムの先駆的思想家で、南アフリカ文学の古典的名作『アフリカ農場物語』(都築忠七他訳、岩波文庫)を書いたオリーヴ・シュライナーとの熱烈な恋愛、レスビアンの妻との奇妙な結婚にも言及するつもりでいたが、またの機会にゆずることにする。

My Life アフリカ農場物語 上 アフリカ農場物語 下
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