出版状況クロニクル93(2016年1月1日〜1月31日)
15年12月の書籍雑誌の推定販売金額は1290億円で、前年比5.6%減。
その内訳は書籍が572億円で、同1.4%増、雑誌は718億円で、同10.5%減、そのうちの月刊誌は600億円で、9.3%減、週刊誌は117億円で、16.5%減。
雑誌の落ちこみは3ヵ月続けて二ケタマイナスで、これに16年はさらにマイナスを重ねていくことになれば、月刊誌にしても週刊誌にしても、採算ベースを割ってしまう雑誌が多く出てくると予測される。15年の月刊誌は7.2%減、週刊誌は13.6%減となっているからだ。
雑誌をベースにして組み立てられた出版社・取次・書店という近代出版流通システムが解体していく悲鳴のようなものが、マイナス数字にこめられている。
それでも返品率のほうは年末とあってか、書籍37.4%、雑誌38.8%と40%を下回った。
このような出版状況の中で、2016年が始まっていることになる。
1.出版科学研究所による1996年から2015年にかけての出版物推定販売金額の推移を示す。
[前回、15年度の出版物売上高は1兆5200億円前後であろうと予測しておいたが、ほぼ同様の数字となった。そればかりでなく、表から分かるように、15年は5.3%と最大の落ちこみである。雑誌の8.4%の凋落に象徴されるように、16年はさらにマイナスが加速していくことは確実だ。
■出版物推定販売金額(億円) 年 書籍 雑誌 合計 金額 (前年比) 金額 (前年比) 金額 (前年比) 1996 10,931 4.4% 15,633 1.3% 26,564 2.6% 1997 10,730 ▲1.8% 15,644 0.1% 26,374 ▲0.7% 1998 10,100 ▲5.9% 15,315 ▲2.1% 25,415 ▲3.6% 1999 9,936 ▲1.6% 14,672 ▲4.2% 24,607 ▲3.2% 2000 9,706 ▲2.3% 14,261 ▲2.8% 23,966 ▲2.6% 2001 9,456 ▲2.6% 13,794 ▲3.3% 23,250 ▲3.0% 2002 9,490 0.4% 13,616 ▲1.3% 23,105 ▲0.6% 2003 9,056 ▲4.6% 13,222 ▲2.9% 22,278 ▲3.6% 2004 9,429 4.1% 12,998 ▲1.7% 22,428 0.7% 2005 9,197 ▲2.5% 12,767 ▲1.8% 21,964 ▲2.1% 2006 9,326 1.4% 12,200 ▲4.4% 21,525 ▲2.0% 2007 9,026 ▲3.2% 11,827 ▲3.1% 20,853 ▲3.1% 2008 8,878 ▲1.6% 11,299 ▲4.5% 20,177 ▲3.2% 2009 8,492 ▲4.4% 10,864 ▲3.9% 19,356 ▲4.1% 2010 8,213 ▲3.3% 10,536 ▲3.0% 18,748 ▲3.1% 2011 8,199 ▲0.2% 9,844 ▲6.6% 18,042 ▲3.8% 2012 8,013 ▲2.3% 9,385 ▲4.7% 17,398 ▲3.6% 2013 7,851 ▲2.0% 8,972 ▲4.4% 16,823 ▲3.3% 2014 7,544 ▲4.0% 8,520 ▲5.0% 16,065 ▲4.5% 2015 7,419 ▲1.7% 7,801 ▲8.4% 15,220 ▲5.3%
この1996年から2015年にかけての出版物販売金額の推移の中に、出版業界の失われた20年の実態がこめられている。何と20年間で1兆1344億円が失われたのであり、数年のうちに半減ということになろう。
これが90年代後半から崩壊過程に入っていた、再販委託制に基づく出版社・取次・書店という近代出版流通システムの帰結だといっていい。2000年の時点で、そうした状況に抗するためには出版業界の歴史を検証し、危機感を共有し、再販委託制に代わる現代出版流通システムを提起しようとする想像力の確立が必要だと考え、私が出版業界の絶対権力者であれば、どうするかという書籍に関する13の試案を、安藤哲也、永江朗との鼎談集『出版クラッシュ!?』(編書房)の「あとがき」に記したことがあった。それらを以下に再録してみる。
これらはあまりにも空想的で実現不可能な暴論だとの、反論、異論を受けたことを思い出す。
1. 再販制と委託制の廃止。 2. 低正味買切制へ移行。書店マージンを10%上げ、出版社は卸正味を10%下げる。 3. 販売価格は書店が自由に決める。 4. 1年間書店の新規開店凍結。 5. 1年間新刊書籍の刊行を中止。 6. 書店は新刊仕入れがなくなる訳だから、既刊分を自主的に選んで棚作りに専念する。 7. 出版社の編集部は1年間営業に回り、書店営業を体験し、書店の生の声を聞く。 8. 取次は新刊配本がなくなり、売上は下がるが返品がゼロとなるため、流通経費は大幅に下がる。買切注文制にすれば入金率は上がる。歩戻しも廃止する。 9. 新刊発刊を1年間停止すれば、新古本産業に流入する新古本は激減すると予測される 10. このことによって、書店はブックストアとマガジンショップに棲み分けしていくことになる。 11. 新刊委託配本はなくなり、書店はプロの仕入れが必要となる。従って本に詳しい書店人が専門職として成立する。 12. 注文買切制により、返品ゼロ市場が出現すれば、何よりも資源の保護につながる。 13. 無論、淘汰される出版社、取次、書店も予想されるが、業界三社が仕入れを巡る緊張した関係を構築する方向に向かう。
しかしその後の出版危機の進行と深刻化、その帰結としての現在の出版状況を直視すれば、こうした改革へと向かうしかなかったと判断するしかない。
だがそれらはひとつも実現することはなかったし、出版業界は末期的な危機状況の中に追いやられてしまったことになる]
2.出版科学研究所が電子出版市場の独自の推計を始め、『出版月報』1月号に掲載しているので、それも引いておく。
■電子出版市場規模(単位:億円) 年 2014 2015 前年比(%) 占有率 電子コミック 882 1,149 130.3 76.5 電子書籍 192 228 118.8 15.2 電子雑誌 70 125 178.6 8.3 合計 1,144 1,502 131.3 100.0 [これまでは電子出版市場に関して、本クロニクル88などで示しておいたように、インプレスのよる調査を参照してきた。こちらは4月から3月期の年度だが、出版科学研究所は1月から12月の暦年であるので、2014年の数字に違いが生じている。
それはともかく、15年電子出版市場規模は1502億円で、前年比31.3%増となっている。そのコアはやはりコミックで、77%のシェアを占める1149億円に及び、スマートフォンの普及による市場規模拡大とされる。
出版科学研究所はこれから上半期と下半期と年2回調査発表していくようなので、これ以上のコメントは加えず、まずはデータを示しておくことにする]
3.アルメディアによる2015年の書店出店・閉店数が出された。
■2015年 年間出店・閉店状況(単位:店、坪) 月 ◆新規店 ◆閉店 店数 総面積 平均面積 店数 総面積 平均面積 1月 3 431 144 68 5,562 87 2月 6 657 110 69 7,642 114 3月 21 3,701 176 97 8,503 93 4月 31 5,642 182 53 3,960 81 5月 11 4,090 372 52 4,135 83 6月 9 1,062 118 51 3,663 75 7月 17 4,655 274 47 4,996 114 8月 7 2,342 335 54 6,258 118 9月 21 2,805 134 61 6,125 107 10月 25 4,183 167 52 2,769 60 11月 19 3,614 190 41 4,406 113 12月 19 2,358 124 23 2,837 135 合計 189 35,540 188 668 60,856 97 前年実績 217 48,215 222 656 64,920 108 増減率(%) ▲12.9 ▲26.3 ▲15.4 1.8 ▲6.3 ▲10.4 [出店189店に対して、閉店668店である。これは15年も書店が減少し続けていることを告げているし、それは坪数も同様で、出店と差し引きすれば、2万5316坪の純減だが、閉店による減床面積は6万856坪である。閉店1店当たりの平均面積は97坪となり、14年の100坪よりも縮小しているが、ほぼ毎日97坪相当の2店が閉店し、膨大な返品が生じているとわかる。
■2015年売場面積上位店(単位:坪) 順位 店名 売場面積 所在地 1 二子玉川蔦屋家電 2,200 東京都 2 MARUZEN名古屋本店 1,500 愛知県 3 文苑同書店富山豊田店 1,406 富山県 4 梅田蔦屋書店 1,200 大阪府 5 ジュンク堂書店高松店 1,128 香川県 6 三省堂書店池袋本店 1,030 東京都 7 丸善京都本店 999 京都府 8 蔦屋書店茂原店 900 千葉県 9 ビッグワンTSUTAYA宇都宮南店 800 栃木県 10 丸善岐阜店 772 岐阜県
大型出店は丸善ジュンク堂4店、CCC4店と実質的に2社で占められ、それが周辺中小書店を閉店に追いやっていく構図は16年も続いていくだろう。
取次別に見ても、出店は日販92店、トーハン71店、大阪屋21店で、189店のうちの184店が3社で占められ、その他の取次はもはや新規出店から撤退したと見なせるかもしれない。それから14年の大型店ベストにゲオ4店が入っていたが、15年は姿を消している。そのことでトーハンの増床占有率が日販に代わっている。ゲオのそれらの大型店、及びトーハンとゲオの関係はどうなっているのだろうか。
なお大洋図書のFC店188店が、太洋社から日販へと帳合変更される]
4.『朝日新聞』(1/20)に村上春樹『職業としての小説家』を刊行したスイッチ・パブリッシングの新井敏記社長へのインタビューが掲載されている。それを要約してみる。
* 村上の初めての自伝的エッセイをどのように売るか、従来の読者に届くためにはどのようにしたらいいのか、初版部数はどのくらいにすればいいのかを考え、初版部数を10万部とした。そして販売方法、資金計画を考えた。
* ところが大きな壁は流通だった。スイッチ・パブリッシングの場合、取次への出し正味が67%、配本手数料制の歩戻しが5%であり、実質的には本体価格の62%ということになる。しかも取次からの入金は7ヵ月後なので、資金繰りを含めた対策に迫られた。
* 取次に歩戻しの見直しを申し入れると、村上本は特例として認めることを示唆するものの、取引条件の見直しは難しいとの返事だった。
* その時点で、村上本の出版の挨拶で、紀伊國屋書店の役員に会ったところ、「うちで買い取って、新しい方法を試しましょうか」という予期せぬ提案が出された。
紀伊國屋書店としての中小出版社への応援、全国の小書店へのきちんとした配本への意欲、「リアル書店」の未来像と新しい流通模索の時期と重なっていた。
* ただ紀伊國屋書店が大部数の書籍の取次の役割を果たすのは前例がなかったので、色々なケースを検討するうちに、初版部数の大半を買切とし、他の書店は紀伊國屋ルート、もしくは取次を通じての配本に落ち着いた。歩戻しはないために取次より好条件の取引だった。
* 紀伊國屋がアマゾンなどのネット書店に対抗と報じられたのは不本意で、あくまで本の流通改善を求めた中小出版社の試みから始まったものである。ネット書店とも良好な関係を保ち、紀伊國屋にもそれは了承を得ているし、街の本屋も大事にしたい。今回の試みがリアル書店を勇気づけられたとしたら、うれしい。
* 初版10万部3刷で累計20万部に達し、試みは成功だったと思う。ただ取次との歩戻しの改善は一向に進んでいない。
[一般紙で中小出版社から取次正味と歩戻しと支払条件が、このように具体的に語られたのは初めてのことではないだろうか。
本クロニクル90 において、出版社上位100社で総売上高は1兆2117億円、売上シェアは65%に及ぶことを既述したが、これらの大手出版社は高正味、歩戻しなし、支払い条件は新刊にしても注文にしても、翌月100%払いだと見なせよう。
もちろんそうした大小による取引条件の格差は、どの業界でもあるはずだ。しかし出版業界にとってそれが大きな問題なのは、再販委託制下にあることで、大手出版社の自転車操業を可能ならしめているメカニズムとなっているからだ。大手出版社はとにかく新刊を出し続ければ、売れなくとも取次に入れた分だけは翌月に入金されるシステムなのだ。それに反して、中小出版社の入金は新井がいっているように、7ヵ月後だから、返品分は相殺されているので、同じ自転車操業でも、その度合いはまったく異なっている。
このような大手出版社への取次の支払いメカニズムが大阪屋や栗田に及び、増資や倒産という事態を招来させたのは、それも大きな要因なのである。
だが再販制護持に基づく新聞インタビューはそのことにまったく気づいていないと思われる。
また15年2月期は日販、トーハンにおいて、新規出版社の口座開設が一件もなかったという]
5.みすず書房の2014年12月から15年11月にかけての「売上カード一覧表]が届いた。それは本クロニクル47などに使用したものとは異なり、書店と大学生協が分けられていたので、前者の上位20位までと、大学生協15店を挙げてみる。
(『21世紀の資本』)
■売上カード一覧表 2014.12〜2015.11 地区 店名 冊数 新宿区 紀伊國屋書店新宿本店 5242 千代田区 丸善丸の内本店 4628 豊島区 ジュンク堂書店池袋本店 4023 渋谷区 紀伊國屋書店新宿南店 2694 大阪市 紀伊國屋書店梅田本店 2540 千代田区 三省堂書店神保町本店 2106 豊島区 リブロ池袋本店 1722 中央区 丸善日本橋店 1639 札幌市 紀伊國屋書店札幌本店 1584 渋谷区 MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店 1525 中央区 八重洲ブックセンター本店 1475 福岡市 ジュンク堂書店福岡店 1388 大阪市 MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店 1310 新宿区 ブックファースト新宿店 1296 大阪市 ジュンク堂書店大阪本店 1290 名古屋市 三省堂書店名古屋高島屋店 1236 神戸市 ジュンク堂書店三宮店 1196 武蔵野市 ジュンク堂書店吉祥寺店 1181 千代田区 東京堂書店神田神保町店 975 京都市 ジュンク堂書店京都店 937
■売上カード一覧表 大学生協
2014.12〜2015.11地区 店名 冊数 文京区 東京大学生協本郷書籍部 1219 京都市 京都大学生協書籍部ルネ 981 目黒区 東京大学生協駒場書籍部 802 港区 慶應義塾生協三田書籍部 642 京都市 同志社生協書籍部今出川店 585 新宿区 早稲田大学生協コーププラザBC 506 京都市 立命館生協ブックセンターふらっと 479 国分寺市 東京経済大学生協書籍店 353 国立市 一橋大学生協西SB 349 八王子市 中央大学生協多摩店 339 豊中市 大阪大学生協書籍部豊中店 330 西宮市 関西学院大学生協フォーラム店 254 仙台市 東北大学生協文系書籍店 242 横浜市 慶應義塾生協日吉書籍部 236 岡山市 岡山大学生協ブックストア 235
[3年ぶりにみすず書房の「売上カード一覧表」を取り上げたのは、15年には他でもないピケティの『21世紀の資本』の14万部に及ぶベストセラー化が起きたからだし、それが売上カードにどのように反映しているかを確かめたかったことによっている。
ちなみに上位10店の合計冊数を挙げてみると、2010年は2万9873冊、11年は2万6774冊、そして15年は2万9178冊となっている。15年は10年に及ばないにしても、それに近い冊数であり、11年の数字と比べても、明らかにベストセラー効果が表われているとわかる。
『21世紀の資本』のような高額な学術経済書のベストセラー化は、都市の大型書籍店にとって確実に売上の寄与をもたらしたといっていいし、大書店と小出版社の対角線取引の近年の好例を示したことになる。丸善ジュンク堂「2015年出版社別売上げBest 300」も確認してみると、みすず書房売上冊数は3万6433冊、前年比8.41%増とあり、それを裏づけていよう。
それならば、大学生協はどうなのか。10年は京都大学生協BCルネが15位で1383冊、11年も同じく17位で1158冊となっていて、東京大学生協本郷書籍部はベスト20位に入っていなかった。ところが14年は東大生協本郷書籍部が1219冊で1位となり、この冊数は書店16位の三省堂書店名古屋高島屋店とほぼ同じであり、京大生協書籍部ルネは981冊で、19位の東京堂書店神田神保町と、こちらもほぼ同数である。
東大生協本郷書籍部は書店と同様に『21世紀の資本』のベストセラー化の影響があると考えらえるが、京大生協書籍部ルネは売上冊数の落ち方からして、それほどの寄与がなかったように見受けられるし、それは他の大学生協も同様だったのではないだろうか。
そのひとつの原因として、学生と教師たちのアマゾン利用の比率が高いことも挙げられている。それに加えて、忙しくて人気があり、本を読み、買う教師ほどアマゾン依存度が高いようで、やはりそれがこのようなみすず書房の生協の売上冊数にも反映されているのだろう。
1990年代に京大生協書籍部ルネに営業にいっていた頃は、東京の大学生協を上回る客注取り置き棚の充実ぶりに感服したことがあったが、それはもはや過去の話にすぎないのかもしれない。
おそらく大学と学生街の古本屋状況もまた同様なのであろう]
6.月刊『空手道』や『フルコンタクトKARATE』などの雑誌や空手関連の書籍、ビデオ、DVDを扱っていた福昌堂とその印刷製本部門の福昌堂印刷が破産。両社合わせて負債は1億6000万円。
[福昌堂は1970年設立で、空手に関連する一定の読者層をつかんでいたとされるし、1990年代にはその分野のかなりのシェアを占めていた印象がある。96年売上高は5億5000万円に及んでいたようだから、それはあながち間違っていないはずだ。
だがネットの普及はそれらの空手誌や関連書、DVDにも及んだようで、そうした傾向は格闘技全体も同様であり、各種の雑誌、書籍、DVDも同じ状況にあると伝えられている]
7.名古屋のちくさ正文館の2階に出店していた古本屋のシマウマ書房が撤退。
[本クロニクル83で、この出店にふれ、また昨年8月には実際に訪れてもいる。
その際にはイベントが開かれ、盛況だったし、ちくさ正文館との組み合わせもよく、それなりには好調なスタートのように見えた。
しかしその後、客数はまったく伸びなかったらしく、1年もしないうちに撤退となったようだ。
立地、知名度、客層からして、新刊のちくさ正文館と古書シマウマ書房のジョイントはベストだと思われたが、複合化の難しさをあらためて考えさせられる。
現在は雑貨やカフェとの複合化が盛んに語られ、現実化しているが、その本当の実態はどうなのか。それが遠からず語られるようになるだろう]
8.年末に『フリースタイル』31が出て、恒例の特集「THE BEST MANGA2016 このマンガを読め!」が組まれている。
[今回は愛読している野田サトルの『ゴールデンカムイ』(集英社)が2位に選ばれていて、本当にうれしい。1位の九井諒子の『ダンジョン飯』(KADOKAWA)はあまりかわないので、実質的にはBEST1と見なしたい。
現在5巻まで刊行されている『ゴールデンカムイ』は日本近代史を背景とし、北海道を舞台に先住民、明治維新の敗者、日露戦争からの帰還者、網走監獄からの脱獄者たちを召喚し、そこにアイヌの生活や知恵をオーバーラップさせ、隠された黄金を巡って物語が展開されていく。先行する様々な物語コードのすべてをたたきこんで疾走するドラマとして出現している。第6巻が出る3月が待ち遠しい。たまたま5巻を読み終えた後、『北方関係を主とした弘南堂古書目録』第56号が届いた。多くのアイヌ民族関係書が掲載され、こちらも想像力を駆り立てる。それにしても1万4千点に及ぶ新刊が出されるコミックは何らかのガイドがないと、もはや選択が難しくなっている。そうした意味において、「ベスト10+コメント」を寄せている書店担当者たちの選択と意見はとても参考になる。1番早く新刊を見ることができる立場の躍動感と発見の喜びがこめられているように思える。本当はそれらの全員の名前を挙げるつもりだったが、迷惑がかかるかもしれないので止めた。ぜひ『フリースタイル』31を読んでほしい]
9.ダヴィッド・ラーゲルクランツによる『ミレニアム4』(ヘレンハメル美穂、羽根由訳、早川書房)が刊行された。いうまでもなく、スティーグ・ラーソンの死によって3で中絶してしまっていた『ミレニアム』の続編である。
[私はヒロインのリスベットをスウェーデンの現代版「緋牡丹のお竜」と見なしているので、思いがけぬ続編の刊行は歓迎すべきものだった。本ブログ「ゾラからハードボイルドへ」の27「スティーグ・ラーソン『ミレニアム』」もぜひ参照されたい。
ひとつの社会的思想を有する『ミレニアム』のようなミステリーシリーズを引き継いで書くことはかなり難しいと思われたが、ラーゲルクランツはそれをきちんとふまえ、ラーソンの連作にこめた意志を継承し、ふさわしい続編を提出していると見なせよう。
リスベットはアメリカのNSA(国家安全保障局)のネットワークに侵入し、「国民を監視する者は、やがて国民によって監視されるようになる。民主主義の基本原理が「ここにある」とのメッセージを残し、それにミカエルの調査が絡み、この『ミレニアム4−蜘蛛の巣を払う女』は始まっていく。
現在の監視社会に対する批判であると同時に、これがスノーデンによるNSAの国際的盗聴告発事件の事実に触発され、この作品が提出されたことは疑いを得ない]
10.前回、香港の出版社兼書店の関係者4人が北京へ連行されたことに言及したが、同『ニューズウィーク日本版』(1/19)などが続報を発している。
その記事「『反中』書店関係者が連続失踪 香港の自由ももう終わり?」は次のように書き出されている。
「中国政府との間で何かと問題を起こしてきた香港の銅羅湾(コーズウェイベイ)書店関係者が1人1人と姿を消している。謎に包まれた失踪事件に、言論の自由が失われるのではとの懸念が出ている。」
[これらの記事によれば、先の桂民海などの4人に加え、株主の李波も香港から失踪した。その後、桂民海と李波は中国本土にいることが明らかになり、中国当局による越境身柄拘束、「気に入らない書店経営者」拉致事件で、香港では5人の釈放を求め、10日に銅羅湾書店関係者を始めとする6千人の抗議デモが行なわれた。
一国二制度で、言論や出版の自由が認められている香港でも、「気に入らない書店経営者」の中国への拘束連行が起きたことで、習主席関連本を撤去するなどの影響が出始めているようだ。
ここで『ミレニアム』に類する社会批判をコアとするミステリーのことを考えると、そうした作品を作家が書き、出版、流通、販売できる出版業界の存在は、自由な社会を示すバロメータではないだろうか。
中国でそのようなミステリーが刊行されたとは聞いていないし、独裁国家、内乱や戦争が起きている社会ではそれらの出版は許されないだろう。ロシアにしてもペレストロイカ後には出されていたが、プーチン時代になってからはどうなのであろうか。エジプトでもアラブの春の時期にミステリーが出され、ベストセラーになったことは知られているが、現在はどうなっているのか。中東では難しくなっていると思われる。
日本、アメリカ、西欧、北欧はまだそうしたミステリーが刊行できることだけでも、出版の自由があることを認めなければならないだろう。だが一方で、「気に入らない書店経営者」や出版関係者が拘束される時代もやってくるかもしれない。
そこで『ミレニアム』に関連してだが、拉致された1人の桂民海はスウェーデン国籍であるので、この事件をベース、もしくはモデルにして、『ミレニアム』のさらなる続編を期待したい]
11.藤脇邦夫の『出版アナザーサイド』(本の雑誌社)が刊行された。サブタイトルは「ある始まりの終わりー1982−2015」。
[これは白夜書房に1982年から2015年まで、営業マン兼単行本企画編集者として在籍していた記録であると同時に、当然のことながら、白夜書房史となっている。
私は藤脇の著書や編集本を何冊も購入し、読んでいるので、白夜書房史をめぐる物語は彼が書くと思っていたし、寿ぐべきだろう。版元もよく出してくれた。
タイトルに「アナザーサイド」とあるように、私見によれば、1980年代から90年代にかけては白夜書房の時代だったと思える。荒木経惟と『写真時代』、『ビリー』『ヘイ!バディ』などが寄り添い、白夜書房だけが放っていた編集の熱気のようなものを感じることができた。それは自販機本やビニール本と同種のオーラにも似ていた。
藤脇のこの一冊を読みながら、そのような雑誌群の記憶が蘇ってきた。その一方で、末井昭も特異な編集者だが、経営者の森下信太郎の話も一度聞きたいと思った。
藤脇は『出版ニュース』(1/上・中)に「ダウンサイジング化していく出版業界」も寄稿しているが、これも「アナザーサイド」、ひとつの視点であって、「ダウンサイジング」のすべてが解明されているわけではない]
12.藤脇の『出版アナザーサイド』を読んでいるうちに、最近読んだもう一冊の本も思い起こされた。それは牧村康正+山田哲久『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』(講談社)である。
[これも日本アニメ史の「アナザーサイド」を描いた一冊と呼んでいいかもしれない。
「彼は悪党であった。/そして誰もが知る時代のシンボルを創り上げた人物だった」と始まっている。
この西崎は創価学会の労音プロデューサーから手塚治虫の虫プロ商事に入り、アニメ製作に進み、まさに「悪党」として「宇宙戦艦ヤマト」という時代のシンボルを創り上げる。
この作品を契機として、「機動戦士ガンダム」も「エヴァンゲリオン新世紀」も生み出されていったのである。
それに付け加えれば、この共著者の牧村は竹書房の編集者、経営者だった人物で、常に溝口敦に同伴した竹書房版極道ジャーナリズムの隠れた功労者だといっていい。竹書房もまた1980年代から90年代にかけての出版史の「アナザーサイド」であることは明白だし、ぜひ遠からず、竹書房史を書いてほしい]
13.『人文会NEWS』(No.122)に「図書館レポート」として、吉田倫子が「公共図書館の選書」を寄稿している。
吉田の図書館歴は4半世紀に近い、横浜市中央図書館司書、日本図書館協会の認定司書である。彼女は図書館の選定に関して、図書館Webサイトで公開している鳥取県立図書館「資料収集方針」など、「調布市立図書館資料の収集・保存・除籍に関する基本的方針」、「横浜市立図書館資料収集基準」を示した後、具体的な収集基準を挙げている5つの表を掲載している。
それらのタイトルと図書館名だけを引いてみる。
表1 「重要度の表現について」(国立国会図書館 資料収集方針書) 表2 「資料の種類についての表現」(横浜市立図書館資料収集基準・収集基準の記述) 表3 「一般(大人)用図書館資料 中央図書館」(横浜市立図書館資料収集基準・館種別収集基準) 表4 「一般(大人)用図書館資料図書収集基準 中央図書館 590(家政学)分類」(横浜市立図書館資料収集基準より抜粋) 表5 「医療情報コーナー選定方針」(横浜市中央図書館)
これに続けて、「図書館と書店の理想的関係」として、図書館はすべて地元の書店を通じて定価で購入するという「鳥取モデル」の実像も紹介し、「図書館は書店と出版社の隣人だと声を大にして言いたい」と結んでいる。
[これを紹介したのは、5つの表に具体的に示された公共図書館の選書の方針や基準が提出されているからである。これまで不勉強で、ここまでまとまった選書方針や基準は目にしていなかった。
これらに目を通しただけで、公共図書館における明らかに残予算消化のための意味脈絡不明の購入が浮かび上がってくることになる。
定有堂書店と鳥取県立図書館の関係は、奈良敏行から聞いていたが、あらためて定有堂も「鳥取モデル」の中に位置する書店と了解される。
こちらから問いたいことは多々あるし、吉田も「意見部分は個人的なもの」と断っているけれど、とても啓蒙されたことを付記しておこう。
なお、日本図書館協会が66年にわたって実施し、『週刊読書人』に「選定図書週報」として掲載されてきた「選定図書速報」事業が3月で終了する]