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古本夜話827 豊島与志雄訳『レ・ミゼラブル』と新潮社『世界文学全集』

 辰野隆は『仏蘭西文学』の中で、フランス文学の重要な訳業として、豊島与志雄によるヴィクトル・ユゴー『レ・ミゼラブル』を挙げているが、これがフランス語原書からの初めての大長編小説の翻訳だったからである。

 まず『レ・ミゼラブル』は大正七年から八年にかけて、新潮社から四巻本で刊行された。これは菊半截判上製の翻訳シリーズとしてで、『新潮社四十年』には、同じ装幀の大正五年のドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』などの書影が掲載されているけれど、直接の言及はない。それは河盛好蔵の手になる『新潮社七十年』も同様で、前者にはなかった「新潮社と翻訳文学」という一章が割かれ、本連載815のポール・モーラン『夜ひらく』が「現代仏蘭西文芸叢書」の一冊として出され、それが新感覚派文学を生んだとの記述はあるが、『レ・ミゼラブル』に関しては書かれていない。その代わりといっていいのか、巻末の「新潮社刊行図書年表」には「翻訳叢書」としての記載を見ることができる。先のドストエフスキーも売れたとされているが、手元にある『レ・ミゼラブル』は大正十年十四版で、定価二円の六八四ページの翻訳が、驚くほど版を重ねているとわかる。まさに大正は新潮社の翻訳文学出版の時代だったのだ。
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 しかし『レ・ミゼラブル』は「翻訳叢書」として終わったのではなく、昭和円本時代を迎え、『世界文学全集』の第一回配本にすえられ、しかもそのうちの三巻を占めることになった。それに当たって豊島は『レ・ミゼラブル(1)』(『世界文学全集』12)に「改訳の辞」を寄せ、次のように述べている。
f:id:OdaMitsuo:20180911142905j:plain:h120(昭和2年版)

 「レ・ミゼラブル」の翻訳を私が仕上げたのは、今から七年余り以前のことである。(中略)
 翻訳の仕事は実に難事である。語法から発想の順序形式まで凡てに於て異る外国文を、完全に邦文に移しかへるといふことは、全く至難の業である。殊に、雲の如く湧き起る思想観念に乗じて自由奔放にペンを走らしたと思へる「レ・ミゼラブル」のやうな作に対しては、而も邦文原稿紙四千枚に及ぶかゝる浩瀚なものに対しては、その感が強い。(中略)
 私は此の改訳を似て、自分の「レ・ミゼラブル」の翻訳の決定版としたい。他日なほ見直したならば、不満の点が多く出て来るだらうかも知れないけれど、私はもはや再訂の余暇を持たないだらう。

 『レ・ミゼラブル』の『世界文学全集』版は改訳ばかりでなく、「翻訳叢書」版どころではない売れ行きにつながる予約部数を獲得し、何とそれは五十八万部に及んだのである。『世界文学全集』全三十八巻は、改造社の円本の嚆矢としての改造社の『現代日本文学全集』に続くもので、その企画を決定すると、ただちに『東京朝日新聞』に二ページ広告を出した。これは石川弘義、尾崎秀樹の『出版広告の歴史』(出版ニュース社)において、『レ・ミゼラブル』の書影とともに、昭和二年一円から始まる新聞広告の推移も具体的に示し、三月の予約締切に至る流れがたどられている。その広告には「予約募集」「上製五百頁/一冊壹円/日本一の廉価版」「全訳定本」といったキャッチコピーが躍っているし、それが功を奏し、かつてないかたちで、広範に全国津々浦々へと外国文学が拡販されていったのである。

現代日本文学全集 (『現代日本文学全集』)f:id:OdaMitsuo:20180911113737j:plain:h120

 そのかつてないかたちのひとつは、河盛が忘れることなく『新潮社七十年』で指摘しているように、「この全集の成功によって、翻訳家も大いに潤うた。それは従来本来翻訳文学は請負制または買取制が通例であったのを、この全集の訳者の一人だった広津和郎の尽力で、印税が確立されたからである」。それの経緯と事情は拙稿「広津和郎と『改造』」(『古本探究』所収)などで論じているので、よろしければ参照されたい。『世界文学全集』のうちの一冊、フロオベル、モーパッサン『ボワ゛リイ夫人・女の一生』において、広津は後者の訳者だったのである。
古本探究

 昭和円本時代の出現に伴い、改造社の『現代日本文学全集』はそれまでの貧乏が売りものだった文士たち、『世界文学全集』は同様の翻訳家たちをして、初めて「大いに潤うた」事態をもたらしたのである。このような出版状況に関しては、これも拙稿「円本時代と書店」「円本・作家・書店」(いずれも『書店の近代』所収)で具体的にふれていることを記しておく。
 書店の近代

 そのことから考えても、『世界文学全集』のうちの『レ・ミゼラブル』三巻の翻訳を担った豊島与志雄が他の訳者よりも、群を抜いて「大いに潤うた」ことは想像に難くないだろう。しかし『レ・ミゼラブル』に続いて、大正九年から十二年に「翻訳叢書」として、これも全四巻が出されたロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』は、それでも大正十三年の『世界文芸全集』には再録されたが、こちらは『レ・ミゼラブル』ほどの売れ行きが見込めなかったからだろう。その後は『レ・ミゼラブル』と同様に、昭和十年代初頭に岩波文庫化されている。これらのフランス文学翻訳書のベストセラー化や岩波文庫化は、フランス文学研究者たちの野望や出版社の射幸心をあおったに違いないし、これまで見てきたような昭和十年代におけるフランス文学翻訳書の隆盛は、それらと無縁でないように思われる。

f:id:OdaMitsuo:20180911113032j:plain:h120(『世界文芸全集』)


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