出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

柴野京子の『書棚と平台』を批評する

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今月上梓した拙著『古本探究2』の中で、取次から見た同文館、取次としての北隆館、至誠堂、大東館を書き、また独歩社や金星堂における取次の位置や機能について論じたばかりだった。

古本探究 2

ところが偶然ながら、時を同じくして、「出版流通というメディア」をサブタイトルに付した、柴野京子『書棚と平台』(弘文堂)が刊行された。奇しくも拙著の初版印刷日と柴野著の初版発行日はともに8月15日となっている。

書棚と平台―出版流通というメディア

『書棚と平台』はかつて東販に在籍していた著者が研究者に転じ、その修士論文をベースにして刊行されたものであり、これまでの取次論の集大成にして、新しい出版研究の出現と評価することができよう。

だが同書は修論をベースにしていることもあり、タイトルのイメージとは異なる専門書で、記述は晦渋なために、的を射た紹介や書評の出現はあまり期待できないように思う。だからここで要約紹介し、いくつかのコメントを付け加えておこう。

柴野は同書の序章をまず近年の「出版危機言説」の分析から始めている。彼女によれば、それは出版不況を背景とした経営問題としてであり、その原因としての流通寡占、雑誌依存性、再販制といった固定的商習慣などの産業構造が問題化された。これらの要素に加えて、外部環境の変化、技術革新、教養主義的言説が相乗し、文化人や業界関係者たちがそれぞれ個人的利害や思い入れの上に個別に論議してきた。これが近年の「出版危機の実態」で、その範囲の議論の中からは、「問題」も「解決」も見えてこない。ではどのように「出版危機」はとらえられるべきなのか。

そこで柴野は長谷川一が『出版と知のメディア論』みすず書房)で提出した出版危機をめぐる議論を見直す、新たな視座に注目する。長谷川の定義によれば、出版とは「書物を契機としてコミュニケーションを媒介し、それによってコミュニティを生成・確認・維持・展開していく一連の営み」で、その「書物を媒介としたコミュニティ」はそれぞれの時代や社会の関係性、共感とリアリティによって構築され、「常に可変である」。柴野はこの長谷川の視点が吉見俊哉論議を継承したものと位置づけ、吉見の「本の代わりに、何が文化的公共圏を支えるのか?」(『別冊・本とコンピュータ』4所収)から、出版危機とはこれまで保たれてきた「市場の原理」と「文化の論理」の幸せな結合を示す「文化的公共圏」の危機だとする一文を引いている。
出版と知のメディア論

そして吉見の「文化的公共圏」を長谷川が可能的様態としての「人文書空間」=「『知』をめぐって共有される書物コミュニティ」と名づけ、この「書物コミュニティ」の変容こそが、「出版危機」の本質だとの視座を受け、柴野は「『危機』において必要なのは崩壊した可能的様態=コミュニティの再生」であって、その方法は長谷川の提起した「エディターシップ」だとする。「エディターシップ」とは「ひととひと、コトとコト、あるいはひととコトをつな」ぐものだとされる。柴野はこの「エディターシップ」を取次の流通機能にあてはめ、本書を構築展開したと考えるべきであろう。

またそこに柴野はアメリカのマーケティング理論である「アソートメント」も援用している。「アソートメント」とは「流通過程で意識的に行われる財の組み合わせ」で、これが取次の流通機能と見なされるのである。したがって柴野は「エディターシップ」と「アソートメント」のコンセプトから出版流通をとらえ、出版社や書店、または読者にも従属しない取次独自の機能として、そのメディア的テクノロジーをあぶりだそうとする。そのモチーフこそは、その検証を通じて、「ポスト近代の流通システムは新たなコンテクストを持ちうるのではないか」というものである。

このような複合的な視点から、第1章から第5章が編まれている。第1章は出版流通史の構造的把握を試みる「メインストリームの系譜」、第2章は出版通史ではふれられない周縁史としての「赤本の近代」、第3章は書店や露店といった店舗を、買う側から「購書空間」と名づけ、アソートメントの道具として書棚や平台を考察する「購書空間の変容」、第4章は出版取次における出版物の取引の変遷に言及し、アソートメントをつくり出す取次テクノロジーを論じる「近代テクノロジーとしての取次」、第5章は出版流通の構造とその力学についての「出版流通の力学」となっている。

そして「終章」に至って、現代に戻り、「書物を媒介としたコミュニティ」を支える現代の出版流通、及び購書空間の構想となっている。柴野はそこで「『本に出会うリテラシー』の回路を取り戻すこと」を提案している。ブロガーや個人書店経営者が持っているリテラシーが「本に出会うリテラシー」だと定義し、それがよりアクセスしやすい場所に開示されることで、「リテラシーをもたない人、失ってしまった人」に提供する。さらに産業システムに取りこまれない、個人が外在する「リテラシーの開示が可能となる不定形のネットワーク」の設定を提案する。そして産業側がすべきことはこの開放的ネットワークの実現とサポートするプロの養成で、このようなプロは人員の流動化が進む書店、公共、学校図書館でも求められるはずだ。

ここでまたしても長谷川の「エディターシップ」が持ち出される。それらのプロが介在することで、書店や図書館のような組織と個人が相互につながり、リテラシーの優劣を問わず、人と出版物を再び媒介し、「可能態としての『流通』を形成する」。このようなエディターシップを経て、「実際に人が本と出会い、手渡される局面で、流通は実態に生まれ変わる」ことで、「新たな購書空間が生まれる」。そこでこそ「近代日本の形成した出版流通」は「本来のダイナミズムを実態として発揮する機会を与えられるのではないだろうか」と柴野は結んでいる。

この『書棚と平台』は新しい出版研究者の出現として、深く読みこまれることもなく、多くの称賛を浴び、きっと出版学会賞も与えられるだろうが、その欠陥についてはっきり書いておくべきだろう。

本文はそれなりに読ませるし、教えられることも多いが、「終章」の結論部分はまったくいただけないと思う。それは取次経験があったにもかかわらず、研究者の限界を露呈させている。このような提案を取次に持ちこんでも、現在の取次は目を白黒させるのがおちだろう。

長谷川の「エディターシップ」も同様に映るが、それは流通や販売からもかけ離れたアカデミズム内「文化的公共圏」では可能であるにしても、つまり柴野の「あとがき」に示された師弟関係、研究者養成に応用できても、現在の出版業界にはまったく通用しない机上の論で、お伽話にしか見えない。

柴野の結論から浮かび上がるのは、彼女が歴史分析はできても、現在の出版業界についての明確な見取図を持ち得ていないのではないかという疑問である。そのことによって、この本は真の出版危機の在り処を一時的に別方向に導く危険性を孕んでいる。それは一貫して取次を流通メディア中心に捉え、もう一方の重要な機能である金融メディアの側面にほとんどスポットを当てていないからである。わずかに東京堂と書店の金融コントロール問題にふれているにしても。
柴野も高く評価し、参照している村上信明の『出版流通とシステム』新文化通信社)の中で、日本の取次は「世界最高のシステム」であると同時に、委託販売制は「どんぶり勘定」にして「悪魔的制度」と述べられている。柴野は村上が指摘する取次の流通メディアとしての「世界最高のシステム」の歴史と内実を論じ、取次の金融メディアとしての「どんぶり勘定」と「悪魔的制度」に言及していない。取次は流通メディアとして出版社と書店を結んでいるし、それは金融メディアが両輪となって作動している。流通と金融は表裏一体で、それが取次の真の実態なのだ。その金融メディアの危機が現在の出版危機の根底にある。それは「経営上の問題」といってすませることができるだろうか。「エディターシップ」機能を備え、「文化的公共圏」の最も近傍にあった取次の鈴木書店の破産は、流通メディアとしてではなく、歩戻し問題を含めて金融メディアとして立ちいかなくなったことで生じているからだ。だから『書棚と平台』は、流通と金融に対する複眼性を欠き、取次の金融メディアという機能をほぼ捨象して成立していることになる。

それから同書の「序章」には私も登場し、拙著『出版社と書店はいかにして消えていくか』の内容紹介がなされ、「現代的読者に対応した流通システム」の「あるべき姿」を、「現代的読者の消費傾向」の上に置いていると書いている。しかしこれは私の説明不足もあるかもしれないが、明らかに誤読もしくは誤った紹介で、私はカッコ内の言葉を本書で使っていない。私が述べているのは、書店から見られた流通と金融事情から上意下達的で利益が上がらない書店マージンを増やすために、書店に価格決定権を持たせる低正味買切制にすべきだということで、現在の「35ブックス」的な提案をそこでしているのである。


出版社と書店はいかにして消えていくか
(初版 1999年/ぱる出版)
出版社と書店はいかにして消えていくか
(新版 2008年/論創社)

拙著は吉見、長谷川の論議と同様の構図とされ、二人の紹介の後になされているのだが、ここにも操作がある。あたかも二人の論議が先にあって、私が出現したようになっているが、事実は逆で、吉見論文は2000年、長谷川の著作は03年で、拙著の刊行は1999年である(初版、ぱる出版/新版、論創社08年)。吉見や長谷川の見解も、拙著の延長線上に成立していることは明白である。これらの誤った紹介と操作を隠蔽するために、本来であれば出版社名と発行年、参照ページを、他の著者の著作と同様に注として明記すべきなのに、意図的に拙著についてだけは省かれ、巻末の文献一覧に紛れこませている。
それを実際に示せば、長谷川に言及した19ページでは同ページに傍注、同じく吉見は20ページ、21ページに傍注がある。だが私の場合、21ページから22ページにかけて言及しながら、出版社名と発行年、参照ページの傍注は施されておらず、意図的だと判断する他はない。

そして理論的には吉見と長谷川を継承していても、素材的には取次の誕生と成長、赤本のこともすでにふれている拙著、及び、同じ『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』を使って近代書店空間と赤本も論じている、これも私の『書店の近代』がともに、柴野にとっては最もヒントになったのではないだろうか。『書棚と平台』は、私が初めて命名した「出版社・取次・書店という近代出版流通システム」から「取次」と「流通」と「書店」=「購書空間」を抽出してクローズアップさせる試みであったようにも読める。

書店の近代

長くなってしまい恐縮だが、もう一人言及したい人物がいる。それは「あとがき」に出てくる「大阪屋出身の出版流通史研究家・戸家誠」についてである。拙著刊行後、彼から会いたいという連絡が入り、『大阪屋五十年史』を編纂中だった彼を大阪屋に訪ねたことがあった。私が描いた取次像は、自分のものと異なっていると彼が言った。私は取次経験もないので、そこが弱いと自覚している。だからそれはあなたが書くべきだし、書いてほしいと話したことがある。その後深い事情はわからないが、彼は大阪屋を退職してしまい、それ以後会っていない。久し振りに名前を目にし、健在であったことを確かめられただけでもよかったと思う。

柴野には次の仕事としてぜひ戸家にインタビューし、聞き書による戦後取次史をまとめてほしい。鈴木徹造『出版人物事典』出版ニュース社)の資料提供はかなりの部分を戸家が担当しているはずで、資料にも深く通じているし、取次のオーラルヒストリーを聞いてみたいからだ。それに赤本といえば、戦後の劇画も大阪で戦後誕生したのであり、大阪屋と無縁であったはずがない。それは大阪を出身とするカストリ雑誌、ポルノ雑誌も例外ではないだろう。それらについての取次人の証言を聞いてみたい。


またこれも偶然だが、同時期に日本経済評論社から松本昌次編による『西谷能雄 本は志にあり』が出された。

西谷能雄 本は志にあり―頑迷固陋の全身出版人

西谷は言うまでもなく、1951年に未来社を創業し、出版者として、流通問題についてもっとも多く発言し、また買切制も導入したことで知られている。

彼が亡くなってすでに15年近くが経つかと思うと感慨深い。本書は取次の流通とアソートメントについても述べられているので、『書棚と平台』に対して、異なる照明を与えることができるだろう。

そういえば、西谷は『書棚と平台』を刊行した弘文堂を退職して未来社を始めたのであり、その時同時に弘文堂を辞した久保井理津男は創文社を興している。これも奇妙な出版のアソートメントと呼べるかもしれない。


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