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続『書棚と平台』を批評する 2

(この記事は続『書棚と平台』を批評する 1の続きです)
書棚と平台―出版流通というメディア

福嶋の引用している「話をややこしくしている」との柴野の言は、『書棚と平台』の「序章」の「出版危機言説をめぐって」において、佐野眞一『だれが「本」を殺すのか』を批判した際に出てきたものだ。しかし「話をややこしくしている」のは佐野ばかりでなく、柴野も同様である。それは冒頭の「出版危機言説をめぐって」の中で、出版史の事実を歪曲して記していることから始まっている。少し長くなるが重要な部分なので、10ページに書かれた全文を引用する。これは「出版危機言説をめぐって」の結論、もしくは本書全体の問題提起として、18ページでほぼ同様のことが繰り返されている。だから同書の視座の根幹にあると考えるべきだろう。彼女は次のように書いている。

そもそも出版は投機的な事業であり、倒産の危機は戦前戦後を通じて何度か訪れている。しかし世紀をまたいだこの危機では、出版社のみならず、大阪の駸々堂弘前の今泉本店のような老舗書店や、大阪の柳原書店、専門書の鈴木書店など、商品と金融の要である取次会社にまで廃業や倒産が及んだため、業界は大きく動揺した。これを受けて問題提起や提言の書が数多く刊行され、作家、編集者といった文化・知識人を含む「活字業界」の関係者や、マス・メディアの間でも、この問題がしばしばとりあげられるようになった。さらには90年代なかばから再浮上していた、出版物再販制度の存廃にかかわる経済産業論からの議論も加わり、この三様のアプローチによって、「出版危機」は恒常的なテーマとして語られるようになったといえるだろう。

しかしこの「出版危機言説」見取図は間違っている。しかもそれは意図的になされたものだろう。彼女が挙げている書店や取次の廃業や倒産年を確認してみる。

駸々堂2000年1月
今泉本店2000年11月
柳原書店1999年12月
鈴木書店2001年12月

柴野は「これを受けて問題提起や提言の書が数多く刊行され、作家、編集者といった文化・知識人を含む『活字業界』の関係者や、マス・メディアの間でも、この問題がしばしばとりあげられるようになった」と書いているが、あらためて彼女のいう主な「出版危機言説」の出版や発表年を年代順に確認してみる。これらの文献は『書棚と平台』所収の「文献一覧」に挙げられているものである。

1 拙著 『出版社と書店はいかにして消えていくか』 1999年6月
2 〃 『ブックオフと出版業界』 2000年6月
3 吉見俊哉 「本の代わりに、何が文化的公共圏を支えるのか?」(『別冊・本とコンピュータ』4所収) 2000年11月
4 佐野眞一 『だれが「本」を殺すのか』 2001年2月
5 小林一博 『出版大崩壊』 2001年4月
6 長谷川一 『出版と知のメディア論』 2003年5月
7 拙著 『書店の近代』 2003年5月


出版社と書店はいかにして消えていくか"

ブックオフと出版業界

だれが「本」を殺すのか

出版大崩壊

出版と知のメディア論

書店の近代

ちなみに柴野が「この問題に対して真摯に取り組み精力的に議論を重ねてきた」と評価している『季刊・本とコンピュータ』が、2本の討論「出版危機!電子出版は突破口たりうるか?」と「どうする、出版流通?」を1999年1月発行の冬(7)号に掲載した。だがそれは電子出版などに表われ始めた出版業界の地殻変動の予感であり、まだ危機の見取図は定かになっていなかった。その後に拙著が出版され、危機全体の見取図が明らかになったのだ。

これらの確認した事実から明らかなように、書店や取次の廃業や倒産の前に、拙著『出版社と書店はいかにして消えていくか』は刊行されているのである。私は別に先見の明を語りたくて書いているのではない。痛みを持って書いただけで、そこに誇ることは何もないからだ。しかし拙著の出現によって、初めて出版危機の実態と状況が明らかになったことは紛れもない事実であり、ここから「出版危機言説」が始まったことは、出版業界において自明のことだと思われる。

例えばこれも柴野の「文献一覧」に挙げられている田中達治の『どすこい出版流通』ポット出版)を見てみよう。これは田中の99年から07年にかけての営業部通信で、これも柴野によって、「筑摩書房の元営業部長が現場から見すえた出版流通」とコメントが付されている。その田中が同書の中で、「出版危機言説」本に対して呼応し、言及しているのは、『出版社と書店はいかにして消えていくか』だけなのである。そして『どすこい出版流通』自体が営業部通信でもあるが、田中なりの拙著と併走する出版危機レポートとなっていることがわかる。
どすこい出版流通
同書は田中の没後の08年に刊行されたこともあり、出版にあたって注がつけられている。拙著にも学会員の星野渉による注が、22ページに次のように寄せられている。

小田光雄『出版社と書店はいかにして消えていくか』(ぱる出版)……1999年に刊行された出版関連本。日本の出版市場を拡大してきた委託、再販といったシステムが、市場の縮小という新たな現実の中で崩壊することを詳細なデータを用いて指摘した。当時、大手取次・日本出版販売の経営危機が朝日新聞の一面を飾るなど出版業界全体に不透明感が漂っていたこともあって、同書は業界人に大きな衝撃をもたらした。【星野】

田中の言及と星野の注によって、「出版危機言説」本の最初の一冊に拙著をすえたことを理解して頂けると思う。しかし星野の記述も意図的に操作されている。「当時、大手取次・日本出版販売の経営危機が朝日新聞の一面を飾るなど出版業界全体に不透明感が漂っていたこともあって」と星野は書いているが、確認したように、拙著の刊行は99年6月、日販の経営危機が明らかになったのは00年1月である。拙著はそれよりも半年前に刊行されていて、前述した書店や取次の廃業や倒産も含めて、それらを予告するように書かれていたから、「同書は業界人に大きな衝撃をもたらした」のだ。

星野は業界誌『文化通信』の編集長であるから、そのような経緯は百も承知のはずだ。だから意図的な間違いと考えるしかない。この記述は、柴野の前述の「出版危機言説」における「これを受けて問題提起や提言の書が数多く刊行され」という操作と酷似している。しかも拙著は、彼女が挙げている文化人や業界関係者ではなく、零細な人文書出版社の経営に携わる「当事者」によって書かれたことを、柴野や星野は隠蔽している。この二人が出版学会員であることは偶然なのだろうか。

次回につづく)

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