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出版と近代出版文化史をめぐるブログ

続『書棚と平台』を批評する 4

(この記事は続『書棚と平台』を批評する 1 の続きです)
書棚と平台―出版流通というメディア

柴野京子のいう「一〇年に及ぶ出版危機言説の実態」は『本とコンピュータ』のいくつもの特集を当てはめたもので、拙著とは位相を異にすると既述した。

ここまで書いてきたからには、さらに出版学会と私との関係と経緯についてふれなければならないだろう。学会の気分の反映と考えるしかない柴野や星野の「言説」、わずか十年間のことすらも歪曲してしまう出版史を反復させないために、すでに故人のことでもあり、これまで公表してこなかったことも含めて、あえて書く。

それは小林一博の『出版大崩壊』問題である。もちろん柴野も「文献一覧」に挙げているが、これははっきり言って、私の『出版社と書店はいかにして消えていくか』『ブックオフと出版業界』剽窃である。オリジナルは3章の「ごま書房にみる『出版大崩壊』」だけで、大半は私の二著をベースにして、話し言葉を書き言葉にリライトし、構成変更とパッチワークを施して成立したものである。そのために多くの数字や事例が挙げられているにもかかわらず、参考文献も出典も何ひとつ示されていない。
パサージュ論

小林は出版評論家として著名で、しかも学会の理事を務めた人物である。私は一読してあきれる思いでいたところに、小林は面識がないためか、学会関係者を通じて、私に謝罪してきた。編集者が勝手に全部やったことで、一切関与していないが、執筆を約束したこともあって、自分の名前で出してしまった。重病の床にあるので、今回のことは勘弁してほしいというものだった。小林が末期癌で闘病中の話は仄聞していたので、金銭的事情も大いに絡んでいるだろうと考え、私もこの件は胸に収めることにしたのである。この話を疑うのであれば、謝罪を伝えてきた学会関係者の名前を実際に挙げてもいい。これが第一の出来事である。

私と学会の関係はそれだけで終わらなかった。『書店の近代―本が輝いていた時代』平凡社新書)を出したあたりで、私に関するデマや中傷が飛び交い、いくつかの出版社を通じて私の耳にも入ってきた。これも名前は挙げないが、学会員たちが飛ばしていたのである。それが何に基づいているのかわからなかった。私が気づいたことにさすがに後ろめたかったのか、デマや中傷を飛ばしていた張本人から、弁解の言葉とコピーが寄せられてきた。そのコピーは学会員の稲岡勝が書いたものだった。それで稲岡が『出版ニュース』(03年12月中旬号)に書いた「『日本出版関係書目』の刊行と出版研究」と題する巻頭四ページの一文が震源地だと判明した。
書店の近代

『日本出版関係書目』は稲岡たちが編集した、過去百三十年にわたる出版関係書五千点余の文献総覧で、刊行に際して、その概要を記した前述の一文を『出版ニュース』に掲載したのである。そしてどさくさに紛れて、小見出しもつけずに私を批判し、その尻馬に乗った学会員たちが鬼の首でもとったかのようにデマや中傷を飛ばし、悦に入っていたのだ。稲岡の批判は自らのリテラシーのひどさを露呈する出鱈目なもので、私はこれほど卑しい文章を見たことがないほどだった。このような文章の掲載を許した学会の準機関誌的な『出版ニュース』、及び『日本出版関係書目』の共編者である三人の学会員たち、発行所である日本エディタースクール出版部は恥ずべきであり、彼らが徒党を組んで、私への誹謗中傷に加担したと考えざるを得なかった。

そこで掲載からすでに10ヵ月近く経っていたが、『出版ニュース』の編集長清田義昭に抗議文を送り、誠意ある回答と反論の掲載を求めた。もちろん清田も学会員である。ところが清田からは何の返事も戻ってこなかったので、他誌に書く旨を送ったところ、あわてて掲載すると連絡してきた。それでようやく、『出版ニュース』の04年10月下旬号に掲載されることになったのである。以下に全文を再録する。


これまで知らなかったがゆえに、遅ればせになってしまったが、本誌の稲岡勝「『日本出版関係書目』の刊行と出版研究」における私への批判に反論する。稲岡文は私及び拙著へのデマと誤読と曲解に基づく誹謗中傷、悪意に充ちた個人攻撃であり、さらに平凡社編集部、日本近代文学会に対するいわれなき罵倒であると考え、私個人の責任で断固として抗議する。

稲岡は私のやっているような仕事を「研究」ではなく、「三尺四方」の資料だけを使った「切り貼り」の「俗流出版史」と断罪し、次のように書いている。

例えば最近小田光雄著『書店の近代』(平凡社新書)を見て、アゼンとした。明治二〇年の金港堂の店頭風景が人気漫画の一場面を用いて説明される。著者にすればこの実に気のきいた思いつきに内心得意満面なのかもしれないが、はしなくもそれこそが当人の無知無識をさらけ出しているのだ。マンガの作者に対し絵柄は今日の本屋の風景であって一二〇年昔の店構えではないと叱るのが出版史家の役目の筈である。当時は座売り(商品は店の者を介して渡される)が主流で、店内を自由に歩いて棚の本をとるという陳列の店舗はずっと後のこと、これは商業史のイロハである。単純な事実だが、二葉亭四迷浮雲』には背文字はない。当時の商売の仕方からすれば、書籍に背文字の必要はなかった。お客が直接タナから選ぶわけではないからである。

「アゼン」とするのはこちらの方である。稲岡は引用されたマンガの「絵柄」だけを見て、自分の思いこみでこの文章を書いている。新書一冊どころか、数ページすらもまともに読めないし、「遊び心」や「工夫」がまったくわかっていない。私はこれがフィクションであり、「金港堂の店舗の風景も異なっている」(P49)との断わりも入れている。稲岡文では森鴎外が「タナ」から買ったように書いているが、私は「森鴎外が『浮雲』を買い求めた」(P49)とだけ記している。私は『浮雲』に「背文字」のないことを確認しているし、「主要参考文献」に所蔵の『浮雲』の復刻版を挙げている(P197)。さらに「座売り」に関しても、「『丸善百年史』を引用して、明治二十年代までは「座売り」であったと明確に書いている(P64)。

したがって稲岡の拙著に対する批判はまったく誤読と曲解であり、根拠不在の悪意によるねじまげとしか思えない。このような詐術的読解の果てにさらに私への批判は続く。

この著者は【1】書誌学を解さない(現物を見ていない)【2】基本的資料を知らない(中略)【3】史料批判も出来ない(中略)【4】紀要雑誌論文は見ていない(金港堂の研究はまだないそうだ)、等々出版史の基本にかなり無知な蛮勇の持主らしい。

【1】は『浮雲』を指しているのであれば間違い。【2】と【3】は論証なき言いがかりと難癖。要するに問題なのは【4】であろう。稲岡は私が彼の金港堂の紀要論文を読んでいないことに逆上し、このようなたかだか新書一冊もまともに読めないことを自ら告白するような「無知無識をさらけ出し」、「内心得意満面」に恥ずかしい文章を垂れ流しているのだ。私は「まとまった研究も存在していない」(P50)とはっきり書いているのであり、紀要論文ではなく、一冊の本となった研究書を言っているのだ。

さらに坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、「気のきいた高校生でもできる」、「こんな程度のご仁を呼んでお説を拝聴(『日本近代文学』第65集)し」た日本近代文学会にまで罵倒が及ぶ。ここでも詐術がある。なぜ講演タイトルを記さないのだ。「書誌学」の名前が泣くではないか。講演のタイトルは「近代文学近代出版流通システム」。その前に稲岡は「オハコの近代流通システムが繰り返し出てくるが、その実態については一言の説明もない」と書いているので、私の講演タイトルを挙げられないのだ。私は講演で具体的に資料を呈示し、硯友社の『我楽多文庫』の流通の変遷について言及している。おそらく稲岡は私が次のようなきわめて正当な言葉で講演を終えたことに怯えているのだ。
「最後にひとつ僭越なことを申しますと、これからの近代文学研究は『日本近代文学大事典』のかたわらに、ぜひ『日本出版百年史年表』を携えていただきたいと思います。(中略)流通システムや経済学の視点から近代文学を読み直すこと、それはきっと近代文学の新しい泉、(中略)まだあかされていないもうひとつの日本の近代文学史が潜んでいると確信するからです」。

稲岡は私のような在野の人間や日本近代文学会の人々が彼のちまちま守っているお仲間だけの世界に侵入することを恐れ、それがこのような恥さらしな文章へとつながっている。「気のきいた高校生」ですらやらない誤読と曲解をする「無知な蛮勇の持主」である「こんな程度のご仁」の批判を受けるいわれはない。こんな駄文を書くよりも立派な「研究」とやらを本にするべきだ。どの程度のものか読ませてくれ。必要なら出版社も紹介しよう。

なお『日本近代文学』第65集の総目次は こちら に、この講演「近代文学と近代出版流通システム」は、今年刊行した拙著『古雑誌探究』に収録している。

この私の、稲岡文も引用している反論で、稲岡による私への批判が支離滅裂なものであることがよく了解されたであろう。学会の人々に共通しているのは、学会外にいる人間の出版に関する著作はすべていい加減な「俗流出版史」で、自分たちがやっているのは高級な「研究」だという思いこみである。しかし私は学会に属している人たちが、稲岡の言う「新しい発見」に充ちた研究書を出版していることを、寡聞にして知らない。私も柴野の「文献一覧」の出版関連本のほとんどを読んでいるが、その中でも身近な世代の著作として、感銘深く、本当に教えられることがあったのは、村上信明の『出版流通とシステム』『出版流通図鑑』、大島一雄の『歴史のなかの「自費出版」と「ゾッキ本」』であり、二人は学会に属していないのではないだろうか。それに私は自分の出版に関する本を、他の著作や翻訳も含めて、「研究」だと思ったこともない。どれも書くこと、訳すことの必然性があって生じた一冊であり、それ以外ではないからだ。

ここまで書かれても、その後稲岡は立派な「研究」とやらを本にしていない。『日本出版関係書目』という編纂本以外に、一冊の著書もない研究者とは何者なのか。学会内の小林一博の剽窃は薄々承知しながら隠しているのに、学会外の著者に対してだけ居丈高になって、陰湿で出鱈目な批判を向けてくる神経がわからない。このような体質こそは学会が孕んでいる澱のようなもののように思えてならない。私が反論しなかったら、彼らは稲岡が発した私に対する誹謗中傷をずっとまき散らし続けたであろう。これが第二の出来事である。

そして私の反論のせいもあってか、しばらく鳴りをひそめていたと思われるところに、柴野の『書棚と平台』が出現したことになる。私に言わせれば、まさに第三の出来事に他ならない。だからこそ、すべてには及ばなかったが、柴野に対しても、あえてきちんと反論したのである。

当初の予定では、冒頭に記した出版学会会長も歴任した箕輪成男による、それこそ『出版ニュース』に掲載の『書棚と平台』の紹介書評に言及して終えるつもりだったが、止めた。かえって柴野に同情したくなるほどの、このような学会的文章にこれ以上つきあいきれないからだ。これはまだ図書館などで容易に読めるはずであり、その学会的文章に興味ある読者は実際に読んでみてほしい。

なお柴野をはじめとして、ここに実名を挙げた人物、及び日本出版学会は反論、異論があれば、いつでも発信してほしい。間違いがあれば、訂正もしよう。もし発表の場を必要とするのなら、本ブログを提供してもかまわない。

最後に一言付け加えておく。批判は加えたが、柴野の研究者としてのさらなる研鑚と健筆を祈る。
(番外編につづく)

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