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続『書棚と平台』を批評する 番外編

――大島一雄『歴史のなかの「自費出版」と「ゾッキ本」』について

「続『書棚と平台』を批評する 4」において、身近な世代が書いた出版関連本で、刺激を受けた一冊として、02年に芳賀書店から刊行された大島一雄の『歴史のなかの「自費出版」と「ゾッキ本」』を挙げておいた。

「歴史のなかの「自費出版」と「ゾッキ本」

たまたま刊行時に書評を依頼され、書いたもの(『東京新聞』02年3月17日)が手元に残っているので、とりあえず再録してみる。

 明治二十年代に立ち上がった出版社・取次・書店という日本の近代出版流通システムは、近代文学の誕生と軌を一にしている。この出版業界の成長と近代文学の成立の過程で、作者・出版社・取次・書店・読者からなる近代読者社会が出現し、様々な出版、書物神話、作者・作品崇拝、読書信仰が形成された。

 そして、これらの視点から、出版は常に文化の名のもとに、ピュアなものとして語られてきた。これが著者も指摘しているように「出版の本流」であるのだが、日本出版業界の歴史とは、生産と流通と消費の視点から考察するならば、むしろ自費出版ゾッキ本といった「出版の傍流」にこそ語られなかった出版の真実が潜んでいるのではないだろうか。これが本書を貫いているモチーフである。

 自費出版は説明するまでもないだろうが、ゾッキ本とは取次、書店ルートで売れ残り、出版社が経営に窮して、大量に放出し、古本屋で半値以下で売られているものをいい、特価本、見切り本、数物、バーゲン本等ともよばれている。

 自費出版ゾッキ本も「出版の本流」からみれば、マイナスのイメージが強く、これまでまともに考察されたこともなかったが、本書で初めて書物の歴史において、自費出版とは何なのか、ゾッキ本とは何なのかが真正面から論じられ、出版史の空白を埋める一冊となっている。

 出版流通とその歴史から考察すれば、自費出版はその入り口であり、近世文学も近代文学の詩集も多くが自費出版であった事実を明らかにしている。またゾッキ本はその出口であり、本流のルートではない出版社・特価本業者・古本屋というもうひとつの流通システムに言及し、「出版の傍流」も紛れもない出版業界の重要な側面であったことを教えてくれる。また本書は、自費出版ゾッキ本からみられた歴史構造的出版流通システムの研究であると同時に、欧米も含めた自費出版ゾッキ本文学史としても読むことができる。

結びのところに「欧米も含めた自費出版ゾッキ本文学史」と記しただけだが、私が最も興味をそそられたのはこの部分だった。大島はこれらを確か全5巻に及ぶ未邦訳の『フランス出版史』(Histoire de l'édition française)も読んだ上で論じていて、やはり篤学な人はいるものだと思い知らされた。

フランス出版史

そしてあらためて読んで、私は04年に『ヨーロッパ 本と書店の物語』平凡社新書)を刊行しているが、この大島の著作をかなり意識していたことに気づいた。それなのに『フランス出版史』を読まずに書いてしまったこと、また現在でも未読なことが後悔の念として湧き上がってきた。だからこれを書き終えたら、すぐに原書を注文しよう。

大島の『歴史のなかの「自費出版」と「ゾッキ本」』は、まだまだ読まれていない優れた近代出版史にして、異色の近代文学史でもある。芳賀書店版は品切れのままのようなので、ぜひとも平凡社ライブラリーか、ちくま学芸文庫に収録してほしい。

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