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出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話9 『あまとりあ』と高橋鉄

前回藤見郁の『地底の牢獄』あまとりあ社の「裏窓」叢書として刊行されたことを書いたが、実はあまとりあ社は『裏窓』の久保書店の別名で、この社名で『あまとりあ』を刊行していた。

あまとりあ』は昭和二十六年から三十年にかけて刊行された「性風俗誌」で、戦後生まれの私たちの世代はリアルタイムで読んでいない。だが当時の読者たちには強烈な印象を残しているようだ。その一人である藤本義一『あまとりあ傑作選』東京スポーツ新聞社出版局、昭和五十二年)なるA5判、四百五十ページに及ぶ大部の一冊を編み、「編集後記」において、「アマトリアは、わが青春時代の免罪符」で、単なる読者というよりも、「アマトリアの住人」だったと述べ、その魅力について、次のように書いている。

性に関するあらゆることが、一見、雑然としているようでいて、一貫した性解放の論理立ての上に展開されている雑誌であった。執筆陣も軟派から硬派までを網羅していたし、川柳の解釈もあれば、江戸劇作のユニークな論も垣間見えたし、医学的な見地からの、かなり高度な論も加えられていた。一件、性の雑居ビル風なのだが、よくよく眺めてみると、その一部屋一部屋に住んでいる住人たちの顔は、正真正銘の性の探求者のそれであった。

確かにこの傑作選の性に関する多彩な目次、及び巻末に収録された全五十四冊の「月刊あまとりあ総目録」を見ると、当時の「住人」だった藤本の述懐が理解できる気がする。そこには花田清輝のエッセイや山田風太郎の小説も並んでいる。そして藤本の指摘にもあるように、戦後における性風俗の解放がカストリ雑誌に象徴されて氾濫し、そのエキスが『あまとりあ』へと集結したと考えられる。

あまとりあ』の主宰者といっていい高橋鉄は、カストリ雑誌として著名な『赤と黒』を手がけているし、その後第一出版社の『人間探究』を経て、『あまとりあ』の創刊に至ったのである。その経緯を簡単に記すと、あまとりあ社の前身は大元社で、舟橋聖一の『横になった令嬢』などの文芸書を出版していた。経営者の久保藤吉は印刷業界の出身であり、ヴァン・デ・ヴェルデ『完全なる結婚』河出文庫)の日本的大衆版を企画し、資料を求め、式場隆三郎の紹介で、高橋を訪ねた。ちょうどその時、高橋はヴェルデと異なる日本の性文化に基づく態位集『あるす・あまとりあ』を書いていた。久保はそれに注目し、昭和二十四年に出版に踏み切った。続けて翌年にその続編を刊行し、ベストセラーになり、そこで雑誌『あまとりあ』の創刊が決まった。

先行する『人間探究』と高橋の関係はよくわからないが、昭和二十五年の第二号が手元にあり、高橋の「猥藝論」などの他に、異色の組み合わせといっていい、彼と神近市子と羽仁説子の討論会「結婚・性道徳」も掲載されている。奥付の編集人は奥田十三生、発行人は小泉伸五で、その「編集後記」に「『人間探究』が成功したら我が社もそういう高級な性の雑誌をやろう―などと云つている出版社が大分あるそうである」と書かれているので、『あまとりあ』の創刊の動きが伝わっていたのだろう。

残念ながら、『あまとりあ』の本誌と『あるす・あまとりあ』は所持していないが、あまとりあ社の関連出版物として、『続あるす・あまとりあ』『補冊あるす・あまとりあ『人性記』の三冊を入手している。いずれも均一台で拾ったもので、前二書においては収録された口絵写真に十ページ余のセクシャルな写真、図版、絵画が目を引くだけの地味な菊判ソフトカバーの本である。

しかしこれらを刊行時の昭和二十年代半ばに戻してみれば、性交態位を解説した『あるす・あまとりあ』シリーズのような日本的大衆版はこれまで公然と出版されていなかった書物であり、きわめて刺激的だったと想像できる。私の印象からすると、戦前の羽太鋭治や澤田順次郎の性的啓蒙書と小倉清三郎、ミチヨ夫妻の『小倉ミチヨ・相対会研究報告』ちくま文庫)をドッキングさせたのが高橋鉄の著作ではないだろうか。またこれは鈴木敏文『性の伝道者高橋鉄』河出書房新社)に記されていることだが、『あるす・あまとりあ』のシリーズがベストセラーになったことにより、高橋は自宅を購入し、それは「あまとりあ御殿」と称されたという。
小倉ミチヨ・相対会研究報告
さらにこれらの三冊の奥付を見ると、様々なことがわかる。印刷所は大元社、あまとりあ社の振替口座は久保書店名義であり、大元社、あまとりあ社久保書店は同じ久保藤吉による経営で、出版物によって社名を使い分けていたことになる。また『人性記』の発行者は中田雅久で、この人物が『あまとりあ』の編集長だったのである。だが彼にはもうひとつの編集長の顔があった。それを次回に述べよう。

■古本夜話 エントリー一覧
2009/11/12 古本夜話9 『あまとりあ』と高橋鉄
2009/11/05 古本夜話8 藤見郁の『地底の牢獄』
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2009/09/07 古本夜話1 『奇譚クラブ』から『裏窓』へ