出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

『出版人物事典』の間違い1

本ブログで一連の出版学会批判を展開したことに関して、何人もの読者から、ブログが炎上したのではないか、さらなる誹謗中傷などが押し寄せてきたのではないかという問い合わせを受けた。他の読者もそのことに関心があると思うので記しておくが、私はいつでも反論、異論があれば受けるし、間違いがあれば訂正もするとはっきり書いているにもかかわらず、何もない。要するにすべてが事実だから、反論できないのだ。

ただ本ブログ10月26日の「キディランドと橋立孝一郎」に対して、はてなブックマークのコメントに次のような意見が寄せられている。


ExLibris「『出版人物事典』(出版ニュース社)に、橋立孝一郎は立項されてしかるべき人物だが」って、あの事典は書名通り出版業者が主で書店人は僅少なんだから、求める方が無理。小田光雄氏の言には時々トンチンカンが混 2009/10/26
「ExLibris」はネット検索しても他に発言は見当らず、この一文を飛ばすだけのために設けられたネームであろう。正体を隠して、またしてもデマを飛ばす陰険な手口は、明らかにこの人物が出版学会員だと考えるしかない。

それにここでも学会員特有の操作がよく表われている。「あの事典は書名通り出版業者が主で書店人は僅少なんだから」との言は、間違っている。この事典は、ほぼ出版社、取次、書店を対象とする「出版人」からなり、出版者が最も多いが、取次や書店も含まれていて、ざっと書店人だけを挙げてみても、50人ほどが数えられる。総数は646人で、一割にも充たないが、「僅少」という数字ではない。それにこれは明らかに書店にカウントできる人たちの数なので、兼業も含めれば、この数倍に及ぶことは確実である。それゆえに「僅少なんだから、求める方が無理」は成立せず、そのことによって導き出された私の「トンチンカン」も、出鱈目な「レッテル」貼りとなる。このような「言説」は繰り返しても不毛であるし、いい加減に止めるべきだ。

「ExLibris」が誰であるかの見当はついている。推測が正しければ、自分のブログを持っているはずだし、私の出版学会批判に対して不満があるなら、堂々と反論や異論を述べるべきだ。断定はできないので名前は挙げないが、以前のことも含め、これ以上デマを飛ばしてくるのであれば、実名を挙げることも考えよう。

『出版人物事典』に戻ると、要するにこれは学会のカノンであるから、余計な口出しをするなということなのだろう。しかしこの事典は類書もなく、私も重宝に使ってきたことを認める反面、多くの間違いがあることも事実なのだ。この際だから、そのことにふれてみる。

出版人物事典 私の岩波物語

すでに6,7年前のことになるが、桜井書店の桜井均に関して、遺族から強い抗議を受けた。それは拙著『出版社と書店はいかにして消えていくか』(ぱる出版)の中における、桜井についての言及に関してだった。「赤本系の出版社」のところで、桜井は「春画の通信販売」で資金を貯え、桜井書店という文芸書版元を興したが、赤本上がりだと告げ口され、消滅したと書いた。遺族は、これは事実無根で故人に対する名誉棄損だと抗議してきたのである。

そこで私は、それらの発言が私の勝手な捏造ではなく、「春画の通信販売」は『出版人物事典』の桜井の立項、赤本屋上がり云々は山本夏彦『私の岩波物語』文芸春秋)での証言に基づくものだと書くと同時に、両書の該当部分を同封して返信を送った。

すると再び手紙が届き、出版ニュース社に抗議文を送り、重版の際には訂正するとの約束を得たこと、山本夏彦が桜井のことを死後になって歪曲して書いたために、その実像が歪められてしまった事実などが記され、私の返信でそれがわかってよかったと記されていた。

そのこともあって、未読だった桜井均の『奈落の作者』(文治堂書店)を入手して読み、また戦前の文学史に散見する誠実な桜井の姿をいくつも確かめ、桜井が手がけていたのは大同出版社名での「実用書の通信販売」で、それが赤本屋上がりだと見る人には「春画」だと映ったのであろう。『出版人物事典』の「大同出版社の名で春画の通信販売などを行った」という記述はそうした偏見に基づいていると判断するに至った。

それ以後、私は本ブログの「倉橋長治と田中治男『踏んでもけっても』」で一例を示しておいたように、この事典を注意深く扱うようになり、複数の資料と照らし合わせると、多くの間違いを見出すことになるのである。

07年になって、その桜井の遺族から本が送られてきた。それは山口邦子著『戦中戦後の出版と桜井書店』(慧文社)で、山本夏彦によって作られた桜井のイメージを直したいという思いから書かれた旨が述べられていた。彼女の兄の桜井毅による『出版の意気地――桜井均と桜井書店の昭和』(西田書店)も05年に刊行され、兄妹によって父と書店が描かれたことになる。前書には「桜井書店出版目録」が付されているので、近代文学研究者を始めとして、ぜひ読んでほしいと思う。

戦中戦後の出版と桜井書店 出版の意気地――桜井均と桜井書店の昭和

なおずっと気になっていた拙著の訂正削除した新版を08年に刊行できた。しかし『出版人物事典』』は重版されたと聞いていないので、そのままになっているであろう。これを読まれた所有者は、ぜひ「春画」を「実用書」と訂正してもらいたい。それは図書館関係者も同様である。類書のないレファレンス文献であるから、偏見と誤解がずっと続いていく可能性も高いからだ。
出版社と書店はいかにして消えていくか