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古本夜話20 クラウス『日本人の性生活』に関するミステリ

フックスの『風俗の歴史』やキントの『女天下』のいずれも、挿絵や図版も含めた完全な邦訳が出版されていなことを既述しておいた。だがあらためて考えてみると、十九世紀末から二十世紀初頭にかけて刊行されたセクソロジー文献は、いまだにほとんど抄訳の状態に置かれているのではないだろうか。
風俗の歴史
例えば、日本最大のセクソロジー翻訳集成である河出書房の『世界性学全集』全二十巻にしても同様だと思われる。このシリーズは日本性学会々長永井潜監修、性問題研究会編集で、昭和三十一年から刊行されたが、河出書房は社史も出されていないために、その企画や編集の詳細はわかっていない。

この第一巻にハヴロック・エリスの『性の心理学的研究』がすえられているのだが、完訳は九六年に未知谷から『性の心理』全七巻として出版されるまでは存在しなかった。原書に挿絵や図版がない『性の心理』すらもそうであったのだから、その他の文献も、挿絵や図版を大幅に省略した抄訳だと推測された。それを実感したのは、クラウスの全訳『日本人の性生活』を一読した時だった。これも同じ安田一郎訳で、『世界性学全集』第三巻に収録され、昭和五十三年には『日本人の性と習俗』桃源社)として、章を入れ換え、再刊されている。どういう経緯があってなのか、河出書房版の「解説」には樋口清之の署名がある。
日本人の性生活
ちなみに安田一郎はフックスの『風俗の歴史』の訳者安田徳太郎の長男であり、父の徳太郎も八一年に同じく青土社から、フックスのもうひとつの主著『エロチック美術の歴史』全二巻を翻訳刊行しているので、父子二代にわたる同分野の訳業ということになる。

エロチック美術の歴史〈1〉 エロチック美術の歴史〈2〉

完訳版『日本人の性生活』の何よりの特色は、図版九十八枚を原書のままですべて収録していることだろう。それらは大半が春画で、九〇年代に春画の出版が解禁になったために、収録が可能になったのであろう。

クラウスの『日本人の性生活』第一版と増補第二版は、英仏独の日本関係の著作と資料を博捜し、それぞれ一九〇七年、一〇年に刊行され、日本に関する一級の書物として激賞を受け、第三巻が三一年に出されている。成立時代の制約もあり、資料が不完全で解釈も独断的だが、外国人の手になるものとして、「日本人の性生活を民族的に究明しようとした真摯な善意に満ちた歴史的著書」(樋口清之)とされている。

クラウスはオーストリアに生まれ、ウィーン大学言語学民族学を修め、南スラブの性と切り離せない民間伝承を収集して出版した。これらの研究でスラブ民俗学者として、ヨーロッパで著名になり、性に関する民俗調査と研究のための年報『アントロポフィティア』を創刊し、その補巻も出され、第二巻の『日本人の性生活』も含めて六冊を出版した。しかも彼はこれらの年報や書物を自らが設立した出版社から刊行し、しばしば猥褻文書として押収されたので、生活はとても苦しかったようだ。そして三三年にヒトラーが政権を握るに至って、これらの出版は不可能になり、クラウスも消息不明になったと伝えられていたが、三八年にウィーンでの死去が後に判明している。だから彼とその書物もフックスやキントと同様の運命をたどったと思われる。安田一郎によれば、「本書はわが国に数冊とは入っていない稀覯本」とされている。

さてこれは安田が「訳者あとがきにかえて」でふれていることだが、このクラウスの原書と『アントロポフィティア』全六巻がたどった、日本における謎めいた紛失事情を紹介しておくべきだろう。安田は同書を完訳するにあたって、第三版をテキストとしたが、第二版も必要だったので、父の書庫へ探しにいき、それがなくなっていることを発見する。

 この原書は一九二〇年代に私の父が収集した多数のドイツ語性文献の一部であり、クラウスのこの本を父は、バック・ナンバーとして、単品として、二冊所有していた。ところがこの二冊ともなくなっていた。

この「バック・ナンバー」は『アントロポフィティア』の補巻を意味しているのだろう。一九七〇年代に岩手県の未知の老医師が安田の職場に何度も電話をかけてきて、クラウスの原書を読みたいのだが、古本屋にも見つからないので、コピーをもらえないかと頼んできた。「そのときはあったのに、一体だれが書庫に入り、もって行ったのか不思議でならなかった」。紛失に気づいたのは父の死後で、当時彼の母と妹が自宅で茶道教師をしていた。そこで不審な者の出入りを母に問うと、東大法学部の学生と称する者がお茶を習いたいとやってきて、二度ほど訪れたが、それから来なくなり、変だと思っていたという話が返ってきた。この男が犯人にちがいなかった。

 玄関から堂々と入ってきて盗むとは、この男の大胆さに、私は開いた口がふさがらなかった。しかし膨大な洋書の山から、このドイツ語の本をよく探し出したものだと私は妙に感心した。

また六五年に桃源社に『アントロポフィティア』補巻全六巻を貸した際にも戻ってこなかったという。倉田卓次がキントの『女天下』を読むために所有者のところに出かけていったエピソードも既述した。クラウスの本も「一部の日本人にはあやしい魅力があったのだろう」と安田は書いている。しかしもはやそのような本の物語も消えてしまったというべきだろう。

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