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20 ケネス・ミラーと『三つの道』

ゾラが『テレーズ・ラカン』(小林正訳、岩波文庫)や『クロードの告白』山田稔訳、河出書房)を書いた後、「ルーゴン=マッカール叢書」へと向かったように、ロス・マクドナルドもまた「リュウ・アーチャーシリーズ」以前には、本名のケネス・ミラー名義で、四編の長編小説を書いている。それらは『暗いトンネル』(菊池光訳)、『トラブルはわが影法師』小笠原豊樹訳)、『青いジャングル』田中小実昌訳)、『三つの道』(井上勇訳)であり、『トラブルはわが影法師』はハヤカワポケットミステリだが、他の三作は創元推理文庫に収録されている。
テレーズ・ラカン

この中で『暗いトンネル』『トラブルはわが影法師』『青いジャングル』は先行するミステリやハードボイルドの亜流に属する印象を与える。しかし四作目にあたる『三つの道』マクドナルドの固有の世界の萌芽と原型を示し、次作の『動く標的』から始まる「リュウ・アーチャーシリーズ」への架け橋となっていて、ケネス・ミラー名義であるにしても、ロス・マクドナルドの物語世界にふさわしい色彩に覆われている。
動く標的

そして何よりもエピグラフに掲げられたソフォクレスの『暴君オイディプス』の次なる一文は、これからマクドナルドが召喚しようとする戦後アメリカの家族のメタファーのようにも思われる。それを示しておこう。

 今にして、われ穢れたるものなること、穢れたるものの一族なること露われぬ。おお、なんじ、わが血を吸いたる三つの道よ、なれ、隠れたる谷、樫の林よ、三つの道の狭き出口よ。

藤沢令夫訳の『オイディプス王』岩波文庫)など三種に当たってみたが、この訳文には出会わない。マクドナルドの物語を見事に象徴するような訳文は誰の手になるものなのであろうか。マクドナルドが使用した英文テキストにそって、井上勇が訳した可能性もある。
オイディプス王
おそらくマクドナルドはこのソフォクレスの文章のうちに自らの原風景を見て、戦慄にも似た思いを抱いたのではないだろうか。

まずはこのエピグラフからタイトルが取られた『三つの道』のストーリーを紹介しよう。太平洋戦争終結の間際になって、海軍大尉ブレットは沖縄沖で、日本軍のカミカゼの攻撃を受け、乗艦は轟沈され、負傷して海に放り出された。そして水雷艇に拾い上げられ、グアムの海軍病院で手当てを受け、アメリカに後送された。サンフランシスコを経て、ロサンゼルスの家に戻ると、妻のロレーヌが殺されているのを発見する。その衝撃でブレットは意識を失って倒れ、記憶喪失症に至り、九ヵ月の病院生活を送っているが、犯人はまだつかまっていない。

しかしブレットとロレーヌの結婚は奇妙なものだった。シナリオライターのポーラという自分にふさわしい愛人がいたにもかかわらず、サンフランシスコのバーで知り合った未知の若い娘ロレーヌと数時間後に結婚してしまったのだ。奇妙な結婚と殺された妻、そして記憶喪失の中で、ブレットの心的現象は次のように描かれている。

 わずか数時間のうちに、彼は、どういういきさつか知らないまま、未知の娘と結婚し、いつのまにか、やもめになっていた。《時》は彼の生涯の意味を構成するように思われたが、その《時》は失われてしまっていた。将来は、脱出できない過去の中にいまだあって、ブレットは、鼠の籠の踏み車のように意味がなく、地獄のように時間のない、閉回路にとじこめられていた。

このように語られているブレットにとっての失われた時、あるいは「脱出できない過去」とは何なのか。それはブレットが四歳の時に死んだとされる母の記憶であり、文中にある一節を引けば、「スフィンクスの謎にたいするオイディプスの答え」のように、『三つの道』の根底に横たわり、物語と登場人物たちを呪縛する「閉回路」そのもので、そこからの脱出は「死」によるしかない。ブレットは生まれることのない「墓穴の胎児」のイメージを自分に重ねる。そして『三つの道』はカリフォルニアを舞台にしているにもかかわらず、そこがギリシャの地であり、あたかもギリシャ悲劇のような色彩に覆われ、アメリカの『オイディプス王』の物語のように進行していく。

『三つの道』は四日間の物語で、前半の二日間はブレット、ポーラ、クリフター博士が織りなす精神分析問答としても読める。クリフター博士はオーストリア出身の精神分析医で、「ヨーロッパの神話」を体現する人物として描かれ、フロイトと絶縁し、アメリカへと渡ってきたとされている。従来マクドナルドの物語世界に対して、フロイトの影響が語られてきたが、クリフター博士の造型から考えると、ハルトマンやE・H・エリクソンなどの精神分析的自我心理学の影響を強く受けているのではないかと判断できる。それは「すべての心的現象や心的機能を、自我との関係において記述し理解しようとする心理学」(『精神医学事典』弘文堂)で、この自我素質成熟は幼年期における母親との関係により、形成される。少しばかり強引に定義づけしてしまったけれど、『三つの道』におけるブレット問題はポーラとクリフター博士によって、このように論議されている。
精神医学事典

ハメットの『デイン家の呪い』のところで、物語の背景にあるのは、アメリカの一九二〇年代におけるスピリチュアリズムなどの流行ではないかと既述しておいた。その流行にも似て第二次大戦後のアメリカは、ウィーンやベルリンから三〇年代に移住したり、亡命してきた精神分析学者たちを迎え、自我心理学の急速な高まりと拡がりを示し、戦後のアメリカ精神の形成に重要な役割を果たした。それが『三つの道』にも大きな影響を与えているとわかる。
デイン家の呪い

そしてポーラは離婚した過去を持ち、女であることの不条理の中で、愛を求め、子供を欲する本能を深く秘めている。彼女は母と妻と女の三位一体のような存在と見なせるだろう。それゆえにブレットは死んだ母のイメージにつながる彼女と結婚しないで、アルコール幻覚の中において、若いロレーヌを「清らかなもの」と錯覚し、衝動的に結婚してしまい、再び航空母艦へと戻っていった。その一年後に彼は自宅に戻り、ロレーヌの死体を発見し、記憶喪失に陥るのだ。

『三つの道』は四日目の「運命の日」に至って、それまでの精神分析的なブレットやポーラの静の物語から離脱し、二人がそれぞれに行動し、ポーラの死の謎とブレットの母の秘密を追いかけていく動の章へと移っていく。かくして様々な事実が明かされ始める。

ブレットの母は死んでおらず、生きていたのだ。ポーラは彼の母の告白を聴く。彼女は二十五年前にブレットの父と離婚し、それ以来、ブレットと会っていなかった。ブレットは四歳の時から父と二人で暮らし、母は死んだと思いこんでいた。その父も彼が二十歳の時に死んでいた。母は語る。神経質で神父のような大学教授の夫は十歳以上年上で、夫というより父親のように思え、ブレットが生まれてから、まったく妻に近づこうとしなかった。そのこともあって、家に下宿していた大学院生と愛人関係になった。四歳のブレットは悪夢にうなされ、真夜中に目を覚まし、母の部屋に入り、母が愛人とベッドをともにしているのを見た。ブレットは母になぐりかかり、野獣のように胸を引っ掻いた。ブレットの「原風景」はこれに他ならない。そして子供部屋に走り去った。それが母による子供の見納めだった。その夜のうちに彼女は愛人と町を離れた。ブレットは母に捨てられたのだ。その「原風景」を忘却するために、父の言葉もあり、ブレットは母が死んだと思いこむに至り、母が寝室で死体となっていたという偽りの記憶をも作り上げていたのである。

この「原風景」をめぐって、ポーラとクリフター博士は長い議論を交わす。現実逃避と記憶喪失、子供の精神における恐ろしい謎、秘密と罪悪感、母親の失踪、父親の沈黙、忘却と幻想という避難所、母親の死によって定着されたオイディプス型小児退行、その後の人生での幼年期における母親との関係の影響と決定性が語られていく。その中でブレットは妻のロレーヌの死の真相を追い求めていく。ポーラもまたブレットを闇の中から救済しなければならないのだ。

最終章において、妻殺しと目された犯人の死という擬制の事件の解決の後、ブレットとポーラは闇の中を模索する会話を続けているうちに、ブレットは思い出してきた。「傷つけられた自尊心の煮えたぎる、危険な怒り、苦痛の根源に苦痛を与えたい野性的な願望。耐えがたい状況を暴力によって終わらせたいという、目のない蛆虫のように殺人の核心に横たわる絶望的な欲求」を。彼はロレーヌが全裸で男といるのを目にし、彼女を殺したのだ。母の姿と妻の姿が重なり、記憶の中で母を死なせたように妻を殺し、またしても記憶を失ってしまったのだ。

だがマクドナルドはブレットを、ケインの『郵便配達はいつも二度ベルを鳴らす』のフランク、カミュ『異邦人』ムルソーのように、牢獄と死刑台へ送りはしない。誰がブレットを裁けるのだろうか。『聖書』の「マタイ伝」の第七章が引かれている。「兄弟の目にある塵、……なんじの目にあるうつばり。ひとをさばくな、なんじさばかれざらんため」。訳文には傍点が打たれているから、原文はおそらくイタリック体で組まれているのだろう。ブレットが必要とするのは「正義ではなく、慈悲」なのだ。

 ポーラは(中略)ひざまずいて、ブレットの頭を腕に抱きとった。ブレットのからだが震えているのを感じ、さらに強く抱きしめた。ポーラは自分の肉を分けてやり、自分の体内におし包んで、守って慰めてやることができればいいのにと思った。

エピグラフの「今にして、われ穢れたるものなること、穢れたるものの一族なること露われぬ」という言葉が浮かんでくる。そして次作からクリフター博士のような眼差しで事件を探索し、ポーラのような包容力で犯人を見守るリュウ・アーチャーが主人公として召喚されるのが必然的だったとあらためて了解できるのである。

最後に付記すれば、『三つの道』の訳者である井上勇は、戦前においてゾラも翻訳しており、『恋の渦』(『テレーズ・ラカン』)や『ナナ』『制作』(「ルーゴン=マッカール叢書」第9巻、第14巻)などが刊行されている。

◆過去の「ゾラからハードボイルドへ」の記事
ゾラからハードボイルドへ19 ロス・マクドナルドにおけるアメリカ社会と家族の物語
ゾラからハードボイルドへ18 カミュ『異邦人』
ゾラからハードボイルドへ17 ジェームズ・ケイン『郵便配達はいつも二度ベルを鳴らす』
ゾラからハードボイルドへ16 『FAULKNER AT NAGANO』について
ゾラからハードボイルドへ15フォークナー『サンクチュアリ』
ゾラからハードボイルドへ14 フォークナーと「ヨクナパトファ・サーガ」
ゾラからハードボイルドへ13 レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』
ゾラからハードボイルドへ12 ケネス・アンガー『ハリウッド・バビロン』
ゾラからハードボイルドへ11 ハメット『デイン家の呪い』新訳』
ゾラからハードボイルドへ10 『篠沢フランス文学講義』と La part du feu
ゾラからハードボイルドへ9 渡辺利雄『講義アメリカ文学史』補遺版
ゾラからハードボイルドへ8 豊浦志朗「ハードボイルド試論 序の序―帝国主義下の小説形式について」
ゾラからハードボイルドへ7 トレヴェニアン『夢果つる街』
ゾラからハードボイルドへ6 ドライサー『シスター・キャリー』とノリス『オクトパス』
ゾラからハードボイルドへ5 IWW について
ゾラからハードボイルドへ4 ダシール・ハメット『赤い収穫』
ゾラからハードボイルドへ3 『ジェルミナール』をめぐって
ゾラからハードボイルドへ2 『ナナ』とパサージュ
ゾラからハードボイルドへ1 「ルーゴン=マッカール叢書」