出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル28(2010年8月1日〜8月31日)

出版状況クロニクル28(2010年8月1日〜8月31日)

記録的な今年の猛暑の中での7月売上高が公表されつつある。
スーパーは前年比1.2%減、百貨店も同1.4%減、コンビニは猛暑による飲料やアイスクリーム需要が伸び、14ヵ月ぶりにプラスとなる0.5%増だった。
それに対して、書店、古本屋は猛暑のために大幅な客数減に見舞われているようだ。それを反映してか、7月の出版物販売金額は前年比書籍11.9%減、雑誌4.8%減で、トータルは7.7%マイナスに及んでいる。5月の同5.2%減、6月の5.3%減を超える数字で、猛暑が続いている8月も同様だと推測される。
加速する危機の中で、出版業界はどのような秋を迎えることになるのだろうか。


1.『日経MJ』(8/4)の「日本卸売業調査」が発表された。そのうちの「書店・CD・ビデオ」を示す。「楽器」卸は省略した。

順位社名売上高
(百万円)
伸び率(%)
営業利益額
(百万円)
伸び率(%)経常利益額
(百万円)
伸び率
(%)
税引後利益額
(百万円)
粗利益率
(%)
主商品
1日本出版販売751,458▲2.415,6100.16,1060.53,12912.9書籍
2トーハン554,830▲4.97,375▲18.52,871▲39.31,52011.9書籍
3大阪屋125,739▲1.9578▲20.4233▲43.21277.9書籍
4星光堂88,533▲14.1CD
5栗田出版販売46,709▲7.2書籍
6太洋社 41,887▲5.3106910.7書籍
7日教販 36,657▲4.04723135211.1書籍
8中央社 25,783 5.6書籍
9シーエスロジネット 16,4804.825936.327539.6―28211.6CD
10日本地図共販 7,853▲6.1書籍
12ユサコ4,9762.624169.723970.711720.0書籍
15春うららかな書房2,77610.1896.046▲4.2 3529.4書籍

[雑誌、書籍や音楽、映像ソフトの売上高は4.0%減、経常利益も9.8%減であり、CD・DVDのセルやレンタルの不振が数字に反映される10年度は電子書籍も加わり、どのような市場縮小に見舞われるのか、予測がつかないほどだ。

それにしてもかつて常に首位を占めていたトーハンのこの10年の売上高の減収は、3、4位の大阪屋と星光堂の売上合計2100億円余に匹敵するもので、時代の変貌をあからさまに告げている。出版社や書店と異なり、大取次は盤石だという神話も失われて久しく、漂流する状況にあることは間違いない。

大阪屋と栗田出版販売の共同の流通センターの開設、中央社の16年ぶりの増収増益もあるが、取次もまたどこへ向かおうとしているのだろうか]

2.『新文化』(8/12)が光文社の高橋基陽社長と武田富士男取締役に、「再生計画」などについてインタビューしている。光文社は異例なことに近年の売上高の推移とその内訳まで公開しているので、まずはそれをアレンジして転載しておく。

年度売上高雑誌書籍広告その他経常利益
07年度305億円112億円59億円130億円3億円5300万円
08年度283億円105億円57億円120億円2億円▲22億円
09年度245億円95億円47億円101億円3億円▲40億円

これらの推移を示しながら、10年度も売上高は減少し、赤字幅は減るにしても赤字の見通しであるが、44人の社員の早期退職と現社員の給与の20%引き下げ、物流倉庫の講談社との共同化、ブランド事業部の立ち上げなどを含め、11年度は黒字転換したいと述べている。

[光文社の赤字と経営不振の情報は数年前から流れ、五月になって社員のリストラが発表され、その内幕がブログ「たぬきちの『リストラなう』日記」として公開されて衆目を集めた。さらにこれが新潮社から、『リストラなう!』 として刊行されたこともあり、経営者側は説明責任を果たす必要に迫られ、このような近年の売上高公開を含んだインタビューに及んだと思われる。

しかしこの「売上高の内訳」を見て驚いたのは、広告収入が雑誌や書籍の売上よりも多いことであり、あらためて「広告収入という付加価値をもつ雑誌をつくってきた」光文社の売上構造を知らしめたことになる。

他の雑誌出版社にしても、同様の構造であり、広告不況がそれを苦しめていることもわかる。とりあえず光文社の「再生計画」の行方を見守ることにしよう]

3.エロ雑誌の老舗出版社である東京三世社が9月末に営業停止し、任意整理。返品清算処理のために会社は一定期間存続予定。

東京三世社は昭和26年に創業、50年代には『オレンジ通信』『シティプレス』『熱写ボーイ』など10万部以上の発行誌を刊行し、その後CD−ROMなどを付録にした雑誌を発行し、平成17年度は最高の売上高45億円を計上していた。

だがネットの出現、コンビニでの小口シール止めの導入などによって、返品増で売上高が急激に減少し、18年度から4期連続赤字となり、採算がとれる目途がたたず、今回の処置に及んだという。

[私はこのブログで[古本夜話]を連載しているが、もうしばらく先で、東京三世社に言及する予定でいた。東京三世社は昭和26年創業となっている。しかしそのルーツは菊池寛の部下だった馬海松が設立したモダン日本社にあり、戦後になって吉行淳之介や澁澤龍彦が勤め、その後団鬼六が招かれ、SM雑誌隆盛のきっかけとなるのである。

それゆえに東京三世社の清算は、戦後エロ雑誌業界の終焉を告げているといっていい。それはそのような雑誌群を売ることで成立していた小書店の消滅と軌を一にしているのだろう]

4.インプレスの調査によれば、09年度の電子書籍規模は前年比124%の574億円。調査をスタートした02年は10億円だったので、7年で57倍という大成長をとげたことになる。
内訳はパソコン向け55億円、ケータイ向け513億円、iPhone・iPadなどの新たなプラットフォーム向け電子市場が6億円。08年に比べ、パソコン市場はマイナスに転化し、ケータイ市場の成長も鈍化し、新たな電子書籍市場が形成され始めたことが09年の特色である。
これに対して、アメリカ電子書籍市場はアマゾンのキンドルによるブームもあり、09年は1億6580万ドル(166億円)であった。08年は5350万ドル(54億円)だったので、わずか1年で3倍強の急成長を示したことになる。

5.NTTドコモと大日本印刷が電子書籍事業に参入。10万点を超える小説や雑誌、新聞なのどの電子コンテンツを販売するハイブリッド型電子書房を、今秋立ち上げるために共同事業会社を設立。

6.これは本クロニクル27でも少しふれておいたが、大日本印刷と凸版印刷を発起人とする電子出版制作・流通協議会が89社で発足。参画会社は出版、印刷、通信、取次、書店、新聞などで、トーハン、日販、紀伊國屋書店、CHIグループも加入。電子出版ビジネスを発展、成長させていくための環境整備が目的。独自の電子リーダーを発売予定のソニー、シャープは加盟していない。

7.セブン&ホールディングスが電子書籍市場に参入を発表。電子版書籍や雑誌に掲載した商品をネット販売し、その販売額に応じて、出版社に2%〜5%のロイヤリティを還元する新しい販売モデルを採用。

電子雑誌は500〜1000誌でスタートし、電子書籍のダウンロード販売も含む。現在の300億円から1000億円と拡大をめざす。

なおセブン-イレブンの雑誌売上は1300億円、国内最大にして、書店売上高首位の紀伊國屋書店の1145億円を上回る。


8.NTT西日本子会社で、携帯端末向けコミック配信最大手のNTTソルマーレが5000タイトルのコミックを、時間制で読み放題とする「定額よみっぱー」を開設。料金は30分105円、90分210円、1泊2日525円。年内に1万タイトルを揃える予定。

[4から8は電子書籍市場の周辺をめぐる今月の動きである。

インプレスの調査に示されているように、市場はすでにパソコン、ケータイ向けの成長はマイナス、もしくは鈍化しているので、ひとえに新たな電子書籍リーダー向け市場がどのように成長していくかにかかっている。5、6、7はそれを象徴しているが、09年はまだ6億円の市場でしかないことを念頭に置いてほしい。

それからアメリカだが、キンドルブームに支えられ、成長しているが、その市場規模は166億円と日本の3分の1にも充たない。現在はiPadが加わる10年の売り上げを冷静に確認するべき段階で、電子書籍狂騒曲と距離を保つべきだと思われる]

9.アメリカの書店チェーンの最大手で、全米720店、大学内630店を展開するバーンズ・アンド・ノーブルが会社売却を視野に入れ、事業戦略を見直すと発表。

同社の09年売上高は前年比13.4増の58億ドル、純利益は51.6%減の3667万ドルだった。増収は大学内の書店の買収によるもので、既存店売上は4.8%減であり、大幅な減益を余儀なくされた。同社の株価は10ドル台を推移し、年初より3割強の下落を見ている。

また第2位のボーダーズはさらに深刻で、株価は1ドル台となり、資産売却を急いでいるようだ。

[両社は独自の電子リーダーの「ヌック」、「コボ」を出しているが、アマゾンのキンドル、アップルのiPadなどとの競合に苦戦していることも要因と思われる。しかしそれよりも根本的な敗因は、リアル書店とネット書店との戦いにおいて、アマゾンというネット書店が一人勝ちしたことを告げているのだろう]

10.日本のネット書店関連だが、日本通信販売協会による09年通販売上高が発表された。それによれば、4兆3100億円で、前年比4.1%増。11年連続で市場拡大していることになる。それもネット通販が牽引の主力で、千趣会の注文はネット比率が56%に達し、楽天も19%増となっている。

[アマゾンの古書部門にあたるマーケットプレイスの現在の送料340円が、8月31日より6ヵ月限定で250円へと変更される。これは実質的に古本屋や出品者の減収を意味している。毎日数百冊を送品する古本屋の場合は、全国均一の宅配料が1点あたり80円ほどと聞いている。したがって1円本であってもそれなりの利益が上がっていたのが、成約料の値下げを含めても、70円の減収ということになる。

マーケットプレイス市場が送料を下げることで拡大すれば、減収分は埋められるが、それはないように思われる。

とすれば、送料値下げは古本屋や出品者の減収につながるだけで、ひいては古本業界の送料の問題にまで波及していくかもしれない]

11.コープさっぽろはネットオフと提携し、組合員からの書籍、CD、DVD、ゲームソフトの買取りを始める。

[これは生協、リサイクル、ネットオフという新しい組み合わせの発祥となる可能性も秘めているように思われる。

かつて生協による単行本のまとまった受注があり、出版社にとって正味は低いにしても百冊単位の買切注文だったので、生協はとても有難い存在であった。でもそのような時代はもはや終わってしまったのだろう。

全国生協組織による情報のインフラの効率的な構築ができれば、書籍リサイクルはかなり推進され、生協版マーケットプレイスの出現も可能となるかもしれない。

それにネットオフはCCCとも業務提携しているので、生協はCCCともつながっていく方向性もある]

12.CCCと富士山マガジンサービスが資本・業務提携。CCCは富士山マガジンサービスの株式と第三者割当増資を引き受け、保有割合33.33%の持分法適用関連会社とする。

CCCの会員と富士山マガジンサービスの定期購読の相乗効果、ネットやTポイントの拡大などをめざすという。

[CD、DVDのセルやレンタルが不振となる一方で、CCCはTポイントによるネット戦略を加速し、ヤフーとも提携し、新しいマーケッティングと企画を邁進するというプロパガンダを展開している。ネットオフや富士山マガジンとの提携もその一環と考えられる。

これらのパフォーマンスにもかかわらず、株価はまったく反応せず、300円後半を低迷している。

CCC=TSUTAYAもどこに向かおうとしているのだろうか]

13.そのCCCが買収を断念したCD販売のHMVの渋谷店が閉店。08年のピーク時には全国67店を展開していたが、現在は47店で、さらに5店が閉店予定。今後はインターネット通販事業を強化。

[CD生産額は1998年の5879億円から減少を続け、09年には2459億円と半減している。それゆえに音楽の聖地とされたHMV渋谷店の閉店は象徴的である。

書店もCCC=TSUTAYAに象徴されるように、この10年はCD、DVDのセルとレンタルによって支えられてきたが、その限界が露出し始めている。

ゲオのDVD100円レンタルは7月で終了とされていたが、まだ続いていて、そのためにTSUTAYAも止められないようで、近隣のゲオとTSUTAYAは相変わらず80円レンタルを継続している]

14.10年上半期の休・廃刊誌は131誌で、創刊誌は73誌。下半期も前者が後者を上回ることは確実である。7月の創刊はわずか一誌でしかない。

またリトルマガジンの休刊も続き、1989年創刊のぺりかん社の『江戸文学』も第42号で休刊。しかもその特集が「版権と報酬、近世から近代へ」であるから、こちらも何とも象徴的だと言えよう。

[創刊誌はデアゴスティーニ・ジャパンの分冊百科などが32点を占めているので、これらの企画と創刊が一巡すれば、創刊誌は半減することになり、雑誌の凋落にさらに拍車がかかるだろう。

なおアメリカの1933年創刊の週刊誌『ニューズウィーク』がワシントン・ポストから音響機器創業者に買収されるようだ。ただ大幅な赤字に陥っているので、日本版などの行方が気にかかる]

15.『朝日新聞』(8/24)の朝刊の「職場のホ・ン・ネ」欄に「30年勤めた末の仕打ち」という投書が掲載されていた。それは次のようなものだ。


56歳の夫は昨年、約30年間勤めた出版社を辞めました。営業職でしたが、売り上げ減少の責任を追及され、うつ病になりました。休職明けに待っていたのは、在庫管理への職場替えと大幅な減給。嫌がらせは続き、今度は長期の休職を一方的に迫られたため、個人で加入できる労働組合に入り、会社と戦いました。

休日もほとんど休まず勤めてきた夫が、なぜこんな仕打ちを受けなければいけなかったのでしょうか。(後略)

[書店現場におけるパート、アルバイト化の加速、本部一括仕入れ、自動発注、販売スリップ分析による仕入れの廃止化などの進行によって、出版社の営業が有名無実のような立場に追いやられていると聞いて久しい。要するに書店営業に出ても、まったく注文がとれないような状況になっていて、そのためにリストラが起きている出版社の現実を、この投書は伝えている。

かつては出版社の営業マンが全国を定期的に回ることで、出版社と書店の絆のようなものが生まれ、地方においては営業マンを中心にして複数の書店員たちが集まり、情報交換の場や飲み会が盛んにもたれていた時代もあった。それらの人々は特定の人文書出版社が多かったが、その他にも地図、実用書、児童書、学参書などの出版社は月単位で書店営業を行ない、新刊案内、欠本調査による補充注文をとり、実用書出版社は常備店が多いために、これらの営業活動によって万全の流通販売を確立していると思われていた。

しかし実用書出版社も倒産する時代を迎えているのだから、そのような営業形式ももはや書店で通用しなくなっているのだろう。また以前に出版社や書店を離れた人々が営業代行会社を設立する動きが多々見られたが、それらもまた立ち行かなくなっている時代を迎えているのだろう]

16.『出版月報』8月号が特集「ライトノベル市場大解明」を組んでいる。

それによれば、09年のライトノベル(文庫本、新書ノベルズ合計)の推定販売金額は301億円で、前年比5%増。文庫本だけで比較しても同じく5%増で、文庫本市場は07年から3年連続マイナスになっていることから、ライトノベルだけが気を吐いていることになる。
ライトノベルとは、かつてジュニア小説、ティーンズ文庫、ヤングアダルト小説とよばれていた10代から20代向けの娯楽小説のことで、04年頃から総称してライトノベルとよばれるようになった。

ライトノベル出版社の最大手は角川グループの角川書店、富士見書房、エンターブレイン、アスキー・メディアワークの4社で、ライトノベル全体の約65%を占めている。つまりライトノベルというジャンルは角川グループによって確立されたと考えていいだろう。

[これらの他にも主なライトノベルの創刊年と新刊点数、ライトノベル新人賞、ライトノベル売れ行き良好書などの表も掲載され、この分野に無知だったこともあり、とても参考になる。

ライトノベル伸長の要因はそれを原作とするアニメ化や映像化で、10年度上半期のライトノベル売れ行き良好書上位40点のうち、何と29点がアニメ化、映像化されている。

本も読んでいないし、アニメ化も映像化も見たことはないが、そのメディアミックス的な拡がりはかなり広範になっていて、ベストセラーリストに掲載されたりする未知の作家がことごとくライトノベルの著者だとわかる。

現在のベストセラー『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の表紙も、登場人物のキャラクターも、ライトノベル的イラストと手法によっているのが大ヒットの要因だとされている。

とすれば、ライトノベルはこれからも成長するジャンル、新たな書き手が次々と参入し、登場してくる市場として、出版物を支える確固たる分野に至る可能性を秘めていることになる。言葉を換えていえば、ライトノベルは21世紀の立川文庫と考えるべきなのかもしれない]

17.集英社の決算が発表された。

売上高1304億円で前期比2.1%減。出版部門は3年ぶりの営業黒字54億円を計上したが、バブル期に取得した土地評価損の減損処理のために41億円の赤字。

[小学館がバブル時に大がかりな不動産投資を行なったことは知っていたが、集英社も同様だったことになる。営業黒字を食いつぶし、41億円の赤字というからにはこちらも大きな不動産投資だったことを意味している。

出版部門は営業黒字といっても、前年をクリアしたのは雑誌だけで、書籍、広告収入は3年連続の落ちこみである。それでもこのような時期に土地の減損処理を行なったのは、体力のあるうちにということなのだろうか]

18.岩手県一関市に、さわや書店の元店長伊藤清彦を訪ね、インタビューをしてきた。こちらは「出版人に聞く」シリーズの第二弾として、『さわや書店の戦いの日々』(仮題)というタイトルで、11月刊行予定である。

なお第一弾今泉正光の
『「今泉棚」とリブロの時代』 (論創社)は9月初旬に書店に並ぶ。乞うご期待!

「今泉棚」とリブロの時代

以下次号に続く。


 

◆バックナンバー
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出版状況クロニクル26(2010年6月1日〜6月30日)
出版状況クロニクル25(2010年5月1日〜5月31日)
出版状況クロニクル24(2010年3月26日〜4月30日)
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