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古本夜話83 木村鷹太郎訳『プラトーン全集』

これは海野弘『ホモセクシャルの世界史』(文春文庫)を読むまで知らなかったが、華麗な女性遍歴で有名なバイロンホモセクシャルの陣営に属していたようだ。海野によれば、バイロンの愛の傾向が国内にあっては女性に向けられ、国外に出ると男性への愛が解禁され、そのホモセクシャルな生活は周辺にいた匿名の人物によって、バイロンの代表作『ドン・ジュアン』のパロディ『ドン・レオン』として描かれていて、そのようなバイロンの側面に光が当てられ始めたのは一九八〇年代になってからだという。海外でのバイロンの軌跡をみると、ギリシャ、ヘレニズムへの傾倒は明らかで、J・A・シモンズたちの先達であることが明白となる。バイロンケンブリッジ時代の学友たちの古代ギリシャへの愛とホモセクシャルな関係からして、バイロンたちもまたシモンズなどと同様に、プラトンに魅せられていたのは確実だろう。

ホモセクシャルの世界史 ドン・ジュアン

実は明治時代の日本において、バイロンプラトンの研究と翻訳で第一人者だった人物がいる。前者については『バイロン文界の大魔王』(大学館、明治三十五年)、『海賊』(尚友館、同三十八年)などの紹介や翻訳、後者の場合は明治三十六年から全集まで出し始めていて、その名を木村鷹太郎という。バイロン関係の著作は未見であるが、その『プラトーン全集』(冨山房)は架蔵している。大正十三年訂正七版の十一巻本で、明治後年から大正にかけてのロングセラーだったことを告げている。

戦後のプラトン学の泰斗で、『プラトン全集』と全四巻の大著『プラトン』(いずれも岩波書店)を刊行した田中美知太郎は、中学生の頃に自分で買えなかったので、九段下の大橋図書館に通って、木村訳の一種の名文だった『プラトーン全集』を読み、それからギリシャ語と哲学に接近していったと、『プラトン1』(「世界の名著」6、中央公論社)の「付録」で語っている。

プラトン全集 プラトン1

この木村の『プラトーン全集』はギリシャ語から翻訳されたものではない。田中も指摘し、木村も第一巻の「序(第一版)」で断わっているように、ベンジャミン・ジョウエットの英訳三版を重訳したものである。木村はジョウエットの英訳が最も新しく正確なもので、それ以前の様々な外国語訳や英訳に比べて、第三版こそは「完全な翻訳」に仕上がっていると述べ、ジョウエットについて、次のような紹介を挿入している。

 ジョウエットは一千八百十七年英京ロンドンに生る。有名なる古典学者にして、オックスフォード大学の勅任教授たり、兼ねて又たバリオル・カレッヂ(Balliol C.)の校長たり。一千八百六十年、耶蘇教々会に取つて異端なりとの非難を被むり、審問の末大学を免ぜられ、一千八百九十三年十月一日卒す。

このジョウエットが海野の著書の中にジャウェットとして出てくる。海野はノエル・アナンの『大学のドンたち』(中野康司訳、みすず書房)などを援用し、ジャウェットが十九世紀半ばの大学改革の指導者の一人で、ギリシャ文化の研究者でもあり、その弟子がシモンズ、スウィンバーン、ペーターたちだったと書き、彼も潜在的ホモセクシャルだったと記している。はたしてそれが木村のいう大学を追われたこととつながっているかは不明で、海野も言及していない。ノエル・アナンの前掲書には「ベンジャミン・ジャウェットとベイリオル・コレッジの伝統」なる一章があり、彼の口絵写真も掲載されている。しかし紛れもなくプラトンの英訳者ジャウェットこそがホモセクシャルの禁断の扉を開いたと考えていい。それについて、海野も述べている。
大学のドンたち

 ジャウェットなどが確立したギリシア研究は、彼らが予期せぬカウンターカルチャーの蓋をあけてしまった。教授たちは、徹底して否定し、そこに触れなかったのだが、プラトンを素直に読めば、ギリシア的愛が讃美されている。キリスト教が禁じてきたホモセクシャルの封印が破られたのである。
 ジャウェットなどの大学改革は、やがて優秀なエリートを世界中の政財界に送り出していくことになる。そのギリシア研究は、彼らに世界的な政治感覚を与え、〈オックスフォード〉は男たちの連帯の絆となった。(中略)
 しかし、そのホモセクシャルな〈オックスフォード〉には、ジャウェットの予期していなかったホモエロティック、さらにホモセクシャルな深層がひそんでいた。ジャウェットたちは第一層にとどまろうとしたが、弟子たちはその下の層をのぞいてしまった。

イギリスのバイロンからつながるギリシャプラトンの研究の奥に、このような「ホモセクシャルな深層がひそんでいた」事実を、木村鷹太郎がどこまでつかんでいたかはわからない。しかし第二巻所収の『宴会』(『饗宴』)の訳文を読むかぎり、その事実にまったく気づいていなかったとは思われない。少なくとも明治三十年に井上哲次郎高山樗牛たちと大日本協会を設立し、『日本主義』により、日本主義を唱えていた木村にとって、ナショナリズムホモセクシャルのつながる「深層」にふれていたと考えるほうが妥当だろう。あるいは読者もそのことに気づき、それがロングセラーのひとつの要因だったのかもしれない。実際に村山槐多はこの全集を読んでいることを日記に書きつけている。

しかしその先が問題で、木村は明治四十四年に『世界的研究に基づける日本太古史』(博文館、八幡書店復刻)を上梓し、日本民族の言語は世界の文明人種の中で最古のもので、日本民族の太古史は世界の中心史であって、「日本民族は実に希臘羅典人種にして、吾国の言語、歴史、宗教社会組織等皆く全其系統に属せる」という説を発表した。しかも添えられた八枚の地図によれば、太古の日本全地図が世界の全図と同じで、ギリシャは筑紫地方などにあたるのだ。

オックスフォードのギリシャ研究は島国ゆえにヨーロッパ大陸から取り残されるのではないかという不安から始まったとされるが、木村のプラトン研究の果てに行き着いたこのような日本太古史も、同様の不安から生じたように思われる。もう少し言及したいが、話がずれてしまうので、ここで止める。

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