出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル35 (2011年3月1日〜3月31日)

出版状況クロニクル35(2011年3月1日〜3月31日)

東日本大震災のもたらした恐るべき被害と衝撃に対して、発する言葉が見つからない。平和な風景を一瞬にして廃墟へと追いやった津波、その直前まで生命を失うことを予測もしていなかった多数の死者たち、それに追いうちをかけるような原発の危機が引き続き起きている。平和な日常の回復を願ってやまないが、いつになったら取り戻せるのだろうか。

私にとってもこれらの大震災のあまりにも深刻な被害状況はひときわ切実で、明日はわが身にも起きるかもしれないのだ。私は浜岡原発30キロ圏、沿岸から3キロ地点に住んでいて、ずっと予測されている東海大地震が襲来すれば、たちまちのうちに東日本大震災の被害者や死者と同じ運命に見舞われるだろう。

だがそれはともかく、本クロニクルの使命はこのような未曾有の大震災がもたらした出版業界への影響、今後の行方、現状分析を冷静にウオッチし、それらを報告することにある。危機にあって必要なのは正確な知識、情報、判断であることが、これまたひどく切実に感じられたからだ。


1.『新文化』(3/17)が地震の被害にあった東北・関東の書店に緊急電話調査を行ない、青森、岩手、宮城、福島、栃木、長野、茨城、千葉、東京の書店被害状況を3面にわたってレポートしている。それによれば、岩手県宮城県の被害が甚大のようだ。

[新聞の報道写真に、倒壊した家屋の前に斜めに倒れている「新刊書籍雑誌・教科書」という立看板が映っていた。福島県いわき市の写真で、明らかにこの書店も前の家と同様の被害をこうむったことを告げている。

また岩手県教科図書が伝えるところによれば、岩手県も16商業組合50社のうち12社が津波の被害の深刻な沿岸地域にある。そのためにこの地域の教科書状況は全滅で、物流もストップしている。出版社や取次による、売上を失った書店への支払い猶予延長などのバックアップがないと、岩手から書店がなくなってしまうかもしれないとも表明している。

教科書供給協会の調べによると、地元の教科書供給書店は17日時点で、岩手県10店、宮城県15店が壊滅状態だという。

本クロニクル30で、書店東北ブロック大会の声明を伝え、東北の書店数が10年間で半減した事実、現在の出版社や取次との取引制度、慣行、営業の問題の早急な改革を訴えたことを記した。その声明を直撃するように、大地震は起きたのだ。出版業界は総力を挙げて支援すべきであり、ここにあって大手取次と大手出版社のまさに力量が問われている]

2.東日本大震災に関するテレビや新聞の画一的な報道の中にあって、ただちに思い出されたのが『DAYS JAPAN』11年1月号の特集「浜岡原発 爆発は防げるか」だ。あらためて開くと、「原発とともに生活する私たちは本当の恐怖から目をそらしている。確実に起こる地震が原発を襲えば、一体どうなるのか。知らなかったではすまされない」とリードに記されていた。

DAYS JAPAN

『DAYS JAPAN』については『出版状況クロニクル2』で、その危機と直接購読キャンペーンによるサバイバルを伝えてきた。そしてリトルマガジンの意味と真価が、このような大災害の中にあってこそ、本当に発揮されるだと実感した。

「浜岡原発」に関する広瀬隆のレポートと写真、図表は「浜岡」を「福島」に置き換えることができ、あたかも「福島原発」を予測していたかのように読めるし、「福島原発」に起きたことについての簡略でわかりやすい説明にもなっている。このような危機を踏まえた上での明快なチャートはテレビや新聞にこれまで示されていなかったし、現在においてさえもこれを超える記事や報道はなされていないのではないだろうか。『DAYS JAPAN』1月号はまだ在庫があると思われるので、書店のバックナンバー販売をぜひとも実施してほしい。

なお編集長の広河隆一がただちに現地に入り、大震災と福島原発取材を敢行したようなので、4月20日発売の『DAYS JAPAN』5月号にはマスコミで伝えられていない報道がなされるだろう。

それに比べて、新聞社系のグラフ誌の大震災記録類は悲惨な現場の写真の集成の印象が強く、添えられた記事の言葉がマスコミ特有の紋切型や希薄さに終始している感につきまとわれる。
その中で『フライデー』(4/8)は人災に他ならない「福島第一原発の『真実』」を特集し、週刊誌の王道である権力、体制、独占資本に対する批判を独自に展開し、久しぶりに写真週刊誌の神髄を見せてくれた。

そして雑誌の凋落とはこのような週刊誌ならではのコンテンツが失われていたこと、これがその一因であろう。『DAYS JAPAN』や『フライデー』のような、他誌に見られない内容であれば、読者はきっと買うと思われるからだ]

3.『DAYS JAPAN』のようなリトルマガジンと地震との関連にふれたこともあり、先の阪神大震災に関する最も重要な著作も、やはりリトルマガジン『みすず』に連載されたことを、このような機会だから記しておこう。これについてはかつて拙著で言及しているので、少し長くなるが、その最初の部分を引用しておく。

地震と社会 上 地震と社会 下

「一九九六年から九八年にかけて、『みすず』に断続連載され、九七年に上巻、九八年に下巻としてみすず書房から刊行された外岡秀俊の『地震と社会』は、九〇年代のノンフィクションのなかで、最も優れ、そしてまた貴重な収穫であったように思える。九五年一月一七日の阪神大震災の当日から、現地を取材してきた新聞記者である著者は、現在のジャーナリストたちが喪失してしまっている、事件のなかでの深い喪失感と責任感で、日本の地震学の成立から関東大震災といった歴史的系譜を踏まえて、阪神大震災をめぐって起きた政府、自治体、警察、消防、建築、メディアの在り方、ボランティア問題、被災者補償等をリアルタイムで追跡している。そして明らかにされるのは、阪神大震災によって表出してしまった戦後日本のシステムの崩壊である。

そればかりでなく、この『地震と社会』を優れた書物にしているのは、外岡秀俊の六千人をこえた阪神大震災による突然の大量死に対する深い追悼であり、そのことによってこの作品が多くの死者たちの墓碑銘となっているからである。外岡秀俊は「あとがき」で次のように記している。「ともかく最初の終結点まで書き継ぐという行為に私を駆り立ててきたものは、『情熱』ではなく、震災で失われた人々への悔恨と、当日たまたまその場に居合わせながら、たった一人の命も救えなかった自分への無力感だった」。このような言葉がジャーナリズムから失われて久しい。偽の「情熱」で書かれたノンフィクションがあふれている。それはまた『地震と社会』が『みすず』というリトルマガジンに連載されたということにも象徴されている。」

『図書館逍遥』所収)

[外岡にはぜひ東日本大震災に関する著作にも取り組んでほしいと思う。これは阪神大震災以上にきわめて深刻に「表出してしまった戦後日本のシステムの崩壊」でもあるからだ。

また外岡は王化(オウカ)に染(シタガ)わなかった「東北」について、東日本大震災との関係をあらためて考察する、ジャーナリスト兼文学者としての義務すらも有しているのではないだろうか。

それに加えて、「第二の敗戦」的状況下において進行した東北地方の郊外ショッピングセンター問題も重なって浮上してくる。郊外ショッピングセンターによって東北地方の商店街は解体され、その挙げ句に、敗戦後に他ならないような廃墟の風景がもたらされたのである。そのような中を、何としてでも再生の道を模索していかなければならない。だからこそ優れたジャーナリストの同伴とバックアップ的な報道が必要だと思われる。

この原稿を書いているさなかに、外岡の朝日新聞退社の情報が飛びこんできた。とても偶然のようには思われないし、東日本大震災と関連がないとも考えられない。東日本大震災と原発の真実についての著作を期待したい]

4.講談社の決算と野間省伸副社長の社長就任が発表された。今期売上高は1223億円で前期比1.8%減と15年連続マイナス、営業赤字だが、当期純利益は5億6100万円と3年ぶりの黒字。売上高の推移を示す。

■講談社 決算の推移(単位:百万円)
年度総売上高前年比雑誌前年比書籍前年比
1995203,3012.8%138,8914.4%40,284▲2.7%
1996203,071▲0.1%135,050▲2.8%40,7851.2%
1997200,016▲1.5%128,629▲4.8%43,2176.0%
1998197,336▲1.3%131,5482.3%37,252▲13.8%
1999189,384▲4.0%123,961▲5.8%38,7133.9%
2000179,784▲5.1%116,937▲5.7%35,495▲8.3%
2001176,928▲1.6%120,5283.1%28,971▲18.4%
2002171,287▲3.2%114,929▲4.6%29,1640.7%
2003167,212▲2.4%111,783▲2.7%28,504▲2.3%
2004159,827▲4.4%104,947▲6.1%28,9891.7%
2005154,572▲3.3%99,685▲5.0%28,658▲1.1%
2006145,570▲5.8%90,830▲8.9%29,9504.5%
2007144,301▲0.9%88,552▲2.5%31,5515.3%
2008135,058▲6.4%83,003▲6.3%29,064▲7.9%
2009124,522▲7.8%78,771▲5.1%27,685▲4.7%
2010122,340▲1.8%78,757▲0.0%26,602▲3.9%

[あらためて講談社の売上高推移を見てみると、この十数年における恐るべきマイナスが歴然となる。総売上高減は800億円、そのうち雑誌が600億円を占め、ここに示さなかった広告収入も半減しているので、近年の雑誌不況が講談社を直撃しているとよくわかる。

そしてこの売上高推移は講談社自体がほとんど有効な対策や改革を施すことなく、手をこまねいて絶えざるマイナスとともに歩んできたことを意味している。

この事実に象徴されているのは、講談社と大手取次が主体となって構築してきた、雑誌を中心とする近代出版流通システムの衰退と凋落であろう。それはまたそのようなシステムに相乗りするかたちで展開されてきた書籍も、同様の危機に陥っていることをも伝えている。
売上高の低迷は自明でありながらも、何の改革や新たな流通システムに関するビジョンも提出されず、ただ経営者だけが後退していく、それは経営を担う側にとっても不幸であるにちがいない。しかも今度はその衰退と凋落にある流通システムを大震災が直撃したのだから]

5.出版科学研究所による10年のコミック推定販売金額が出された。4091億円で前年比2.3%減。コミックは『ワンピース』によって5年ぶりにプラスになったが、コミック誌は15年連続のマイナス。以下にその推移を示す。

■コミックス・コミック誌推定販売金額(単位:億円)
コミックス前年比コミック誌前年比コミックス
コミック誌合計
前年比
19952,50799.5%3,357101.1%5,864100.3%
19962,535101.1%3,31298.7%5,84799.7%
19972,42195.5%3,27999.0%5,70097.5%
19982,473102.1%3,20797.8%5,68099.6%
19992,30293.1%3,04194.8%5,34394.1%
20002,372103.0%2,86194.1%5,23397.9%
20012,480104.6%2,83799.2%5,317101.6%
20022,482100.1%2,74896.9%5,23098.4%
20032,549102.7%2,61195.0%5,16098.7%
20042,49898.0%2,54997.6%5,04797.8%
20052,602104.2%2,42195.0%5,02399.5%
20062,53397.3%2,27794.1%4,81095.8%
20072,49598.5%2,20496.8%4,69997.7%
20082,37295.1%2,11195.8%4,48395.4%
20092,27495.9%1,91390.6%4,18793.4%
20102,315101.8%1,77692.8%4,09197.7%

[コミック誌の売上推移は、4の講談社の総売上高とまったく重なる15年連続の減収であるし、また同じく講談社の雑誌売上の半減に近い数字とこれもパラレルだとわかる。繰り返すが、雑誌不況と流通システムの限界が露呈していると見るしかない。

しかしそれでも救いになるのは、新刊点数の増加はあるにしても、コミックスの売上がコミック誌に比して保たれていることで、これはブックオフなどの巨額な循環市場の存在を考えれば、健闘をたたえるべきであろう。

ただ気になるのは、書店も本格的に展開していく循環市場の拡大、及び『ワンピース』などに現れている売れるものの一極集中で、そのようなビッグヒットがなければ、たちまち前年マイナスに逆戻りしてしまう売上配置になっているからだ。

このようなコミックス売上状況において、東日本大震災はどのような影響をもたらすのであろうか]
ワンピース

6.5のコミック状況と関連するかのように、『サイゾー』(4月号)が特集「タブー破りのマンガ」を組んでいる。

サイゾー 4月号 戦後エロマンガ史 エロマンガ・スタディーズ

[これは10年12月に成立した「東京都青少年健全育成条例改革案」、つまり実質的なコミック規制の波紋の行方を考察するもので、「危険なマンガ」について、教えられることも多かった。

この波紋であるが、すでにナショナルチェーンのヴィレッジヴァンガードが性的描写の多いコミックなどを撤去したと伝えられている。だがエロとコミックを除いて、日本の出版業界は成立しないし、それらが日本の出版を支えてきたのだ。

この分野における収書や蔵書について、日本の公立図書館は沈黙を守っているし、電子書籍や流通問題に関しても、排除の動きはあっても、クリエイティブな論議は起きていない。ただ確実にいえるのは、国会図書館の「長尾構想」からエロとコミックは最初から視野に入っていないと思われる。エロとコミックを抜きにしたデジタル配信構想と、「東京都青少年健全育成条例改革案」は通底するファクターを帯びているように思われてならない。エロとコミックがなければ、出版業界は闇だ。

今こそ米沢嘉博の『戦後エロマンガ史』(青林工藝舎、)永山薫の『エロマンガ・スタディーズ』(イーストプレス)が読まれなければならない]

7.大日本印刷の子会社で、丸善、TRC、ジュンク堂、雄松堂などが経営統合したCHIグループの初の通期決算が発表された。売上高は1152億円、12億円の赤字。

[そのうちの「店舗、ネット」売上高は345億円で、4億4500万円の赤字となっている。大型店を5店開店したにもかかわらず、閉店も7店あり、全体の売上高は7%減となっている。

まだ早計なのは承知だが、各地への大型店の展開も売上も利益も寄与するに至っていないことの表れではないだろうか。流通販売システムの改革はなされずに、各書店が統合され、出店が大型化しただけで、書店プロパーの構造はまったく変わっていないのだ。

それゆえに今年も3月の丸善書店博多店に続いて、4月には多摩センター店が予定されている。しかしこれも地場書店を苦境に追いやるだけのゼロサムゲームのように映ってくる。

また4月にはTSUTAYAが丸善福岡ビル店が入っていた天神駅前に964坪で出店、ブックオフスーパーバザーも4月に名古屋店、6月に仙台店を出店予定。3社の大型店バトルロワイヤルがさらに各地で始まろうとしている]

8.神田の東京堂書店は、グループの中核企業で不動産管理業の東京堂に吸収合併。赤字の累積から脱却できず、自主再建、黒字転換は困難とされ、今回の措置となった。それに伴い、外商部門は撤退。

[本クロニクルでも既述したが、東京堂書店の大橋信夫社長は日書連の会長でもあり、昨年末に東京書店組合の議論をふまえ、売れ残り商品についての最終処分決定権を書店に与えてほしいと発言していた。これまで再販絶対堅持の側からの時限再販の要請は、東京の書店ですら苦しい立場にあることを表明していた。それは東京堂書店も例外ではなかったことになる。

東京堂書店には自社の本もよく売ってもらい、ある自著は300冊以上に及んだと聞いている。その店長の佐野衛も今回の措置に伴い、退職している。ここにまたしても本に通じた書店人が消えていったことになる]

9.永江朗による『筑摩書房 それからの四十年』が出された。

筑摩書房 それからの四十年

[買うつもりでいたところ、筑摩書房の菊池明郎から恵送を受けた。本クロニクルで、菊池発言などに批判を加えていたにもかかわらず、筑摩書房のベースを連綿と形成している寛容と海容ぶりに、あらためて出版業界の昔ながらの懐の深さを想起させた。よく考えれば、それらを深く感じさせる事柄が多々あって、この業界に長くとどまってきたのだと今さらながらに思う。

菊池も十二年にわたる社長職は離れたが、まだ会長としての苦難の道が待っているのではないかと余計な心配をしてしまう。本来であれば、これを機に勇退の道もありえただろうが、この出版危機下において、それは許されていないのだから。

恵送御礼とともに、もしよろしければ「出版人に聞く」シリーズに登場願えないだろうかと頼んだところ、思いがけないことにすぐに快諾を得た。社史には表われていない、菊池ならではの筑摩書房と出版業界のことを語ってもらおうと考えている。うまくインタビューできますように]

10.9とほぼ同じく編書房から、社史ならぬ廃業解散の知らせが届いた。そこには次のように記されていた。

小社のような小さな版元のために心血を注いでくださった著者のみなさまには大変申し訳なく思いますが、出版不況と電子書籍の時代に移る難しい時代にさしかかっております。これ以上、赤字を重ねて続けていくのは無理、と判断しました。
小社の本はどの本も情熱をかけて作った本ばかりです。そういう意味ではほんとうによい仕事をさせていただきました。皆様に厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました。

[編書房はTRC出身の國岡克知子によって、1998年に創業され、出版業界や図書館に関連する本、児童書やストーリーテリング本などを刊行してきた。

私も単著や共著を出してもらっている。実は で拙文を引用したのも出典が編書房から刊行した『図書館逍遥』所収の「地震と図書館」の一節だったからで、少しでも編書房と書名を記憶してもらえればと思ったのだ。もっとも拙著以外の書名を挙げたほうがよかったかもしれないけれど。

もう少し時間が経って、少し落ち着いたら、「出版人に聞く」シリーズに出てもらい彼女ならではの戦後の読書史と出版史について語ってほしいと思う。國岡さん、それまで元気でいて下さい]

《編書房刊行の拙著、共著》

図書館逍遥 文庫・新書の海を泳ぐ 出版クラッシュ!? 古本屋サバイバル

11.本クロニクル31で、ノセ事務所の能勢仁による『新文化』連載の「消えた書店」に言及したが、同じく『新文化』(3/3)に「消えた出版社」を掲載している。

[実は能勢にもインタビューをすでにすませ、「出版人に聞く」シリーズ5、『本の世界に生きて五十年』(仮題)、帯文「本の世界に関わり続けることもひとつの生き方である」として、早いうちに刊行を予定している。

それにつけても考えさせられるのは、彼が年末に挙げていた東北の消えた書店に加えて、今回の大震災で、またしても消えていく書店が増えていくしかないという事態を迎えてしまったことだ。苦労を重ねて踏みとどまっていた書店が、予期せぬダメ押しのような震災と津波によって消えていくどころか消えてしまった現実に対して、本当に言葉もないほどだ。

能勢へのインタビューは3月上旬になされたので、まだ東日本大震災は起きていなかった。書店の被害状況をはっきり確認した上で、今後の東北の書店だけでなく、全国の書店への影響をも追加インタビューしたいと思う]

12.東日本大震災は今後の日本のすべての社会領域に対して、様々なトラウマを刻印し、長期にわたって大きな影を落とし続けていくだろう。そしてすべての事柄が大震災前/大震災後として語られていくだろう。しかしここではそのことについて、出版業界に限定し、それも関東大震災と比較して考えてみる。

関東大震災は大正12年9月、つまり1923年に起きた。マグニチュード7.9、被害は東京府、神奈川県を中心にして一府八県の広域にわたり、死者は9万人、行方不明者4万人に及んだ。これが90年近く前に起きた世界的大地震だった。

出版業界は出版社や取次、印刷や製本も東京に集中していたために壊滅的な被害を受け、多くの出版社や書店が消えていった。しかし全国的に明治末に3000店だった書店は、大正末には1万店に増加し、流通インフラは東京や神奈川を除いて健在であった。そのために講談社を始めとする出版社の復興は急速で、講談社は10月に『大正大震災大火災』を初版30万部、雑誌として出版し、さらに重版を重ねていった。

これを可能にしたのは全国各地の書店が成長期にあり、販売力も蓄えられていたからだった。そしてこのような同時代の書店の流通インフラを背景にして、大量生産、大量販売の昭和円本時代が始まり、それに続いて文庫、新書が創刊されるようになる。
またそのかたわらでエロ・グロ・ナンセンスの時代を迎え、そのような出版物も多く刊行されていく。そして現在の出版業界の原型が形成されたのである。これが関東大震災が出版業界にもたらした影響だと考えていいだろう。大げさなことをいえば、関東大震災がなかったら、出版業界は異なった道を歩んでいたかもしれないのだ。

関東大震災に比べ、東日本大震災は死者こそ少ないが、津波と原発問題が加わり、現在の時点でのその被害状況の安易な比較はできないが、あえて出版業界との関連だけはふれてみる。

関東大震災時代において、出版業界はめざましい成長期にあり、東京の出版社や取次の被害は甚大であっても、全国各地の書店インフラは確保されていたために、早急な復興が可能で、円本やマス雑誌を始めとする新しい企画を打ち出し、それらの成功によって、出版業界はすみやかに回復していった。

ところが東日本大震災の場合、本クロニクルでずっと追跡してきたように、出版業界は明らかに衰退期を迎えて危機の中にあった。そして出版社や取次の被害は少なかったけれども、東北の書店を直撃し、深刻きわまる打撃を与えた。実際に被害はこうむらなかったにしても、これが体力の弱っている他の地方の書店に与えた影響はかなり大きなものだったのではないだろうか。
それゆえにここでは簡単な比較しか提出できないが、双方の大震災が出版業界に及ぼした影響、及ぼすであろう影響はまったく逆で、異なっていると推測するしかない。だからこそ東日本大震災は他の業界以上に、出版業界にとって深刻な問題であり、総力を挙げての支援が不可欠なのだ。

そして最後に付け加えれば、これらのすべての事柄は大震災前/大震災後として語られていくだろうと既述したが、大震災前の出版物が、大震災後にもそのまま通用するのだろうか。大震災のもたらした危機の中にあって、社会システムの欠陥と限界、テレビや新聞の肝心な情報を伝えられない画一的報道を目の当たりにした。

同じように雑誌や書籍も、大震災後にはその内容が、物語が、言葉が、情報が厳しく問われていくだろう。それに応える雑誌や書籍を自らも含めて、出版業界は企画刊行していけるであろうか。

13.今月は東日本大震災に関する言及に終始してしまった。この予想だにしなかった大地震、それに伴う津波と原発問題は、あらためて明日は何が起きるかわからないという思いを強く喚起させた。

最後に私個人と東日本大震災を通じて起きた事柄を記しておこう。実は3月15日に「出版人に聞く」シリーズ6として、福島の古書ふみくらの佐藤周一にインタビューする予定で、福島に出かけることにしていた。ところが11日の地震で、それが不可能となり、佐藤とも連絡がとれなくなってしまった。

彼の無事を知ったのは10日ほど過ぎた後で、怪我はなかったようだが、店は棚が倒れ、在庫が散乱する被害を受け、それらの整理と後始末で、インタビューができるようになるのはしばらく待たなければならないだろう。古書業界のインタビューを佐藤から始めるつもりでいたが、それはともかく彼が無事であったことだけでもよかったと思う。

また同シリーズ2の
『盛岡さわや書店奮戦記』の伊藤清彦の無事も確認できた。彼はボランティアに携わっているようで、こちらも何よりだと思う。

今後の「出版人に聞く」シリーズは多くの人たちの登場を乞い、承諾も得ているので、来年までに番外編も含めて、20本までシリーズ化したい。もちろん大震災前/大震災後を踏まえ、出版業界の歴史と状況分析、これからの行方をさらに真摯に考えていく場として機能することもめざしている。

《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》

「今泉棚」とリブロの時代 盛岡さわや書店奮戦記 再販制/グーグル問題と流対協


以下次号に続く。


 

◆バックナンバー
出版状況クロニクル34(2011年2月1日〜2月28日)
出版状況クロニクル33(2011年1月1日〜1月31日)
出版状況クロニクル32(2010年12月1日〜12月31日)
出版状況クロニクル31(2010年11月1日〜11月30日)
出版状況クロニクル30(2010年10月1日〜10月31日)
出版状況クロニクル29(2010年9月1日〜9月30日)
出版状況クロニクル28(2010年8月1日〜8月31日)
出版状況クロニクル27(2010年7月1日〜7月31日)
出版状況クロニクル26(2010年6月1日〜6月30日)
出版状況クロニクル25(2010年5月1日〜5月31日)
出版状況クロニクル24(2010年3月26日〜4月30日)
出版状況クロニクル23(2010年2月26日〜3月25日)