出版状況クロニクル38(2011年6月1日〜6月30日)
2010年の日本の自殺者数は3万1690人で、13年連続で3万人を超えている。それは小さな市や町の人口に相当する。だから日本社会は東日本大震災によって、現実的にも多くの市町村が失われてしまったことに加え、毎年のように小さな市や町を失ってきたことにもなる。
それとまったくパラレルに出版物販売金額の減少が起き、同様に進行してきた。とりわけ雑誌の落ちこみは3万人を超える自殺者と同じ13年連続で、そのまま重なり合っている。具体的に示せば、98年の1兆5315億円に対して、10年は1兆535億円で、3分の1の売り上げが失われてしまったのである。
自殺者数の高止まりと雑誌売上のマイナスの相関は偶然なのだろうか。
雑誌のアイテムは書店の大小にかかわらず、1800ほどで、そのうちの600から800が趣味誌とされる。ここで雑誌の歴史を詳述することはできないが、大半の雑誌は趣味誌として始まり、それが読者をつかむことで成長していき、戦後のコミックを含んだ雑誌の全盛時代を迎えたのである。ベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」ではないが、雑誌もまた「趣味の共同体」を生み出し、そこに慰安を求める読者たちの小さな市や町を創造したと思われる。
しかし雑誌と小さな書店の凋落は、そのようなささやかな想像の市や町をも崩壊させる結果をもたらしたのではないだろうか。
かつて江藤淳が『成熟と喪失』の中で書きつけていた言葉を思い出す。それは次のようなものだ。
「人はイメイジによって生きる。現実によって生きはしないからである」。
1.その雑誌出版社を代表する小学館の決算が発表された。売上高1111億円で、前年比5.6%減、純損失25億円で、6年連続減収、3年連続赤字。
その業績推移を示す。
年度 | 総売上高 | 前年比 | 雑誌 | 前年比 | 書籍 | 前年比 | 広告 | 前年比 |
1998 | 166,830 | 0.5% | 111,820 | ▲2.3% | 29,317 | 14.9% | 22,373 | ▲6.9% |
1999 | 161,345 | ▲3.3% | 104,034 | ▲7.0% | 29,250 | ▲0.2% | 21,610 | ▲3.4% |
2000 | 157,959 | ▲2.1% | 99,774 | ▲4.1% | 26,819 | ▲8.3% | 22,426 | 3.8% |
2001 | 158,201 | 0.2% | 98,478 | ▲1.3% | 27,278 | 1.7% | 22,508 | 0.4% |
2002 | 151,900 | ▲4.0% | 93,796 | ▲4.8% | 26,755 | ▲1.9% | 22,147 | ▲1.6% |
2003 | 150,256 | ▲1.1% | 92,715 | ▲1.2% | 26,623 | ▲0.5% | 22,267 | 0.5% |
2004 | 154,544 | 2.9% | 92,324 | ▲0.4% | 28,969 | 8.8% | 23,137 | 3.9% |
2005 | 148,157 | ▲4.1% | 88,692 | ▲3.9% | 26,535 | ▲8.4% | 24,035 | 3.9% |
2006 | 146,951 | ▲0.8% | 85,470 | ▲3.6% | 25,368 | ▲4.4% | 24,685 | 2.7% |
2007 | 141,344 | ▲3.8% | 82,296 | ▲3.7% | 23,176 | ▲8.6% | 23,847 | ▲3.4% |
2008 | 127,541 | ▲9.8% | 74,111 | ▲9.9% | 20,419 | ▲11.9% | 20,525 | ▲13.9% |
2009 | 117,721 | ▲7.7% | 69,155 | ▲6.7% | 19,363 | ▲5.2% | 14,879 | ▲27.5% |
2010 | 111,113 | ▲5.6% | 65,168 | ▲5.8% | 19,255 | ▲0.6% | 14,153 | ▲4.9% |
[やはり雑誌売上の減収がよく映し出されている。
この13年で500億円近くの落ちこみで、内訳は定期刊行物が405億円、コミックが245億円であるから、10年の定期雑誌売上分以上の金額が失われたことになる。小学館は来年に創業90年を迎えるのだが、雑誌の立て直しは難しいと考えるしかない。それは本クロニクルでしばしば言及してきたように、小学館の雑誌を支えてきた町の中小書店がもはや消滅してしまったに等しいからだ。それがこの小学館の業績推移に確実に反映されている]
2.雑誌市場は定期刊行の週刊、月刊誌の2200アイテムが売上のコアとなっているが、点数的にいえば、ムックが売上シェアに比べ、増加し続けている。
そのムックの推移を示す。
新刊点数 | 販売金額 | 返品率 | ||||
年 | (点) | 前年比 | (億円) | 前年比 | (%) | 前年増減 |
1998 | 5,919 | 5.3% | 1,295 | ▲4.4% | 44.0 | 0.5% |
1999 | 6,599 | 11.5% | 1,320 | 1.9% | 43.5 | ▲0.5% |
2000 | 7,175 | 8.7% | 1,324 | 0.3% | 41.2 | 2.3% |
2001 | 7,627 | 6.3% | 1,320 | ▲0.3% | 39.8 | ▲1.4% |
2002 | 7,537 | ▲1.2% | 1,260 | ▲4.5% | 39.5 | ▲0.3% |
2003 | 7,990 | 6.0% | 1,232 | ▲2.2% | 41.5 | 2.0% |
2004 | 7,789 | ▲2.5% | 1,212 | ▲1.6% | 42.3 | 0.8% |
2005 | 7,859 | 0.9% | 1,164 | ▲4.0% | 44.0 | 1.7% |
2006 | 7,884 | 0.3% | 1,093 | ▲6.1% | 45.0 | 1.0% |
2007 | 8,066 | 2.3% | 1,046 | ▲4.3% | 46.1 | 1.1% |
2008 | 8,337 | 3.4% | 1,062 | 1.5% | 46.0 | ▲0.1% |
2009 | 8,511 | 2.1% | 1,091 | 2.7% | 45.8 | ▲0.2% |
2010 | 8,762 | 2.9% | 1,098 | 0.6% | 45.4 | ▲0.4% |
[この3年の売上は微増だが、連続してプラスとなっている。これは宝島社のブランドムックによるものと考えられる。宝島社は09年に50点、10年に70点を刊行し、10年には100万部を超える発行部数のブランドムックをいくつも送り出している。
しかしそれらを除くと、ムック市場も実質的にマイナスだと見るべきだろう。しかも新刊点数の増加、返品率の高止まりは、定期刊行の雑誌と異なる売れ行きの不安定性を告げ、それゆえに点数も増えていったとわかる。定期刊行の雑誌の不振を補うようにして。
またこれは本クロニクルで以前にも指摘してことだが、書店の大型化によって、ムック売場が拡大されたことにもよっている。しかしそれらが雑誌の本来の意味とはちがう「ブランド共同体」を出現させても、「趣味の共同体」を形成するようなものではなく、また他のムックも立ち読みに似た一過性のものでしかないことも告げているのだろう。
東日本大震災後のムック市場はどのような状況を迎えているのだろうか]
3.日販は売上高7312億円で、前年比2.7%減。営業利益は164億円で、同5.6%増。最終利益は、震災のための20億円の特別損失を計上したこともあり、28億円で、同8.1%減。
4.日販の子会社MPDは売上高2093億円で、前年比4.5%減。当期純利益7億円で、同11.4%減。その内訳はBOOK事業が992億円で、同2.4%増。レンタル事業は308億円で、同1.8%減。セル事業は459億円で、同20%減。ゲーム事業は206億円で、同12.8%減。新規事業は86億円、53.6%増となっている。
5.トーハンは売上高5292億円で、4.7%減。営業利益は74億円で、同0.4%増。最終利益は震災の特別損失が7億円と少なかったことに加え、不動産賃貸料収入が増えたために、最終利益は18億円と、同24.5%増。
6.大阪屋は売上高1268億円で、前年比0.9%増だが、営業利益は44億円で、同23.8%減。これは書籍比率が66%に達し、原価率が上昇したためで、結果として1億4300万円の赤字となった。
[3から6は取次の決算で、これらに対するコメントを付け加えておこう。
3の日販の売上高は、経常利益は単体決算だった03年とほぼ同じであり、出版物販売金額の全体の落ちこみから考えれば、よく健闘しているといっていいのかもしれない。しかし増収ではないわけだから、様々な取引システムの改革によって獲得された数字ということになろう。その改革には立ち入らないが、これは大震災の特別損失を計上しているにしても、大震災前の決算であり、大震災後の数字はどうなっていくのだろうか。それは4の大震災後の動向に結びついている。BOOK事業は伸びていて、来期は1000億円の大台をめざすと発表されている。しかしほぼ同じ売上シェアを占めるレンタル、ゲーム事業は軒並みマイナスになっていて、それはさらに加速するであろう。はっきりいって、MPDとTSUTAYAが進めている書店システムは読者を視野に含んでおらず、消費者だけを対象にしていて、何のための大型店であるのかのコンセプトが確立されていない。そのしわ寄せはかならずやってくると思われる。
5のトーハンだが2000年の売上高は7384億円だったので、この10年間で2000億円強のマイナスである。それは日販との帳合戦争、MPDの複合店戦略に対して、劣勢のまま推移したこと、取引書店の衰退を意味している。そこに大震災後を迎えていることになる。
6の大阪屋は増収にもかかわらず、書籍比率上昇で赤字になってしまったという、書籍販売の構造を浮かび上がらせたことになる。書籍の場合、大手、老舗出版社は高正味ゆえに、売っても儲からない事実をあからさまに示している。大阪屋はアマゾンとの取引によって、書籍比率が上昇してしまい、そのような事実に直面してしまったのである。
アマゾンの取引をめぐる帳合戦争が水面下で起きていると伝えられているが、この書籍販売システムの改革がなされない限り、どの取次であっても、同じ轍を踏むであろう。それはすなわちアマゾンを利するだけの結果となるのだ]
7.CCCとそのTSUTAYAのFCであるトップカルチャーが、文具や生活雑貨を扱う共同出資会社を設立。社名はTSUTAYA STATIONERY NETWORKで、雑誌、書籍、レンタルの次に位置するチェーン展開をめざす。
[4で示したMPDの状況に鑑みて、またゲオとのレンタル廉価合戦も続いて、収益の回復は難しいと判断され、新たにFCグループに導入をもくろむメニューのひとつだと考えられる。
しかし分野が異なる買切商品であるだけに、多くのFC店の加入は難しいように思える]
8.これもCCC関連だが、日販から買収した子会社の復刊ドットコムが、手塚治虫の『火の鳥』完全版全12巻を刊行。定価は一冊7875円で、発行部数は2500部。
[05年に出された左田野渉の『復刊ドットコム奮戦記』(築地書館)によれば、2000点近くを復刊し、年商4億円で、『藤子不二雄Ⓐランド』7万円が1200人の申し込みがあったと記されていた。
それはまた電子書籍がほとんど話題になっていなかった時期であり、現在においても定価総額2億円を超えてしまう復刊企画は、成立するだろうか。たとえ手塚治虫であっても。それにどうしても買切扱いで出すしかないとすれば、TSUTAYAFC店の協力を仰ぐしかない復刊のように見える。はたして成功するだろうか]
9.総務省が電子書籍環境整備委託事業に関する10の委託作成報告書を公表し、その概要が『文化通信』(6/6)に掲載されている。
[その中に日本ユニシスによる「図書館デジタルコンテンツ流通促進プロジェクト」があり、このタイトルによってひとつの問題が想起されたので、それを書いてみたい。
それは全国の図書館が膨大に抱えているVHSビデオのことである。セル、レンタル市場のDVD事業によって、VHSのハードは急速になくなり、今回の地デジ対応もあって、VHS機器は一般家庭から消えつつあると思われる。この現象とパラレルに図書館のVHS貸し出しは激減しているのではないだろうか。以前にはよくいた館内で見ている人もすっかりいなくなってしまったからだ。
とすれば、「デジタルコンテンツ」としてのDVDが図書館にさらに増えていけば、VHSは無用の長物となってしまうだろう。図書館用の商品であるから、DVDに複写することはできないし、利用しなければ、劣化は進むばかりであり、それはすでに始まっていると考えるしかない。
全国的に考えれば、そのようにして無用のものと化したVHSは膨大な金額に及ぶだろう。そのDVDですらもブルーレイが普及すれば、同じような道をたどる。
それを電子書籍にあてはめれば、ソフトとハードの関係は不変ではありえないと思うほうが妥当だ。
図書館側からのVHSと現在の状況、そのような電子書籍問題について、発言しておくべきであろう]
10.アシェット婦人画報社がアメリカのメディアコングロマリットのハースト社の100%子会社となり、7月よりハースト婦人画報社と社名変更。ハースト社は多くの新聞や雑誌を国内外で発行する他に、テレビ、映画、インターネットも手がけている。
[これはアシェット婦人画報社もその傘下にあった、フランスの雑誌コングロマリットのラガルデール・グループがハースト社に買収されたこと、アシェット婦人画報社の34%の株主だった住友商事が、その株式をハースト社に売却したことによっている。
出版社だけでなく取次も、アマゾンのような外資によって買収されることもありうるかもしれない]
11.本クロニクルでもアメリカの大手書店チェーン第1位のバーンズ&ノーブルの不振を伝えてきたが、こちらもメディアコングロマリットのリバティ社による買収が提案され、全発行株式の70%の取得をめざすとされている。
[第2位のボーダーズはすでに倒産し、アメリカからの情報によれば、ショッピングモールに入っていたボーダーズは次々に撤退し、後のテナントが入っておらず、痛々しい光景になっているという。B&Nもおそらく買収されるであろう。
それは丸善、ジュンク堂、文教堂といった日本の大手書店が、DNPに買収される道をたどったことと相似している。日本のほうが早かったのは、出版危機がアメリカよりも深刻であったことに尽きるだろう。
これもまたアマゾンとの戦いによって、リアル書店の後退していく現象が、今後の世界の各国で起き、同じような買収が行なわれるであろうことを告げている]
12.東日本大震災による書店在庫の被災総額は50億円とされていたが、取協算定に基づく書協大震災対策特別委員会と出版経理委員会の報告によれば、18億円となっている。
その内訳は、「現品、スリップ、表紙などで確定できるもの」が4億円、「POSデータ推計」8億円で、7月から取次の返品入帳要請があるだろうし、対象出版社は1500社に及ぶとの見解が出された。
[これまで伝えられている取次の震災による特別損失は、日販20億円、トーハン7億円、大阪屋11億円と、3社だけで38億円であったが、書店の被災在庫はその半分以下だったことになる。被害総額が予想よりも少なかったことは幸いだと思うが、取協による「推計」は正しいのだろうか。この「推計」に関する被災書店の声を聞きたいし、書協も返品入帳について、それらの声を反映させるべきだろう]
13.平凡社の『月刊百科』に続いて、文春の『本の話』も10月号で休刊。出版社のPR誌も次々に終わっていく。
[例によって横並び現象が起きると思われるので、さらに年内にいくつかのPR誌の休刊が生じるのではないだろうか。
しかし出版社のPR誌が読者、書店、出版社をつなぐ役割を担う時代も確かにあったのだ。そのような小さな絆も、ネット時代を迎え、次々に断たれていく。
その一方で、本クロニクルでも創文社のPR誌『創文』の休刊を記述しておいたが、季刊として再刊の運びとなった。歓迎すべきことなので、記しておく]
14.「出版人に聞く」シリーズは〈5〉として、能勢仁の『本の世界に生きて50年』が7月中旬に発売。
〈6〉として菊池明郎の『営業と経営から見た筑摩書房』、〈7〉として佐藤周一の『震災に負けない古書ふみくら』も編集を終えたので、ほどなく続刊予定。
それぞれ既刊とはまた異なる本の世界に お出かけあれ。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》