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古本夜話127 アルス版「ナチス叢書」と『世界戦争文学全集』、ゾラ『壊滅』

小島威彦の『百年目にあけた玉手箱』第四巻で、北原白秋の弟が経営するアルスの「ナチス叢書」は小島の編集との記述に出会い、長年の出版に関する疑問が解明されたように思った。

私はゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」の翻訳と編集に携わっていた時期があり、その中でも初めての全訳で、戦後初の邦訳となる第十九巻の『壊滅』を訳了した際には感無量の思いに捉われた。それは普仏戦争をテーマとするこの一作が、『ナナ』『居酒屋』といったゾラのイメージを払拭するもので、「叢書」の集大成と大団円を兼ねた作品に他ならなかったからである。それだけでなく、この『壊滅』が日本ではほとんど読まれていない、知られざる十九世紀フランス文学の金字塔だと確信したことにも起因している。

壊滅 ナナ 居酒屋

『壊滅』の戦前の邦訳は昭和十六年にアルスから、訳者を難波浩として『世界戦争文学全集』第二十一巻の上下本として出されているのだが、これは現在に至るまで古本屋でも古書目録でも一度も見かけたことがなく、本の友社から一九九〇年代に復刻が出されるまでは読むことができない稀覯本だったと考えられる。もっとも本の友社も百部単位の復刻だったであろうし、それを架蔵する図書館も少なく、気軽に読めるものにはなっていなかった。

私の場合は翻訳の参考にする必要もあり、どうしても読まなければいけないという事情から、公共図書館ルートで探したところ、何と隣の市立図書館の閉架書庫の中に原本が見出されたのだ。そこでコピーをとり、拳拳服膺させてもらったわけであるが、訳者の難波浩がどういう人なのかわからず、また『世界戦争文学全集』も書誌研究懇和会編『全集叢書総覧新訂版』八木書店)にも掲載されていないことから、どこまで出たのか、その全貌もつかめず、ずっと気になっていたのである。

前回記したように、『百年目にあけた玉手箱』の中で、川添の「フランス、イタリアの哲学は難波浩に」との発言を見つけたこと、それと小島のアルスの「ナチス叢書」編集を目にし、『壊滅』にその広告が掲載されていたことを思い出し、難波浩、アルス、『世界戦争文学全集』、「ナチス叢書」が一気につながり、『世界戦争文学全集』も小島や戦争文化研究所から出された企画ではないかと考えるに至った。

そこで『壊滅』のコピーを取り出し、目を通してみると、まず「ナチス叢書」の広告が見つかった。それは「推薦」が陸軍省情報部と海軍軍事普及部、「責任編輯」は駐独大使大島浩、小島威彦とそれぞれ連名表記されていた。驚かされたのは各冊六十銭とある「ナチス叢書」のラインナップだった。それは五十冊以上に及び、「パリの日本人たち」、国民精神文化研究所とスメル学塾関係者の大半の名前が出揃っていることだ。
例を挙げれば、小島威彦の『ナチスの文化』、丸山熊雄『マイン・カンプと独逸文学』、藤沢親雄『戦時下のナチス独逸』、井上清一『ナチス芸術』、鈴木啓介『独仏関係』、清水宣雄『ナチスのユダヤ政策』、川添紫郎『ナチスの映画』、堀一郎ナチスの宗教政策』も含まれている。しかしこの「ナチス叢書」も前出の『全集叢書総覧新訂版』にも『世界戦争文学全集』と同様に掲載がない。ただ国会図書館の蔵書を見てみると、二十七冊架蔵され、藤沢、鈴木、清水の同名の著書があるとわかるが、これらの書目がすべて出されたのかどうかを確認することができない。

『世界戦争文学全集』の全二十五巻のタイトル明細もあり、これは第一巻のホメロスの『イリアス』から第二十四巻『第一次欧州大戦』、第二十五巻『世界変革戦争』に至るラインナップとなっているが、訳者名は第五巻『ロオランの唄』が坂丈緒で、これも「パリの日本人たち」の一人である。『世界戦争文学全集』もこのうちの何巻が刊行されたのかを確かめられない。こちらの国会図書館蔵書は五冊である。ただこの全集は戦争文学会編となっていて、そこに「戦争文学全集発刊の言葉」が「紀元二千六百年十二月」の日付でしたためられている。これはまさに小島や仲小路彰たちの思想的位相、及び戦争文化研究所とスメラ学塾の共通する戦争観、戦争文学論であると思われるので、多少長くなるが、省略を施さず、そのままの旧字で全文を引用しておく。

 大いなる世界史的轉換は、常に世界的長期戰を契機とし、その發展過程の中に、新しき時代、國家、生活を創造し、形成し來つたのである。この史代變革の生ける象徴とし、高き碑銘として、あらゆる世界文學の傑作は製作され、この悲劇的表現として、すべての藝術は創造され、こゝに人類の文化は、次に來る新しき史代の生命として、繼續され、豐富化され、復興されたのである。
 今や日本を枢軸とする世界維新の實現せんとする時、われわれは眞に世界史を變革せる戰争の文化的本質を根源的に把捉し、しかもこの世界文化の總力戰史観による日本的表現を、世界新秩序建設の中に、日本世界ルネッサンスとして創造すべき必然性に直面してゐるのである。かくて眞に永遠に生きる文學的生命は、この眞の戰争文學體系を必須とする。今や本全集によつて初めて、その完全なる継承の一面が示されんとする。この戰争文學的新體制こそ、舊き一切の文學概念を否定し、すでに死滅すべきものを悉く死滅せしめ、まさに日本文學を世界的文藝復興の力強き爆撃たらしむるものであらう。

そしてこの「発刊の言葉」はこれも巻末に置かれた丸山熊雄の『戦争文学論』のキャッチコピー「戦争文学は真の文化の母である !! 」や「現代は正に戦争と文学の時代だ !! 」と通底しているし、同書は「わが日本民族の戦ひと歌とに世界史的指導原理を与へて純正なる文学の要請したるもの」との説明がある。

このような戦争観が十九世紀から二十世紀にかけてのパラダイムであったことも事実であろう。それはゾラの『壊滅』の中にも見出すことができる。『壊滅』において、戦争を憎む姉に対して、主人公の一人であるモーリスがもらす内的独白を思いだす。それは次のようなものだ。拙訳を示す。

 だがモーリスは学問を身につけていたので、戦争が必然であり、戦争こそが生命そのもの、世界の法則であると考えていた。正義や平和の観念を持ち出すのは哀れむべき人間のすることではないのか? 非情なる自然も絶え間なき大殺戮の戦場ではないだろうか?

しかしそれらのパラダイムの延長線に、ナチスによるアウシュヴィッツユダヤ人ジェノサイドが出現したことを忘れるべきではないだろう。

それにしても、戦前の上流階級に属する知識人である「パリの日本人たち」の総転向、スメラ学塾の倒錯的思考には驚きを禁じ得ない。出版史に関する私見を述べれば、この「ナチス叢書」や『世界戦争文学全集』の刊行によって、アルスは戦後廃業へと追いやられたのではないだろうか。ちょうど第一書房『我が闘争』を始めとする多くの「戦時体制版」を出版し、廃業したことと同様に。

しかし小島の『百年目にあけた玉手箱』や丸山の『一九三〇年代のパリと私』においても、それらのことはまったく語られていない。

次回へ続く。

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