出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル43(2011年11月1日〜11月30日)

出版状況クロニクル43(2011年11月1日〜11月30日)

10月までの出版物売上推移から判断すると、今年の出版物販売金額は1兆8000億円前後と推定される。ピーク時の1996年は2兆7000億円近くあったわけだから、9000億円という巨額なマイナスとなる。

これを次のように言い換えてみる。単位を千万にしたいのだが、百万のほうが零細な出版業界にはリアルだと考え、こちらを採用した。

 全員が出版業界に勤めている一族の年収270万円が180万円に減ってしまった。そこには出版社の長男、取次の次男、書店の三男がいて、それぞれが子沢山であるから、この10数年生活が苦しくなる一方で、どこでも口べらしが行われているに等しい。これ以上収入が減ると、3人のうちの誰かが生活していくことができず、一家離散になってしまうかもしれない。その原因はいくつもあるが、出版業界が儲からない旧来のシステムに依存していたからなので、新しい利益が上がるシステムを採用し、一族と各一家の生活を立て直さなければならない。
 そうしないと一族がいるゆえに収入を得ている、親戚筋の作家や著者も生活していけなくなり、読者という子供も産めなくなり、少子化をたどり、いずれの後継者も途絶えてしまうであろう。

平たく言うと、これが出版業界とその周辺に顕在化しつつある現象だと考えられる。
しかもこれも繰り返し既述しているが、このような出版業界の凋落は日本だけで起きている特異な危機であり、その底は見えず、このまま進めば一兆円のマイナスが生じ、96年に比べ半減する事態へと向かっていくだろう。もはや後がないことは自明だと思われる。


1.書店の全体数が1970年代の2万3千店から1万5千店へと減少したように、今年になって、ついに日書連の加盟書店数が5千店を割ったことを本クロニクルでも既述しておいたが、あらためてその減り方の推移を表化してみる。これは『出版状況クロニクル』『出版業界の危機と社会構造』などの拙著から抽出したものなので、抜けている年もあることを了解されたい。

出版状況クロニクル 出版状況クロニクル 2 出版業界の危機と社会構造

■日書連加盟
書店数の推移
加盟書店数
198612,935
199012,556
20027,838
20037,463
20047,038
20056,683
20066,330
20095,457
20105,197
20114,854
[あらためていうまでもないけれども、リードに示したように、出版物売上高のピークは96年、いわゆる町の書店を中心とする日書連加盟書店数のピークは86年で、出版物売上高の上昇と書店数の増加がパラレルであったとわかる。

出版社・取次・書店という近代出版流通システムがスタートしたのは1890年代であり、その頃全国各地の書店が商店街を中心にして立ちあがり、1世紀の長い時間をかけて、1万3千に及ぶ出版物販売インフラが、店売と外商のバランスの上に構築され、それは1980年代まではかろうじて維持されてきた。

ところがそれが90年代から解体され始めたことを、この表はまざまざと示している。90年代に何が起きたかを考えてみれば、郊外複合大型店の進出、ブックオフの出現、公共図書館の増加と進化などをたちどころに挙げられるだろう。それらの新たな勢力に対して、とりわけ中小の書店は敗退していかざるをえなかったのである。そして今世紀に入って、それは加速し、ついに5千店を割る事態を迎えてしまった。

しかし出版物販売を支えてきたのはこれらの全国各地の中小書店であり、それはこの失われた10数年における出版物売上高の3分の1のマイナスと、日書連加盟店の減少がほぼ重なっていることからも歴然であろう。

はっきりいってしまえば、複合店、大型店、ブックオフ公共図書館の躍進は、出版物販売に貢献するどころか、結果として、全国の中小ではあるが、実質的に雑誌や書籍の売上と読者を支えてきた重要な出版物インフラを退場させてしまったのである。かくしてコアの市場は失われ、またネット販売の台頭、レンタルの不振とともに、複合店も大型店もその行方は安泰ではなく、同じような運命をたどるかもしれない。

もちろんこれらの現象は出版業界だけに起きたことではなく、あらゆる業界に及んでいる。そしてそれが様々な現在の社会の問題と危機の要因となっていることも。それらの一端をこの日書連加盟書店数の推移も示しているように思われる]

2.雑誌の低迷が続いている。しかも雑誌の場合は書籍と異なり、広告収入の問題もあるので、大手出版社の命運をもにぎっている。

雑誌は大きくわけると、週刊誌、月刊誌、コミック、ムックの4分野になるが、ここではムックを見てみよう。

■ムック市場の推移
新刊点数
(点)
販売部数
(万冊)
販売金額
(億円)
返品率
(%)
19996,59914,5251,32043.5%
20007,17514,6861,32441.2%
20017,62714,5761,32039.8%
20027,53713,5491,26039.5%
20037,99013,3541,23241.5%
20047,78913,2881,21242.3%
20057,85912,5731,16444.0%
20067,88411,8531,09345.0%
20078,06611,3121,04646.1%
20088,33711,4351,06246.0%
20098,51111,7091,09145.8%
20108,76211,8311,09845.4%
[ムックの販売部数と金額がわずかであるにしても伸びているのは付録つきブランドムックの恩恵である。確かに複合店をのぞくと、ブランドムックコーナーができ、付録が満艦飾となって吊るされたりしていて、雑誌を売っているのか、ブランド付録を売っているのか、わからないような売場が出現している。

しかし分冊百科も市場が縮小していることと同様に、ブランドムックもすでに一巡したと考えるべきだろう。ムック市場は複合大型店化に合わせるようにして、新刊点数を増やしてきた。

雑誌として取次から自動配本され、返品期限もないムックは、仕入れ機能を持たない現在の書店市場にとって、歓迎される絶好の商品であったと考えられ、それゆえに新刊点数も増加したと見なせるだろう。しかし問題なのはその内容と動向で、新刊点数は増えても、販売部数、金額は減少するばかりで、また返品率の高止まりにしても、書籍と同様のパターンに陥っている。

ブランドムックに支えられて、その売上の落ちこみはかろうじて避けられていたが、今年の雑誌の落ちこみと低迷は、確実にこのムックの分野にも及んでいるし、それが来年は如実に現れてくるはずだ]

3.出版業界の凋落と危機は、作家や著者たちにどのような影響を及ぼしているのだろうか。『本の雑誌』12月号が「いま作家はどうなっておるのか?」という文芸誌編集者匿名座談会を掲載している。

それによれば、かつては儲かっている作家が5割、儲かっていない作家が5割の比率だったが、現在は2割の儲かっている作家が残りの8割を食わせているのが現状で、それが最近は1割と9割の比率になりつつある。それは文庫初版部数にあからさまに表われ、東野圭吾は100万部、宮部みゆき3、40万部に対して、1万部の作家が多数を占めるようになってきている。

本の雑誌 12月号
[このような売れる本と売れない本の、目もくらむような落差は、大手出版社から本を出している作家ですらも同様なのであるから、中小出版社によっている著者や作家がどのような状況に置かれているかは説明するまでもないだろう。専門書に至っては初版300部から500部であり、それでも完売することは難しくなってきている。

このかつてない売れる本と売れない本の出版状況は、書店市場の変貌にその要因が求められるにしても、現在の社会を襲っている一極化現象と重なり合っているのだろう。食も衣服も生活も思考も含めて、多様性を排除する一極化、それはものすごく社会を息苦しくさせ、本の世界の特色である多様性すらも追放されようとしているように思われる。

そしてまた今年の大手ナショナルチェーンの相次ぐ出店は、在庫の充実といったキャッチフレーズとは裏腹に、結果としてそのような一極化に拍車をかけていく。その結果さらに売れる本と売れない本、売れる作家と売れない作家の落差は開いていくばかりなのだ]

4.その大手ナショナルチェーンの全国出店だが、ジュンク堂が12月下旬に松本駅前に1000坪で出店。長野県で最大の書店規模。

ブックオフも1500坪のスーパーバザーを前橋に出店。

[今年は昨年以上に大型店の出店が多く、その中でもCHI グループのジュンク堂、MARZEN&ジュンク堂の全国展開がひときわ目立つ。DNP傘下入りを機に、全国的シェアを高めようとの戦略を推進していると考えるしかない。もはや大手ナショナルチェーンと地場書店の住み分けも成立しなくなっている。

またそれらの都市の中でも、前橋はこの半年間に、TSUTAYAの1700坪にブックオフの1500坪が加わり、それまでの地場の書店とナショナルチェーンとの競合はどうなっていくのだろうか。それ以外の各都市においても、いずれもゼロサムゲームであるわけだから、必ず閉店、撤退するところが出てくるだろう。かくして来年も日書連加盟店は確実に減っていく]

5.相変わらず、電子書籍関連問題の報道がかまびすしい。今月は特に多く、以下に列挙してみる。

角川GHDニコニコ動画ドワンゴ電子書籍配信で連携し、一方で角川歴彦会長は電子書籍のシェアが25%を占めるようになると発言。

楽天がカナダの電子書籍事業会社Kobo Incを買収。

電子書籍配信のイーブックイニシアティブジャパンが株式上場に合わせ、電子書籍版『立花隆全集』を発売。

*アマゾンのキンドル発売とそれらをめぐる日本での電子書籍配信と契約問題。

*東京書店組合と電子書籍の販売提携。

紀伊國屋書店ソニー電子書籍をめぐる連携。

岩波新書電子書籍化。

*アップルの『スティーブ・ジョブズ』の電子書籍の好調な売れ行き。

まだ挙げられるが、これぐらいにとどめる。

[昨年の電子書籍元年から始まった狂騒曲は、読者が増えているわけでもないのに、2年間にわたって続き、いささかも収まる気配がない。

だがしばし立ち止り、よく考え、自らに問うてみるべきだろう。出版業界の人間ですら、電子書籍で読んでいる者がどれだけいるのだろうか。端末を持っている人たちがどれだけいるのだろうか。

ある調査によれば、半数以上が電子書籍には何の関心もないし、今後使うつもりもないという結果も出ている。もちろん紙からデジタルへの趨勢をも認めることにやぶさかではないにしても、電子書籍と端末が携帯電話のように普及するとはとても思われない。

欧米と日本の出版業界は出版危機、流通販売、公共図書館、複合店、ブックオフなども含め、構造が異なっているのだ。それゆえに、同じように電子書籍が定着する確率は欧米に比べ、圧倒的に低いし、これもまた日本的な普及にとどまるような気がする。この失われた10数年で、ただでさえ紙の本が売れなくなっているのに、電子書籍になったらもっと読むようになるとはまったく考えられない。

それに角川がいうように、早いうちに25%のシェアを占めるようになれば、おそらく取次も書店もさらに立ちいかなくなるであろうし、日本の出版業界も空中分解しかねないだろう。

現在の状況は一方に日本だけに起きている特殊な出版危機がおそろしいまでに露呈し、一方で電子書籍問題が立ちあがっている構造を忘れるべきではないし、後者に移行すれば、前者の問題がすべて解決するわけでないことは自明であるのだ。出版業界はそのようなバランス感覚すらも、この長きにわたる危機の中で麻痺してしまったのだろうか]

6.取次からの「東日本大震災による被災商品の入帳のお願い」に対して、公取委から独禁法の優越的地位の濫用に該当するとの指摘が出された。それに応じて、取次は先の「お願い」を一旦撤回し、出版社へのあらたなる被災のための返品入帳「回答書」を送付してきている。

[再販制、消費税、被災返品問題と、公取委の存在が大きいことを知らしめる一件であるが、高須次郎の『再販制/グーグル問題と流対協』(論創社)に示された公取委問題を知っているので、これはこれで色々あるのではないかと考えてしまう]
再販制/グーグル問題と流対協

7.筑摩書房が「謝恩価格全集セール」を実施。条件は出し正味55%で完全買切。銘柄と定価を以下に示す。

『現代日本文学大系』(全97巻、本体58万2000円)

『太宰治全集』(全13巻、同8万4200円)

『新校本 宮澤賢治全集系』(全16巻+別巻、同15万8062円)

『マラルメ全集』(全5巻、同9万2000円)

『フローベール全集』(全10巻別冊1、同5万円)

『内藤湖南全集』(全14巻、同11万3000円)

『立原道造全集』(全5巻、同4万8800円)

『愛蔵版「正法眼蔵」読解』(全10巻、同4万5000円)

『万葉集全解』(全7巻、同4万4700円)

『営業と経営から見た筑摩書房』(論創社)の中で、現会長の菊池明郎から時限再販の方向にすすむべきだとの持論を聞いたので、この8年ぶりの「セール」はその試みの実践に位置づけられるだろう。

どのような結果になるのか、とても気になるし、好調な受注と売れ行きを期待したい]

営業と経営から見た筑摩書房

8.新潮社の『旅』が来年3月号で休刊。

旅 2012年1月号 古雑誌探究

[このニュースを聞いて、本にも雑誌にも寿命があるものだし、その時期と見極めは難しいと思った。私はJTB時代の『旅』を愛読していて、04年にJTB版『旅』の終刊を絡めて、「『旅』と水窪」(拙著『古雑誌探究』所収)という一文を書いたことがあった。

その際にJTB版は大衆食堂であったのに、05年に新潮社から新たに出された『旅』はマガジンハウス的に編集された高級レストランであり、まったく異なる雑誌になってしまったと述べておいた。

実際に新潮社版はマガジンハウスの元編集者が担当していたようで、誌名は延命したけれど、やはりその寿命は長くなかったことになる。

007ではないが、『旅』は2度死んだのだ。それは現在の「旅」のイメージが新たな領域へと移行していることを告げているのかもしれない]

9.人文会から『人文書販売の手引き』が出された。

[これは初めて試みられた人文書品揃えのための「マニュアル」だといっていい。「刊行に際して」でその理由が述べられているので、それを引いてみる。

最近、「初めて担当するジャンルが人文」という方が増えたこと、また書店員としては中堅といっていいほどのキャリアの持ち主からも教えを請われるケースが多くなったこともあり、マニュアルを作成する必要性を強く感じるようになりました。
この言葉には書店の現在の状況と市場の変化がよく表われていよう。つまりこの分野にもはや「カリスマ書店員」がいないことを示しているのだろうし、この一冊は現在の「人文書販売」の状況を象徴していることになる。

そして人文書の各分野の「棚チャート」が著者、書名、コンセプトで具体的に示され、マニュアルならではの「棚詰め」の例が提案されている。

人文書の古典はいつまでも変わらない。でも書店とその担当者は若返り、常に変わっていっていることを、この一冊はあらためて示唆してくれる]

10.日本編集者学会が設立され、その学会誌『エディターシップ』が創刊となり、トランスビューから発売された。

エディターシップ

[この種の雑誌については、色々といいたいことはあるのだが、この半分を占める寺田博の「文芸誌編集覚え書き」の掲載を見て、それだけでこの創刊の意義を認めたいと思った。しかし出版状況認識が佐野眞一止まりであることは問題だろう。

本クロニクルでも寺田の死去に際して、戦後の編集者史を残さずに亡くなってしまい残念だと記しておいた。ところが私が知らなかっただけで、それが書かれていたのだ。これは河出書房の社史と『文藝』の戦後史でもあり、吉本隆明の『共同幻想論』と江藤淳の『成熟と喪失』が寺田の企画だったことは知っていたが、松本清張の自伝『半生の記』も同様だったとは知らない事実であった。

残念ながら1969年の『文藝』時代で、中絶となってしまったが、実に興味深い文学史、出版史であり、これを読むだけでも、この一冊は買うに価する。それにこのような出版状況であり、単行本化も難しいからだ]

共同幻想論 成熟と喪失(講談社文芸文庫版) 半生の記(角川文庫版)

11.ゲオの前社長で副会長の森原哲也が「一身上の理由」で退任。

[本クロニクルでもリベート問題、インサイダー疑惑による経営混乱を背景に、創業者の長男で、筆頭株主の遠藤結蔵が社長に就任したことを伝えたばかりである。

「一身上の理由」で退任したのはブックオフの佐藤弘志社長も同様で、何か偶然のように見なせない気がする]

12.「出版人に聞く」シリーズの〈8〉鈴木宏『書肆風の薔薇から水声社へ』、〈9〉の古田一晴『名古屋とちくさ正文館(仮題)』の年内刊行は無理なので、来年になる。何とか来年いっぱいかけて、20本をめざしたいと思う。

なお本クロニクルであるが、「出版人に聞く」に併走する同時代記録という意味合いもあり、来月分まで含んで、来年早々に『出版状況クロニクル3』として刊行予定でいる。

また「出版人に聞く」シリーズを続けることもあって、来年も本クロニクルは書かれていくことをここに記しておく。


《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》

「今泉棚」とリブロの時代 盛岡さわや書店奮戦記 再販制/グーグル問題と流対協 リブロが本屋であったころ 本の世界に生きて50年 震災に負けない古書ふみくら 営業と経営から見た筑摩書房

以下次号に続く。


 

以下次号に続く。