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ブルーコミックス論18 篠原千絵『蒼の封印』(小学館、一九九二年)

蒼の封印 (フラワーコミックス)  蒼の封印1 蒼の封印2 蒼の封印3 蒼の封印4小学館文庫)



前回の『青龍』に続いて、もうひとつの龍の話をしよう。それは「青龍」ならぬ「蒼龍」についてであり、篠原千絵のフラワーコミックス『蒼の封印』全11巻ということになる。
青龍 ブルードラゴン

ただ「蒼龍」も「青龍」と同様に、方位の四神である蒼龍、白虎、朱雀、玄武のひとつをさしている。『蒼の封印』はこの四神をめぐる物語として設定されているので、その「蒼」は単独で草のような青い色、深青色を意味しているのではなく、歴史的にいわくのある一族の代名詞「蒼龍」、及びヒロインの名前に含まれる語としての機能を示し、「蒼」の醸し出す陰影のようなものを暗示させる。そのことを象徴するかのように、ヒロインの名前は桐生蒼子との設定である。この作品は少女コミック、中国神話に基づく伝奇ロマン、SFといった物語ファクターの織物として構成され、仕上げられている。まずはそのストーリーを提出しておこう。

転校してきた高校一年の蒼子はその初日の朝から、原因が定かでない不快感に悩まされていた。しかも彼女は不良の香椎に目をつけられ、保健室で襲われる。だがその時、彼女の身体から蒼い光が発せられ、気づくと衣服を残し、香椎の姿は消えていた。蒼子はそのことにショックを受けたが、それ以上に驚いたのは再び現れた香椎と名乗る生徒がまったく別人だったことだ。しかし他の生徒たちはそれに気づかない。

その謎の男は西家の「白虎」の彬と名乗り、蒼子に告げる。お前は東家の人間を食う「蒼龍」で、香椎たちも食ってしまった「ばけもの」だと。夜の街に逃れ出た蒼子は西家の一族に包囲されたことで、無意識のうちに蒼い火を発し、角をはやし、鬼へと変身し、一族の一人を食ってしまう。彬はそれを見て、東家の「蒼龍」の「封印の解けた姿だ」と叫び、伝えられているように「“蒼龍”は美しい鬼なのだそうだ。見たものは男も女も魅せられ、恍惚のうちに“生命”も“魂”もうばわれるのだ」と実感するに至る。だが「白虎」としての彬の使命は「青龍」を殺すことにある。その一方で、蒼子はずっと普通の人間として暮らしてきたし、「鬼じゃない」と抗い、おかしくなったのはここにきてからだと主張する。だがかつて住んでいた街の人々や同級生の誰もが蒼子のことを覚えていない。それならば、蒼子は一体何なのか。彬が見た古文書によれば、太古の日本には鬼が実在し、その一族は鬼門と呼ばれ、人間を支配し、食らって生き、その代々の長を「蒼龍」と呼び、いつの時代かに鬼門を蘇えらせるために、「蒼龍」は必ず復活すると記されているのだ。

彬は日本経済に君臨する西園寺財閥の当主で、西園寺は天皇よりも古い家系とされ、存在そのものが日本古代史であり、その門外不出の古代文字で記された西園寺文書には蒼子の過去のことも書かれている。それを確かめるために、蒼子と彰は西園寺の本拠地の鬼無里(きなさ)に向かう。西園寺文書が開かれ、それが収められていた厨子の真下にあるひかりごけに包まれた広大な空洞の中に、「白虎」のミイラが発見される。ミイラは蒼子たちの頭に中に声を発し、映像を伴って伝え始める。それは「我が西家は鬼門の一門なり」という言葉から始まり、次のように続いていく。

 太古、あきつくにを支配するは鬼門の一族なり。
 火の山の麓にその都あり。
 都の東、蒼龍門を守るは鬼門の筆頭、東家、長(おさ)は“蒼龍”
 西の白虎門には我が西家、長は“白虎”
 同じく南、朱雀門は南家、長は“朱雀”
 北の玄武門には北家、長は“玄武”
 遠き時の流れの中で、我が家は人間の一族に与せり。これ人間(ひと)と鬼門(おに)の戦いの始めなり。
 長き戦いの末に火の山の裁きあり。火の流れ、鬼門を焼きつくす。鬼門の最後の“蒼龍(おさ)”は偉大なる女王、その顔貌、類まれなる美しさにて、鬼門の力を能くする。名を羅睺(らごう)という。
 火の川、都を飲みしとき、羅睺、天に叫ぶ。
「我、今、滅するとも、再びよみがえらん、再び鬼門を呼びもどさん。」

そしてこの言葉とともに、都の全景、火山の爆発と溶岩の流れ、蒼子とそっくりな羅睺の姿がヴァーチャルな映像として、まざまざと浮かんで重なり、『蒼の封印』の最初のクライマックスシーンを現出させるのである。思わず、私はこの場面に楳図かずお『イアラ』を連想してしまった。「イアラ」という謎の言葉を叫んで、平城京の大仏建立の生贄として熱銅の中に消えた女が時代を超えて蘇ってくる姿を。
イアラ

その『イアラ』と通底するかのように、蒼子=「蒼龍」は羅睺の髪から再生したクローンだったこと、だが西家と東家の者が交(まじ)われば、東家の者の能力(ちから)は失われるとされる。つまり蒼子と彬が結ばれれば、彼女は鬼でなくなり、普通の人間になれるのだ。

ここで『蒼の封印』の物語は半ばまで進んできたことになるが、ひとつのクライマックスには言及したので、これ以上のストーリー紹介は慎み、読者にゆだねたい。

もちろん私はこのような伝奇ロマン的少女コミックにもしても、他の少女コミックにしても、ほとんど通じている者ではない。だがそれにしても、時代と状況設定に関する視点、それから様々な同時代的な物語コードを自家薬籠中のものとして、いともたやすく展開させていく手腕と力量にオマージュ捧げたくなる。前者についていえば、蒼子の父が転勤族のサラリーマンで、引越してきたのが新興住宅地の高層マンションという設定は、おそらく読者たちが置かれている現代的な環境と多く共通するものであろうし、そこに古代に起源を有する『蒼の封印』のような物語がつながり、立ち上がっていくのである。

また後者にふれれば、山岸涼子に始まる日本古代史への注視、同時代のモードである偽史の囲いこみ、それからスティーブン・キングによって定着した、日常性の中から浮かび上がるホラーの始まりと形成などといった手法が大胆に取り入れられ、力強い物語の流れを形成していることだろう。

ただ私は篠原千絵はまだ『蒼の封印』しか読んでいないので、彼女の代表作とされる『闇のパープル・アイ』『海の闇、月の影』を読んだ上で、もう一度それらのことを考えてみたいと思う。

闇のパープル・アイ 海の闇、月の影

なお木々康子の「蒼龍」をタイトルに含んだ小説『蒼龍の系譜』筑摩書房、一九七六年)がある。だがこれは幕末から明治にかけての蘭学医長崎一族をめぐる歴史小説で、「蒼龍」の言葉はその一人の書庫名「蒼龍館」からとられている。こちらもいずれ再読してみることにしよう。

次回へ続く。

◆過去の「ブルーコミックス論」の記事
「ブルーコミックス論」17 木内一雅作・八坂考訓画『青龍(ブルードラゴン)』(講談社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」16 松本充代『青のマーブル』(青林堂、一九八八年)
「ブルーコミックス論」15 やまじえびね×姫野カオルコ『青痣』(扶桑社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」14 やまじえびね『インディゴ・ブルー』(祥伝社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」13 よしもとよしとも『青い車』(イースト・プレス、一九九六年)
「ブルーコミックス論」12 松本大洋『青い春』(小学館、一九九三年、九九年)
「ブルーコミックス論」11 鳩山郁子『青い菊』(青林工藝社、一九九八年)
「ブルーコミックス論」10 魚喃キリコ『blue』(マガジンハウス、一九九七年)
「ブルーコミックス論」9 山本直樹『BLUE』(弓立社、一九九二年)
「ブルーコミックス論」8 山岸涼子『青青の時代』(潮出版社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」7 白山宣之、山本おさむ『麦青』(双葉社、一九八六年))
「ブルーコミックス論」6 狩撫麻礼作、谷口ジロー画『青の戦士』(双葉社、一九八二年)
「ブルーコミックス論」5 安西水丸『青の時代』(青林堂、一九八〇年)
「ブルーコミックス論」4 佐藤まさあき『蒼き狼の咆哮』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」3 川本コオ『ブルーセックス』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」2 序 2
「ブルーコミックス論」1 序 1