出版状況クロニクル49(2012年5月1日〜5月31日)
最近になって、地域の老舗である事務用品、文房具店が自己破産した。町の商店街は実質的に解体されて久しいが、それでもずっと同じ外観のままで残っていた数少ない店舗のひとつだった。
ここは小中高などの学校関係、市役所を始めとする公共機関を主たる外商先とし、長きにわたって手広く事務用品や文房具を納入していたこともあって、地場でもよく知られ、私たちにとっても、中学生の頃から馴染み深い店でもあった。
閉じられたシャッターに貼られた自己破産の知らせは、高度成長期をピークとして繁栄していた商店街、地場の小さな商店の集積の時代の終わりを象徴的に告げているようだった。そして終わりは異なっていたにしても、同じように商店街にあった三つの書店も消えていったことが思い出された。
1.アルメディアによる12年5月1日時点での書店数調査が出された。それを示す。
■書店数の推移 年 書店数 減少数 1999 22,296 − 2000 21,495 ▲801 2001 20,939 ▲556 2002 19,946 ▲993 2003 19,179 ▲767 2004 18,156 ▲1,023 2005 17,839 ▲317 2006 17,582 ▲257 2007 17,098 ▲484 2008 16,342 ▲756 2009 15,765 ▲577 2010 15,314 ▲451 2011 15,061 ▲253 2012 14,696 ▲365 [この表は出版業界の失われた十数年の内実を如実に物語っている。トータルとして、書店数は99年に比べ、12年は3分の1の減少を見ており、それは出版物売上高のマイナスとパラレルである。しかし書店数がついに1万店を割りこみ、さらに減少していくと予測されるように、出版物売上高も同様だと見なしていい。
それでいて、書店売場面積はこの間に2割ほど上昇し、ナショナルチェーンの大型店、複合店も増えてきた。しかしそれらが出版物売上高を伸ばすことに寄与したかというと、それは逆で、むしろマイナスに作用したことは歴然である。ナショナルチェーンによる書店の大型店化、複合店化が何をもたらしたかを、この書店数の推移はあらためて突きつけている]
2.1の表は毎年の出店と閉店もカウントされ、出店から閉店が差し引きされた数字なので、よりスタティックと考えられる日書連加盟書店数の推移も見てみる。
[日書連加盟店数の減少は、1の表よりもさらに露骨に、失われた十数年における書店の減少を知らしめている。全国の中小書店を中心とする日書連加盟書店数はこちらもついに5千店を下回り、90年の3分の1になってしまった。
■日書連加盟の書店数の推移 都道府県 1990年 2012年 90年度比 北海道 690 128 ▲82% 青森 156 39 ▲75% 岩手 153 48 ▲69% 宮城 365 119 ▲69% 秋田 106 36 ▲64% 山形 109 52 ▲52% 福島 213 70 ▲67% 茨城 284 119 ▲58% 栃木 207 75 ▲64% 群馬 170 48 ▲72% 埼玉 561 174 ▲69% 千葉 428 155 ▲64% 東京 1,401 529 ▲62% 神奈川 685 254 ▲63% 新潟 239 84 ▲65% 富山 157 34 ▲88% 石川 148 67 ▲55% 福井 115 49 ▲57% 長野 204 85 ▲58% 山梨 81 38 ▲53% 岐阜 190 75 ▲61% 静岡 494 176 ▲65% 愛知 713 217 ▲70% 三重 194 85 ▲56%
;  都道府県 1990年 2012年 90年度比 滋賀 119 67 ▲44% 京都 432 194 ▲55% 大阪 774 343 ▲56% 兵庫 387 179 ▲54% 奈良 172 66 ▲62% 和歌山 149 51 ▲66% 鳥取 45 30 ▲34% 島根 66 28 ▲58% 岡山 167 80 ▲52% 広島 232 87 ▲63% 山口 109 0 ▲100% 徳島 78 36 ▲54% 香川 72 46 ▲37% 愛媛 126 57 ▲55% 高知 82 26 ▲68% 福岡 546 261 ▲52% 佐賀 106 46 ▲56% 長崎 143 71 ▲51% 熊本 146 65 ▲56% 大分 130 49 ▲63% 宮崎 116 41 ▲65% 鹿児島 209 105 ▲50% 沖縄 87 34 ▲61% 合計 12,556 4,718 ▲63% その結果、もたらされたものは出版物売上高の絶えざる落ちこみであったことはいうまでもないだろう。
そしてまた本クロニクルで既述したように、山口県に続き、組織率低下と財政難による日書連脱退の県もさらに出てくるだろうし、こちらのマイナスも歯止めがかからない状態にある]
3.『出版ニュース』(5/中・下旬号)の「日本の出版統計」に、出版社数推移も掲載されているので、それも示しておく。
■出版社数の推移 年 出版社数 1999 4,406 2000 4,319 2001 4,424 2002 4,361 2003 4,311 2004 4,260 2005 4,229 2006 4,107 2007 4,055 2008 3,979 2009 3,902 2010 3,817 2011 3,734 [書店ほどでないにしても、出版社も明らかに消えていっている。
出版業界の中枢を占め、様々な動向に関する主要な役割を担い、官庁との折衝の窓口となっていると見なしてかまわない書協は、これらの出版社のうちの大手出版社を中心とする446社によって形成されている。参考のために記しておけば、一方の小出版社からなる出版流通対策協議会は97社である。
しかし日書連の加盟書店数の激減を見たように、出版社もこれ以上のペースで減り続ければ、書協そのものの存在が問われることになるし、その試金石は電子書籍問題だと考えられる。もし消費税における内税の例に示される大失策を犯した場合、本当に責任を負うことができるのだろうか]
4.同じく『出版ニュース』(5/上旬号)に「世界の出版統計」が掲載されている。欧米の出版動向を抽出してみる。
*アメリカ 書籍売上高は08年265億ドル、09年271億ドル、10年279億ドルと着実に推移。10年の電子書籍売上高は33億ドル。分野別で見ると、成人向けフィクション、ノンフィクション、児童書、宗教書で全出版物の50%を占める。また書店売上シェアは40.8%である。ネット販売は3年連続で1.5倍となり、28億ドルになっている。
*イギリス 書籍売上高は08年30億520万ポンド、09年30億530万ポンド、10年31億1500万ポンドと微増で推移。
*ドイツ 10年のドイツ書籍企業総売上高は97億3000万ユーロで、前年日0.4%増。04年以来の成長を続ける。
*フランス 出版社推定総売上高は70億ユーロ。書籍市場売上高は前年比5%減、ネット販売などは5.5%増。
[本クロニクルで、現在の出版危機は日本だけで起きている特異な現象だと繰り返し述べてきた。それはこの4ヵ国の簡略なデータを見ただけで了承されるだろう。
そして欧米の出版業界が書籍を売ることによって成立していることに対して、日本は書籍、雑誌、コミックという3つの分野から形成されてきた。しかも流通販売は雑誌をベースにして、それに書籍が相乗りするかたちで出版業界そのものが構築されてきたのである。
それゆえに近年の雑誌の凋落によって、日本の出版業界の流通販売の根幹が揺らぎ始め、書籍売上も引きずられるように減少していったのである。
したがって現在緊急に求められているのは、書籍の自立した流通販売における利益確保であり、そのために時限再販などの導入が必要とされていることになる。
それゆえに日書連にしても書協にしても、緊急に取り組まなければならないのは、時限再販などによる書籍市場の活性化であり、電子書籍問題などではないことは自明だと思われる。だが例によってそのような声は聞かれることなく、今年も電子書籍狂騒曲の中で過ぎていき、欧米と対照的な書籍のさらなる凋落をも見ることになるだろう]
5.日販の今期単体業績は売上高5895億円で前年比2.1%減だが、最終利益は増益との発表。
[これは正式発表があってから、6月にまとめて取次の決算のところで言及するつもりだが、それに合わせて注目すべきデータが出されているので、ここでふれておきたい。
それは返品率のことで、雑誌35.8%に対して、書籍は33.5%と下回り、これは創業以来の返品率の逆転だとされている。いやこれは日販だけでなく、戦後の取次にとっても、初めての特筆すべき出来事といえるのではないだろうか。
07年に雑誌36%、書籍39.8%の返品率が、雑誌はほとんど横ばいだが、書籍は6.3%減となり、1990年代前半の数字に戻っている。そして日販は2015年までに書籍25%の目標を掲げ、その返品コストの差額を書店への利益還元の原資にするとしている。
この書籍返品率の減少はわずか2年足らずで実現したもので、その背景には書籍新刊配本の総量規制に加え、日販による書店現場における発注規制と管理の浸透、本部一括仕入れが伝えられている。つまり書店員に自由な発注や仕入れはもはや許されておらず、また出版社の営業による受注活動もあからさまに制限されるようになり、ある出版社では営業活動による注文が半減してしまったという。
とすれば、日販帖合の書店において、極端なことをいえば、書店員の発注も営業マンの受注も禁じられ、取次管理による販売が強いられていることになる。角を矯めて牛を殺すという流通販売状況がすでに招来されているのではないだろうか]
6.出版デジタル機構は、産業革新機構の大型出資、及びDNP、凸版印刷、角川書店、インプレスHDが新たな株主として加わったことで、資本金が39億円まで増資となる。それにしたがって、植村八潮が会長、野副正行が社長に就任。野副は元ソニーの電子書籍事業の担当役員。
[植村のいくつかのインタビューや発言を検討してみても、彼がハードはともかく、出版物という多様で奥深いコンテンツを理解しているとはとても思えない。それは野副も同様であるにちがいない。それにこれからさらに二人に輪をかけた官僚や官民ファンドの面々が加わり、これまで以上の電子書籍狂騒曲を奏でることになるだろう。だがその行き着く先が税金の無駄遣いという事態を招き、日本の出版業界のどんづまりの悲喜劇をもたらしてしまう可能性を否定できない]
7.日本出版インフラセンター(JPO)による経産省からの10億円の補助を受けた「コンテンツ緊急電子化事業」に、5日間で111の出版社から5700タイトルの申請が出された。
[これは9月まで受付され、補助金によって6万点がめざされているプロジェクトである。当然のことながら、補助金とは税金に他ならないわけだから、JPOはすでに申請のあった111の出版社名と5700タイトルを明らかにすべきで、それがJPOと経産省の「コンテンツ研究電子化事業」の立ち上がりと内実の情報公開となるはずだ。
それが実行されないままにブラックボックス的状態で推進されるならば、何のために税金を投入した「コンテンツ研究電子化事業」なのかも問われることになろう]
8.マイクロソフトがアメリカ最大手書店バーンズ・アンド・ノーブルの電子書籍事業に3億ドルを出資し、提携する。バーンズ・アンド・ノーブルは電子書籍端末「ヌック」が、アマゾンの「キンドル」やアップルの「iPad」と競合し、業績が低迷していることから、電子化事業部門などを別会社として切り離し、そこにマイクロソフトの出資を仰ぐ。
[4で見たように、着実に書籍売上高が伸びているアメリカであっても、電子書籍をめぐる問題は錯綜し、端末、流通販売については各社の思惑と出版社の動向も絡み、それはまだまだ続いていくだろう。
だが日本においては深刻な出版危機とパラレルに電子書籍プロジェクトが立ち上げられていることで、アメリカ以上の錯綜を見るのではないだろうか]
9.小学館は売上高1079億円、前年比2.8%減で、7年連続の減収。当期純損失1億4400万円を計上し、4期連続の赤字決算。
[99年の売上高は1613億円だったことからすれば、小学館もまたこの失われた十数年において、3分の1の売上のマイナスを見たことになる。その内訳は雑誌が1040億円から631億円、書籍が292億円から196億円、広告が216億円から130億円という大手出版社の三位一体の失墜を告げ、創業90周年を迎える小学館もまだ下げ止まりに至っていない]
10.角川GHDの売上高は1473億円、前年比5.2%増、経常利益59億円、同31%減、純利益36億円、同43%減の増収減益決算。
[『出版状況クロニクル3』で既述しておいたように、角川GHDはメディアファクトリーを買収したことによって、名実ともに日本の出版業界の売上高トップの地位を獲得したことになる。
しかも書籍売上はおそらく今期の講談社、集英社、小学館の3社合計を超えるであろう649億円で、文庫、ライトノベル、アニメ、映画とのメディアミックス化、それらを通じての現在の書店環境とのバランス、CCC=TSUTAYAの複合化や日販との提携関係などが、角川GHDにとって好調に作用していることの証明になるだろう。
売上高からすれば、かつての講談社の地位に角川GHDが登りつめたといっていいだろう。しかしその後は何が控えているのだろうか]
11.WAVE出版が創業25周年記念事業として、児童書出版に参入することになり、岩崎書店の元社長黒田丈二、同編集部長津久井恵、同営業部長今西栄一を相談役として招聘。
[この3人はその立場から考えても、実質的に岩崎書店の経営、編集、営業の責任者だったことからすれば、岩崎書店の児童書のコンセプトと人脈がそのままWAVE出版へと移行したことになる。
もちろんこれまでも有力な編集者などの引き抜きやリクルート、他社への転籍などは多くあったにしても、ここまでメンバーが揃った例はなかったと思われる。
まして岩崎書店はDNP傘下にあったことから、そこに何らかの事情が絡んでいると考えるしかない]
12.ゲオHDの売上高は2582億円、前年比2%増。経常利益は164億円、同13%増、純利益は68億円、同8.9%減ではあるが、過去最高の増収増益決算。
[大型連休中にゲオはDVDの50円レンタルを仕掛け、また店舗によってはレンタルコミックを拡大し、30円レンタルを実施し、CCC=TSUTAYAとのレンタル競合はさらに激しくなっている。
今期の過去最高の決算を背景に、ゲオはさらにレンタル競合を強化し、同じ商圏内にあるTSUTAYAとの攻防は激しさを増していくだろう。
それに対してTSUTAYAの戦略は、代官山プロジェクトを除いて明確ではないし、レンタルとフランチャイズシステムのこれからの行方が問われる段階に入っているのではないだろうか]
13.CCCが佐賀県武雄市の図書館運営を受託し、代官山蔦屋書店のコンセプトとシステムを導入し、来年4月から運営を開始。それに伴い、図書館内での雑誌や文具の販売、カフェの導入、電子端末サービスや映画や音楽の充実、年中無休で午前9時から午後9時までの開館、既存の図書カードではなくポイントのつくTカードの採用などが挙げられている。
[まだ現在の時点で全体のスキームがつかめないが、これらの報道から考え、CCCは図書館の「運営」を受託するのであって、公共図書館にまつわる基本的な蔵書構成と仕入れとマーク問題に直接関与することはないと見なすべきだろう。
つまり簡単にいってしまえば、これまでの市によって運営されてきた貸し出し業務がTSUTAYAのレジに代わり、代官山蔦屋書店モードが導入されるということである。それゆえに公共図書館の根本的改革ではなく、運営の民営化の試みと位置づけられよう。
図書館業界からは多くの批判と疑問が出されているようだが、CCCのお手並みを拝見させてもらったらどうだろうか。CCCの本質はレンタルとフランチャイズであり、代官山プロジェクトも図書館運営も、そのDNAに見合っていない。得意でない分野に進出することで、思わぬ馬脚が現われるかもしれないので、それをウォッチするいい機会でもあろう]
14.ブックオフは売上高757億円、前年比3.2%増、経常利益38億円、同20%増、純利益18億円、同228%増の大幅な増収増益決算。
増収はスーパーバザール新規店とオンライン販売の増加の寄与によるもので、TSUTAYAのFC事業とABC書店などの新刊書店は苦戦。
[ブックオフの本質もCCC=TSUTAYAと同様に、フランチャイズシステムにあるのだが、そのフランチャイズ状況はどうなっているのだろうか。
決算から見る限り、直営大型店のスーパーバザールの出店とオンライン販売の寄与が大であり、TSUTAYAとのFC提携、新刊のABC書店経営などからは徐々に撤退していくことになるかもしれない。
だがそれにしても明らかにされていないのは、株主の小学館などとの関係であり、新たに就任した松下社長もまったく露出と発言が見られない。
ゲオ、TSUTAYA、ブックオフのトライアングルの今後の展開はどうなっていくのか]
15.『ku:nel クウネル』(7月号)が「本と旅する。」特集を組んでいる。
[私は『クウネル』をマガジンハウス版『暮しの手帖』だと思って読んできた。
そのようなコンセプトが嫌いな人には鼻につく記事かもしれないが、「筑豊文庫と家族の物語」は、ひとつの時代の本と生活の在り方を伝えてくれるし、「ウェールズ・ヘイオンワイヘ。本の王国探訪記」も楽しく読まされてしまった。
『クウネル』は女性誌コーナーへ置かれているけれど、男たちもぜひ一冊購入あれ]
16.「出版人に聞く」シリーズは諸事情があり、しばらく刊行が中断してしまったけれど、6月下旬に〈8〉として、高野肇『貸本屋、古本屋、高野文庫』が出る。
目玉は巻末付録の貸本屋在庫目録である。ご期待下さい。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》