物語のプロローグとして、Dを横にしたマークを掲げた魔術スクールの授業シーンが描かれ、そこで学んだひとりの女子学生が魔術儀式を行ない、ペットを虐殺したり、男子高生を死に追いやったりする場面がまず提出されている。魔術スクールと彼女の背後にいるのは、黒魔術結社東方黎明団(オリエンタルドーンテンプル)で、そのマークは「永遠の闇(エターナル・ダーク)」のシンボルなのだ。
その黒魔術に抗するのは稲村真弓で、表の顔は大学図書館司書だが、本当は風の魔女ダイアナである。1巻見返しのカバーのところに、「新しい風が吹きはじめた/その風の色は、ブルー……というキャッチコピーが寄せられ、ダイアナがとりあえずの勝利をおさめた部分に、「風が蒼く染まりはじめたばかり」という言葉が置かれ、実質的な2巻のクロージングとなっていることからすれば、タイトルの「マジカルブルー」は、ダイアナが「黒魔術」に対して行使する「青魔術」を示唆している。また彼女も、そのような英国に本部がある魔術結社のメンバーの一員とされている。
つまり従来の「黒魔術」に抗する「白魔術」ではなく「青魔術」のコンセプトを導入したところに、『マジカルブルー』の特色とタイトルの由来がこめられているのだろう。その「ブルー」は図書館司書稲村真弓から、月や火の女神を後戸とする風の魔女ダイアナへ変身するに際し、螢火という月のエネルギーを身体から発することができ、それは裸体の月光浴による螢光のチャージによって可能となるのである。
ペット虐殺から始まり、彼女の大学まで及んできた事件は次第に全貌を現していく。街の匂いと風景が異化され、何かが起きる予兆が感じられ、それは具体的に新日本列島改造計画の実現となって動いていく。この国家プロジェクトは、社会学者牧神羊一郎によって提唱された原発のネットワークによる日本全国の開発で、日本中の森を潰し、山を削る工事が開始されていた。この列島改造こそが日本を覆う不況を吹き飛ばし、21世紀にふさわしい未来国家を創出するのだ。そして日本は生まれ変わり、すべての発電は原子力化され、すべての電車は超電磁波で動かされることになる。それは日本の「霊的改造」を意味している。
新しい原発は21ヶ所に設けられ、それは古い神社や御神体となっている山を切り崩し、湖を埋めることで進行している。その21ケ所を線で結ぶと、「永遠の闇」を意味するあのマークが浮かんでくる。日本の主要な霊的中枢を原発でもみ消し、次に東京の霊的中枢である明治神宮を破壊するに至るのだ。これについて、牧神自身に語らせよう。
「東北、関東、中部地方にまたがる21点に原子力発電所は完成された。
これらはこの国の霊的な地点、神聖な土地に打ちこんだ我々の魔術的クサビである。
来たるべき日には原発は内部に仕掛けられた自爆装置によりメルトダウンを起こすであろう。そしてすべての霊的中枢は汚れ、邪悪な土地と化すのだ。さらに煮えたぎる原子の毒液は地底にしみこみ、火山帯の活性化を促す。」
これが九〇年代においては、コミックの中の荒唐無稽な言葉として受け止められたであろうが、「3・11」を体験してしまった現在にあっては、奇妙なリアルさ、生々しさを伴っているように感じてしまうのだ。
そしてさらに牧神は東方黎明会の首領にして、呪術や妖術を使う八尋厭魅道(やひろえんみどう)なる古神道の神官の家系に属していることが明らかになる。これはヤマタノオロチを御神体とする邪教で、全世界をヤマタノオロチに捧げるために滅ぼそうとする徹底した破壊思想に基づいている。
それを阻止せんとするダイアナに対して、牧神は特異な術を駆使する三人の魔術師たちを送ってくる。かろうじて彼らに勝利を得たダイアナを待っていたのは、八尋厭魅道と東方黎明団の黒魔術によるヤマタノオロチの覚醒と、マグニチュード8以上の大地震の喚起であった。しかし彼女を始めとする魔女たちの力と祈りの結集によって、ヤマタノオロチも地震も封じこめられ、『マジカルブルー』の第1部はとりあえずの完結を見ている。
このような黒魔術とそれに抗する風の魔女の闘いや、日本の地震や霊的改造といった物語ファクターからわかるように、『マジカルブルー』は荒俣宏の『帝都物語』の系譜上にあると考えていいだろう。そして漫画家としての桜水樹のことは不明だが、『日本幻想作家名鑑』(幻想文学出版局)によれば、原作者の朝松健が元国書刊行会の編集者で、『真ク・リトル・リトル神話大系』『定本ラヴクラフト全集』『世界魔法大全』などの企画編集に携わったことを知ると、やはりそうだったのかと思う。『本の雑誌』十月号が国書刊行会特集を組んでいるが、同刊行会が一九八〇年代以後の文学、文化史シーンに与えた影響を考える時期を迎えているのではないだろうか。
実質的に国書刊行会は、現在水声社の経営社である鈴木宏が入社し、紀田順一郎と荒俣宏責任編集『世界幻想文学大系』の刊行によって始まっている。それに続いて多種多様な文学系のシリーズの他に、先述したオカルティスム関係の翻訳もかなり出され、世界の幻想文学とオカルティスムの領域をそれ以前に比べ、はるかに深化させたといえる。このことに言及した鈴木宏へのインタビュー『書肆風の薔薇から水声社へ』が事情もあって遅れてしまい、未刊のままなのが残念でならない。しかもこのインタビューと構成は私が担当しているのだから。
それはともかく、荒俣が八〇年代の各社のノベルス創刊ブームを背景にして、『帝都物語』などに向かったように、朝松も同刊行会退職後、オカルティスムや魔術に造詣の深い作家としてデビューし、各種の新書ノベルスを刊行している。『マジカルブルー』の原作もそのような仕事の一環に位置づけられるであろうし、九九年にはその集大成と思われる千六百枚の大作『夜の果ての街』の(光文社)という「ホラー・ノワール」を上梓するに至っている。こちらは未読なので、これから読むことにしよう。
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