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出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話253 モウパッサン、広津和郎訳『美貌の友』をめぐって

八木書店の八木壮一にインタビューする機会を得て、特価本、見切本業界に関する話を聞くことができた。このインタビューにおける私の眼目は、こちらを出版業界のバックヤードと見なすことにあった。そしてその歴史と記録『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』を、出版業界や古書業界の正史『日本出版百年史年表』『東京古書組合五十年史』に加え、基本的な資料として導入し、近代出版業界の全体像を新たに浮かび上がらせてみたいと思った。

もちろんインタビュアーの非力と時間の制約も絡み、そのような大仰なことをたやすく実現させたわけでもないのだが、それは『日本古書通信』千号記念の十一月号から三回にわたって掲載されるので、読んで頂ければ、幸甚に思う。

日本古書通信 11月号『日本古書通信』11月号)

それらの事情とインタビュー掲載をバックアップする意味も含め、ここで特価本業界の本について、五、六編書いておきたい。この論考はすでにかなりの量を書き終えているけれども量的問題もあるために後に譲り、本連載218247などに絡んで新たに入手した本だけに限る。なお特価本、見切本業界についての調査研究は、出版学会の元大阪屋の戸家誠によって、〇六年に「販売情報誌にみる赤本・特価本の流通」として報告されている。

さてここに背が虫に食われ、穴があいた裸本があり、それはモウパッサン作、広津和郎訳『美貌の友(ベラミー)』で、大正十四年三月に発行者を東京市下谷区の岩田誠一郎、発売元を本郷区の国民教育普及会として刊行されている。この『美貌の友』(以下この表記とする)は、戦後の各文庫に杉捷夫田辺貞之助木村庄三郎などの訳で『ベラミ』として収録され、十九世紀後半の巴里のジャーナリズムと社交界を舞台とするピカレスクロマンである。これらはフランス語からの翻訳だが、同じくモーパッサンの『女の一生』と同様に、『美貌の友』も広津の英訳からの重訳によって、日本へと紹介された長編で、大正十年に天佑社の『モウパッサン全集』第一巻 として出版に至っている。

ベラミ (杉捷夫訳) ベラミ (田辺貞之助訳)

広津の自伝『年月のあしおと』(講談社文芸文庫)に、大正三年に植竹書院から出された『女の一生』の翻訳については一章が割かれ、一万部という「大当り」の売れ行きから、昭和に入っての新潮社の『世界文学全集』や新潮文庫入りする「『女の一生』物語」が詳細に述べられている。しかし『美貌の友』に関してはふれられていない。なお補足しておけば、この二冊は『発禁本』(「別冊太陽」)に書影が掲載されているように、いずれも発禁処分を受けている。

年月のあしおと 発禁本

『モウパッサン全集』を刊行した天佑社については拙稿「天佑社と大鐙閣」(『古本探究』所収)で言及しているので、同社の設立と出版事情に関してはそちらを参照してほしいが、スポンサーの事業での大損失と関東大震災の被害が重なり、廃業せざるを得ない状況へと追いやられてしまったのである。やはり大正時代に廃業に至った植竹書院の出版物のその後は本連載218などで既述しているけれども、天佑社の出版物も同様の道をたどり、特価本業界に版権が移行したと思われる。『美貌の友』の国民教育普及会版はそれを意味していると考えるしかない。発行者も出版社も定かでないが、奥付に示された「大正十四年参月二五日第百〇一版発行」との記載はそのことと関連しているはずで、単なる誤記ではないであろう。

古本探究

しかもこの『美貌の友』は前年の十三年四月に新潮社の『世界文芸全集』第十九編として既刊であることからすれば、二重出版ということになる。ちなみに定価は新潮社版二円五〇銭に対し、国民教育普及会版は二円八〇銭である。だが本連載194「特価本出版社成光館」などでふれたように、国民教育普及会版は仕入れ正味が正規の取次ルートの新潮社版よりもはるかに低く流通したはずなので、値引販売が可能ゆえに、かなり安く売られていたと推測できる。またさらに推測を進めれば、大正十二年に『美貌の友』の天佑社版権が特価本業界に移ったと考えられるから、国民教育普及会版以前にも異なる版がすでに出版されていたのかもしれない。

特価本業界における出版は国会図書館にも収蔵されていないものが多く、この国民教育普及会版もないし、近代文学研究においても、まったく視野に収められていないといっていい。それゆえに特価本業界の出版の全貌やそれが与えた読者への影響もまったく明らかではない。例えば、成光館グループだけ挙げてみても、その出版物の量は大手出版社に匹敵するものがあるのではないだろうか。

そして流通革命は安さを旗印にするものであり、それが出版物も例外ではなく、国民教育普及会版の刊行とパラレルに円本時代も始まろうとしていた。訳者も内容も同じだが、新潮社版がポケット判、国民教育普及会版は四六判上製、しかも発禁処分にもなった小説で、後者のほうが安いとすれば、売れ行きの軍配はどちらに上がったか、それはいうまでもないであろう。

しかしそれを裏づける資料はないのだが、新潮社の円本『世界文学全集』は『世界文芸全集』をベースにしているにもかかわらず、昭和二年に出された第六回配本、第二十巻がモーパッサンで一巻が編まれず、フローベールとの合巻で、広津訳の『女の一生』、本連載186でふれた中村星湖訳『ボワ゛リイ夫人』との併録であったことは、『世界文芸全集』の『美貌の友』がそれほど売れていなかったことを示唆しているようにも思える。それは国民教育普及会版が大量に安く出回っていたことに理由が求められるかもしれないのだ。

女の一生 (広津和郎訳、角川文庫)

そのように考えてみると、出版史と読者の問題は本当に奥深く、まだ明らかにされていない多くの事柄が潜んでいると考えざるを得ないのである。

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