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古本夜話293 金の星社と黎明社

特価本業界はマンガの揺籃の地であったばかりでなく、金の星社のような児童書出版社とともに歩んだ記録をも残している。

『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』金の星社を仲間として扱い、次のように記している。「金の星社(黎明社)―黎明社としてわれわれの業界向けに児童図書出版を行なっていました」。そして別のところには「斎藤佐次郎氏の黎明社は、単行本の童話集を続々と出版して、戦争中急激に見られなくなった児童文学界に多くの足跡を残しました」とあり、斎藤の写真も掲載されていた。

同書の記述からすると、日配の設立によって、特価本業界もその統制下に組みこまれたが、そのような中でも黎明社の児童書と中村書店のマンガは目立った売れ行きを示していたようなのだ。だが昭和十八年になって特価本業界も例外ではなく、企業整備が行なわれ、黎明社は富永興文堂、大川屋、鈴木仁成堂、綱島書店、中村書店と合併し、社名も児童図書出版社と改称された。

大川屋と中村書店は繰り返しになるが、念のために補足しておけば、富永興文堂は絵本、大川屋は講談本と文庫本、鈴木仁成堂は絵本とぬり絵、綱島書店はカルタとぬり絵、中村書店はマンガが主たる出版物で、いずれもが見切本数物の卸を兼ねていた。このような合併にしても、黎明社=金の星社はこの業界の出版社と見なされていたことがわかる。実際に斎藤、大川、富永などの五人が並んでいる写真も収録されていて、他の二人の名前はないが、児童図書出版社のメンバーだと思われる。

このような記録がある一方で、斎藤は金の星社の社史とも言うべき『斎藤佐次郎・児童文学史』を残しているのだが、黎明社と特価本業界のことに関しては一言もふれていない。これは八百ページ近いA4判の大冊で、斎藤が金の星社を中心とする児童文学史を構想して書き、没後その未完の原稿を宮崎芳彦が詳細な注をつけて編集し、一九九六年に金の星社から刊行されている。ただ残念なことに、本来であれば当然のことながら、全出版目録が付されるべきだが、それは未刊のままになっている。それでもとりあえず、この本を参照し、斎藤と金の星社をたどってみよう。

斎藤は明治二十六年東京市本郷に生まれ、早大英文科を経て、大正八年に童話童謡誌『金の船』を創刊する。それは日本児童文学史から見ても、『良友』『赤い鳥』『おとぎの世界』『こども雑誌』『童話』といった、かつてない児童雑誌の華やかな創刊の時代を背景にしている。そして十一年に『金の星』へと改題し、出版部も設け、「金の星童謡曲譜集」シリーズなどを刊行する。だが関東大震災に遭遇し、『金の星』だけでは会社の経営がおぼつかなくなり、本格的な児童図書出版に乗り出し、十三年から昭和四年にかけて、『世界少年少女名著大系』に始まる十一種のシリーズを出版する。つまり金の星社も円本時代に参加したことになる。『世界少年少女名著大系』は売れ行き良好で、版を重ねていたが、「やがて〈円本時代〉というおそろしい時代が襲来し」、アルスの『日本児童文庫』、興文社の『小学生全集』の児童書円本の大宣伝と大量販売のあおりを全児童書出版社が受け、それは金の星社も例外ではなかった。その苦境を斎藤は次のように述べている。
曽我物語忠臣蔵物語』 『クオレ』(興文社『小学生全集』)

 私はアンデルセンの「柳とリド」の話を思って、嵐のすぎさるのを待って、身をちぢめて細々と出版をつづけた。その頃、地方の取次店に行くと、「君のところは近々つぶれるのだろう」といわんばかりの態度をとられて、集金も思うようにできなかった。
 『金の星』の赤字はかさんでいく。集金もままならない。(中略)こうして私は、累積赤字と放漫経営のために、次々と親ゆずりの不動産を手放すことで、その場その場をしのいでいった。

そして借金に追われる日々が続き、『金の船』から十年も続いた『金の星』も昭和四年七月号で終刊せざるを得なかった。この金の星社の最大の危機を脱出できたのは、深山洋紙店を始めとする、多くの人々の支援によると斎藤は書いているだけだが、その支援者の一人が見切本数物商だと思われる。それで金の星社はこの時期に特価本業界と関係ができ、売れずに残った在庫の処理を引受けてもらったのであろう。さらにそれまで刊行した百冊以上になるシリーズ本をもとにして、黎明社の名前で特価本業界用の「造り本」を出版し、この業界と協力することによって、金の星社を再建するに至ったのではないだろうか。そのことを示すように、金の星社はマンガの出版も行なっている。

昭和十八年の合併についても、斎藤は黎明社ではなく、金の星社と書き、「新会社、七社連合の児童図書出版社は、おなじ児童書出版といっても、手がけてきた仕事に相違がある」と記しているだけで、特価本業界の出版社であることにふれていない。したがって、『斎藤佐次郎・児童文学史』には資料として未刊の「金の星社刊行目録」が使われているようだが、これを公開すると、黎明社の出版物にも言及しなければならないので、未刊のままになっていると考えるしかない。このようにいわば表側の出版業界と裏側の特価本業界は二重構造になっていて、近代出版史は複合的視点から見ないと事実が浮かんでこないのである。

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