出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話316 金竜堂と原浩三『日本好色美術史』

前回、また坂東恭吾に登場してもらったので、再びもう少し彼のことをたどってみる。『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』における「坂東恭吾の足跡」によれば、月遅れ雑誌の販売から始まり、大正十年頃から三星社として「造り本」の出版と特価本の卸に転じ、昭和初期に帝国図書普及会と改称し、円本を始めとする特価本の通販を主として手がけるようになる。そして有楽町に進出し、新聞広告による通信販売で地方の読者を多く獲得し、朝鮮や台湾でも販売に及んだが、昭和九年の室戸台風で、大量の商品が水びたしになり、倒産してしまう。これらは私も本連載や『書店の近代』平凡社新書)などで書いてきたことでもある。

書店の近代
その後 三弘社を興し、また木村小舟の発案で『興国少年』を創刊したところまではたどっているが、戦後の混乱を経て、浅草地下街に坂東書店を開いたことには言及していなかった。もちろん『三十年の歩み』には坂東書店と彼の姿を捉えた写真が掲載されている。その開店は昭和三十四年だったようだから、その時代の写真であろうが、彼は四十八年に亡くなったと伝えられている。それらのことはともかく、坂東書店の開店は、当時浅草地下街は金竜堂が管理していて、その好意によるものだったという。

『三十年の歩み』に、この金竜堂の紹介があるので、それを引いてみる。

 昭和七年、浅草にて建築、囲碁関係を中心とする出版業金竜堂を設立。出版物の五〇%強を通信販売、他を全国出版組合の前身である市会に販売。戦時中は日本出版配給(株)竹町販売所として図書配給事業に専念する。戦災により、家屋、紙型、その他すべてを焼失。そのため戦後、現在の上野に古本屋を開業する。
 昭和二十六年ごろより、昔の自社出版物を買い集め、紙型を興し、徐々に出版を再興。三十年により出版を本業とする。
 先代武藤平重郎の死去により、有限会社金竜堂と改称。建築図書専門の出版社として現在に至る。

この武藤平重郎を発行者とする戦前の本が一冊あり、それは原浩三の『日本好色美術史』で、昭和十一年に刊行されている。しかしこれは城市郎『発禁本』(「別冊太陽」)で書影をすでに見ていて、昭和五年に竹内道之助の風俗資料刊行会が五百部限定で出版し、発禁処分を受けたものだ。原浩三は原比露志と同一人物で、後に三笠書房を創業する竹内の盟友だったと考えられ、風俗資料刊行会だけでなく、戦後になっても、紫書房や展望社から発禁本を出していて、昭和初期ポルノグラフィ出版の人脈に属すると見ていい。原についてのこれ以上のことは本連載で後述するつもりである。

  発禁本

しかし再び『日本好色美術史』に言及する機会を持てないかもしれないので、ここで少しでも内容を見ておくべきだろう。これは日本美術史を考古学時代、仏教文化時代、浮世絵時代、明治時代の四時代に分け、それぞれの時代における好色の露出度などが述べられていくのだが、その半分近いスペースと多くの図版は浮世絵時代の章に割かれていて、「序」にある原の言葉がこの章に向けられていることを了解することになる。原は書いている。

 我国の美術史に於ては、抹殺し得ざる価値を自らに持ち乍ら、好色なるが故に其儘意識下に退けられたものが甚だ尠くないのであつた。我々は明日の美術史を創るに先立つて、怯懦なる過去の美術史家に依つて設けられたこの黒幕を撤することが、して、再び改めて真のその価値を検覈することが、当然必要なことでなければなるまいと思ふ。

これが原の意図するところであり、それは本連載49でもふれた尾崎久弥の『江戸軟派雑考』などと併走している感もうかがわれるが、それより顕著なのはこれも本連載150で取り上げたシュトラッツの著作を始めとする、多くの海外文献の引用から判断すると、西洋によってあらためて発見された浮世絵の考察といった色彩が強いようにも思える。それを反映してか、これも本連載149で上げておいた川崎安の『人體美論』の発禁をも俎上に乗せてもいる。しかし『日本好色美術史』は発禁に成るほどの内容でもなく、そのような写真も掲載されていないことからしても、どうして発禁になったのか、よくわからない。内容的には尾崎の著作とそれほど変わらないからだ。それはやはり風俗資料刊行会なる版元とダイレクトなタイトルが作用したとしか考えられない。

さてその発禁は昭和五年だから、金竜堂版はその六年後の出版となる。もはや発禁問題はうやむやとなったのだろうか。ただ奥付に原の検印は見られないことから考えて、これは「造り本」の譲受出版ということになるが、どのようなプロセスを経て出版の運びとなったのかが気にかかるにしても、もはや真相を突き止めることは困難である。

それは巻末広告の「金竜堂出版実用品目録」を見ての印象からくるもので、オリジナルと目される建築書などが並び、原の本との組み合わせは何かちぐはぐな感じもするからだ。もっとも出版物のアンバランスと多様性が特価本業界の特色であることはわきまえているけれど、そのような一言を付け加えておきたいと思う。

[関連リンク]
◆過去の[古本夜話]の記事一覧はこちら