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古本夜話369 第一書房と若月保治『近松人形浄瑠璃の研究』

前々回の『スピード太郎』刊行の前年の昭和九年に、やはり第一書房から若月保治の『近松人形浄瑠璃の研究』が出されている。これは箱入四六倍判、九一〇ページに及ぶ大著で、第一書房としてもこれ以上の大冊は刊行していないだろうし、戦前の出版業界においても記念すべきボリュームあふれる一冊だと思われる。奥付には限定六百部、内発売本五百三十部、定価十円とある。
近松人形浄瑠璃の研究』

しかし『スピード太郎』と同様に、林達夫他編著『第一書房長谷川巳之吉』日本エディタースクール出版部)所収の「同刊行図書目録」にタイトルだけは見えるにしても、本文には何の言及もなされていない。それでも昭和七、八年の出版状況として、長谷川は特に力を注ぎ、茅野蕭々『ゲヨエテ研究』、牧茂市郎『日本蛇類図譜』、後藤末雄『支那思想のフランス西漸』といった大著を次々に刊行し、そのことで「第一書房の評価は次第に高まり、実力のある新進学者の訪問も目立ち始め」、企画と出版活動が勢いを得て、社業も上向いて行ったと記されている。つまり長谷川の豪華本戦略が功を奏し始めていたというべきでもあろう。

第一書房長谷川巳之吉ゲヨエテ研究(『ゲヨエテ研究』斎藤書店版)第一書房長谷川巳之吉(『中国思想のフランス西漸』平凡社

そのようなところに『スピード太郎』や『近松人形浄瑠璃の研究』も持ちこまれたと考えられる。前者には何も述べられていなかったが、後者の「序」にはその経緯が縷々と書かれているので、少し長くなってしまうけれど、それを引いてみる。そこに一冊の大著がたどった当時の出版への道筋が生々しく露出しているからだ。

その前に著者の若月のことだが、そこに「十五年間従事してゐた新聞業界」との一文が見えることからすれば、引退した新聞関係者と考えられ、十数年にわたって独自に近松研究を続け、原稿をまとめ上げたとわかる。

 適当な出版書肆を発見すべく色々と奔走したが、何処へ行つて見ても見込がありそうになかつた。先ず最も見込がありはせぬかと思つて、笹川臨風博士を介して依頼したのは明治書院であつた。そして原稿の事には及ばずして、あつさりと拒絶された。ついで岩波書店へも頼んで見たが、此処でも遂にことわられた。又或書店の主人の紹介で、春陽堂にも行つて見たが、此処では遂に返答がない。もう一ケ所と思つて、改造社にも行つて見た。此処からは一週間の後にノーと答へられた。やがて廣文堂にも話して見たが駄目だし、ある浄瑠璃の好きな本屋さんが出版したいといつて来たが、分量を見ると逃げ出してしまふ。(中略)
 ふと思ひついて、最後に第一書房に依頼を試みようとして、畏友田部重治氏に紹介を乞うた。(中略)私は第一書房主人長谷川巳之吉氏を訪ねた。そして目次丈けを見せて、自分の苦心を語つて、無条件で出版を依頼すると、氏はやがていはれた。「それほど苦心と努力を重ねたものが、世の中に出ないといふのは嘘です。何とかしませう、原稿が出来上がつたらもつていらつしやい。」

これを受けて、若月は「第一書房主人長谷川巳之吉が、文化の貢献に対して、如何に高い大きな識見を抱いてをられて、金さへ儲ければいふやうな浅ましい人と、全く選を異にしてゐることを、声を大にして天下に紹介しておく義務を感ずると同時に、推讃の要を認めて茲に特記するのである」と続けている。

しかしこれは若月のいうがままに受け入れることはできない。目次だけ見て、その内容も検討せず、いくら「苦心と努力」があっても専門家ではない門外漢の研究を、しかも「分量を見ると逃げ出してしまふ」大冊を引き受けたのは、長谷川一流のパフォーマンスと見なすべきだろう。すなわち、明治書院岩波書店春陽堂改造社でも門前払いにした、あるいは出すことのできなかった大著を、第一書房があえて引き受け、刊行したという神話を樹立しようとしたのだ。もちろんそれはたまたま資金的余裕があったからではあるにしても。

ただ七十部は若月の買い上げと見なせるので、定価の八掛けだとすれば、製作費のうちの五六〇円を著者が負担したことになり、そのような神話の流布によって、ある程度の部数は売れ、何とか採算はクリアしたのではないだろうか。実際に古本屋で私が千円で購入した一冊は、前所有者の名前と蔵書印が記されていて、これは買われたことを意味していると考えていい。

ちなみに付け加えておけば、これは箱も壊れ、背もはがれかけているが、第一書房らしい革背の豪華本の面影は失われていないし、長谷川の思惑はあったにしても、このような大冊をよくぞ出したものだという感慨を否応なく覚えてしまう。

そこで残るのはこの『近松人形浄瑠璃の研究』の評価、もしくは価値の問題である。といって私もこの方面に門外漢なので、市古貞次編『国文学研究書目解題』東京大学出版会)を繰ってみた。すると、「近代文学」の「浄瑠璃」部門のところに、若月の『古浄瑠璃の新研究』全三巻が立項されていた。これは昭和十三年から十五年にかけて新月社から刊行されたもので、「本書の特色は、正本の博捜によって古浄瑠璃の史的展開を考えようとしている点にある」との評価が下されている。そして同じ著者に『近松人形浄瑠璃の研究』、『人形浄瑠璃史研究』(桜井書店、昭和十八年)、『近世初期国劇の研究』(青磁社、同十九年)などがあると補足されている。
人形浄瑠璃史研究』

これによって若月がその後も研究を続け、第一書房から新月社、桜井書店、青磁社と版元を変えていったのであり、若月の出版社を求める行脚はずっと続いていたとわかる。そこには第一書房とは異なるそれぞれの出版のドラマが待ち受けていたと思われる。本連載27などでも桜井書店にはふれてきているが、新月社や青磁社についても後述することになろう。

なおこれらは『若月保治浄瑠璃著作集』として、クレス出版から復刻されている。
若月保治浄瑠璃著作集1

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