出版状況クロニクル78(2014年10月1日〜10月31日)
9月の書籍雑誌推定販売金額は1508億円で、前年比0.7%減。その内訳は書籍が同0.4%減、雑誌は1.1%減で、前月より持ち直しているが、それは前年より送品稼働日が1日多かったことによっている。
返品率は書籍が35.4%、雑誌が38.3%で、上昇は止まったものの、雑誌のほうが高くなっている。
書店販売状況は書籍雑誌ともに7%減で、コミックス以外はほぼ全分野がマイナスである。
今年も後2ヵ月を残すばかりだが、9月までの推定販売額の5%減を当てはめてみると、14年は1兆6000億円を割ってしまうことになるだろう。これは1983年と変わらないし、しかも1997年の雑誌販売金額とほぼ同じであり、ちょうど同年の書籍販売金額に相当する1兆円が失われ、30年前へと逆戻りしていることになる。
これがまぎれもないこの20年にわたって起きた出版業界の現実なのだ。これに対してずっと変わることなく出版不況と称している人々は、現実を直視しないだけでなく、危機を隠蔽する役割を果たしていると考えるべきだ。
余すところの2ヵ月を無事過ごし、出版業界は新しい年を迎えることができるであろうか。
1.『出版ニュース』(10/中)にニッテンと日販の資料による「出版社・書店売上ランキング2013」が出されているので、出版社売上額と総合出版社売上実績金額の推移を示す。
いうまでもないが、この売上額は出版科学研究所の出回り金額と異なり、実売金額によっている。
■出版社売上額推移 年 出版社数 総売上額
(億円)売上高
前年比(%)2013 3,588 18,948.64 ▲6.71% 2012 3,676 20,312.12 ▲3.53% 2011 3,734 21,055.54 ▲1.06% 2010 3,815 21,281.85 ▲8.40% 2009 3,902 23,232.47 ▲5.66% 2008 3,979 24,625.94 ▲7.18% 2007 4,055 26,531.77 ▲1.01% 2006 4,107 26,802.42 ▲0.15% 2005 4,229 26,841.92 ▲7.90% 2004 4,260 29,124.79 ▲0.70%
■出版社売上実績金額(単位百万円) 出版社 2013 2012 2011 2009 2005 集英社 125,349 126,094 131,865 133,298 137,848 講談社 120,272 117,871 121,929 124,500 154,572 小学館 102,550 106,466 107,991 117,721 148,157 文藝春秋 26,601 25,673 25,673 29,659 31,860 光文社 24,959 24,630 23,321 24,500 32,500 新潮社 21,800 22,000 24,500 27,800 29,000 NHK出版 17,104 17,289 18,697 21,439 22,880 岩波書店 17,000 17,500 18,000 18,000 20,000 マガジンハウス 14,575 14,645 14,800 16,800 21,300 ダイヤモンド社 12,499 11,139 11,583 12,009 15,200 朝日新聞出版 12,300 12,944 12,598 13,362 − PHP研究所 11,800 12,400 12,700 14,567 14,030 東洋経済新報社 9,096 8,958 9,389 10,621 11,507 徳間書店 8,631 10,856 10,773 11,751 13,739 中央公論新社 6,588 6,399 6,320 6,959 − 実業之日本社 5,850 5,780 6,070 5,958 8,029 日本文芸社 4,693 6,681 7,039 7,269 8,814 日本経済新聞出版社 4,491 4,744 - - - 産経新聞出版 2,054 - - - - 平凡社 1,901 2,209 2,042 2,928 3,500 [2013年は前年比6.71%減という大幅なマイナスだったことで、出版社売上額はついに2兆円を大きく割りこみ、1兆8948億円となってしまった。しかも04年に比べれば、1兆円以上のマイナスであり、14年はこれに消費税増税の影響が反映されるわけだから、さらに大幅なマイナスが必至だというしかない。
この売上額は出版社3588社の「書籍雑誌及びその他合計額」から算出されたものだが、そのシェアは上位50社で占有比が50%を超えている。これは例年のことではあるけれど、51位から250位の出版社の前年マイナスが8%から14%に及んでいて、これは昨年まで見られなかった現象である。近年いくつもの中堅書籍出版社の苦境が伝えられているが、それはこのような数字にも投影されているのだろう。
また書店売上額を見てみると、365社、4172店、合計売上高は1兆1994億円で、前年比1.08%減とマイナス幅は小さいのだが、365社のうちで前年を上回っているのはわずか42社でしかない。それに売上額が推定で、前年比も出されていないところも多く、それゆえの小さなマイナス幅なので、実際には12年の5.80%をさらに上回るマイナスだと考えるしかない。
したがってニッテンの出版社と書店の売上データもまた、現在の危機をまぎれもなく表出させていることになる]
2.『朝日新聞』(10/19、10/22〜25)が「出版不況」をレポートし、「大手トップに聞く」を連載している。登場しているのはKADOKAWAの角川歴彦会長、講談社の野間省伸、新潮社佐藤隆信、日経BP社長田公平、光文社丹下伸彦、岩波書店岡本厚の各社長である。
その内容を簡略に要約すれば、KADOKAWA、講談社、日経BP社、光文社は電子書籍に期待し、新潮社は電子書籍が経営を支えるものではないと判断しているということになろう。
[大手新聞に大手出版社の経営者がこれだけ顔をそろえたのは初めてのことだろう。しかし朝日新聞の「出版不況」認識にしても、各経営者たちの電子書籍期待にしても、本当に正しいビジョンであるかは疑わしい。もっとも岩波書店の「読者の目線」による本作りなどという言葉は論外で、何も語っていないに等しい。
まず朝日新聞ははっきり出版危機と書くべきだ。20年近くにわたって出版物販売金額は落ち続け、定価値上げも考えれば、半分になってしまっている。これは日本だけで起きている現象であり、出版に関連する全GDPが半分になってしまったことに等しい。それに対し、欧米各国は近年でも微増、微減の状況で、このようなドラスチックな出版物の凋落は起きていない。これはもはや出版不況と定義できるような生易しい事態ではないし、まさに出版危機以外の何ものでもないことをはっきり示すべきだろう。
また出版社の経営者たちの電子書籍期待にもふれておけば、欧米の書店は雑誌を売っておらず、主として書籍を売ることで成立している。それに対して、日本の書店は雑誌、コミック、書籍の三つの分野からなり、2013年の雑誌販売金額は8972億円、その内訳はコミックスが2231億円、コミック誌が1438億円で、両者を合計すると、3669億円となり、雑誌シェアの41%を占めている。日本の書店が雑誌売上に支えられてきたことは明白だし、その中でもコミックス、コミック誌が大きな役割を果たしてきたのである。
そのような販売状況において、講談社や集英社を始めとする大手出版社は、コミックと雑誌の電子書籍化を進めている。これがどのような影響を書店にもたらすかはいうまでもないだろう。様々に喧伝されているにしても、電子書籍は配信であるのだから、結局のところ、書店で購入するようにはならない。
角川歴彦がいうように、電子書籍市場が現在の25%、4400億円までいくとすれば、それは雑誌売上の50%に及び、日本の書店は否応なく退場を迫られることになろう。
出版社の経営者たちはそれをはっきり認識し、発言しているのだろうかと疑問に思えてくる]
3.『東洋経済』(10/11)も特集「新聞・テレビ動乱」を組んでいるが、特集タイトルに出版がないように、「新聞」の中に組みこまれている。こちらも同様に「電子書籍は出版不況の出口になるか」で、紙では稼げない出版社の生き残りの一手が電子書籍というレポートである。紙で2500万部売れた司馬遼太郎の『竜馬がゆく』が電子書籍で7万部に達したことなどが記事となっている。
[要するに、新聞にしても雑誌にしても、出版業界の歴史と構造に基づく現在の出版危機の深層に迫れないのである。それがこのような表層をなでただけのストーリーに象徴されている。
ちなみに『世界』や『中央公論』(いずれも11月号)もメディア問題を特集しているといっていいにもかかわらず、すぐそこにある出版危機にはふれようともしていない。そのようにして危機は深まっていく]
4.大阪屋は臨時株主総会を開き、37億円の第三者割当増資と持株会社OSS、新会社大阪屋ロジスティックスの設立議案を上程し、承認された。
第三者割当増資37億円の内訳は、楽天が14億円(出資比率35.19%)DNP、KADOKAWA、講談社、集英社、小学館が各4億6000万円(同11.56%)、増資のための割当株式数は1億8500万株。従来の大阪屋株主の持株1394万株は1株あたり20円でOSSが取得する。
[これも簡略にトレースすれば、旧大阪屋は清算され、楽天を筆頭株主とし、大手出版社を大株主とする新体制へと移行しつつあるということになる。構図は明らかで、かつてのアマゾンの代わりに楽天が登場し、1に表明されているような大手出版社の電子書籍販売を推進していくのであろう。
このような状況下において、アマゾンがトーハンとの取引を開始するとの表明も出され、様々な憶測も飛んでいるが、続けてウォッチしていく。
しかし1 もそうであったが、本クロニクル77 などでも示しておいた、紀伊國屋書店高井昌史社長が発しているような現在の書店状況におけるSOSに、大阪屋新体制がまったく反応していないことは最大の問題だと思われる。それは出版社も取次も書店も、出版危機を前にして、もはや連携もできないことを告げているのではないだろうか]
5.ジュンク堂仙台本店が閉店。1997年という早い時期の出店で、東北地方の最大型専門書店として知られていたが、仙台地区の事業内容の見直しと店舗の再編に伴い、閉店。
[この閉店に伴い、ジュンク堂から出版社に通知が出されている。
それは仙台TR店を、一般書から専門書主体の店舗へとレイアウト変更するので、仙台本店商品をそちらへ移動させ、極力返品が出ないようにする。
さらにキャップ書店から事業譲渡された「キャップ書店高槻店」を大幅に改装し、「ジュンク堂高槻店」として開店するが、こちらも仙台地区の商品を移動させるとしている。
これは出版社としてはとても有り難いことだが、取次の大阪屋の大幅な人員リストラと新体制への移行もあり、従来の大量返品、大量注文を伴う閉店、開店のシステムが支えられなくなってきていることの表われのようにも思える]
6.5 に関連してだが、文教堂が関西で8店舗を運営するキャップ書店を買収。キャップ書店の売上高は13億円。
[これに5 の高槻店は含まれていないはずだから、DNP傘下にあるジュンク堂と文教堂がキャップ書店の面倒を引き受けたことになるのだろうか。
おそらくこれも大阪屋が新体制へと移行する中でとられた処置だと見なせるだろう]
7.明屋書店が浜松地区のイケヤ文楽館4店を買収。
[明屋書店はトーハンの傘下にあるわけだから、トーハンが仲介してイケヤ文楽館も事業譲渡に至ったのであろう。しかし6と同様に、当然のことながら、その実態と買収金額などは公表されていない]
8.兵庫県洲本市の成錦堂が自己破産。1948年に創業し、屋号は「Books成錦堂」で、負債は1億円。主要取次は栗田出版販売。
[自己破産に至らないまでも、ここにきて書店の閉店、廃業は加速しているようで、先日も長く店長を務めてきた友人で詩人の池井昌樹から、吉祥寺のブックス・いずみの突然の閉店を知らされた。何の予告もない新会社の意向によるものだったという。抜群の立地ですらも書店は成立しなくなっているのだ]
9.北海道で超大型店コーチャンフォーを展開するリラィアブルが、京王電鉄相模原線の若葉台にコーチャンフォー若葉台店を出店。敷地面積5130坪、店舗面積2013坪で、駐車場605台。出版物フロアは1000坪、文具、セルCD、カフェからなる複合店。
[このような超大型店が成功すれば、いや成功に至らなくても、広く周辺の書店に与える影響は大で、すでに近隣の書店の閉店、廃業が起きていると考えられる。商圏は15キロ、客層として600万人が想定されているからだ。
しかしコーチャンフォーの出店形式には疑問がつきまとう。それは広大な土地を自前で取得し、出店していることで、それが今回は北海道ではなく、首都圏であることから、コストははるかに高いものになっているはずだ。リラィアブルの年商125億円からしても、多大な投資であり、それは物販業の出店パターンであるリースから逸脱しているし、少なくとも書店業で吸収できるコストではないように思われる。
それらも含めてのことであろうが、リラィアブルの佐藤俊晴社長も「今後については、まずこの店が成立するのかどうかを確認してから1歩ずつ進めていく」と語っている]
10.『新文化』(10/9)の「風信」欄に、フランス著作権事務所のカンタン・コリーヌが「谷口ジロー、仏で静かなブーム」という一文を寄せている。
それによれば、1995年に谷口ジローの『歩くひと』の仏訳が出されて以来、本人が驚くほど次々と仏訳が刊行され、人気が高まり、熱狂的ファンが増えたという。その証拠として、ヨーロッパ最古で最大のコミックフェスティバル「アングレーム国際漫画フェスティバル」が来月1月「谷口ジロー回顧展」を開催し、それ以後、欧州5ヵ国を巡回し、それは日本でも予定されているようだ。
コリーヌは谷口ジローの静かなブームは「日本の掲げる政策『クールジャパン』とはほとんど関係ない場所で」起きていると結んでいる。
[実際に谷口ジローの『遙かな町へ』はフランスで映画化され、日本でも発売されている。それに『神々の山嶺』も同じくフランスでアニメ化が進められているという。
谷口ジローのことを挙げたのは優れた作品であれば、「クールジャパン」なるスローガンとは関係なく、必然的に外国でも愛読者を得ることができる例であるからだ。
それは電子書籍にばかり目を向けていないで、このグローバリゼーションの時代にあって、出版社の最大の使命は、世界に通用する優れたコンテンツを送り出すことなのだ。谷口ジローやスタジオ・ジブリのような存在を見出し、育てていくことなのだ。谷口にしても双葉社、スタジオ・ジブリにしても徳間書店がなければ、現在はなかったように思えるからだ]
11.『現代思想』(10月号)が特集「大学崩壊」を組んでいる。
[本クロニクル65 でも、大学における非常勤講師問題にふれてきたが、この特集はその続編、後日譚とも称すべき内容になっている。
現在行なわれている大学改革は国家権力、財界、グローバルな新自由主義的統治によるもので、そこでは批判的な知の場は大幅に縮小し、その結果、大学はほとんどが政治権力や経済権力に盲目的に従う人材の生産工場と化している現実が、多方面にわたって報告されている。
「高学歴ワーキングプア問題」も深刻で、法学、政治学博士号取得者の3割近くが死亡ないし追跡不明となっているようだ。
日本においてはマスコミの危機、出版の危機、大学の危機がトリプルに連鎖していることを生々しく伝える特集に仕上がっている]
12.『アイデア』367号が出た。
[これは本クロニクル52でも紹介しておいた装丁、造本も含めた文芸書出版史特集で、今回は「日本オルタナ文学誌1945−1969戦後・活字・韻律」とあるように、戦後編となっている。
ページを繰って、懐かしい本の群れを見ていると、1960年代から70年代にかけての学生街の古本屋やインディーズ書店の棚の風景が思い出されてくる。そして私たちの若かった時代がはるか昔に終わってしまったことも]
13.現代企画室から、ホセ・ドノソの『別荘』(寺尾隆吉訳)が、スペイン語圏の名作シリーズ「ロス・クラシコス」の第1巻として刊行された。
[これらは35年ほど翻訳を待ちわびていた小説であり、その期待を裏切らないラテンアメリカの歴史を重層的に織りこんだグロテスクな寓話物語といえよう。翻訳が遅れたのは大手出版社が版権を取得していたが、翻訳が進まず、企画が流れてしまったからだ。なお水声社から同じくドノソの『夜のみだらな鳥』も再刊されるという。これでドノソの二大傑作がそろうことになる。小出版社なければできないことで、とりわけ出版危機下における刊行でもあり、本当に寿ぎたい]
14.「出版人に聞く」シリーズは〈16〉として、井家上隆幸『三一新書の時代』が11月下旬に刊行予定。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》