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古本夜話443 藤澤衛彦『絵入日本艶書考』と『日本伝説研究』

『奇書』第一号には藤澤衛彦が「近世堕胎文献考」を寄稿している一方で、巻末に「変態十二史」の一冊である彼の『変態見世物史』、及び見開き二ページにわたる『絵入日本艶書考』の広告が掲載されている。後者の書影もおさめた広告によれば、「古今の恋を漁り、情の糸を解き、赤裸の趣を示した相対文献の軟派考也!」とのヘッドコピーが打たれ、前金申込者会員に限り、頒布とある。定価は三円八十銭に加えて、送料は三十銭となっているので、本のデフレの渦中にあった円本時代において、「菊判四百五十頁・恋衣艶書表紙・函入・原色版口絵四葉」の豪華本仕立てだとしても、かなり高定価だったと考えられる。

しかし梅原北明一派のポルノグラフィ出版の販売戦略は、あくまで取次を通さない前金制度の会員制頒布によっていたので、高定価ゆえにしかるべき程度の部数に達せれば、大きな収益を上げることが可能であり、それが所謂「艶本時代」を出現させた原動力だった。昭和初期の出版業界は、出版社・取次・書店という近代出版流通システムを高速回転化させた低価格による大量生産、大量消費の円本時代を招来したが、そのかたわらではこのシステムに依存しない少部数、高定価に基づく出版者と読者による「艶本時代」も共存していたのである。

この『絵入日本艶書考』は箱無し裸本が手元にある。発行所は文芸資料研究会で、発行兼印刷人は福山福太郎だから、梅原一派の印刷を担当していた福山印刷所が発行も兼ねていたことになり、その事情は本連載15 の「『変態十二史』と『変態文献叢書』」で述べておいたとおりだ。『絵入日本艶書考』は日本の女性の艶書の歴史をたどったものだが、ここでは同書にはこれ以上言及せず、著者の藤澤のことを書いてみたい。

藤澤は「変態十二史」シリーズでも三作を刊行していることからわかるように、梅原一派の中でも最も多作で、私も彼らのうちで誰よりも多い九冊を持っていて、それらは前書の他に、『日本伝説研究』(三笠書房、昭和十二年)の四冊、『図説日本民俗学全集』(あかね書房、昭和三十五年)の同じく四冊で、いずれも端本である。しかし藤澤は多作であるにもかかわらず、現在となってはそのプロフィルがあまり鮮明ではないし、ほとんど忘却されているのではないだろうか。とりあえず、これもしばしば参照している神谷敏夫の『最新日本著作者辞典』(大同館、昭和六年)で、藤澤を引いてみる。
[f:id:OdaMitsuo:20141221175643j:image:h120]『図説日本民俗学全集』

 歴史家で伝説学者である、明治十八年八月埼玉県北足立郡浦和町に生れた。同四十二年明治大学文学科を卒業し、同年一月国学院大学出版部に入り、「兄弟姉妹」を主宰した。又一方明治大学「学叢」の編輯主任を兼ね、傍ら「閣老安藤対島守」伝を執筆し、大正三年に以来伝説研究に志して、日本伝説学会を設立し、爾来多くの伝説叢書を編んでゐる。(中略)現在日本伝説学の第一人者で、歴史家としても有名である。(後略)

なお、『日本近代文学大事典』で補足しておけば、昭和七年からは明治大学教授について、風俗史学と伝説学を担当とある。『日本伝説研究』第一巻の「総序」に日本特有の民俗伝説は「真個にわが民族を理解し、その輝かしい特殊性を自覚し、国民思潮の淵源を、祖国の文化を、探知するための最もよき鍵鑰である」と記されているが、このような視点から、「懐しの森よ、泉よ、丘よ、流れよ、お前の影に伝説の種々相はあらう」(「序」)として、酒顚童子、人買船、児が淵、苅萱石童、阿古耶姫などの伝説が様々な出典、図版を搏捜して追跡されていく。ここにあるのは紛れもない伝説学者としての藤澤の色彩で、「変態十二史」シリーズや『絵入日本艶書考』の著者の姿はまったく後退しているし、前出の辞典の説明にそった人物と見なすことができる。
日本近代文学大事典

だが梅原人脈の中では日本風俗研究会の『猟奇画報』などの編集にも携わり、また梅原の文芸資料研究会編輯部の同人だったとされる。そして後に三笠書房を興す竹内道之助は藤澤が主宰していた『伝説』の編集者で、藤澤が福山と知り合いだったことによって、文芸資料研究会を設立した福山から招かれ、『奇書』を創刊するに至ったようだ。「編輯を了へて」は「T生」の名前で書かれているが、これは竹内だと考えていい。つまり藤澤と竹内は梅原人脈の一郭を形成していたのである。

そして竹内が昭和八年に三笠書房を創業し、本格的な文芸書や翻訳書の出版を始めていく過程で、藤澤の『日本伝説研究』も企画されたのではないだろうか。私の所持している同書の四冊は四六判ながら背は革製、天金で、本連載54の秋朱之介の『書游記』にはリストアップされていないけれども、明らかに西谷操の装丁だと思われる。昭和艶本時代は終わっても、そこで育まれた出版人脈はずっと維持されていて、それは戦後まで続いていくのである。

藤澤のこの『日本伝説研究』は、先に大鐙閣や六文館から刊行された同タイトルの豪華増訂版だと見なせる。残念ながらこれらは未見で、大鐙閣のほうは『古本探究』の「天佑社と大鐙閣」などで言及しているが、六文館という出版社については詳細がつかめないでいる。

日本伝説研究(『日本伝説研究』、六文館版)  古本探究

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