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古本夜話484 小学館『現代ユウモア全集』

これまで言及してきたユーモア小説は『新青年』系の作家の作品であるが、ユーモア小説といえば、円本時代の『現代ユウモア全集』を外すわけにはいかないだろう。大正時代における新しい文学としての時代小説、探偵小説、少年少女小説、児童小説を加えて、ユーモア文学もそのひとつに挙げることができる。

この全集の発行所は現代ユウモア全集刊行会とされているが、その所在地は小学館内、発行者は相賀武夫となっているので、小学館の出版と見なしていい。これは昭和三年に十二巻、翌年に続編十二巻を刊行し、全二十四巻に及んでいる。私も一冊ずつ買っているうちに、それでも七冊に及んでいる。

『小学館五十年史年表』によれば、『現代ユウモア全集』は六万八千部を売り、「大正一四年以来好調な発表を続けてきた本社がこの全集の成功によって経営基盤はいよいよ強固なものになり、社の知名度も一挙に高揚、社業発展上記念すべき最初の大企画であった」とされている。その執筆陣は坪内逍遥堺利彦戸川秋骨長谷川如是閑などから始まって、画家で漫画家の細木原青起や池部釣に至る人々で構成され、その多彩な人選ゆえに成功したと思われる。

しかし小学館東京高等師範、東京女子師範、広島高等師範、奈良女子高等師の所謂四師範の付属小学校訓導を執筆者として、『小学六年生』や『小学五年生』を創刊して始まった出版社であり、出版物の大半は学習参考書、教育書、児童書で占められていたので、このような文芸書の企画がどのようにして成立したのか、ずっと不明のままだった。この『現代ユウモア全集』ばかりでなく、戦前の小学館は『萩原朔太郎全集』やバルザック大岡昇平訳『スタンダール論』といった文芸書や翻訳書も出版している。さらにこれはどこで読んだのか失念してしまったが、『宮武外骨全集』の企画も上がっていたという。

前記の『小学館五十年史年表』の昭和十六年三月の項に、『葉山嘉樹随筆集』を機にして、文芸書の出版を開始するとあり、「用紙の統制により雑誌発行困難となり、やむなく従来の雑誌専業の方針を転換して、比較的用紙の入手が容易な書籍出版に力を入れることになった」と記されている。だが企画の経緯、著者との関係、編集者の存在などについては何の説明も付されていなかった。

念のために『葉山嘉樹日記』筑摩書房)の昭和十五、六年に目を通してみた。ところが随筆集についての何の言及もなく、しかも巻末年譜には十六年に春陽堂から、『葉山嘉樹随筆集』刊行とあった。そこで『春陽堂書店発行図書総目録』を確認すると、同年に出版されている。それならば、『小学館五十年史年表』の記述は錯誤、もしくは間違いなのか。こちらも確認するために、同書の「小学館書籍年表」を見てみると、同年に出されている。これは春陽堂小学館共同出版なのであろうか。

それでもその後、鈴木省三の『わが出版回顧録』(柏書房)を読み、『現代ユウモア全集』の企画と出版事情だけは知ることができた。彼は三省堂書店の店員時代に、後に小学館を興す相賀祥宏と出会い、大正十一年に小学館の創業に参画することになる。そして円本時代を迎え、『現代ユウモア全集』の編集に携わるのである。鈴木によれば、小学館は文芸書の出版に実績がなかったので、当時の人気作家だった生方敏郎佐々木邦の意見に基づき、全十二巻のラインナップをまとめたようだ。両者もそれぞれ第五、六巻に入っている。四六判五百余ページ、一円という予約価格はかなり高かったし、三万部が採算ラインとされた。他の円本と同様に、全国の新聞に大広告がうたれ、書店には内容見本が配られ、第一回配本の『佐々木邦集』が刊行されると、東京を始めとして、全国各都市で十日間に及ぶ、著者たちを講師とする「ユーモアの夕べ」なる講演会を開催し、それはどこも大入り満員の盛況だった。鈴木はそれらのことを次のように書いている。
わが出版回顧録 (『現代ユウモア全集』第5巻『生方敏郎集』)

 ユーモア全集の作家たちは、また一風かわったユーモラスな講演をやった。当時、ユーモア小説という言葉は普及していなかった。一般には風刺諧謔小説とか滑稽小説とかいう呼び方をしていたので、ユーモア小説というタイトルは、当時としては大胆な思いきったつけ方であった。

確かに円本という用語もそうであるように、ユーモアなる言葉が定着したのもこの全集によっている可能性が高い。「エロ・グロ・ナンセンス」もこの時代に普及したものであるからだ。そしてこの全集は講演会の各地での大盛況に加えて、書店への販売促進営業も功を奏したようで、予約締切日には六万五千人の読者を獲得するに至り、発行部数は予定の倍となり、当時の金にして二十万円ほどの利益を上げたという。しかし本来の『学年別学習全集』では失敗し、『現代ユウモア全集』の利益は相殺されてしまい、このことで相賀は「出版業のむつかしさ」を実感したのではないかと、鈴木は述べている。

『現代ユウモア全集』のことで付け加えれば、続巻の十二巻に注目すべきであろう。それらは最初の十二巻のユウモア小説の色彩よりも、前述の細木原や池部に加えて、田中比左良、水島爾保布、吉岡鳥平、東健而たちを採用し、漫画漫文集の色彩が強く、つまり大人が読む漫画のコンセプトがここで成立したのではないだろうか。ちなみに円本時代には本連載363365でふれた『一平全集』(先進社)、『楽天全集』(アトリエ社)、『現代漫画大観』(中央美術社)も刊行されている。これらは読者層が形成され始めていたことを示唆していよう。戦後になって、小学館が漫画に参入するのは『現代ユウモア全集』の成功の記憶があったことも作用しているのではないだろうか。
[f:id:OdaMitsuo:20131219172717j:image:h120] 『一平全集』 [f:id:OdaMitsuo:20140121234957j:image:h125](『楽天全集』第5巻)

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