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古本夜話485 佐々木邦のユーモア小説の行方

小学館の円本『現代ユウモア全集』の第一回配本が『佐々木邦集』だったと既述したし、また佐々木は講談社の『少年倶楽部』において、『苦心の学友』などの少年小説の著者として人気を博し、彼は日本の大衆文学としてのユーモア小説の開拓者であった。私も本連載220で、佐々木が『全訳ドン・キホーテ』の訳者であったことに言及している。戦後になっても佐々木の時代は続いていたようで、東方社の『新編現代日本文学全集』でも、第35巻『佐々木邦集』が編まれ、まだ衰えていなかった人気を告げているように思われる。

私などの戦後世代にとって、佐々木のユーモア小説や少年小説はもはや読書の対象ではなく、多くが佐々木体験を経ていないと考えていいだろう。おそらくそれは佐々木の大正期自由主義を背景とするユーモア小説や少年小説が、戦後の時代とマッチせず、次第に後方へと追いやられていく過程をたどっていった出版状況と重なっているからだ。

例えば、『少年倶楽部』に連載された『苦心の学友』は少年文学史におけるユーモア小説の傑作と評価されている。これは主人公の少年が旧藩主の息子の学友に選ばれ、その伯爵邸で一緒に生活しながら中学校へ通い、勉強する話で、ヒューマニズムから見られた華族制度への批判もこめられ、学校の様々な問題も描かれ、少年読者の人気を集めたとされる作品である。
苦心の学友

それを証明するかのように、昭和四十一年に編まれた『少年倶楽部名作選』1の「長編小説集」は記念すべき同誌の四本柱として、吉川英治『神州天馬俠』、大仏次郎『角兵衛獅子』、佐藤紅緑『ああ玉杯に花うけて』と並んで、『苦心の学友』を収録している。これらの『少年倶楽部名作選』全三巻は読者からの大好評をもって迎えられたと、加藤謙一は『少年倶楽部時代』(講談社)に記しているが、購入した読者はそれらの物語をリアルタイムで体験した人々であり、戦後の読者ではなかったことはいうまでもないだろう。

神州天馬俠角兵衛獅子 ああ玉杯に花うけて 少年倶楽部時代

また昭和四十年代後半から五十年代前半にかけて、同じく講談社から『佐々木邦全集』全十巻に補巻五冊が刊行されている。おそらくこれは『少年倶楽部名作選』の成功の延長線上に企画され、これも補巻の刊行からわかるように、それなりの成功を収めたと推測できる。『少年倶楽部名作選』『佐々木邦全集』が売れ行き良好だったことは、それらの物語がノスタルジーを強く喚起するものであり、昭和戦前期の少年の「想像の共同体」を形成する装置であったことを示していよう。しかしここで問われなければならないのは、その物語の行方である。
佐々木邦全集(『佐々木邦全集』第一巻)
『佐々木邦全集』補巻5の「巻末」に明治三十七年から昭和三十九年にかけての「著作年表」(岡保生作成)の収録があり、昭和五年に同じく講談社より『佐々木邦全集』全十巻が刊行されていて、この前後が「佐々木邦時代」だったと想像がつく。

しかしそれは昭和十年代前半までで、十年代後半や戦後を迎えると、佐々木の作品の出版や雑誌掲載は講談社から小出版社へと移行していくのが「著作年表」からわかる。ちなみに十年代後半の出版社を挙げてみると、東成社、大都書房、輝文堂書房、文松堂、白林書房などが並んでいる。浜松の時代舎にこの時代の佐々木邦の著作が二十冊ほど並んでいたので、そのうちの一冊を買い求めてきた。それは長隆舎書店版で、本連載14「村上知義と艶本時代」でふれた村山たちの同人誌『マヴォ』、彼の最初の著作『現代の芸術と未来の芸術』、及び同人の萩原恭次郎の『死刑宣告』の版元である。長隆舎書店版はもう一冊あって、それは『変人伝』だった。これらのことに関しては本連載221で既述しておいたとおりだ。

死刑宣告(『死刑宣告』)

これらの事実からすると、「著作年表」作成者の岡も断っているように、佐々木邦の著作と翻訳はきわめて多数にのぼり、多くの出版物や作品がもれていると思われ、実際に長隆舎書店からの刊行書は記載されていない。ただ昭和初年代のアヴァンギャルド出版社と、佐々木のような『少年倶楽部』や講談社との結びつきが深い作家の関係がどのようにして成立したのか、きわめて興味をそそられるし、先述した他の小出版社の場合も同様である。

そうしてさらに戦後を見ていくと、昭和二十九年頃から著作の半分近くが東方社から刊行されている。これまで記してきたように、東方社は『佐々木邦集』も含む『新編現代日本文学全集』の版元で、これは主として貸本市場向けのものではなかったかと思われる。佐々木を始めとする戦前からのユーモア小説家は戦後を迎え、貸本市場においてかろうじて延命を保っていたことを意味しているのだろうか。

また最近になって、古本屋で佐々木の『ユーモア百話』を入手した。これは昭和三十三年に研究社から出された英米のユーモア小説の英語の対訳版で、研究社とこのような一冊は、佐々木が長年にわたる英語教師であったことを思い出させてくれる。これは著者について何の記載もないが、「著作年表」に掲載があるので、佐々木本人に間違いはないし、また同三十七年にも研究社から『英米小ばなし』を刊行しているようだ。以前に言及した改造社の『世界大衆文学全集』第十巻の『トウエーン名作集』も佐々木訳であり、ユーモア小説の他に佐々木の英語関係書や翻訳もかなり多くに及んでいるのかもしれない。しかし岡の作成した「著作年表」が昭和五十年であり、すでに四十年近くが過ぎているの、もはや佐々木のこれ以上詳細な「著作年表」をまとめることは難しいかもしれない。

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