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古本夜話502 『興亡史論』とナポレオン三世

前回に続いて、世界文庫刊行会のもうひとつのシリーズ『興亡史論』にもふれてみる。こちらも『世界国民読本』と同様に、四六判上製、ページ数は五〇〇弱で、二冊入手している。それらは正編第二巻『ケーザル時代羅馬史論』(以下『羅馬史論』)、同第四巻『仏蘭西革命史論』で、いずれも大正七年の刊である。奥付を見ると、まだ世界文庫刊行会は名乗っておらず、興亡史論刊行会が編輯兼発行者とされ、その代表者として松宮春一郎名が記載されている。
『ケーザル時代羅馬史論』

ドイツ人スタイン原著、東京高等師範教授綿貫哲雄訳『仏蘭西革命史論』の奥付裏には「編輯顧問及翻訳者」として、帝大教授の箕作元八、白鳥庫吉、建部遯吾、市村瓉次郎、田中義成を始めとする四十名近くが列挙されている。そして奥付の「非売品」表記に加え、会費の説明と送料のことも記されているので、前回推測したように、『興亡史論』も読者への直販システムによる出版であることが了承される。こうした一例からわかるが、非売品、会費制の予約出版史システムは円本時代に考案されたものではなく、本連載105の明治末期における鶴田久作の国民文庫刊行会に代表される大冊の予約出版などに起源が求められる。したがって昭和円本時代の始まりにして象徴的な改造社の『現代日本文学全集』は、それらの模倣と消費的量産と大衆化だったといえるだろう。

それはともかく、ここでは先に挙げた『羅馬史論』に言及してみたい。これは「仏蘭西皇帝」ナポレオン三世を著者とし、「ドクトル、フイロソフイエ」長瀬鳳輔を訳者とする一冊である。幸いにして長瀬は平凡社の『新撰大人名辞典』(覆刻版『日本人名事典』)に立項されているので、まずこちらから紹介していく。彼は慶応元年に生まれ東京外語学校卒業後、ベルリン大学に入り、外交問題を研究し、ドクトルの称号を得て帰国し、陸軍大学校、早稲田大学教授となり、また参謀本部に編修官として在官し、第一次世界大戦時には軍事と外交上の一大権威だったとされる。大正十一年には国士館中学校長に転じ、同十五年没。

長瀬は『羅馬史論』の冒頭に、「小序並原著者ナポレオン三世小伝」を寄せ、それを次のように始めている。

 本書はナポレオン三世が仏国皇帝の位に昇りてから十年後即ち一八六二年チュイレリー宮殿に在りて親しく筆を執りて編述したるものである。彼は生れながら文筆の才に長じ、著書も亦尠なくないが、就中世に著名なるは本書(中略)にして既に英独其の他の国語に翻訳せられ、現今では世界的名著中の一に加へられて居る。されど我国に於ては未だ曾て一回も其の翻訳を試みたる者なく、随つて又世間には其の名すらも知らぬ者が尠なくない。仍て同人等深かく之遺憾とし、『興亡史論』叢書中の一巻として、之を世に紹介する所以である。

それに同書は原文タイトルをHistoire de Jules César とし、上下巻千ページ近くに及ぶ大作であるため、邦訳版はローマの建国からシーザー時代に至る政治的変遷をたどった上巻に当たりガリア戦記で大半が占められている下巻は省かれているとのコメントも見える。
Histoire de Jules César

次に著者のナポレオン三世のことだが、私はゾラの第二帝政を舞台とする「ルーゴン=マッカール叢書」の訳者ゆえに、ナポレオン三世は馴染み深い人物であり、とりわけ『ウージェーヌ・ルーゴン閣下』『壊滅』(いずれも拙訳、論創社)において、その特異な王権を表象する隠れたる主人公のような位置を占めていた。

ウージェーヌ・ルーゴン閣下 壊滅

だがまさか大正時代にその著作が邦訳されているとは想像もしていなかったのである。それは『怪帝ナポレオン3世』(講談社)という伝記を著わした鹿島茂にしても同様であろう。鹿島の伝記の登場に至って、従来のナポレオン三世はナポレオンの凡庸な甥で、陰謀とクーデタで権力を握り、二十年間にわたる金権政治の果てに、普仏戦争を始め、セダンでプロシア軍の捕虜となり、失脚したというファルス的イメージは否定されることになった。その代りに立ち上がってくるナポレオン三世の新たなプロフィルはサン=シモン主義者で、全国的な鉄道敷設、金融改革、オスマンのパリ大改造、万博の開催、デパートの誕生などを推進し、パリという消費社会を開花させたインフラの社会改革者の姿である。いってみれば、ここでナポレオン三世は十九世紀後半のフランスの高度成長を担った中心人物とみなされたことになる。
怪帝ナポレオン3世

そのようなナポレオン三世を描くことが目的であるために、彼がサン=シモン主義者たちの著作を広く渉猟し、フランス社会改造案『貧困の根絶』と題する一冊を出版したことには言及されているが、『羅馬史論』は「欧語文献」リストに挙がっているだけで、残念ながらそれについては何もふれられていない。おそらく現在に至るまで、ほとんど知られていない唯一のナポレオン三世の著作の翻訳だと思われる。

『興亡史論』全二十四巻のラインナップは示さなかったけれど、『羅馬史論』の一冊だけであるにしても、やや詳細に訳者、その内容、著者のことをトレースしてきた。それゆえに『興亡史論』シリーズ全体のイメージが多少なりとも浮かび上がり、「東西」の「国家民族の興亡盛衰と尋究」するという出版編集コンセプトも、いささかの理解を得られたのではないだろうか。

これからは推測だが、この『興亡史論』に大きな影響を受けたのは、本連載121133でふれたスメラ学塾の仲小路彰であり、彼が昭和十五年から刊行し始めた全百巻予定の『世界興廃大戦史』(発行戦争文化研究所、発売世界創造社)は、その大東亜戦争下のニューバージョンだったようにも考えられる。しかも『興亡史論』に『世界聖典全集』が寄り添っていたように、『世界興廃大戦史』にも、本連載127の『世界戦争文学全集』(アルス)が併走していた。
世界聖典全集 『世界聖典全集』

さらにまた仲小路は大正十一年に新光社から、マホメットを主人公とする長編戯曲『砂漠の光』を出版している。前回既述したように、新光社と世界文庫刊行会の出版人脈はつながっていたはずで、仲小路は『興亡史論』や『世界聖典全集』の編集に関係していたとも考えられるのである。

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