矢作俊彦の『THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ』(以下『ロング・グッドバイ』)は、本連載9 のレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』への能う限りのオマージュ、それも「俊」という名前の一字が重なる清水俊二訳へのオマージュとして提出されている。それはまた同時に『長いお別れ』のシミュラクル、パスティーシュ、クリシェでもあることを必然的に伴ってしまうので、混住小説と読んでみたい気にもさせられる。『長いお別れ』は次のように書き出されている。
私がはじめてテリー・レノックスに会ったとき、彼は“ダンサーズ”の前のロールス・ロイス“シルヴァー・レイス”のなかで酔いつぶれていた。
いうまでもなく、主人公は私立探偵フィリップ・マーロウ、舞台はロサンゼルスである。発表されたのは一九五四年、日本での清水訳によるポケミス版は五八年に出され、それは日本のハードボイルド小説の形成に大いなる影響を与えることになる。
矢作の『ロング・グッドバイ』はタイトル、ストーリー、構成、登場人物などから考えても、その集大成バージョンと見なしていいし、それは冒頭に一節にも明らかだ。
私が初めてビリー・ルウに会ったのは夏至の三、四日前、夜より朝に近い時刻だった。彼は革の襟がついた飛行機乗りのジャンパーを着て、路地の突き当たりに積み上げられた段ボール箱のてっぺんに埋もれていた。
酔ってはいたが浮浪者ではなかった。目をつむり、調子っぱずれの英語の歌をゴキブリに聞かせていた。
『長いお別れ』の時代背景が第二次世界大戦後の一九五〇年代、すなわちこれも本連載8のハルバースタム『ザ・フィフティーズ』であることに対し、『ロング・グッドバイ』は二〇〇〇年と設定されている。そして物語のトポスは横浜で、主人公は私立探偵ならぬ神奈川県警の捜査一課二村永爾である。矢作の読者であれば、彼がすでに『リンゴォ・キッドの休日』(早川書房、一九七八年)や『真夜中へもう一歩』(角川書店、一九八五年)に登場していたことを記憶しているだろう。
マーロウが二村、テリー・レノックスがビリー・ルウに置き換えられ、舞台もまたロサンゼルスから横浜、背景も第二次世界大戦からヴェトナム戦争へと移され、『ロング・グッドバイ』は『長いお別れ』の本歌取りのように始まる。その後の展開も後者の物語を反復するかたちで進行していく。しかしタイトルの日本語表記「ロング」は同じだが、チャンドラーの「長い」=LONGとは異なる、「間違った」もしくは「ふさわしくない」=WRONGとなっていて、その差異にこめられた意味をどのように捉えるべきなのであろうか。それは主として一九八〇年代以後の風景の変容であり、そのことを念頭に置きながら、矢作の『ロング・グッドバイ』を読んでみよう。
先に引用した「私」がビリーと出会った「路地」は米海軍横須賀基地の正面ゲートを過ぎたところのドブ板通り=本町通りにあったが、明け方まで繁盛していたのは「遠い昔の話」で、もはや灯も人通りもなかった。「私」はその袋小路のネオンに誘われ、ハンバーガー屋に寄ろうとしたのだが、置き看板に明かりは灯っておらず、店の名前は半ば失われ、埃だらけのドアも開かなかった。その路地の突き当たりにビリーがいて、ゴミの山にハンプティ・ダンプティのように座り、英語の調子っぱずれの歌をうたっていた。そして彼は見ず知らずの「私」に「ハーイ」と手を振り、「グッドモーニング、相棒(バディ)」といったのだ。
それに引きこまれ、「私」は返事をするべきでなかったが、つい答えてしまっていた。「朝にはまだ時間がある。第一、相棒と呼ばれる筋合いはない」と。それがきっかけとなり、二人は飛行機に関するジョークを交わす。ビリーの言葉は東部のアメリカ英語だった。彼は海兵隊仕様のサバイバル・キットでそのハンバーガー屋のドアを開け、カウンターに入り、「私」にビールを一缶放り、スパニッシュ・オムレツなどを調理した。それを「私」が食べ終わると、製氷機の丸い氷を砕き、グラスに入れ、ハバナクラブを注いだ。「丸い氷だぜ。まったくフィフティーズだね」といいながら。
ようやくここで、彼から「ところで君はだ誰だ?」「なぜここにいる?」と問われ、「私」は二村だと名乗る。どうも会話からすると、ビリーはもう四半世紀前になるヴェトナム戦争に従事していたようなのだ。だが「無銭飲食と住居侵入の共犯者」は泥酔していて、二村は車で彼の住む本町通りの古い建造物のパームブラザーズ・ハウスまで送っていく。彼は基地に住んでいるのではなかった。その途中の風景が描かれている。
汐入の駅前は様変わりしていた。半世紀前までは帝国海軍に、そしてこの半世紀はまた別の帝国の海軍に息抜きを提供してきた石造りの下士官クラブも再開発の波に飲まれ、高層ホテルや劇場をひとつにした複合ビルに取って代わられた。海側の造船所には巨大なショッピングセンターが建ち、背後の海は洗面器一杯分ほども見えなかった。そのふたつがX字型の歩道橋で結ばれていた。
彼はそのホテル形式のアパートに送り、そこを出ると、それはもうすっかり白んでいた。ビリーと再び会ったのはその翌週の金曜日で、巨人、ダイエー戦が行なわれていた横浜スタジアムにおいてだった。彼はヤジを飛ばしたことから、客席の黒人と喧嘩になっていた。二村は仲裁に入り、野球が終った後、ビリーと銀髪の白人の老婦人がやっているバーに飲みにいった。そこで初めて彼はウィリアム・ルウ・ボニーと名乗り、ビリーと呼んでくれといた。そしてギムレットならぬ「パパ・ドーブレ」=ダイキリ・ダブルを頼みみながら、祖母が日本人で、西海岸に生まれ育ち、海軍に入り、ヴェトナム戦争の戦闘機乗りだったと話した。また「ぼくの職業は酔っ払いだ」とも。
二村は思う。ビリーは白人ではなく、目も髪も黒く、四分の三は日本人なのに、その服装、言説、嗜好などは「過去の遺物」的なヤンキーそのもので、「彼の身にまとわりついているものすべては一時代昔、メキシコ湾流に押し流されてしまったはずのもの」だった。またそれゆえに、二村は彼のことをどことなく気に入ったのだ。これも『長いお別れ』のマーロウとレノックスの関係をなぞっていることはいうまでもない。
その一方で、身元不明のインドシナ系外国人の水死体が京急安浦駅近くの岸壁で見つかり、それがあのドブ板通りのカプットというハンバーガー屋の陳だと判明する。二村が再びカプットに向かうと、そこにビリーがいて、何かを探しているようだった。二週間ほどなのに三度目の出会いで、ビリーはいった。「偶然にしては回数が多すぎるな」と。
二村はビリーを彼のレインジローバーに乗せ、横須賀署に連れていこうとするが、踏み切れず、そのまま走り続ける。そして国道十六号と合流するところのロードサイドの風景が挿入される。
一つ目の信号を左に折れると波止場の気配が近づいた。しかし港は透明樹脂の囲いに覆われ、水のない金魚鉢のようだった。その先に椰子並木の六車線道路が続いていた。海沿いの公園は、ハウジングセンターの種々雑多な建売住宅で見えなかった。派手な色の幟が気味悪くはためいていた。(中略)
海側にはファミリーレストランや大型の家具屋、自動車用品店などが広い駐車場に囲まれて並んでいた。陸側には背の高い分譲マンションがそびえていた。市はJR横須賀駅から観音崎灯台まで一万メートルの海辺の散歩道を計画中だった。こんなところを散歩させられたら、犬でもノイローゼになるだろう。
このような描写は日本のハードボイルド小説も、必然的に郊外のロードサイドビジネスのある風景を舞台とせざるを得ない時代を迎えていた事実を表出させている。
それは風景だけではない。登場人物たちも同様で、中華街の十階建ての結婚式場のある評判のレストランの支配人はどこか崩れた印象があり、「その印象が、タキシードを量販店の替えズボン付きの喪服みたいに見せていた」と記され、中華街そのものも郊外に包囲されてしまったことを暗示させている。
その後も二村はビリーとあのバーで何度も会い、ビリーのヴェトナム戦争の話を聞いたりしていたが、ある夜ビリーが車で横田基地まで送ってほしいといって、二村のアパートを訪ねてきた。基地に着くと、ビリーは小型ジェット機に乗り、九十九時間後に戻るといい、夜間飛行へと飛び立った。だがそのままビリーが操縦していた飛行機が台湾上空で行方不明になり、二村はさらなる事件へと巻きこまれていく。
『ロング・グッドバイ』の物語の進行につれて描かれる風景の変容をふたつほど引用してきたが、これは矢作が一九九〇年代に『週刊ポスト』に連載していたバブル後の風景を追った『新ニッポン百景』(小学館)が投影されていると考えられる。しかしそれらの中にあって、バブル以前から存在した風景も収録されている。それは神奈川県横須賀市の「地図のない領土」と題されたもので、それは『ロング・グッドバイ』の物語のコアというべきトポスで、それこそは『長いお別れ』には登場しなかった外国の基地なのだ。ビリーは「ここが、もう外国なんだよ」といった基地の中に、二村も入っていく。
十六号線を少し走り、信号でいきなり左にまがった。右手の窓を巨大な錨が流れさった。気づいたときには横須賀基地の正面ゲートが目の前にあった。(中略)
入ってすぐのあたりは左右に背の低い建物が並び、緑が深く、正面には小高い丘がそびえて、軍事基地というより外国の大学区卯キャンパスのようだった。車はその丘の裾を左回りに巡っていった。海は上屋と艦隊にすっかり隠されていた。
倉庫や工場の間を抜けていくと、また緑が濃くなった。木々に見え隠れする芝生の斜面に小体な住宅が並んでいた。決して豪壮なものではなく、ありきたりなアメリカの郊外住宅だった。
軍事基地という日本の中のアメリカが、艦隊に取り囲まれていながらも、「大学キャンパス」や「郊外住宅」として出現してくる。それが基地の内側の実相の一端でもあるのだ。
栗田尚弥編著『米軍基地と神奈川』(有隣新書)には、一九四五年のマッカーサーが厚木飛行場に到着してから始まった日本占領によって、戦前の軍都市神奈川県が基地の件として変貌した歴史を追跡している。それは先に引用した『ロング・グッドバイ』の中でも語られていた。『米軍基地と神奈川』はコンパクトな一冊だが、図表、地図、写真などを示し、現在でも神奈川県の米軍基地が十四に及び、「占領期同様、米軍の基地や施設は、日本の法律や主権のおよばない日本の中のアメリカ合衆国として存在し続けることになる」と述べている。
矢作の『ロング・グッドバイ』はチャドラーの『長いお別れ』の本歌取りのかたちをとりながらも、物語の中に基地の存在を取りこむことによって、ハードボイルドを異化させることを目論んだと判断してもよかろう。それはクロージングの一文にも明確に表出している。まず『長いお別れ』を示す。
私はその後、事件に関係あった人間の誰にも会っていない。ただ、警官だけはべつだった。
警官にさよならを言う方法はいまだに発見されていない。
だが『ロング・グッドバイ』は次のように終わっている。
その日から先、私が親しくしていたものは残らずこの町からいなくなった。しかしアメリカ人だけは別だ。アメリカ人にさようならを言う方法を、人類はいまだに発明していない。
ここに「WRONG」にこめられた意味を垣間見ることができるし、それは基地と消費社会のアメリカとの出会いのようにも思われてならない。