本連載122で一九八〇年前後のタイの農村を見たように、様々な時代における日本やフランスやアメリカの農村の風景にふれてきた。そして日本の農村が八〇年代になって、ロードサイドビジネスの林立する郊外消費社会へと変貌してしまったこと、また日本の八〇年代の産業構造がアメリカの五〇年代とまったく重なり合うものであることにも言及してきた。
それならば、八〇年代のアメリカの農村はどのような状況の中にあったのか。そのことを物語の背景にする小説が八三年に出され、日本においては八五年に翻訳刊行された。しかもそれはハードボイルド小説で、スティーヴン・グリーンリーフの『探偵の帰郷』(佐々田雅子訳、早川書房)というポケ・ミスの一冊としてだった。この原題はFatal Obsession で、内容から意訳すれば、『家族という宿命』といった邦題タイトルになるであろう。ところが原題とは異なる『探偵の帰郷』が選ばれたのは、ハードボイルド小説でさえも農村というトポスと無縁でないこと、それがアメリカの故郷と家族の物語につながっていくことを邦訳タイトルにこめようとしたからだと思われる。この作品はサンフランシスコの私立探偵ジョン・タナーシリーズの第四作目に当たり、そのタナーが三十年ぶりに中西部アイオワ州のカルディアに帰郷するところから物語が始まっていく。
カルディアというタナーの故郷のスモールタウンの周辺は農村で、実際にタナーは一族の有する広大な農地の処分をめぐる問題のために帰郷することになったのである。その人口六千余人のカルディアは、グリーンリーフが育った同州のセンターヴィルをモデルとしているはずで、この『探偵の帰郷』に至って、初めてハードボイルド小説のトポスとして農村が登場することになった。そしてグリーンリーフの試みが思いつきでないことは、第十三作目の『憎悪の果実』(黒原敏行訳、早川書房)がやはりカリフォルニアの農村とストロベリー農場を舞台とし、アメリアの農業の変容をテーマとしていることにも明らかだ。
またさらに付け加えれば、「訳者あとがき」によると、当初グリーンリーフはこの作品の仮タイトルとして、Family Treeを考えていたようだ。これはいうまでもなく、本連載でもしばしば言及してきたゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」のArbre Généalogique、すなわち「家系樹」に相当することからすれば、『探偵の帰郷』は本連載118 のゾラの『大地』のアメリカハードボイルドバージョンと呼んでみたい誘惑に駆られてしまう。『大地』もまた土地の相続をめぐる問題がひとつのテーマだったし、それも共通しているのである。本ブログで私は「ゾラからハードボイルドへ」という試論を書いているが、グリーンリーフのこの作品はその実証ということにもなるのだ。それらをベースにして、『探偵の帰郷』はベトナム戦争後のアメリカ社会、八〇年代の農村状況、難民の実態をも浮かび上がらせる作品として提出されている。
まず『探偵の帰郷』の冒頭の一節を引くと、「飛行機は、とてつもなく大きな布団のように広がる耕地を超えて舞い下りていった」とあり、これはタナーがサンフランシスコ発オマハ経由のユナイテッド航空の飛行機で帰郷してきた最初のシーンに他ならない。そして「大きな布団のように広がる耕地」とは、アイオワ州の土地の90%以上が農地であり、この州がアメリカ中西部の農業州だということを示唆しているのだろう。ちなみにアメリカ全体におけるA級農地の25%がアイオワにあり、トウモロコシや大豆の生産は九〇年代まで全米一位を占めていた。それらの事実からアイオワは必然的に農業、もしくは農村を連想するのが一般的なので、冒頭のシーンからして、タナーの帰郷先が農村であり、それを伝えていることになる。
飛行機のターミナルで、「私」=タナーを待っていたのは妹のゲイルだった。タナーは妹の車に乗り、故郷に向かう途中で、大豆とトウモロコシの畑の風景を目にし、今は十月だが、七月にはトウモロコシの生長する音が聞こえることを思い出していた。タナーは妹の要請で、四人の兄妹が相続した農場の処分問題に結論を下すために帰ってきたのである。しかもその農場は早く亡くなった両親から相続したものではなく、子どもがいなかった伯父から受け継いだもので、その三百二十エーカーに及ぶ農地はそのまま小作に出されていた。ちなみに三百二十エーカーは百三十ヘクタールに及び、日本と比べれば、広大な耕地面積だが、自作農としてやっていくためには二百エーカーでは難しく、三百エーカーが必要とされるようだ。『新訂増補 アメリカを知る事典』(平凡社)によれば、一九八〇年の平均農地面積は三百九十エーカーで、農業就業人口は2.5%だが、広義の農業所得はGNPの20%以上を占め、それはアメリカが生産量や輸出量において世界最大の農業国であることを示している
ただ一族の得る小作料は諸々の施設の修繕に費やされ、最終的にはわずかな金額が残るだけだった。だが売ることになれば、まとまった金額になるはずで、兄のマットとカートは売ることに賛成だが、ゲイルは反対の立場をとり、伯父の遺産は現状の変更に関して三票が必要だったから、農場の行方はタナーの意向次第という状況にあった。
ゲイルとは三年前にサンフランシスコで会っていたが、兄たちとはずっと顔も合わせてなかった。情熱家のゲイルは、一族の絆のあかしとしての農場を守ろうとしていたけれど、兄のマットは私生活と仕事の資金調達のために、イアーとはベトナム戦争帰りの息子のビリーのことで人生に見切りをつけたようで、売りに出したがっていた。一族の土地利用をめぐって、環境保護グループ、石炭や石油会社、アグリビジネス、工業団地の造成をもくろむ市などが名乗りを上げていた。その一方で、カルディアは人が生まれたら、死んだりする以外はほとんど何も起こらないし、変わっていないとされていたが、明らかに農家の数は減っていた。それは多くの零細な農民が生存競争に敗れ、借金のかたに家と土地を残し、出ていったからだ。
それもあってか、町の広場の商店もチェーン店だらけになっていた。「かつては、広場の界隈の店の人はすべて顔見知りだった。だが、今は知らない顔ばかり」で、しかも人出は減り、さびれていて、このカルディアには好況というものが一度もやってこなかったようだ。一九五〇年代の農業の衰退と炭鉱の閉山、それらに代わる六つの工場誘致、束の間の安定と七〇年代における工場の閉鎖、そして郊外ショッピングセンターが開店し、広場の商店街もさびれてしまっていたのだ。その他にも変化が起きていて、東洋系の人種との混交もそのひとつだった。偶然出会った級友は、町についていう。「悪くなる一方だ。まわりを見てみろ。広場の店は半分が空き家だ。町で人が集まってるのは失業対策事務所だけさ。しかも、仕事の半分は黒んぼや、ここに流れ込んできたボートピープルのやつらが取っちまう。くそっ、このおれからが失業中の身なんだから」と。彼は工場に関わり、その後ファーストフードチェーン店をやっていたが、つぶれてしまったようなのだ。
タナーは車で町を流してみることにした。
さほど行かないうちに、また少年の頃の、何ともいえぬ開放された気分が蘇ってきた。日曜の午後、車、それに自分の世界の果てまで行って帰ってこれるだけのガソリンと三拍子揃ったときの気分が。(……)
私の青春を象徴する高校。プールのある市立公園、図書館、貯水池、ゴルフコース、そして私が育った家といったものは、すべて変わらなかった。ただし、一点を除いて、つまり、すべてが記憶しているよりも小さかったのだ。私は思いがけなく小人国リリパットへ迷いこんでしまった巨人ガリヴァーのような気分になった。
私はドライブを続けた。思い出という棘のある茂みが容赦なく絡みついてきた。あるものは深く突き刺さり、あるものは刺さったかと思うと抜けおち、あるものは血を噴き出させた。
そうした思いはタナー家兄妹四人のひさかたぶりの一族再会にも同じように表出し、しかも土地の処分をめぐる意見の対立の只中で、ビリーの死の知らせが届く。公園で首を吊っているのが見つかったのだ。彼はカートの息子で、タナーが十年以上も前に写真で見たビリーは十代の終わりのようで、若さが弾けて溢れていたが、死体にその面影はまったくなく、すさまじい苦行の末にやつれ果ててしまったようだった。ビリーはベトナム戦争帰りで、一族の農地の外れの一角に小屋を建てて住み、ヒッピーたちとつき合い、町の鼻つまみ者になっていたようだ。タナーの問いに、父のカールは「戦争だ。あの忌まわしい戦争だよ。ビリーは戦争で死んだんだ」と答える。それは「ある人間にとっては、まだ戦争が終わっていない」ことを物語っている。だがベトナム戦争でビリーの身に何が起きたのかは定かではなく、カールはいう。「歯車がみんな狂っちまったんだ」。そして町でも悪い時代になるとはびこるようなことがすべて起きているようなのだ。
ビリーは自殺と見なされるが、タナーは納得できず、まさに故郷においても探偵となって、その足跡をたどっていく。そしてビリーがベトナム戦争で対ゲリラ戦の「殺し屋」で、その後戦争の構造を知り、反戦主義者になったこと、アメリカに帰還後、枯れ葉剤エージェント・オレンジの後遺症による病気で苦しんでいたが、愛人のヒッピー娘が妊娠し、生まれてくる子どもに名前をつけていたことから、自殺する理由は見出せなかった。しかしその代わりに、タナーはビリーの農場の谷間での大麻栽培と密売ルート、ビリーをベトナム戦争へと送りだした徴兵委員会、ビリーの戦争での犯罪、それらだけでなく、タナーの両親の秘密に至るまでが浮かび上がってくる。それらのすべてが「ある人間にとっては、まだ戦争が終わっていないこと」を告げていた。そしてビリーの死も同様で、殺人者にとっても「まだ戦争が終わっていないこと」によって、死へと追いやられたのである。ビリーの葬儀の場で、牧師が読んだ『聖書』の「詩篇」の言葉とともに、タナーはその真相を黙して語らないことにし、『探偵の帰郷』は閉じられている。
このようにハードボイルド小説としての事件の解明は果されているのだが、八〇年代の農村を直撃した不況についてはその正確な輪郭がつかめていない。そこで耕地面積のことを先述したように、登場人物の発言をたどり、もう少しそれを追跡してみたい。タナー一族の農地を借り、穀物栽培に携わっている農場主の言から推測すれば、ワシントン穀物市場がアルゼンチンやカナダに発注するようになり、国内のトウモロコシや大豆相場が暴落したことで、零細農家は破産に追いやられ、家と土地を差し押さえられ、カルディアから出ていく羽目に陥ったのである。ただ零細農家といっても百エーカーから二百エーカーの耕作面積を有していたと考えられる。
また低所得者に支給される食料クーポンの廃止も語られているので、これらも含めて、農村不況は八〇年代初頭のレーガン大統領就任による「レーガノミックス」の発動やGAT(関税と貿易に関する一般協定)とも関連しているのだろう。それらはルーズベルト以外のニューディール政策をくつがえすものであった。なぜならば、アメリカの農業調整法を始めとする農業保護政策はニューディール政策に始まっているからだ。またそれにアグリビジネスという超大規模農業法人の台頭も大きな影を落とし、そうした農業をめぐる社会状況のすべてがカルディアのようなスモールタウンにも押し寄せ、『探偵の帰郷』の背景になったと思われる。
そうした状況を補足説明する映画がやはり同時代に制作されているので、この映画も紹介しておきたい。それはジェシカ・ラング、サム・シェパード主演、リチャード・ピアス監督の『カントリー』である。まず広大な農地とその中で行われている大型機械による農業は近代化の行き着いた、工業化した農場のような印象で迫ってくる。同じ自然の中での農業であるにしても、日本のそれとはスケールもまったく異なり、アメリカの農業の実態をあらためて教えてくれる。
『カントリー』は八〇年代の農業不況を正面から捉え、それは自らプロデューサーも務めたジェシカ・ラングの少女時代の中西部農村地帯の体験が反映されているという。三代にわたって農業を営んできたラングとシェパードの夫婦は不作と穀物相場の下落によって窮地に追いやられていた。それは機械や肥料費が穀物価格を上回ってしまい、作っても作っても赤字になる状況ゆえだった。そのことでFHAが出てくる。これは『リーダーズ・プラス』によれば、農務省農民住宅局(Farmers Home Administration)をさし、『カントリー』を見た限りでは、農家を対象とした金融機関のようなのだ。このFHAは農家に対して融資を二十年返済の長期で行なってきたが、八〇年代の農業経営の赤字状況を見て、早期回収を図り始める。当然のことながら、大半の農家はそれに応じられず、家やの家も差し押さえられ、競売にかけられたりする状況を迎えていた。その中で夫のシェパードは何ら手立てを構ずることができず、酒に溺れ、子どもにも暴力をふるったりするようになる。それに反して、妻のジェシカは何代にもわたる農婦、娘、妻として立ち上がり、競売阻止へと向かっていく。ここに八〇年代初頭にアメリカの農村を襲った不況のメカニズムの一端が描かれ、それが画面を通じてコンクリートに伝わってくる。農業と土地と穀物、それらに反目する国家と金融システムをめぐる闘争がこの『カントリー』の主題なのだ。
だが『探偵の帰郷』にしても『カントリー』にしても、それらはもはや三十年以上も前のことに属するし、日本も含んだTPPが発動されようとしている。現在のアメリカ農業状況はどうなっているのだろうか。