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混住社会論127 宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社、一九八〇年)



前回の有吉佐和子『非色』の舞台となったマンハッタンのハーレムから、さらに南に下ったところにイースト・ヴィレッジがある。『非色』にはプエルトリコ人たちのスラムとして、スパニッシュハーレム=イースト・ハーレムが描かれていたけれど、イースト・ヴィレッジへの言及はなかった。
 

有吉の作品から十五年ほどを経て、イースト・ヴィレッジそのものを物語のトポスとする宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』が刊行された。『非色』において、主人公の笑子が「戦争花嫁」として後にしたのは、まだ敗戦と占領下にある、まさに戦後の日本だったが、『グリニッジの光りを離れて』の「私」が出立してきたのは高度成長期を迎えていた日本であり、そうして三年間のカリフォルニアでの様々な肉体労働生活を経て、晩秋にニューヨークへとやってきたのだ。物語の時代設定は一九六八年から六九年にかけてだと見なせよう。

「私」は片道切符で五万円相当のドルを持ち、観光ヴィザでアメリカへと渡ってきた。そしてカリフォルニアで不法労働に従事し、不法滞在者の身だったから、もしそれが露見すれば、留置場にぶちこまれ、国外追放か、日本への強制送還、もしくは刑務所か、軍隊送りとなるだろう。それに当然のことながら日本へ逃げ帰る旅費もなかった。

また手持ちの金は二ヵ月の食品分しかなく、このニューヨークで住む場所と職を見つけなければならないのだ。それらを求めて、「私」はマンハッタンの真ん中にあるペンシルヴェニア駅から歩き出す。まずは文化と芸術の聖地グリニッジ・ヴィレッジからで、そこは日本でビート族にかぶれ、鎌倉の円覚寺で禅の真似事をしたり、ヒッチハイクで日本中を放浪していた「私」にとって、「憧れの地」だったからだ。しかしそこはすっかり観光化し、生活の匂いが希薄だった。それもあってその東側の街に居を求めようとする。

 イースト・ヴィレッジに住もうと決めた。五日間、マンハッタンをほっつき歩いて、そこが一番気に入った。プエルト・リコ人移民の多いスラム街である。煉瓦造りの古い建物がひしめきあい、まわりの高層建築群のなかできわだった低く陥没し、焦げ茶色の沼のように沈んでいる。街が気に入った。それにプエルと・リコ人に本能的な親しみを感じた。まず皮膚の色がちょうど同じくらいだし、カリフォルニアで肉体労働をしていた頃、よく出稼ぎのメキシコ人とつき合っていたから、スペイン語も片言なら話すことができた。同じように髪も黒く縮れており、脚はこちらの方が短いが背丈そのものは、ほぼ同じぐらいだった。この真黒に日焼けした皮をかぶっているかぎり、プエルト・リコ人街にうまく紛れ込んでしまえるだろう。それに黒人もいるし、少数だが白人も住み、中国人の経営するクリーニング屋もある。イタリア人街も、チャイナ・タウンも、ユダヤ人街もさほど遠くなかった。このスラム街は、どんな民族、どんな人種でも呑み込んでしまう多様性や混沌があり、しかも、まっとうな生活の匂いが満ちていた。ここに潜り込んでしまえば、私がどこから来たのか、国籍がどこか、だれひとり気にもかけないだろう。

(河出文庫版)
このような「私」の人種の混住する生活に対する親和性は引揚者の子、他所者の子として扱われてきた子供時代の体験に起因している。家族は敗戦後に満州から九州南端の港町に引き揚げてきたのである。それは幼時の記憶もなく、辺鄙な土地に運ばれ、他所者と呼ばれながらも、この土地しか知らず、根源的な場所がないという不安をもたらすものだった。それゆえに「外地」「外国」こそが自らの地であり、その象徴たる「アメリカ」こそは自分が他所者ではなく、「完全な外国人」としての居心地のよさを感じさせてくれる。そこにはもはやどこにも帰れない、また普通の市民社会には加われない偽名の下層労働者の群れが棲息しているにしても。いってみれば、戦後の日本社会の閉塞状況からの脱出が試みられ、そのような視座から観測されることによって、イースト・ヴィレッジという人種の混住するスラム街も異化され、その「私」ならではの街が浮かび上がってくる。その瞬間のシーンを引いてみる。

 スラム街の夕暮れを歩いていると、よく海の底に立っている気がした。遠くの摩天楼に突き刺されて天蓋に穴があき、そこから宇宙が漏水しはじめて、この煉瓦造りの老朽ビルの谷底まで青い水が満ちてくる。横なぐりに射す光りが、スラム街の上空を超え、高層ビルだけを金色に照らしている。街角に立ち止まって見つめていると、この青い水底から、水面の上へ突きだした岩礁や、明るい光りの世界を仰いでいるような淋しさがこみあげてきた。脚もとの影も溶けだし、いつも海底のスラム街から世界が昏くなっていく。

そして「私」の「海底のスラム街」での生活が始まっていく。ガスレンジと冷蔵庫があるだけの二部屋のアパートを月八〇ドルで借り、JIRO SAHARAという偽名の身分証明書を入手し、仕事を探して、街を歩きまわり、場末の小さなバーの仕事を見つけた。そこは六十過ぎのドイツ移民の小柄な老人が経営するバーで、四メートルほどのカウンターがあり、中央に玉突台が置かれていた。「私」の仕事はバーテンと雑役係を兼ねるものだったから、第二次大戦前に大西洋の豪華客船のチーフバーテンをしていたことを誇りとする店主からカクテルの作り方を学んだ。そのバーテンの仕事はこれまで体験してきた移民向きの肉体労働と異なり、「生きるすべ」を備えた「一つの技術」のようにも思われた。

といっても、そのバーはポン引きらしい移民たちと様々な人種の娼婦がたむろする場所で、娼婦たちはビールの小壜一本で何時間もカウンターにねばり、客を待ち受けていた。その中にエズメラルダというプエルト・リコ移民の、何歳くらいなのか見当のつかない娼婦がいて、下手な英語とスペイン語をごちゃ混ぜにして喋り、「まっとうな人間がこの世で時間を経ていくのとは全く異質な、もっと加速された時間に躰をさらし、どんどん老化しているように見えた」。さらに彼女は麻薬中毒者でもあり、その姿はムンクが描いた女性を想起させるし、それは精神病理学のミンコフスキーの著書タイトルをもじっていえば、プエルト・リコ人移民の娼婦のスラム街での「生きられた時間」、すなわち「全く異質な、もっと加速された時間」を表象していよう。

「私」はほとんど客のつかないそのエズメラルダがスラム街に昇天していく幻像を見て、彼女を買う。エメラルドを意味するらしいエズメラルダは、ジョルジュ・バタイユのマダム・エドワルダのようにして、「ジャパン」からやってきた「私」と性交するのだ。またそのような娼婦との関係や描写はヘンリー・ミラーを喚起させる。この時代にあって、ミラーはアメリカ文学を代表するように、『北回帰線』『南回帰線』『セクサス』(いずれも大久保康雄訳、新潮社)も文庫化されていたことを思い出させる。

北回帰線 南回帰線 セクサス

そうして「私」は暮らしていくくちに、「海底のスラム街」のみならず、この「摩天楼の街全体」が廃墟となることを夢想する一方で、スラム街の荒涼とした悲しみの中にも、生活の多様な匂いや情景が独特の懐かしさを感じさせることにも気づいた。それらはかつての日本の生活とも共通するものだったからだ。おそらくイースト・ヴィレッジに居を定めたのも、そうしたアトモスフィアに引き寄せられてであろうし、戦後の日本の記憶はアメリカのスラム街とも共通するものだったといえよう。

それは娼婦たちが「夕暮れの青い水槽に群れる極彩色の熱帯魚」のようにうろついている風景も同様で、「私」の父は引揚げてきた港町で女郎相手の派手な看板をつけた化粧品屋を営み、そこには女郎たちが群がり、繁盛していて、「私」はよく店番もしていたのである。猥雑でありながらも、それは「私の記憶の中の黄金時代」だったし、それに同じ他所者仲間は彼女たちの連れ子だった。しかしそのような情景も売春禁止法の発令による遊廓の閉鎖とともに消えていき、終わりを告げるのだが、それがアメリカのスラム街で見出されたことになる。そして雪が降るスラム街は生まれた土地のハルピンをも彷彿とさせ、街のイメージは「私」自身も投影される重層的なものとして造型されていく。

バーには娼婦やプエルト・リコ人たちだけでなく、ブラジル人やロシア人の亡命者も集い、混住のトラブルも起き、「私」のほうは強盗に襲われたり、アパートに空巣狙いに入られたりして、スラム街の冬が過ぎていく。路上には凍死者が増え始め、無料で食べ物を与えてくれる救世軍施設の前には老いた浮浪者や失業者たちが行列をなしていた。それらの光景は「多様な移民たちを受け入れ、むしゃぶり尽くしたあと、そのぬけ殻を凍りついた路上に吐き出しているように見えた」。これもスラム外の現実で、何としてでもその列に入ることだけは避けなければならなかった。

それでもスラム街は春を迎え、夏になり、「私」はアメリカにきてから四年近くが過ぎ、二十六歳になっていた。そんな時にプエルト・リコ移民の若者から、ニューヨークの避暑地ロング・アイランドの会員制のビーチクラブでのバーテンの仕事を教えられた。そこを飛び込みで訪れると、幸いにして採用され、翌日から働くことになった。バーを辞め、アパートも引き払った。給料はバーの二倍で、それにチップもついたし、今度の仕事はバーに比べれば、休息しているも同然で、体力を回復し、次の旅に備えている思いにかられた。夏が終わる頃には二千ドルが貯まり、それは生まれて初めて手にする大金だった。ニューヨークに戻り、イースト・ヴィレッジよりもスラム化しているロワー・イーストサイドの木賃宿に入った。これ以上安いところはないところのアルコール中毒者や失業者たちの最後の吹き溜りで、三段ベッドが並び、一泊六〇セントだった。あのバーを訪れると、フランクは驚くほど老けて見え、娼婦のエズメラルダが死んだことを知った。「私」はその野辺の送りをするかのように、LSDを買って口に放りこみ、その幻覚作用に襲われながら街を徘徊する。「見なれた街が、見なれる外見でそこにありながら、どこか世界の源、宇宙の涯に投影されている自分の記憶のなかのスラム街を歩いている」。そして無数のエズメラルダが幽霊のようにまとわりついてくるのだ。

その「reincarnation」=「輪廻」「再生」ともいうべき体験からめざめ、「私」はメキシコへと出国し、インドへ向かおうと決意する。サンディエゴの国境から車でメキシコへと至るのだ。

 ふたつの丘の谷間、赤銹を吹いた鉄条網の切れ目に、踏切りをおもわせる木の遮断機が見えた。道は、半砂漠の荒地を真南につらぬき、さらに遠くへ奥まっている。長い、遠まわりの旅をしている気がした。曲りくねり迂回しながら、いま、おれはインドへ向かおうとしている。ほんとうに辿り着けるだろうか。緑の菩提樹の森、ガンジス河のほとり、光が路、人間の生死が彫深く刻まれ、それら全てが発光している土地へ……。

一九六〇年代後半から七〇年代にかけて、宮内のような戦前生まれの世代や私と同じオキュパイド・ジャパン・ベイビースの多くがアメリカやヨーロッパやアジアに向かい、それをテーマとする多くの作品が提出され、七〇年代後半からひとつの戦後文学とノンフィクションの潮流を形成することになった。後に出された宮内のエッセイ集『LOOK AT ME―おれを見てくれ』(新潮社、一九八三年)を読むと、そうした背景の大半が含まれていて、この『グリニッジの光りを離れて』は、そうした作品の典型にして、それらを代表する作品と見なすことができよう。またそれは有吉の『非色』に続いて、アメリカのスラムでの日本人の混住を描き、もうひとつのアメリカを開示してくれたことになろう。しかし現実のハーレムやイースト・ヴィレッジはグリニッジ・ヴィレッジではないけれど、観光化されたトポスのようにして、ニューヨークのガイドブックなどに紹介されている。だがスラム街が消滅したはずもないし、それらはどこにいったのであろうか。

◆過去の「混住社会論」の記事
「混住社会論」126  江成常夫『花嫁のアメリカ』(講談社、一九八一年)と有吉佐和子『非色』(中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」125  トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』(原書一九四九年、毎日新聞社一九七八年)
「混住社会論」124  スティーヴン・グリーンリーフ『探偵の帰郷』(早川書房、一九八五年)とリチャード・ピアス『カントリー』(ポニー、一九八四年)『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」123  『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」122  カムマーン・コンカイ『田舎の教師』(勁草書房、一九八〇年)
「混住社会論」121  谷恒生『バンコク楽宮ホテル』(講談社、一九八一年)
「混住社会論」120  矢作俊彦『THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ』(角川書店、二〇〇四年)
「混住社会論」119  スタインベック『怒りの葡萄』(原書、一九三九年、第一書房、一九四〇年)とピエトラ・リボリ『あなたのTシャツはどこから来たのか?』(東洋経済新報社、二〇〇七年)
「混住社会論」118  ゾラ『大地』(原書、一八八七年、論創社、二〇〇五年)と長塚節『土』(春陽堂、一九一二年)
「混住社会論」117  渡辺京二『逝きし世の面影』(葦書房、一九九八年)と久米邦武編『特命全権大使 米欧国回覧実記』(新橋堂、一八七八年)
「混住社会論」116  ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』(原書、一八八三年、論創社、二〇〇二年)
「混住社会論」115  M・M・ジンマーマン『スーパーマーケット』(経済界、一九六二年)
「混住社会論」114  『大和ハウス工業の40年』(同編集委員会、一九九五年)
「混住社会論」113  安土敏『小説スーパーマーケット』(日本経済新聞社、一九八一年)とテーラー『科学的管理法』(産業能率短期大学出版部、一九六九年)
「混住社会論」112  藤田 田『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ、一九七二年)と『日本マクドナルド20年のあゆみ』(同社、一九九一年)
「混住社会論」111  ジョージ・リッツア 『マクドナルド化する社会』(早稲田大学出版部、一九九九年)
「混住社会論」110  藤原伊織『名残り火』(文藝春秋、二〇〇七年)
「混住社会論」109  ピエール・ブルデュー『住宅市場の社会経済学』(藤原書店、二〇〇六年)と矢崎葉子『それでも家を買いました』(大田出版、一九九〇年)
「混住社会論」108  庄野潤三『夕べの雲』(講談社、一九六五年)
「混住社会論」107  宮部みゆき『理由』(朝日新聞社、一九九八年)
「混住社会論」106  黄 春明『さよなら・再見』(めこん、一九七九年)
「混住社会論」105  日影丈吉『内部の真実』(講談社、一九五九年)
「混住社会論」104  ウェイ・ダーション『セデック・バレ』(マクザム+太秦、二〇一一年)
「混住社会論」103  松本健一『エンジェル・ヘアー』(文藝春秋、一九八九年)
「混住社会論」102  村上春樹『羊をめぐる冒険』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」101  赤坂真理『ヴァイブレータ』(講談社、一九九九年)
「混住社会論」100  中上健次『日輪の翼』(新潮社、一九八四三年)
「混住社会論」99  多和田葉子『犬婿入り』(講談社、一九九三年)
「混住社会論」98  本間洋平『家族ゲーム』(集英社、一九八二年)
「混住社会論」97  黒岩重吾『現代家族』(中央公論社、一九八三年)
「混住社会論」96  近藤ようこ『ルームメイツ』(小学館、一九九七年)
「混住社会論」95  鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ』(角川文庫、一九八五年)
「混住社会論」94  山田太一『岸辺のアルバム』(東京新聞社、一九七七年)
「混住社会論」93  小島信夫『抱擁家族』(講談社、一九六五年)と『うるわしき日々』(読売新聞社、一九九七年)
「混住社会論」92  佐藤洋二郎『河口へ』(集英社、一九九二年)
「混住社会論」91  佐藤泰志『海炭市叙景』(集英社、一九九一年)
「混住社会論」90  梶山季之『夢の超特急』(光文社カッパノベルス、一九六三年)
「混住社会論」89  岩瀬成子『額の中の街』(理論社、一九八四年)
「混住社会論」88  上林暁『武蔵野』(現代教養文庫、一九六二年)島田謹介『武蔵野』(暮しの手帖社、一九五六年)
「混住社会論」87  徳富蘆花『自然と人生』(民友社、一九〇〇年)と『みみずのたはこと』(新橋堂、一九〇七年)
「混住社会論」86  佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮社、一九一九年)と『都会の憂鬱』(同前、一九二三年)
「混住社会論」85  『東京急行電鉄50年史』(同社史編纂委員会、一九七二年) 『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」84  『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」83  谷崎潤一郎『痴人の愛』(改造社、一九二五年)
「混住社会論」82  三浦朱門『武蔵野インディアン』(河出書房新社、一九八二年)
「混住社会論」81  大岡昇平『武蔵野夫人』(講談社、一九五〇年)
「混住社会論」80  国木田独歩『武蔵野』(民友社、一九〇一年)
「混住社会論」79  水野葉舟『草と人』(植竹書院、一九一四年、文治堂書店、一九七四年)
「混住社会論」78  小田内通敏『帝都と近郊』(大倉研究所、一九一八年、有峰書店、一九七四年) 『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」77  『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」76  『宝塚市史』(一九七五年)と『阪神間モダニズム』(淡交社、一九九七年)
「混住社会論」75  小林一三『逸翁自叙伝』(産業経済新聞社、一九五三年)と片木篤・藤谷陽悦・角野幸博編『近代日本の郊外住宅地』(鹿島出版会、二〇〇〇年)
「混住社会論」74  柳田国男『明治大正史世相篇』(朝日新聞社、一九三一年)と山口廣編『郊外住宅地の系譜』(鹿島出版会、一九八七年)
「混住社会論」73  柳田国男『都市と農村』(朝日新聞社、一九二九年)
「混住社会論」72  内務省地方局有志『田園都市と日本人』(博文館一九〇七年、講談社一九八〇年)
「混住社会論」71  ローラン・カンテ『パリ20区、僕たちのクラス』(ミッドシップ、二〇〇八年)とフランソワ・ベゴドー『教室へ』(早川書房、二〇〇八年)
「混住社会論」70  マブルーク・ラシュディ『郊外少年マリク』(集英社、二〇一二年)
「混住社会論」69  『フランス暴動 階級社会の行方』(『現代思想』二〇〇六年二月臨時増刊、青土社)
「混住社会論」68  ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(草思社、一九九五年)
「混住社会論」67  パトリック・モディアノ『1941年。パリの尋ね人』(作品社、一九九八年)
「混住社会論」66  ジャン・ヴォートラン『グルーム』(文春文庫、二〇〇二年)
「混住社会論」65  セリーヌ『夜の果ての旅』(原書一九三二年、中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」64  ロベール・ドアノー『パリ郊外』(原書一九四九年、リブロポート、一九九二年)
「混住社会論」63  堀江敏幸『郊外へ』(白水社、一九九五年)
「混住社会論」62  林瑞枝『フランスの異邦人』(中公新書、一九八四年)とマチュー・カソヴィッツ『憎しみ』(コロンビア、一九九五年)
「混住社会論」61  カーティス・ハンソン『8Mile』(ユニバーサル、二〇〇二年)と「デトロイトから見える日本の未来」(『WEDGE』、二〇一三年一二月号)
「混住社会論」60  G・K・チェスタトン『木曜の男』(原書一九〇八年、東京創元社一九六〇年)
「混住社会論」59  エベネザー・ハワード『明日の田園都市』(原書一九〇二年、鹿島出版会一九六八年)
「混住社会論」58  『日本ショッピングセンターハンドブック』と『イオンスタディ』(いずれも商業界、二〇〇八、〇九年)
「混住社会論」57  ビクター・グルーエン『ショッピングセンター計画』『都市の生と死』(いずれも商業界、一九六九、七一年)
「混住社会論」56  嶽本野ばら『下妻物語』(小学館、二〇〇二年)
「混住社会論」55  佐伯一麦『鉄塔家族』(日本経済新聞社、二〇〇四年)
「混住社会論」54  長嶋有『猛スピードで母は』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」53  角田光代『空中庭園』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」52  宮沢章夫『不在』(文藝春秋、二〇〇五年)
「混住社会論」51  吉本由美『コンビニエンス・ストア』(新潮社、一九九一年)と池永陽『コンビニ・ララバイ』(集英社、二〇〇二年)
「混住社会論」50  渡辺玄英『海の上のコンビニ』(思潮社、二〇〇〇年)
「混住社会論」49  いがらしみきお『Sink』(竹書房、二〇〇二年)
「混住社会論」48  佐瀬稔『金属バット殺人事件』(草思社、一九八四年)と藤原新也『東京漂流』(情報センター出版局、一九八三年)
「混住社会論」47  山本直樹『ありがとう』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」46  重松清『定年ゴジラ』(講談社、一九九八年)
「混住社会論」45  ジョン・ファウルズ『コレクター』(白水社、一九六六年)
「混住社会論」44  花村萬月『鬱』(双葉社、一九九七年)
「混住社会論」43  鈴木光司『リング』(角川書店、一九九一年)
「混住社会論」42  筒井康隆『美藝公』(文藝春秋、一九八一年)
「混住社会論」41  エド・サンダース『ファミリー』(草思社、一九七四年)
「混住社会論」40  フィリップ・K・ディック『市に虎声あらん』(平凡社、二〇一三年)
「混住社会論」39  都築響一『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、一九九七年)
「混住社会論」38  小林のりお と ビル・オウエンズ
「混住社会論」37  リースマンの加藤秀俊 改訂訳『孤独な群衆』(みすず書房、二〇一三年)
「混住社会論」36  大場正明『サバービアの憂鬱』(東京書籍、一九九三年)
「混住社会論」35  ジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』(C-Cヴィクター、一九七八年)
「混住社会論」34  エドワード・ホッパーとエリック・フィッシュル
「混住社会論」33  デイヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』(松竹、一九八六年)
「混住社会論」32  黒沢清『地獄の警備員』(JVD、一九九二年)
「混住社会論」31  青山真治『ユリイカ EUREKA』(JWORKS、角川書店、二〇〇〇年)
「混住社会論」30  三池崇史『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(大映、一九九五年)
「混住社会論」29  篠田節子『ゴサインタン・神の座』(双葉社、一九九六年)
「混住社会論」28  馳星周『不夜城』(角川書店、一九九六年)
「混住社会論」27  大沢在昌『毒猿』(光文社カッパノベルス、一九九一年)
「混住社会論」26  内山安雄『ナンミン・ロード』(講談社、一九八九年)
「混住社会論」25  笹倉明『東京難民事件』(三省堂、一九八三年)と『遠い国からの殺人者』(文藝春秋、八九年)
「混住社会論」24  船戸与一「東京難民戦争・前史」(徳間書店、一九八五年)
「混住社会論」23  佐々木譲『真夜中の遠い彼方』(大和書房、一九八四年)
「混住社会論」22  浦沢直樹『MONSTER』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」21  深作欣二『やくざの墓場・くちなしの花』(東映、一九七六年)
「混住社会論」20  後藤明生『書かれない報告』(河出書房新社、一九七一年)
「混住社会論」19  黒井千次『群棲』(講談社、一九八四年)
「混住社会論」18  スティーヴン・キング『デッド・ゾーン』(新潮文庫、一九八七年)
「混住社会論」17  岡崎京子『リバーズ・エッジ』(宝島社、一九九四年)
「混住社会論」16  菊地史彦『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、二〇一三年)
「混住社会論」15  大友克洋『童夢』(双葉社、一九八三年))
「混住社会論」14  宇能鴻一郎『肉の壁』(光文社、一九六八年)と豊川善次「サーチライト」(一九五六年)
「混住社会論」13  城山三郎『外食王の飢え』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」12  村上龍『テニスボーイの憂鬱』(集英社、一九八五年)
「混住社会論」11  小泉和子・高薮昭・内田青蔵『占領軍住宅の記録』(住まいの図書館出版局、一九九九年)
「混住社会論」10  ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(河出書房新社、一九五九年)
「混住社会論」9  レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(早川書房、一九五八年)
「混住社会論」8  デイヴィッド・ハルバースタム『ザ・フィフティーズ』(新潮社、一九九七年)
「混住社会論」7  北井一夫『村へ』(淡交社、一九八〇年)と『フナバシストーリー』(六興出版、一九八九年)
「混住社会論」6  大江健三郎『万延元年のフットボール』(講談社、一九六七年)
「混住社会論」5  大江健三郎『飼育』(文藝春秋、一九五八年)
「混住社会論」4  山田詠美『ベッドタイムアイズ』(河出書房新社、一九八五年)
「混住社会論」3  桐野夏生『OUT』後編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」2  桐野夏生『OUT』前編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」1