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古本夜話545 田中貢太郎と『日本怪談全集』

本連載541で、人文会出版部の田中貢太郎編『桂月随筆集』を所持していることにふれておいた。桂月に関しては先に同223「大町桂月編著『文章宝鑑』と『書翰文大観』」で言及しているが、この『桂月随筆集』は田中の「冤言」が大正十四年十月末日の日付で記されているように、桂月を送る追悼的一冊として編まれたと考えられる。なぜならば、桂月はその年の六月十日に、青森の愛する蔦温泉で五十七歳の生を閉じていたからである

なおこれは未見であるけれど、その翌年にも田中による追悼集とおぼしき『文豪大町桂月』(青山書院)が刊行されている。田中は桂月の死後、桂月の関係者や弟子たちを集め、故人の面影を偲ぶ桂月会を主宰し、それを記録する雑誌の『桂月』も出していたことからこれらの出版もそれとつながっていたのであろう。

田中は桂月と同郷の高知生まれで、桂月の他にやはり土佐の田岡嶺雲や幸徳秋水にも師事し、大正時代に入ると、『中央公論』の滝田樗陰の知遇を得て、実録物や情話物や怪談物の書き手となっていた。嶋中雄作編『回顧五十年』所収の「中央公論総目録」を確認してみると、大正三年の「田岡嶺雲、幸徳秋水、奥宮健之助追懐録」に始まり、「街頭騒擾録」「明治大正汚職及不正事件史」「支那歴朝帝位簒奪史」などを次々と発表している。

これらはその「説苑」部門に掲載されたもので、明治期には田岡嶺雲がそこに書いていた事実からすれば、その後継として田中は登場してきたことになる。実際に嶺雲が明治四十二年に刊行した『明治叛臣伝』(日高有倫堂)の自由党左派関連の事件記録は田中が聞書を採取し、収録したものとされている。このような前史を経て、田中は明治初期を背景とする実話時代小説ともいうべき『旋風時代』(中央公論社)や『朱唇』(世界社)の作者となっていくのである。前者が講談社の『大衆文学大系』第十巻に収録されていることは承知しているけれど、まだ読む機会を得ていない。また稀覯本ゆえか、八木昇の『大衆文芸図誌』(新人物往来社)にも、その書影を見出せない。

しかしそれらに先駆けて書かれ、出版されてもいた「怪談」は、他ならぬ八木によって『日本怪談全集』全二巻として、昭和四十五年に桃源社から復刻されている。これは昭和九年に改造社から出された同名の四冊を二巻にまとめたものである。私が所持しているのはその第一巻だけだが、その桃源社版には田中が付した「序」もそのまま収録されているので、それを引いてみる。

 私が怪談に筆をつけたのは、大正七年であつた。それは『魚の妖・蟲の怪』と云ふ、中央公論に載せたもので、『岩魚の怪』と『蝿供養』の二つからなつてゐた。
 ところで、幸か不幸か、其の怪談の評判がよかつたので、彼方此方から怪談を頼まれるやうになつて、長い間怪談ばかり書いた。(中略)其の後になつても怪談を頼まれて、それが積つてかなりの数になり、其のうへ、怪談全集も絶版になつたので、玆に更めて、日本に関した物だけを蒐めて、『日本怪談全集』四冊を上梓することになつた。
 終に臨んで一言したいのは、此の怪談集は、私が前後二十年に渉つて書いたもので、怪談集を作るがために筆をつけた所謂際物でないと云ふことである。

第一巻には九十編余の「怪談」が収録され、そこには「序」に見える「岩魚の怪」もあるが、それよりも明治時代の「怪談」と記されている冒頭の「雀が森の怪異」を紹介してみよう。仙台の高等学校の学生で、岐阜出身の「彼」が下宿で六月に学期試験のための勉強をしていると、白い衣服を着た故郷の友人神中が訪ねてくる。神中は明日の晩の十二時に近くの雀が森の石灯籠のところにきてくれと頼む。そこで翌晩「彼」は雀が森に出かけていった。すると神中が現われ、右の手を出し、人さし指をこよりで縛ってくれというので、「彼」はばかばかしいと思いながらも、その頼みを聞き入れ、きちんと縛って帰ってきた。ところが朝になって雀が森で神中とは似ても似つかない四十過ぎの大男が指にこよりを巻きつけ、死んでいたのである。そのうちに死人は岐阜市の新聞の主筆だと判明した。「彼」は故郷の自分の家に帰り、神中が妹のことで上司によって県庁を辞めさせられ、しかもしかも新聞による畜生道におちた兄妹だという誹謗中傷が原因で、すでに二人が自殺していたことを知った。仙台の警察では不可解な事件とされたままだが、神中の上司とその新聞主筆は唯一の悪友だったことから、「彼」は雀が森の謎が解けたように思った。

この「雀が森の怪異」を始めとして、「怪談」は多くが明治大正の同時代のもので、私はそれらの共通するテーマと語り口から、松谷みよ子の『現代民話考』(全十二巻、ちくま文庫)を想起してしまった。
現代民話考

またそれ以上に明治末期から大正期にかけてが「怪談」の時代であったことも思い起こされる。拙稿「水野葉舟と『心霊問題叢書』」(『古本探究3』所収)や本連載100「新光社『心霊問題叢書』と『レイモンド』」などでもふれているが、明治三十六年に柳田国男と田山花袋が編集校訂した帝国文庫の『近世奇談全集』(博文館)に端を発したと考えられる「怪談」の時代の中で、それらの渦中にあった水野葉舟を通じて、柳田と佐々木喜善が結びつき、『遠野物語』も刊行されるのである。そしてそのような動向とともに、これも本連載101「コナン・ドイルと英国心霊協会」などで取り上げているように、それらのメンバーの研究書の翻訳も刊行されていく。
古本探究3  遠野物語

これらのトレンドとまったく関係がないように見える田中貢太郎にしても、おそらくこうした「怪談」、もしくは民俗学の誕生の時代に寄り添いながら、「二十年に渉つて」、これらの「怪談」を収集し、紡ぎ、編んでいったと思われる。

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