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古本夜話552 春陽堂『日本戯曲全集』と渥美清太郎

またしても戯曲全集のことになってしまうが、本連載の目的のひとつはできるだけ円本に関して言及することなので、やはりここで書いておきたい。それは春陽堂『日本戯曲全集』全五十巻のことである。
日本戯曲全集(第21巻、『滑稽狂言集』)


これは『日本近代文学大事典』に立項されているけれど、挙げられたリストもそのうちの第二部「現代篇」十八巻だけであり、事実誤認も見えるので、『演劇百科大事典』平凡社)のほうを引いてみる。

 にほんぎきょくぜんしゅう 日本戯曲全集 書名。脚本集。全六八巻。うち歌舞伎篇五〇巻・現代篇一八巻。昭和三年〜八年四月春陽堂刊[歌舞伎篇]編集は、その大部分を渥美清太郎があたり、うちの幾種かを伊原青々園河竹繁俊らが分担した。当初三二巻、月一回配本の予定で、定価は一冊一円とし、当時流行した円本方式をとったが、昭和六年一一月から一八巻追加し全五〇巻とすると同時に、定価を一円五〇銭に改めた。元禄(1688〜1703)期の狂言本から明治(1868〜1911)期の三世河竹新七・竹柴其水らまで、収録された東西の歌舞伎脚本・舞踊脚本は計三八九編に及ぶ。量的に大きいこと、しかも初めて複刻され、その後も刊行をみない脚本が相当数占める点において、画期的な出版であり、歌舞伎研究者を益することが非常に多い。[現代篇]明治以後の新脚本を収録したもの。坪内逍遥から、昭和初期までの代表作家の主要作品を網羅している。その内容は、同巻第六巻の付録にくわしい。

実はこの解題によって、初めて『日本戯曲全集』が全六十八巻であること、及び[歌舞伎篇]の編集は渥美清太郎なる人物だと知ったことになる。そこでやはり、『演劇百科大事典』で渥美を引いてみると、次のように立項されていた。

 あつみせいたろう 渥美清太郎(1892〜1959)演劇評論家。明治二五年東京に生れ、郁文館中学中退。同四四年演芸画報社に入り、三島霜川・安部豊らと『演芸画報』の編集に携わり、以来昭和二五年まで同誌およびその後身にあたる『演劇界』の編集に専心、歌舞伎の大衆化に貢献するところが多かった。その間歌舞伎・邦楽・舞踊などの研究考証、劇評に健筆をふるい、また演出・作詞においてもその才能を発揮した。(中略)編著に『日本戯曲全集』歌舞伎篇五〇巻、『大南北全集』一七巻、『歌舞伎脚本傑作集』一二巻などがある。

その他のいくつかの立項を参照して補足すれば、渥美は十歳にならないうちから芝居に親しみ、青山学院高等部在学中に上野の帝国図書館に勤め、その間に歌舞伎脚本や演劇資料を読破し、博覧強記の知識を得たとされる。ちなみに『歌舞伎脚本傑作集』坪内逍遥との共編で、大正十年、同じく『大南北全集』は同十四年に、いずれも春陽堂から刊行され始めている。つまり『日本戯曲全集』はそれらを継承する企画シリーズであり、新劇の時代とパラレルに歌舞伎などの古典演劇書もルネサンスを迎えていたと推測される。

これらの出版を確認するために、『春陽堂書店発行図書総目録(1879年〜1988年)』を確認してみると、渥美編には『世話狂言傑作集』全九巻もあった。またそれらと並んで大正時代には『黙阿弥脚本集』『黙阿弥全集』『菊池寛戯曲全集』『近松門左衛門全集』『綺堂戯曲集』『現代戯曲選集』なども刊行されていたとわかる。戯曲出版というと、どうしても昭和円本時代における前々回の近代社『世界戯曲全集』第一書房『近代劇全集』に目を奪われがちだが、それらを準備したのは春陽堂に他ならず、ここが日本の演劇書出版の総本山だったとも見なせるし、その帰結がこの『日本戯曲全集』だったともいえるだろう。
(『黙阿弥全集』)

さてこの全集だが、古本屋でも全六十八巻の大揃いは見たことがなく、第四十八巻にあたる「現代篇・第十六輯」の一冊を持っているだけである。これは岸田国士佐藤春夫犬養健、田島淳、水木京太、関口次郎の六人からなるもので、田島や水木や関口は初めて目にする人物だといっていいし、大正時代の劇作家の簇生の一端を示している。このB6判上装、箱入の造本、とりわけ箱のレイアウトは、これもほぼ同時代に刊行された春陽堂の著名な円本『明治大正文学全集』を彷彿させる。それもそのはずで、この『日本戯曲全集』も箱文字執筆は同じ恩地孝四郎が担当している。ただ装幀は木村荘八、表紙文字執筆は三村竹清と異なっていて、永井荷風の『墨東奇譚』などの挿絵で知られた木村の装幀はともかく、本連載420などでふれた三村がどうして表紙文字を受け持つようになったのかはわからない。

それはこの「現代篇」の編集も同様で、巻末に「編集校訂責任」として、吉田甲子太郎、清水義政、佐藤十三郎の三人の名前が挙がっている。このうちの吉田はキプリングの『蜘蛛の巣の家』(岩波文庫)などの翻訳者だが、彼も前回の仲木貞一と同様に早大英文科を出ていることから類推すれば、やはり大正時代に演劇の近傍にいたので、この「現代篇」の編集に携わるようになったのではないかと推測される。またプロフィルがつかめない清水や佐藤も同様なのかもしれない。ただこの三人が「現代篇」全十八巻を担当したのか、それともこの第十六輯だけだったのかはまだ確認できていない。
『蜘蛛の巣の家』

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