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古本夜話553 春陽堂『鏡花全集』、雪岱文字、水上瀧太郎『第四貝殻追放』

前回『日本戯曲全集』にふれ、その箱文字が恩地孝四郎によるもので、これが同じく春陽堂『明治大正文学全集』とも共通していることを指摘しておいた。
日本戯曲全集 明治大正文学全集

それに関連して装幀家の真田幸治の「雪岱文字の誕生―春陽堂版『鏡花全集』のタイポグラフィ」(『タイポグラフィ学会誌08』所収、朗文堂)を想起してしまった。ただ私が読んだのは『日本古書通信』二〇一五年二月号所収の真田自身による、その「紹介」だが、『鏡花全集』やそこに挙げられた水上瀧太郎の『第四貝殻追放』(大岡山書店、昭和四年)を架蔵していたこともあって、色々と教えられたので、それを書いておこう。
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まず先に『鏡花全集』にふれておくと、これは大正十四年に春陽堂から出され始めた全十五巻で、やはり時期からいっても、円本時代の全集と見なせるであろう。しかしこれは円本特有の大量生産、大量消費的出版のイメージはまったくなく、典雅にしてシックな造本で、同時代に出されていた同じ菊判の『芥川龍之介全集』(岩波書店)や『子規全集』(アルス)と並んで、私は円本三大全集と勝手に呼んでいる。

この『鏡花全集』の端正な佇まいは箱にも表われ、その表紙には収録作品全タイトルを記した大きな題簽に似たものが貼られている。また背にも同じ文字で『鏡花全集』とあり、それらが薄茶色の機械箱によく調和し、本体の華麗なイメージを包みこんでいる印象を与える。だが装幀者の名前は挙がっていないことから、それが誰なのか、気になっていたのである。

それが真田の一文によって氷解したことなる。彼は水上、鏡花、室生犀星の証言を参照し、この装幀が岡田三郎助、箱の文字が小村雪岱によるものであることを明らかにしていく。私も本連載472「小村雪岱と新小説社」、同473「小村雪岱と邦枝完二『お伝地獄』」で、雪岱が鏡花本の装幀者だったことや挿絵の仕事に言及しているが、真田がいうところの「雪岱文字」と「目次式意匠」に関しては気づいていなかった。真田は書いている。

 実際には雪岱が自身の装幀における構成要素として、「画」だけでなく、「文字」も重要視していたのは、その装幀本の数々を見れば伝わってくるのがわかるだろう。「文字」自体に自身の個性を投影し、またそれを「画」と同等に扱うことによって、雪岱には自身の装幀世界を、画家による余技としての装幀から脱し、現代の“装幀家”に通じる視点を獲得したと言っていい。

そして実際に『鏡花全集』の他に、雪岱が「目次的意匠」を用いて装幀した水上瀧太郎『第三貝殻追放』(東光閣)、久保田万太郎『寂しければ』(春陽堂)の箱表紙を掲載し、その「雪岱文字」の視覚的同一性を示し、『鏡花全集』の箱の意匠が雪岱の手になるものであることを実証するに至っている。それは雪岱にしてみれば、師匠ともいえる鏡花の初の全集において、「自身が提供できる最上のものをと考えた」からで、それに使われた「雪岱文字」はすべてを合わせると、一〇八二字に及び、「『画』を描く以上に心血を注ぐ作業」だったのではないかと、真田は推測している。

さてそこで先述した水上の『第四貝殻追放』のことになるのだが、真田はそれに「鏡花全集の記」が収録されていると記し、その内容にふれている。しかしこの一冊に関しては出版社も明記されておらず、それだけで終わっている。それはおそらく同書を入手していないことによっているように思われるので、私が所持する同書について書いてみる。

「鏡花全集の記」には春陽堂からの全集出版に際して鏡花から相談を受けたこと、その相談会の内容、雪岱が参訂者=編輯相続人の一人になったこと、それから真田がいっているように、装幀は岡田三郎助であることなどが述べられているけれど、雪岱が箱の意匠を担当したとの証言は見られない。それに加えて、私の所持する一冊は箱もない裸本で、かなり疲れていて、背のタイトルもかろうじて読めるほどで、表紙のところに紅の鳥が羽搏いている絵が描かれているけれど、装幀者が誰かということに忖度するような状態になかった。

ところが今回取り出してみて、その背のタイトルの文字が「雪岱文字」に似ていること、また巻末の十五冊を並べた「水上瀧太郎著作目録」がまさにそれと「目次式意匠」によって構成されていることに気づいた。そして調べてみると、目次裏に小村雪岱の名前が見出された。これも真田がその書影を挙げていた『第三貝殻追放』に続く雪岱による「雪岱文字」と「目次式意匠」を応用した装幀だったのである。

おそらく箱にも『鏡花全集』のようなレイアウトが施されていたはずで、もしこの『第四貝殻追放』に箱が備わっていたら、ただちに『鏡花全集』との共通性に目を止めていたと思われるが、それが欠けていたために現在に至るまで気づかなかったことになる。装幀や造本に関して調べるためには、箱も不可欠であることを教えてくれる。

なお同書の版元の大岡山書店については本連載40「横山重と大岡山書店」でふれていることを記しておく。

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