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混住社会論152 エヴァン・マッケンジー『プライベートピア』(世界思想社、二〇〇三年)とE・J・ブレークリー、M・G・スナイダー『ゲーテッド・コミュニティ』(集文社、二〇〇四年)

プライベートピア ゲーテッド・コミュニティ



マッケンジーは『プライベートピア』(竹井隆人・梶浦恒男訳)の中で、本連載59 のハワードの田園都市構想がアメリカに移植されるにつれて、コーポラティヴな思想と方向性を失うかたちで発展していったことを、まず指摘することから始めている。

それはジェイン・ジェイコブスの『発展する地域 衰退する地域』(中村達也訳、ちくま文庫)やR ・B・グラッツの『都市再生』(林泰義監訳、晶文社)などでも、正面から言及されていない事柄なので、ここで取り上げておきたい。しかもこの問題は、住むことにおけるアメリカの格差社会の現実を浮かび上がらせているし、二〇〇八年のリーマン・ショックをもたらしたサブプライム・ローンとリンクしているようにも思えるからだ。サブプライム・ローンとアメリカの住宅金融市場の歴史と構造に関しては、みずほ総合研究所編『サブプライム金融危機』(日本経済新聞社、二〇〇七年)を参照している。
発展する地域 衰退する地域 都市再生

「プライベートピア」とはCID=common interest developmentと呼ばれる私的資本による住宅供給方式で、アメリカの二〇世紀を通じて発展してきたシステムだった。竹井、梶浦訳において、CIDは「コモンを有する住宅地」とされている。だがマッケンジーは直接ふれていないけれど、「プライベートピア」の成立に影響を与えているロールズ『正義論』(川本隆史他訳、紀伊國屋書店)やノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』(嶋津格訳、木鐸社)などのリベラリズム、リバタリアニズムの文脈からすれば、「共有利益(資産)開発地」と解釈してもかまわないであろう。このタームに、マッケンジーはアメリカのプライヴェティズム定義に基づく、市民は富の獲得を目的とし、都市は私的な蓄財家のコミュニティになることを結びつける。それは借地借家方式のハワードの田園都市計画と相反するものだったが、アメリカの民間デベロッパーたちは政府の援助を受け、そうしたマイホーム所有を鼓舞していった。
正義論 『アナーキー・国家・ユートピア』

 一九三〇年代から大手の建設会社が徐々に住宅建設事業の分野で目立つようになる。一世帯用の住宅は、彼らによって、トースターや自動車のように大量生産の消費財に変えられた。このような会社は、一度に何百もの、後には何千もの住宅を建設するようになったが、それは短期的な利益を求めた結果であり、不動産としての価値を守るよう設計された。ハワードの「自己」の利益ではなく、地域社会へのサービスを基盤にした新しい文明」への希望は実現しなかった。かわりに、アメリカのデベロッパーは、政府を隠れたパートナーとして、プライヴェティズムの記念碑として後世に残る、新しい住宅地を建設する道を選んだのであった。

それらの中でも、富裕層のための高級分譲地としてのCIDにおいて、デベロッパーたちは住宅所有組合(HOA)を組織し、アメリカの都市の歴史にとっての重要なトレンドを生み出したとされる。そのトレンドとはデベロッパーによる私的な土地開発計画の手段としての土地共有方式と証書規制の利用で、それが一九六〇年代に始まる中流階級向けのCIDやコンドミニアム、ニュータウンブームにも応用されるようになった。それらのニュータウンは政府の支援を受け、大企業がスポンサーとなったりしていて、大規模なものとしてはカリフォルニア州のランチョ・ベルナルドやアーヴァイン、ヴァージニア州レストン、メリーランド州コロンビアなどがあった。

このような私的に整備された集合住宅地としてのCIDは「インスタントシティ」と呼ばれながらも、全国的に広がり、驚くほどの増加を示した。一九六四年にHOAは五〇〇に満たなかったが、七〇年には一万、七五年には二万、八〇年には五万、九〇年には一三万、九二年には一五万に達し、三千万人以上のアメリカ人がHOAという私的政府の管理下にあるとされる。これはアメリカの人口の12%を占める人々が一五万に及ぶCIDに住んでいる事実を物語り、またハワードの田園都市構想とアメリカのプライヴェティズムとの混成であることから、マッケンジーはそれに「プライベートピア」という言葉を用いることになったのである。

そして「プライベートピア」としてのCIDは、アメリカ人の住宅の個人所有志向を利用した私的政府という形態を特徴とし、それらの多くは反友好的なプライヴェティズムを伴うイデオロギーの色彩に染められていった。最も上位に置かれるのは資産価値の保護であり、それはくだらない規則を強制するもので、しかも厳密で押しつけがましく、住宅はその規則に従うか、訴訟を起こすかの選択しかない。したがってCIDに住むということは資産の共同所有権、HOAへの強制的加入、同じ住宅地もしくは建物の住民により執行される制限約款という私的な法体系のもとでの生活を要求される。それはコンドミニアムやコーポラティヴ住宅も同様なのである。これらの私的政府形態は地方自治体とも著しく異なり、企業体と見なされるので、そのミクロポリティクスは反自由主義的で、非民主主義的といえる。

これらの事柄からわかるように、CIDはハワードの田園都市計画が描いていたすべての社会的階級に住宅を供給するものではなく、富める人々を社会から分離し、カースト社会を現出させようとするアメリカの象徴と見なすこともできる。しかしそれらの欠点を孕みながらも、CIDの有する住宅供給のユートピア的魅力は不動産市場戦略において不可欠なものであり、それゆえにアメリカで広範に開発に至ったと考えられる。その最悪のヴァージョンが、「コモン」ならぬ「サブプライム・ローン」付の住宅地だったのではないだろうか。

マッケンジーは『プライベートピア』において、田園都市からプライベートピアに至る経路をたどっていく。制限約款の発展の歴史、第二次大戦後の住宅ブームとHOAの関係、六〇年代からのCIDブームと土地経済が果たした役割、そして七〇年代以後のCIDの理事会に大きな影響力を持つ弁護士や資産管理人で占められた特殊利益団体としてのコミュニティ組合研究機構(CAI)に焦点が当てられ、次に私的政府の概念とHOAの分析、税制や行政サービスをめぐる地方政治の分極化と富裕なCID居住者の離脱へと至る。マッケンジーはそれらが必然的な流れだとは認めるものの、「CIDがかかわるところでは、現実と実践のギャップ、レトリックと現実のギャップは実に甚しい」と記し、問題はそれがこれまで公共的な観点から検証を受けることもなく、際限もなく複製されてきたことにあると述べている。本連載58でふれたマイク・デイヴィスの『要塞都市LA』、それに併走していると見なせるジェイムズ・エルロイの『ブラック・ダリア』 に始まる「暗黒のLA四部作」は、このようなロサンゼルスやカリフォルニアの地政学をひとつのテーマとしているのではないだろうか。
要塞都市LA ブラック・ダリア

このプライベートピアのひとつの帰結がブレークリーとスナイダーが言及する『ゲーテッド・コミュニティ』(竹井隆人訳)ということになるだろう。それは要塞住宅地と呼ぶもこともできよう。

 居住境界線をよりはっきり示す形態の一つであるゲーテッド・コミュニティは、一九八〇年初期から現在に至るまで米国中に出現してきた。何百万人という米国人が、以前はより多くの人が共同で平等に利用していた一般市民のスペースを、外壁で囲いフェンスを張り巡らした特定の共同住宅スペースとして、そこに居住することを選択した。
   
 ゲーテッド・コミュニティは、1960年代後半から1970年代に傷から得た総合計画(アスタープラン)による退職者向け住宅が出現するまでは、依然として希少な現象であった。レジャー・ワールドのような退職者向け住宅は、平均的な米国人が自分自身を外壁で隔離することができた最初の場所であった。ゲートは、直ちにリゾートやカントリークラブの住宅地に、そして今度は中流層の郊外分譲地へと広がった。1980年代に、高級不動産への投機と派手な消費へと向かう傾向は、排他、威信(プレステイジ)、レジャーを目的に設計された、ゴルフコースを取り囲むゲーテッド・コミュニティの急増につながった。大衆がますます凶悪犯罪に恐れおののくようになるにつれて、主に恐怖から逃れるべく構築されたゲーテッド・コミュニティがこの10年間に多く出現した。ゲートは、郊外の単一世帯住宅の住宅地や高密度の都市のアパートメント群においても設置された。1980年代後半以降、ゲートは国中の多くの地域に偏在するようになり、今や警備員付き玄関口を特徴とする全体が独立法人化した都市までが存在する。

このような現象を見て、マイク・デイヴィスが『要塞都市LA』の中で、「東ヨーロッパでは壁が次々と倒れていく時代にあって、ロサンゼルスのあちらこちらで壁が作られているのだ」と書いていたのだと納得する。ブレークリーとスナイダーはこのゲーテッド・コミュニティの分布を示し、それはカリフォルニアやフロリダの二州が最大の基地で、それにテキサス州が続き、ニューヨーク市やシカゴ周辺やその他の大都市圏でも普遍的な現象をなっているが、地方の諸州ではほとんど見られないとしている。

そして二人は具体的に様々なゲーテッド・コミュニティの実体を探求した後、アメリカの人種、所得、地理的位置の問題にふれ、一九五〇年代の膨張する中流階層を収容する郊外化の時代と異なっていることを指摘している。それは次のような人口と人種の動向である。五〇年代には人口は一億五千万人、白人比率は88%であったが、マイノリティ人口の増大と大量の移民によって、九五年には二億六千万人、白人比率は74%に落ちこみ、今世紀半ばには人口三億八千万人、白人比率53%、高齢者人口は前世紀末の13%が20%に達すると予測されている。

このような動向を受け、アメリカは人種と所得によって分割され、五〇年代の郊外化の果てにゲーテッド・コミュニティが出現したことになる。しかしそれは人種差別主義、エリート主義、分離主義という負のイメージを拭い難く、ゲートと壁によって異なる人種、文化、階層の相互交流を拒否するトポスであることを否定できない。それゆえに、『ゲーテッド・コミュニティ』は様々な検討を与えた後で、その結論的な第7章に「それほどすばらしくない新世界」というタイトルを付し、ゲーテッド・コミュニティが「市民の共同体」であるのかという問いを発していることを付け加えておこう。

なお日本人による言及として、渡辺靖がカリフォルニア州コト・デ・カザで見た「ゲーテッド・コミュニティ―資本・恐怖・セキュリティ」(『アメリカン・コミュニティ』所収、新潮社、二〇〇七年)がある。これはアメリカの最大規模のゲーテッド・コミュニティとされる。ブレークリーたちの『ゲーテッド・コミュニティ』ではその実態がリアルに伝わっていなかったが、渡辺は具体的に見て描写することで、これが子供たちにとって「社会の矛盾や悲惨なニュースとは無縁の温室コミュニティ」であり、「『近代』の象徴である『アメリカ』に増殖し続ける『新しい中世』」の出現ではないかとの嘆息ももらしている。郊外化の果てに出現した「新しい中世」、それは日本においても、ゲーテッド・コミュニティは多くを見ていないけれど、監視社会として、その一端を現わしているのういかもしれない。
プライベートピア

◆過去の「混住社会論」の記事
「混住社会論」151  ミネット・ウォルターズ『遮断地区』(東京創元社、二〇一三年)
「混住社会論」150  三冊の日本住宅公団史
「混住社会論」149  カネコアツシ『SOIL[ソイル]』(エンターブレイン、二〇〇四年)
「混住社会論」148  奥田英朗『無理』(文藝春秋、二〇〇九年)
「混住社会論」147  伊井直行『ポケットの中のレワニワ』(講談社、二〇〇九年)
「混住社会論」146  吉田修一『悪人』(朝日新聞社、二〇〇七年)
「混住社会論」145  窪 美登『ふがいない僕は空を見た』(新潮社、二〇一〇年)
「混住社会論」144  畑野智美『国道沿いのファミレス』(集英社、二〇一一年)
「混住社会論」143  森絵都『永遠の出口』(集英社、二〇〇三年)
「混住社会論」142  本間義人『国土計画を考える』(中央公論社、一九九九年)と酉水孜郎『国土計画の経過と課題』(大明堂、一九七五年)
「混住社会論」141  『田中角栄『日本列島改造論』(日刊工業新聞社、一九七二年)
「混住社会論」140  『佐久間ダム建設記録』(ジェネオン、二〇〇七年)
「混住社会論」139  デイヴィッド・グターソン『殺人容疑』(講談社文庫、一九九六年)
「混住社会論」138  ニーナ・ルヴォワル『ある日系人の肖像』(扶桑社ミステリー、二〇〇五年)
「混住社会論」137  アップダイク『カップルズ』(新潮社、一九七〇年)
「混住社会論」136  トルーマン・カポーティ『冷血』(新潮社、一九六七年)と高村薫『冷血』(毎日新聞社、二〇一二年)
「混住社会論」135  山上たつひこ、いがらしみきお『羊の木』(講談社、二〇一一年)
「混住社会論」134  古谷実『ヒミズ』(講談社、二〇〇一年)
「混住社会論」133  小田扉『団地ともお』(小学館、二〇〇四年)
「混住社会論」132  篠原雅武『生きられたニュータウン』(青土社、二〇一五年)と拙著『民家を改修する』(論創社、二〇〇七年)
「混住社会論」131  江藤淳、吉本隆明「現代文学の倫理」(『海』、一九八二年四月号)
「混住社会論」130  Karen Tei Yamashita , Circle K Cycles(Coffee House Press、二〇〇一年)
「混住社会論」129  高橋幸春『日系ブラジル移民史』(三一書房、一九九三年)と麻野涼『天皇の船』(文藝春秋、二〇〇〇年)
「混住社会論」128  邱 永漢『密入国者の手記』(現代社、一九五六年)
「混住社会論」127  宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社、一九八〇年)
「混住社会論」126  江成常夫『花嫁のアメリカ』(講談社、一九八一年)と有吉佐和子『非色』(中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」125  トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』(原書一九四九年、毎日新聞社一九七八年)
「混住社会論」124  スティーヴン・グリーンリーフ『探偵の帰郷』(早川書房、一九八五年)とリチャード・ピアス『カントリー』(ポニー、一九八四年)『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」123  『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」122  カムマーン・コンカイ『田舎の教師』(勁草書房、一九八〇年)
「混住社会論」121  谷恒生『バンコク楽宮ホテル』(講談社、一九八一年)
「混住社会論」120  矢作俊彦『THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ』(角川書店、二〇〇四年)
「混住社会論」119  スタインベック『怒りの葡萄』(原書、一九三九年、第一書房、一九四〇年)とピエトラ・リボリ『あなたのTシャツはどこから来たのか?』(東洋経済新報社、二〇〇七年)
「混住社会論」118  ゾラ『大地』(原書、一八八七年、論創社、二〇〇五年)と長塚節『土』(春陽堂、一九一二年)
「混住社会論」117  渡辺京二『逝きし世の面影』(葦書房、一九九八年)と久米邦武編『特命全権大使 米欧国回覧実記』(新橋堂、一八七八年)
「混住社会論」116  ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』(原書、一八八三年、論創社、二〇〇二年)
「混住社会論」115  M・M・ジンマーマン『スーパーマーケット』(経済界、一九六二年)
「混住社会論」114  『大和ハウス工業の40年』(同編集委員会、一九九五年)
「混住社会論」113  安土敏『小説スーパーマーケット』(日本経済新聞社、一九八一年)とテーラー『科学的管理法』(産業能率短期大学出版部、一九六九年)
「混住社会論」112  藤田 田『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ、一九七二年)と『日本マクドナルド20年のあゆみ』(同社、一九九一年)
「混住社会論」111  ジョージ・リッツア 『マクドナルド化する社会』(早稲田大学出版部、一九九九年)
「混住社会論」110  藤原伊織『名残り火』(文藝春秋、二〇〇七年)
「混住社会論」109  ピエール・ブルデュー『住宅市場の社会経済学』(藤原書店、二〇〇六年)と矢崎葉子『それでも家を買いました』(大田出版、一九九〇年)
「混住社会論」108  庄野潤三『夕べの雲』(講談社、一九六五年)
「混住社会論」107  宮部みゆき『理由』(朝日新聞社、一九九八年)
「混住社会論」106  黄 春明『さよなら・再見』(めこん、一九七九年)
「混住社会論」105  日影丈吉『内部の真実』(講談社、一九五九年)
「混住社会論」104  ウェイ・ダーション『セデック・バレ』(マクザム+太秦、二〇一一年)
「混住社会論」103  松本健一『エンジェル・ヘアー』(文藝春秋、一九八九年)
「混住社会論」102  村上春樹『羊をめぐる冒険』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」101  赤坂真理『ヴァイブレータ』(講談社、一九九九年)
「混住社会論」100  中上健次『日輪の翼』(新潮社、一九八四三年)
「混住社会論」99  多和田葉子『犬婿入り』(講談社、一九九三年)
「混住社会論」98  本間洋平『家族ゲーム』(集英社、一九八二年)
「混住社会論」97  黒岩重吾『現代家族』(中央公論社、一九八三年)
「混住社会論」96  近藤ようこ『ルームメイツ』(小学館、一九九七年)
「混住社会論」95  鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ』(角川文庫、一九八五年)
「混住社会論」94  山田太一『岸辺のアルバム』(東京新聞社、一九七七年)
「混住社会論」93  小島信夫『抱擁家族』(講談社、一九六五年)と『うるわしき日々』(読売新聞社、一九九七年)
「混住社会論」92  佐藤洋二郎『河口へ』(集英社、一九九二年)
「混住社会論」91  佐藤泰志『海炭市叙景』(集英社、一九九一年)
「混住社会論」90  梶山季之『夢の超特急』(光文社カッパノベルス、一九六三年)
「混住社会論」89  岩瀬成子『額の中の街』(理論社、一九八四年)
「混住社会論」88  上林暁『武蔵野』(現代教養文庫、一九六二年)島田謹介『武蔵野』(暮しの手帖社、一九五六年)
「混住社会論」87  徳富蘆花『自然と人生』(民友社、一九〇〇年)と『みみずのたはこと』(新橋堂、一九〇七年)
「混住社会論」86  佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮社、一九一九年)と『都会の憂鬱』(同前、一九二三年)
「混住社会論」85  『東京急行電鉄50年史』(同社史編纂委員会、一九七二年) 『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」84  『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」83  谷崎潤一郎『痴人の愛』(改造社、一九二五年)
「混住社会論」82  三浦朱門『武蔵野インディアン』(河出書房新社、一九八二年)
「混住社会論」81  大岡昇平『武蔵野夫人』(講談社、一九五〇年)
「混住社会論」80  国木田独歩『武蔵野』(民友社、一九〇一年)
「混住社会論」79  水野葉舟『草と人』(植竹書院、一九一四年、文治堂書店、一九七四年)
「混住社会論」78  小田内通敏『帝都と近郊』(大倉研究所、一九一八年、有峰書店、一九七四年) 『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」77  『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」76  『宝塚市史』(一九七五年)と『阪神間モダニズム』(淡交社、一九九七年)
「混住社会論」75  小林一三『逸翁自叙伝』(産業経済新聞社、一九五三年)と片木篤・藤谷陽悦・角野幸博編『近代日本の郊外住宅地』(鹿島出版会、二〇〇〇年)
「混住社会論」74  柳田国男『明治大正史世相篇』(朝日新聞社、一九三一年)と山口廣編『郊外住宅地の系譜』(鹿島出版会、一九八七年)
「混住社会論」73  柳田国男『都市と農村』(朝日新聞社、一九二九年)
「混住社会論」72  内務省地方局有志『田園都市と日本人』(博文館一九〇七年、講談社一九八〇年)
「混住社会論」71  ローラン・カンテ『パリ20区、僕たちのクラス』(ミッドシップ、二〇〇八年)とフランソワ・ベゴドー『教室へ』(早川書房、二〇〇八年)
「混住社会論」70  マブルーク・ラシュディ『郊外少年マリク』(集英社、二〇一二年)
「混住社会論」69  『フランス暴動 階級社会の行方』(『現代思想』二〇〇六年二月臨時増刊、青土社)
「混住社会論」68  ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(草思社、一九九五年)
「混住社会論」67  パトリック・モディアノ『1941年。パリの尋ね人』(作品社、一九九八年)
「混住社会論」66  ジャン・ヴォートラン『グルーム』(文春文庫、二〇〇二年)
「混住社会論」65  セリーヌ『夜の果ての旅』(原書一九三二年、中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」64  ロベール・ドアノー『パリ郊外』(原書一九四九年、リブロポート、一九九二年)
「混住社会論」63  堀江敏幸『郊外へ』(白水社、一九九五年)
「混住社会論」62  林瑞枝『フランスの異邦人』(中公新書、一九八四年)とマチュー・カソヴィッツ『憎しみ』(コロンビア、一九九五年)
「混住社会論」61  カーティス・ハンソン『8Mile』(ユニバーサル、二〇〇二年)と「デトロイトから見える日本の未来」(『WEDGE』、二〇一三年一二月号)
「混住社会論」60  G・K・チェスタトン『木曜の男』(原書一九〇八年、東京創元社一九六〇年)
「混住社会論」59  エベネザー・ハワード『明日の田園都市』(原書一九〇二年、鹿島出版会一九六八年)
「混住社会論」58  『日本ショッピングセンターハンドブック』と『イオンスタディ』(いずれも商業界、二〇〇八、〇九年)
「混住社会論」57  ビクター・グルーエン『ショッピングセンター計画』『都市の生と死』(いずれも商業界、一九六九、七一年)
「混住社会論」56  嶽本野ばら『下妻物語』(小学館、二〇〇二年)
「混住社会論」55  佐伯一麦『鉄塔家族』(日本経済新聞社、二〇〇四年)
「混住社会論」54  長嶋有『猛スピードで母は』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」53  角田光代『空中庭園』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」52  宮沢章夫『不在』(文藝春秋、二〇〇五年)
「混住社会論」51  吉本由美『コンビニエンス・ストア』(新潮社、一九九一年)と池永陽『コンビニ・ララバイ』(集英社、二〇〇二年)
「混住社会論」50  渡辺玄英『海の上のコンビニ』(思潮社、二〇〇〇年)
「混住社会論」49  いがらしみきお『Sink』(竹書房、二〇〇二年)
「混住社会論」48  佐瀬稔『金属バット殺人事件』(草思社、一九八四年)と藤原新也『東京漂流』(情報センター出版局、一九八三年)
「混住社会論」47  山本直樹『ありがとう』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」46  重松清『定年ゴジラ』(講談社、一九九八年)
「混住社会論」45  ジョン・ファウルズ『コレクター』(白水社、一九六六年)
「混住社会論」44  花村萬月『鬱』(双葉社、一九九七年)
「混住社会論」43  鈴木光司『リング』(角川書店、一九九一年)
「混住社会論」42  筒井康隆『美藝公』(文藝春秋、一九八一年)
「混住社会論」41  エド・サンダース『ファミリー』(草思社、一九七四年)
「混住社会論」40  フィリップ・K・ディック『市に虎声あらん』(平凡社、二〇一三年)
「混住社会論」39  都築響一『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、一九九七年)
「混住社会論」38  小林のりお と ビル・オウエンズ
「混住社会論」37  リースマンの加藤秀俊 改訂訳『孤独な群衆』(みすず書房、二〇一三年)
「混住社会論」36  大場正明『サバービアの憂鬱』(東京書籍、一九九三年)
「混住社会論」35  ジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』(C-Cヴィクター、一九七八年)
「混住社会論」34  エドワード・ホッパーとエリック・フィッシュル
「混住社会論」33  デイヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』(松竹、一九八六年)
「混住社会論」32  黒沢清『地獄の警備員』(JVD、一九九二年)
「混住社会論」31  青山真治『ユリイカ EUREKA』(JWORKS、角川書店、二〇〇〇年)
「混住社会論」30  三池崇史『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(大映、一九九五年)
「混住社会論」29  篠田節子『ゴサインタン・神の座』(双葉社、一九九六年)
「混住社会論」28  馳星周『不夜城』(角川書店、一九九六年)
「混住社会論」27  大沢在昌『毒猿』(光文社カッパノベルス、一九九一年)
「混住社会論」26  内山安雄『ナンミン・ロード』(講談社、一九八九年)
「混住社会論」25  笹倉明『東京難民事件』(三省堂、一九八三年)と『遠い国からの殺人者』(文藝春秋、八九年)
「混住社会論」24  船戸与一「東京難民戦争・前史」(徳間書店、一九八五年)
「混住社会論」23  佐々木譲『真夜中の遠い彼方』(大和書房、一九八四年)
「混住社会論」22  浦沢直樹『MONSTER』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」21  深作欣二『やくざの墓場・くちなしの花』(東映、一九七六年)
「混住社会論」20  後藤明生『書かれない報告』(河出書房新社、一九七一年)
「混住社会論」19  黒井千次『群棲』(講談社、一九八四年)
「混住社会論」18  スティーヴン・キング『デッド・ゾーン』(新潮文庫、一九八七年)
「混住社会論」17  岡崎京子『リバーズ・エッジ』(宝島社、一九九四年)
「混住社会論」16  菊地史彦『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、二〇一三年)
「混住社会論」15  大友克洋『童夢』(双葉社、一九八三年))
「混住社会論」14  宇能鴻一郎『肉の壁』(光文社、一九六八年)と豊川善次「サーチライト」(一九五六年)
「混住社会論」13  城山三郎『外食王の飢え』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」12  村上龍『テニスボーイの憂鬱』(集英社、一九八五年)
「混住社会論」11  小泉和子・高薮昭・内田青蔵『占領軍住宅の記録』(住まいの図書館出版局、一九九九年)
「混住社会論」10  ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(河出書房新社、一九五九年)
「混住社会論」9  レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(早川書房、一九五八年)
「混住社会論」8  デイヴィッド・ハルバースタム『ザ・フィフティーズ』(新潮社、一九九七年)
「混住社会論」7  北井一夫『村へ』(淡交社、一九八〇年)と『フナバシストーリー』(六興出版、一九八九年)
「混住社会論」6  大江健三郎『万延元年のフットボール』(講談社、一九六七年)
「混住社会論」5  大江健三郎『飼育』(文藝春秋、一九五八年)
「混住社会論」4  山田詠美『ベッドタイムアイズ』(河出書房新社、一九八五年)
「混住社会論」3  桐野夏生『OUT』後編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」2  桐野夏生『OUT』前編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」1