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古本夜話701 『東亜連盟』と育生社

 前回の東亜協会が北支事変と同時に創立された華北協会の後身で改称されたこと、また同時期に、石原莞爾や宮崎正義たちによって思想運動団体としての東亜連盟が結成されたことを既述しておいた。

 東亜連盟は『日本近現代史辞典』に立項されているので、それを要約してみる。東亜連盟というタームは「王道楽土・五属協和」のスローガンを掲げた満洲国協和会の発足以来、広く普及するものなっていた。その一方で、石原は中国ナショナリズムの高揚を見て、東亜連盟を結成し、日支関係を改善するしかないと唱え始めた。そして昭和十四年に代議士木村武雄を理事長として東亜連盟を発足させ、国防の共同、経済の一体化、政治の独立の三原則を掲げ、東亜連盟論を展開し、機関誌『東亜連盟』を発行するに至った。

 この『東亜連盟』の昭和十四年十月に出された創刊号を入手している。ただこれは昭和五十六年に石原莞爾全集刊行会によって復刻され、大阪の大湊書房から刊行されたものである。「月刊」の「新秩序建設の指導雑誌」と謳われ、表一、二、四に「祝発刊」の満洲重工業開発、日本発送電鉄、南満洲鉄道株式会社の一ページ広告が寄せられている。『東亜連盟』はA5判、一四五ページからなり、「創刊の辞」は編集兼発行人である木村武雄によるもので、東亜問題を扱う出版物は多いが、東亜連盟主張に基づく新秩序建設を主張するのは同誌が嚆矢だとの言が見える。

 木村は山形県から衆議院議員となり、中野正剛の東方会を経て、石原の東亜協会に所属し、東条政権に抗したとされる。私などにとっては戦後の田中角栄内閣にあって、建設大臣や国家公安委員長を務め、ロッキード事件に際して、田中逮捕は指揮権発動により阻止すべきだと発言した政治家として記憶に残っている。

 この木村のことはさておき、『東亜連盟』創刊号の主たる論稿を挙げてみる。

*宮崎正義 「東亜連盟運動の基調」
*里見岸雄 「王道は果たして皇道に非ざるか」
*中山優 「新秩序の東洋的性格」
*金子定一 「東亜大民族主義の政治団体を樹てよ」
*神田孝一 「欧州動乱と新秩序運動下の外交原則」
*内田藤雄 「欧州戦乱とソ連の政策」
*田中惣五郎 「日支提携失敗史(一)」
*石原莞爾 「ナポレオンの対英戦争」

  
 「編輯後記」も述べているように、日満財政経済研究会長の宮崎、建国大学教授の中山、日本文化学研究所長の里見の論文も「本誌創刊の雄篇」と呼べるかもしれないが、やはり特筆すべきは「特別寄稿」と銘打たれた巻末の石原の「ナポレオンの対英戦争」だといっていいだろう。彼は日本が支那に対して長期戦を行なっていることに対し、この日支事変がナポレオンの対英戦争と比較的に似ていると指摘し、次のように述べている。すべてに傍点が付されているけれど、これは外す。

 日支事変を古い戦争に求めればナポレオンの対英戦争であり、ナポレオンは日本の立場にあります。今度の戦争も、その智脳的敵は英国であります。英国は実力を持たないかはりに旨く外力を使ふ。さうしてナポレオンに対するヨーロッパ大陸に支那が使はれてゐるのであります。申上げる迄もなくあの欧米の搾取経済から日支共に救はれなければならぬといふことはわかりきつたことであります。又日本の東亜新秩序建設といふスローガンはあの停頓としてゐる支那の社会情勢を打破つて、本当に新らしい政治革命を完成してやらうといふことで、それが我々の気持であります。

 そしてこのような状況において、日本はナポレオンのフランスと異なり、「天皇を中心として億兆一心、最後迄団結を守つて行く国」で、「確固たる満洲国との同盟」を構築している。それゆえに日本による「東亜新秩序の建設というスローガン」が提出されなければならないのだということになろう。

 『石原莞爾全集』は未見だが、たまいらぼ版『石原莞爾選集』全10巻は架蔵していて、その第6巻は『東亜連盟運動』に当てられ、『東亜連盟綱領』『東亜連盟建設要綱』『東亜連盟運動』が収録されている。それらを読むと、石原が生涯にわたって取り組み、最盛期には二十万人以上の会員を擁したという東亜連盟の実体が浮かび上がってくる。また桂川光正の「東亜連盟運動史」に収録された「協会設立時の主要メンバー」表は、先述の『東亜連盟』寄稿者の他に、満洲の柔道家、政治家や東方会会員、日本農民連盟や国内の大学人たちも挙がっていて、その広範な人脈を想起させる。
東亜連盟運動(『石原莞爾選集』第6巻)

 それを目にして、『東亜連盟』の発売所が育生社であることが了承できるように思われた。この出版社に関する詳細は不明だが、本連載594と595で、伊藤書店の創業者伊藤長夫が育生社出身だと記しておいた。育生社の出版物は『東亜連盟』所収の広告から、尾佐竹猛『日本憲法制定史要』、グスタフ・アマン、高山洋吉訳『支那農民戦争』がわかる。後者はドイツの支那研究家によるもので、『現代支那史』第五巻とされる。また育生社と神田区錦町の住所を同じくすることからすれば、二宮尊徳翁全集刊行会も兼ねていたようで、『要説二宮尊徳新撰集』全六巻の広告も掲載されている。

 このような出版物の組み合わせは東亜連盟の会員たちの多様性の一端を示していることになろうし、それもあって東亜連盟協会を発行所とする『東亜連盟』は、育生社から発売されたと思われる。


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