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出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話637『綜合ヂャーナリズム講座』1

続けて内外社にふれてきた。その『綜合ヂャーナリズム講座』は全巻にわたって、「ヂャーナリズム総論」「新聞ヂャーナリズム」「雑誌ヂャーナリズム」「出版ヂャーナリズム」を柱とする構成を採用し、近代出版史を考える上でも見逃せない論考が多く寄せられている。それに『同講座』は大宅壮一が企画しただけあって、最初のまとまった出版をめぐる講座といっていいし、ここでしか見られない寄稿者たちもいる。ただ当初は「雑誌」と「出版」の論稿の執筆者とタイトルだけをリストアップし、アンソロジー的一覧を提示するにとどめるつもりでいた。だがその内容に関しても言及すべきものも含まれているので、やはり一巻ずつ見ていったほうがいいのではないかと思い直し、そのようにたどってみることにする。

それらには昭和初期円本時代後の雑誌と書籍をめぐる出版状況がダイレクトに反映されているし、出版者、編集者、研究者などの多様な証言も見られると同時に、大正時代を通じて形成された出版市場の問題も浮かび上がってくるからだ。

それを『綜合ヂャーナリズム講座』第一巻から抽出してみると、次の三編が挙げられる。

 1 山田清三郎 「プロレタリア雑誌の編輯」
 2 宮島新三郎 「現代文藝評論界の人々とその傾向」
 3 下中弥三郎 「日本出版界の現勢」

1の山田は明治二十九年生まれのプロレタリア作家で、その論考はプロレタリア雑誌、とりわけ彼が編輯に関係してきた『戦旗』を中心としている。『戦旗』は「主として芸術を中心とする大衆的な宣伝扇動雑誌」とされ、『ナップ』や『少年戦旗』と同様に、戦旗社からの刊行で、その編輯の内実が語られている。

2の宮島は本連載555で言及しているのでプロフィルは省略する。彼の論考は昭和五年時における現代文芸評論界とジャーナリズムの概観である。それは従来のブルジョワ文芸批評と、プロレタリア文学の台頭に伴うプロレタリア文芸批評に分けられる。前者の陣営にあるのは川端康成、中河与一、久野豊彦、阿部知二、小林秀雄などで、後者は平林初之輔、青野季吉、大宅壮一、蔵原惟人、木村毅、江口渙、鹿地亘、中野重治、勝本清一郎たちである。さらにこれらの両陣営に属さない人々として、千葉亀雄、新居格、中村武羅夫、正宗白鳥、広津和郎たちが挙げられ、彼らの文芸評論が概観されていく。

1 にしても 2 にしても、もはや九十年近く前のことなので、雑誌、及び文学と文芸評論状況も大きく異なっていることは歴然である。それに対して、3 の平凡社の社長の下中弥三郎の日本出版界についての論考を見てみる。下中はまず量から見て、日本の書籍は新刊点数一万二千種に及び、世界一といわれる英国の一万三千点と比べても、それに近い点数であり、さらに雑誌が五百数十種加わることからすれば、世界一の出版量となるかもしれないとする。次にそれを質から見て、左翼出版、エログロという猟奇物、暴露文学と怪奇探偵小説の流行を指摘し、文化の保存、研究の補翼、社会の便宜のための理想の出版と時の流行に投ぜんとする営利の出版にふれ、両者の両立の困難に言及し、「出版者の三つの型」を挙げ、次のように述べている。

 斯様な見方からすると、出版者には凡そ次の三者を区別することが出来る。
 一、営業本位で時流に投ずるものゝみを出版し、その出版物の社会的意義を顧みざるもの。
 二、学術的専門的に一定の読者を予想し、その範囲内にて算盤をはぢき、大した利益もないが、損はせず、而も、出版意義において欠くるところなきものを出版せんとするもの。
 三、独創的な新発見を含む出版物を超営利的に世に紹介する一方、これなら必ず有利なりと思ふ世俗的出版物をも出版し、彼是相補ひつゝ営業的に失敗せざらんとするもの。
の三種となる。
 出版業者として最も困難な而もそれだけ意義深きは第三類の型である。

つまり下中はここで「第三類の型」に出版の現在を求め、それを実行しているのが平凡社だと語っていることになる。
しかしそれに続けて、下中は円本全集流行の反動を受けての「出版受難時代」の到来にふれている。これもその生々しい言を引いてみる。

 (前略)何れの出版社も経済的に四苦八苦の中にあるところ(中略)、本の売れないこと夥しい。何れの年でも夏期は返品が多いのだが、ことに本年夏期の返品は夥しい。ある出版社では九州の大取次へ九千円の請求を出したのに一千円きり送金がない。これはヒドイと電報を打つたすぐ後から六千余円の返品仕切が到着したので青くなつたといふ。そんな話はザラにある。単行本二千出版して三百位しか金にならなかつたといふやうな例はいくらもある。(………)

これだけでなく、さらに返品の釣瓶打ち、不景気による読者の減少、出版流通、販売システムの問題、「いつの間にやら、返本が自由になつてしまつた」予約出版の崩壊、返品在庫の処理なども語られ、それらはすべて現在の出版状況とも重なっていることになる。

1と2はまったく変わってしまったが、3はそのまま現在と同じで、それはまったく変わらない問題としてつながり、出版業界の問題は九十年前から解決されずに続いていたことを教えてくれる。

なお『綜合ヂャーナリズム講座』日本図書センターから平成十六年に復刻されている。
 総合ジャーナリズム講座(復刻版)


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