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古本夜話681 堀真琴と『世界全体主義大系』

前々回の室伏高信の『戦争私書』の中に堀真琴への言及がある。この堀に関しては『現代人名情報事典』に立項を見出せるので、まずはそれを引いておく。
戦争私書(中公文庫版) 現代人名情報事典

 堀真琴 ほりまこと 
政治家(生)宮城1898・5・24‐980・1・16
(学)1923東京帝大政治学科、大学院政治学専攻(経)1925慶應義塾大学講師、26法政大学教授、47社会党参議院議員(当選2回)、48芦田内閣の予算案に反対して脱党、労農党結成に参加、中央執行委員、他に愛知学院大法学部教授、中央労働学院院長、世界経済研究所理事(著)《現代独裁政治論》《国家論》

室伏はこの堀が、かつて本連載611や613のゾンバルトの研究をしていたが、戦争中には平野義太郎が『ドイツ国家学全集』の責任編集者だったように、『国家学全集』で同じ役割を務め、自分もこの全集に寄稿を頼まれたが断ったと述べている。さらに丸ビルにあった堀の事務所名が、戦前は「南洋事情研究所」だったのが「アメリカ研究所」に変わっていたことにもふれ、「戦後ちゃきちゃきの左翼人が戦争中に何をしていたか」を問うている。室伏は公職追放にあったのに、彼らはそうならず、堀は「たった一晩で」「南洋からアメリカへ」向かったのだ。

 それはさておき、堀の『国家学全集』とは白揚社の『世界全体主義大系』をさしているのではないだろうか。これも本連載582で取り上げているが、室伏のいう『ドイツ国家学全集』は『新独逸国家大系』のことであるし、『国家学全集』も間違えている可能性が高いからで、『世界全体主義大系』も同じ昭和十四年に刊行されている。ただ『国家学全集』は当然かもしれないにしても、『世界全体主義大系』は書誌研究懇話会編『全集叢書総覧新訂版』にも掲載されていない。

 ところが幸いなことに、立正大学図書館印のある、その第二巻を入手し、その全十二巻の明細が判明したので挙げてみる。

 1 アルフレッド・ローゼベルグ 『ナチスの基礎』 (加田哲二監訳)
 2 フリードリッヒ・フォン・ゴットル=オットリリエンフェルト 『民族・国家・経済・法律』 (金子弘訳)
 3 エルンスト・ルドルフ・フーパー 『ナチス憲法論』 (田端忍、大石義雄訳)
 4 カール・シュミット 『国家・議会・法律』 (堀真琴、青山道夫訳)
 5 オトマール・シュパン 『社会哲学』 (秋澤修二訳)
 6 アダム・ミューラ 『協同体の精神』 (堀真琴訳)
 7 ベニト・ムッソリー 『資本主義から組合国家へ』 (秋澤修二訳)
 8 ジョヴァンニ・ジェンティーレ 『純粋行為としての精神』 (三浦逸緒訳)
 9 ヴイルフレッド・パレート 『社会学大綱』 (井伊玄太郎訳)
 10 ウォールタア・リップマン 『自由と全体主義』 (服部辨之助訳)
 11 ソースタン・ヴェブレン 『資本主義批判』 (橋本勝彦訳)
 12 ミード 『社会的行動主義』 (三隅一成訳)


このうちの4と6の訳者として堀の名前があることからすれば、室伏のいう『国家学全集』とは『全体主義大系』だと考えてもいいように思われる。しかしこのラインナップを見てみると、11のヴェブレンはこれも本連載536で言及しているように、全体主義とは異なるし、10は『世論』(掛川トミ子訳、岩波文庫)のリップマン、12はマーガレット・ミードであろうし、いずれも全体主義の側に置くには不適切な選択ではないだろうか。
世論

 「『全体主義大系』発刊の辞」によれば、全体主義はドイツやイタリアだけの問題ではなく、「二十世紀における一つの巨大なる思想の潮流」で、『同大系』は世界的規模で現代の全体主義的思想を捉えようとするものである。現在は従来の個人主義、自由主義、民主主義が国内外において、社会、経済、政治、文化のすべての面で破綻をきたしている。その一方で、共産主義はプロレタリア独裁を主張しているが、全体主義は民族と国家に基づき、現代の行き詰まりを解決せんとしている。そして日本は「現在、新東亜建設途上」にあり、「日本自身の、しかも世界史的普遍的意義をもつた全体主義の思想を合理的に発展させ、体系化してゆくことの必要なる」が宣言されているのである。

これは「刊行者識」とあるだけで、無記名だけれど、企画編集者が書いたと見なしていいだろう。とすれば、この「発刊の辞」も堀の手になると推測できる。また5 のシュパン『社会哲学』の訳者秋澤修二は同じ著者の『全体主義の原理』も刊行し、それは巻末広告に掲載されている。秋澤は『近代日本社会運動史人物大事典』に立項され、唯物論研究会の幹事を務めていたが、転向したのち、全体主義に関する論文を発表するようになり、やはり白揚社からの『科学的精神と全体主義』(昭和十五年)も刊行されている。堀も先の立項には記されていないが、唯物論研究会の一員だったようで、彼もまた転向し、全体主義へと向かっていったことになる。これらのことを考えてみると、本連載115で既述した白揚社ともども、左翼から転向した人物たちが動員され、『世界全体主義大系』が編まれたということになろうか。
近代日本社会運動史人物大事典


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