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古本夜話685 村田利明『早瀬』と川瀬清『アララギ叢書解題』

やはり前々回の古今書院の橋本福松の立項の中に、詩歌物も出版したという記述があった。その詩歌物を二冊ばかり入手していて、それらはいずれも歌集で、斎藤茂吉『寒雲』(昭和十五年)、村田利明『早瀬』(同十六年)である。

後者の巻末には斎藤茂吉土屋文明編輯、「創刊三十年」月刊短歌雑誌『アララギ』(アララギ発行所)の一ページ広告が掲載され、発売所は岩波書店となっていた。それに続いて、古今書院の「万葉集叢書」、岩波書店改造社古今書院などの「アララギ関係書目録」、また「アララギ叢書目次」も収録されていた。「同目次」は絶版、品切、近刊も含めて第八十八編に及び、村田の『早瀬』はその第八十七編に当たることを知らされた。

村田の「あとがき」により、その歌人歴と『アララギ』同人であることもわかるが、彼は『日本近代文学大事典』にも立項されているので、それを引いたほうがいいだろう。

日本近代文学大事典
 村田利明 むらた りめい 明治二九・一二・二五〜(1896〜)歌人。東京生れ。本名利明(としあき)。明治大学卒。出版編集等に従う。大正十二年アララギに入会し島木赤彦に師事。昭和二八年同誌を離れ、以後「川波」「やちまた」などに拠った。現在白塔短歌会を主宰。師の詠風を継承し、戦後の日常吟には孤高の心懐を寄せたものが多い。歌集に『早瀬』(昭和十六・七 古今書院)『昆虫』(昭和三二・八)『立像』(昭和四八・一二 白塔短歌会)など十数冊がある。

これで村田が処女歌集『早瀬』を「アララギ叢書」の一冊として刊行した事情がわかる。しかし茂吉の『寒雲』は『早瀬』の前の刊行にもかかわらず、「アララギ叢書目次」には並んでいなかったこと、またそれらが先の「アララギ関係書目録」と異なり、同じ「叢書」なのに発行所が岩波書店改造社古今書院春陽堂アララギ、墨水書房と分散していることなどに関しては不明のままだった。もちろんそれらの多くは岩波書店で占められていたのであるのだが。

ところがしばらくして浜松の時代舎で、川瀬清の『アララギ叢書解題』に出会った。平成十二年に短歌新聞社から刊行された一冊で、著者のサインがあり、浜松の出身ゆえに販売を委託されたということだった。その「『序』にかえて」は他ならぬ紅野敏郎によるもので、川瀬が「日本一の近代短歌に関する書物収集家だ」とする書誌学者の原山喜亥の言を引き、「アララギ叢書」は「近代短歌史のひとつの中軸というべきシリーズ」と記し、川瀬の仕事について次のように述べている。


 「アララギ」という結社の歴史は、直接実物の「アララギ」を繰り、歌人個々の歌集を眺めるとともに、「アララギ叢書」として世に送り出された全体像を把握することが一番の基礎作業なのである。書誌とそれに伴っての解題は、本があればだれでも出来るというものではない。本の内容を捉えつつ、その外装を適確に記述せねばならず、それには普通のコレクターの領域を越えた、いわば史眼ともいうべき見識が必要なのである。

実際に川瀬の『アララギ叢書解題』に目を通していくと、まさにこの一冊が紅野の見解を体現したものだとわかる。サブタイトルの「近代歌集の書誌的探索」に則り、「アララギ叢書」の第一篇の久保田柿人、中村憲吉『馬鈴薯の花』(東雲堂、大正二年)から第一五五篇の斎藤茂吉『つきかげ』岩波書店、昭和二十九年)までをリストアップし、未刊、欠番なども明記し、初版刊行されたものは百三十八篇百五十冊になるという。
つきかげ

そしてそれらの一冊ずつが書影入りで示され、それぞれの発行、体裁、内容、異版、例歌が紹介されていく。そこにはもちろん村田の『早瀬』も含まれている。また出版社に関しても、先述の他に八雲書林、羽田書店、中央公論社第一書房青磁社、創元社、開成館、新星書房、千日書房、養徳社、白玉書房、角川書店、要書房、比牟呂社、文谷書房などが新たに加わっているとわかる。しかしこれは無理もないことだが、そうした版元事情についてはふれられていない。

茂吉の『寒雲』もやはり、「無番号」の「アララギ叢書」の一冊だったことが、終章の「太平洋戦争期及び戦後占領期追補」のところで明かされている。そこに掲載されている「斎藤茂吉本格歌集(初版)一覧」によれば、戦前から戦後にかけての茂吉の歌集は『赤光』(東雲堂、大正二年)から『つきかげ』までの十七冊に及び、そのうちの『寒雲』『暁紅』岩波書店、昭和十五年)は「無番号」で出されている。もう一冊の「無番号」は岡麓の『涌井』(白玉書房、昭和二十三年)であるが、これらの三冊がどうして「無番号」で出されたのかは説明されていない。
涌井

ちなみにここで白玉書房のことにふれておけば、本連載392、393で既述しておいたように、八雲書林と青磁社も含め、これらの編集者だった鎌田敬止と『アララギ』の関係から、版元として選ばれたと思われる。

ここで茂吉の『寒雲』の一首を引き、この一文を閉じることにしよう。

   わがあゆみ立ちどまりたる茄子畑   老いのいのちをしばし楽しむ

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