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古本夜話805 小杉未醒『漫画一年』と独歩

 これは本連載801の吉江孤雁『緑雲』や同803の国木田独歩『欺かざるの記』後篇を入手する半年ほど前のことだが、やはり浜松の時代舎で小杉未醒の『漫画一年』を購入している。これは明治四十年に編纂兼発行者を戸田直秀とし発行所を佐久良書房として刊行されている。前者の住所は東京府荏原郡品川町、後者は京橋区銀座三丁目である。

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 明治四十二年の『欺かざるの記』後篇の奥付を見ると、発行所は佐久良書房、住所は神田区富山町とされているので、この版元表記と住所の異同は何に起因しているのだろうか。前々回も書いたように、現在でもそれが解明できていない。それでも小杉が独歩社の社員で、その『新古文林』に漫画を描き、それをまとめて一冊にしたのが『漫画一年』に他ならないこともあり、続けて書いておくべきだろう。

 また小杉は『新潮社四十年』にも記されているように、独歩の療養費の援助を目的として、「自然派の評論家、作家ばかり」二十八人の作品を集め、田山花袋、小栗風葉編で『二十八人集』(明治四十一年四月)が刊行された際に、その挿画を担当している。新潮社はこの本によって、病床の独歩を歓ばせただけでなく、「文芸書肆として立つの方針と基礎を得た」とされる。それに続いて、こちらは独歩死後だが、『病床録』(同年七月)も出され、同書にもよく知られた病床に伏せる独歩と夫人を描いた挿画を寄せている。

二十八人集 (『二十八人集』)

 それらのことに加え、『漫画一年』に「序」を寄せているのは独歩で、三百六十に及ぶ漫画にそれぞれ一文を寄せているのは、独歩や小杉の他に蒲原有明、武林磐雄(無想庵)、坂本紅蓮洞、吉江孤雁、小島烏水、窪田空穂、河名酔名などの独歩社関係者の総出演といっていいほどで、やはりここで取り上げておくしかない。『新古文林』に関しては『日本近代文学大事典』にほぼ一ページに及ぶ解題があるので、そちらを参照してほしい。『漫画一年』の古書価は一万円だったけれど、このような内容を詳細に確認してみると、むしろ安いようにも思われてくる。

 まずは独歩の「序」を引いてみる。明治三十九年という時点において、独歩という文学者がここまで漫画と漫画家を評価しているのは珍しいし、もはや読まれることもないと思われるので、全文を紹介しよう。

 小杉君の漫画は何時見ても面白い、自分は小杉君の漫画に深い興味を持て居るのである。此の一冊に集めた三百以上の中には平凡なものもあるらしいが、概して上出来で、傑作も少くない。自分は其傑作に対し、黙して熟視して居ると、我知らず涙を催して来るのがある。
 難を言へばイクラもあるだらう、小杉君は未だ三十になるにすら四五年かゝる若い人だ、やんちやも、高慢気も、奇を弄する事も、駄洒落も、或は怪しげな禅味も、悉く画に現はれて居るだらう、然し、それが我が小杉君に於いて何か在らんやと、失礼乍ら自分は何時も思て居る。天稟の美しい、高い情想と屈せず撓まざる彼の剛邁の気とが百錬千錬された曉、我が画界に不朽の人を見るに至る事を自分は切に望むのである。そして此希望の決して空しからないことを自分は信じている。

 ここに見えているのは小杉と漫画感だけでなく、雑誌編集者としての独歩のセンスであり、小杉の漫画が掲載された『新古文林』を目にしていないのが、本当に残念に思える。

 さらに改造社の『国木田独歩全集』第七巻には「『漫画一年』画賛」が収録され、同書から八葉が選ばれ、それらに対し独歩が寄せた「画賛」が漫画とともに掲載されている。そのひとつを示せば、一人の男が片手にうちわを手にし、顔の上に読みかけの本を開いて寝ている漫画の下に、「右の手静に落つる時、団扇亦眠る時なり、夢うつゝの境、今こそ最も心よき時。」という独歩の一文がしたためられているのである。

 ひとつだけでは惜しいので、もうひとつ挙げておこう。それは「千丈原の秋」と題された淋しい風景に対しての独歩の一文、「『荒寥』を示すに余りに都合よく出来居るのは千丈原なり、故に余は此原を想起する毎に自然が作りたる箱庭の感あり。」が置かれている。これは『武蔵野』の対極に位置する風景として見ていることをうかがわせている。

 第七巻にはこれに続いて、小杉の文章と画を集め、一冊とした『詩興画趣』(彩雲閣、明治四十年)にも同年六月付で「序」を寄せていて、独歩の死は六月二十三日だったから、これが絶筆に近いものだったと想像される。これらの小杉の二冊の著書へ「序」を寄せていること、また先述の小杉の「独歩病臥画」や『二十八人集』の挿画を考えると、独歩の闘病入院、臨終シーンの最も近傍にいたのが、小杉に他ならなかったのではないかと思われてくる。そうした意味において、独歩こそは漫画家に看取られて亡くなった文学者だったといえるかもしれない。


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