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古本夜話843 新声社、高須芳次郎『明治大正昭和文学講話』、牧神社『江戸情調と悪の讃美』

 前回の正宗白鳥の証言によれば、『文芸評論』や『現代文芸評論』にしても、改造社の『現代日本文学全集』や春陽堂の『明治大正文学全集』の出現によって、それらの作家や作品を初めて読んだり、再読したことを通じて、あらためて書くことができたという。それは現在と異なる、大正時代と関東大震災後の書物事情や文芸市場のことを考えれば、当然のことと了解する。だがこれ燈台下暗しというか、意外な盲点でもあった。

現代日本文学全集 f:id:OdaMitsuo:20181020161036j:plain(『現代日本文学全集』)  明治大正文学全集(『明治大正文学全集』)

 迂闊なことに、円本の広範な読者の中に文学者や評論家たちを除外していて、近代出版業界における作者・出版社・取次・書店・読者という構図において、作者は作品を提供し、読者はそれを享受する関係で、作者は読者の対極に位置すると錯覚し、そのチャートを固定化していたのである。だが考えてみるまでもなく、作者こそはプロの読者ともいうべき存在で、当然のことながら、円本の最も熱心な読者だった可能性が高い。白鳥の証言はそれを裏づけていよう。

 そのことで想起されるのは、本連載839の「新日本少年少女文庫」の『日本とはどんな国か』の著者の高須芳次郎である。高須は昭和八年に新潮社から『明治大正昭和文学講話』を刊行している。これは函入、四六判上製、上下二段組五二七ページに及ぶ著作で、その「序」には「明治・大正・昭和を通じて、約六十余年に亙る文学を考察し、これを輳合大観して一つに纏める」「非常にむづかしい仕事」だが、「文学史家」として「公平無私である」ことが主眼だと述べられている。それは第一章において、明治・大正・昭和時代を「新文化の世紀及び新文学の世紀」として俯瞰し、その後の第二章から第十八章にかけての明治初期の「啓蒙運動と黎明期の文学」を始めとし、大正・昭和時代の「文芸思潮及び評論」に至るディテールは『日本近代文学大事典』によれば、先駆的で重宝な近代文学史論とされる。

 私が『明治大正昭和文学講話』で注目するのは、第十六章において「大衆文学と通俗小説」に言及していることで、とりわけ大正時代における時代小説や探偵小説の出現にふれている。それは高須が文学史だけでなく、出版史にも通じていることを示している。その事実から推測されるのは、高須が『現代日本文学全集』はもちろんのこと、平凡社の『現代大衆文学全集』も視野に収め、これらをトータルな資料ベースにして、さらにその後の作品群を読み、この著作を上梓していることである。

 同書はやはり新潮社の『日本現代文学十二講』(大正十三年)の増補版とされるが、円本時代を経たことによって、新たに俯瞰され、構築された明治・大正・昭和文学史と見なすべきだろう。それらを示唆したのは他ならぬ円本プロデューサーの一人である新潮社の佐藤義亮だと考えられるし、「序」における「本書を著述するについて、畏友佐藤義亮氏(新潮社長)が終始、著者に厚意を寄せられたことを感謝する」との言は、そのことを伝えていよう。それもそのはずで、高須こそは最初の『新声』同人でもあったのだ。
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 高須は『新潮社四十年』に「新声社時代点描』を寄せ、明治三十一年に『新声』記者となり、八年にわたり編集に従事し、それらのエピソードを「点描」しているが、ここでは佐藤の「出版おもひで話」のほうを引くべきだろう。佐藤は明治二十九年創刊の『新声』に専従するつもりで、新声社の看板を掲げ、出版専門の道をめざそうとした。

 その第一着手として尾坂から高須梅渓君(今の芳次郎氏)に来て貰うふことにした。氏は長い間『新声』の投稿家として健筆を揮つてゐた。私よりは二つ下の、当時十九歳の年少だつたが、文をよくしたばかりでなく、信頼のできる誠実の人で、社に起臥することゝなつてからは、実によく働いてくれた。小遣をいくらか渡さうとしたが、こんなに困つてゐられるのに、金を貰ふ気になれないと言つて、どうしてもとつてくれなかつた。これは今に忘れられない私の記憶である。

 また「新声社の出版は始めから商売としてやるのではなく、文壇的運動としての仕事だつた」ので、高須は『青年観』『暮雲』『遊子』、佐藤との共著『三十棒』『文壇楽屋観』を刊行している。それに加えて、本連載165で既述しているように、高須は佐藤が仕掛けた「文壇照魔鏡」事件にも連鎖していることからすれば、二人の関係は盟友に近かったと思われる。それゆえに昭和に入っても、『明治大正昭和文学講話』の執筆を支援し、「新日本少年少女文庫」の著者としても召喚したのではないだろうか。

 そうした高須と新潮社の関係はともかく、私が高須梅渓の名前を知ったのは、牧神社から出された『江戸情調と悪の讃美』(昭和五十年)によってだった。高須はここで黙阿弥の『三人吉三廓初買』『弁天娘女男白浪』、歌舞伎の『助六由縁江戸桜』、狂言の『髪結新三』などに江戸の「悪の華」と美を見出し、広末保の『もう一つの日本美』(美術出版社)に先駆けているように思われた。
f:id:OdaMitsuo:20181020160116j:plain:h120 三人吉三廓初買助六由縁江戸桜 f:id:OdaMitsuo:20181023103735j:plain:h120

 しかしこの浮世絵をカバー表紙とし、背のタイトル、著者名は濃い桃色で、三五判の牧神社らしからぬ高須の「近世文学随想」は復刻ではなく、新たに編まれたと推測されるにもかかわらず、何の解題も解説も施されていない。それもあって、誰がどのような意図で、高須の同書を送り出したのか、まったく不明なのである。それとも原本があり、それを新組みにしただけなのだろうか。だがこうした高須の近世文学への視座も、『明治大正昭和文学講話』における「大衆文学と通俗小説」に対する関心と共通しているように思える。

 その後、初版は大正七年に岡村書院からの刊行だと判明した。


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