本連載893の改造社の「大陸文学叢書」とシリーズ名が重なるものも出されている。それは本連載719などの今西錦司一統も読んでいたにちがいないシリーズで、昭和十四年から十七年にかけて、朝日新聞社から刊行された「大陸叢書」であり、『朝日新聞社図書総目録』から抽出してみる。
1 F・E・ヤングハズバンド | 筧太郎訳 | 『ゴビよりヒマラヤへ』 |
2 オウェン・ラテモーア | 西巻周光訳 | 『砂漠の蒙彊路』 |
3 ルイーズ・クレーン | 井上胤信訳 | 『支那の幌子(かんばん)と風習』 |
4 ル・フィルヒナー | 満鉄弘報課訳 | 『科学者の韃靼行』 |
5 ハリー・フランク | 満鉄弘報課訳 | 『南支遊記』 |
6 ヘンリー・ジェームズ | 満鉄弘報課訳 | 『満洲踏査行』 |
7 M・A・スタイン | 満鉄弘報課訳 | 『中央亜細亜の古跡』 |
8 ジョージ・フレミング | 満鉄弘報課訳 | 『南満騎行』 |
9 T・アトキンソン | 満鉄弘報課訳 | 『キルギスよりアムールへ』 |
このリストを作成するために、『朝日新聞社図書総目録』を見ていくと、昭和十二年七月の支那事変の勃発を受け、『週刊朝日・アサヒグラフ』臨時増刊号として、『北支事変画報』(第3輯より『支那事変画報』と改題)が出され始め、それが十五年の第35輯まで出ていたとわかる。また『支那事変画報』と併走するように、『上海・北支戦線美談』や『支那事変戦線写真』なども刊行されていたことも。それらは博文館が日清、日露戦争に際し、『日清戦争実記』や『日露戦争実記』を創刊したことを想起させる。
(『支那事変画報』)
そのような出版動向に合わせ、単行本も戦時下の色彩を強くしていく。ただ朝日新聞社の場合、『同図書総目録』が編まれ、刊行されているので、そのような戦時下における出版物を確認できるのだが、講談社や文藝春秋社はそれがないために、この時期の出版物の全貌が明らかにされていない。そうした意味合いからすれば、朝日新聞社が『同図書総目録』を編んでいることは出版史において顕彰すべきであろう。
また『同図書総目録』とセットになるかたちで、平成元年に『朝日新聞出版局50年史』を出している。それによれば、朝日新聞社に図書出版部が設置されたのは昭和十七年で、それまでは各雑誌の同人たちが出版局編集部員も兼ね、編集部長の管理下で図書の編集に従事していたことから、雑誌の増刊や別冊、雑誌から派生した図書にしても、その雑誌内部で企画編集されていた。しかし出版量が増えるにつれて、図書専任部門の設置が望まれたし、出版局独自の企画で自主的な出版を試みる必要に迫られていたのである。これは支那事変に始まる戦時下の出版事情の一端を伝えているように思われる。
『同50年史』はその支那事変以後、アジア関係書として、「朝日東亜年報」が九冊、「朝日東亜レポート」が七冊刊行されたと述べ、次のように続けている。
東亜関係の叢書としては、『大陸叢書』が著名である。オーエン・ラティモーアはじめ、西欧の学者、紀行家、植物採集家、建築家などが中国を中心とするアジア大陸各地を踏査した報告書である。満鉄弘報課の人びとの翻訳によって、三九(昭14)年から四ニ(昭17)年にわたって九巻が刊行された。今では古典的な意義をもつ東亜研究資料である。
この記述により、どのようなルートから持ちこまれたのかは不明であるにしても、「大陸叢書」が満鉄とのタイアップによって翻訳出版されたとわかる。
この「大陸叢書」を一冊だけ所持している。それは1の『ゴビよりヒマラヤへ』で、四六判上製、二四一ページの裸本である。その奥付を見ると、発行所は大阪の朝日新聞社、印刷所も同様に大阪なので、これが東京ではなく、大阪朝日新聞社に持ちこまれ、刊行された事実を教えてくれる。訳者は満鉄弘報課の筧太郎とされていることからすれば、筧の詳細なプロフィルをつかめたら、朝日新聞社とのジョイントルートも判明するからもしれないが、残念ながら人名辞典などに立項を見出せていない。
著者のヤングハズバンドは筧の「訳者序」によれば、英国人で支那及び印度の探検家として世界的存在とされる。彼は『岩波西洋人名辞典増補版』でも立項がある。それを抽出すると、インドのムレーに生まれ、初め騎兵隊に入った。そして一八八六年から八九年にかけて、満州を探検し、北京からゴビ、中央アジアを経て、インドに達している。九八年に、この満洲から北京、ゴビ、中央アジアからインドへの探検がAmong the Celestials 及びThe Heart of a Continentとして刊行された。『ゴビよりヒマラヤへ』は後書の翻訳ということになる。ヤングハズバンドはこの探検で認められ、インド政治部に移り、各地で駐在官を歴任し、チベット駐在英国代表を務めた後、英国地理学協会会長にも就任しているという。
(Among the Celestials) (The Heart of a Continent)
なお『ゴビよりヒマラヤへ』の第一章「長白山」は6のインド長官ヘンリー・ジェームズ『満洲踏査行』と重なっているようだが、それはまだ確認できていない。
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