出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル136(2019年8月1日~8月31日)

 19年7月の書籍雑誌推定販売金額は956億円で、前年比4.0%増。
 書籍は481億円で、同9.6%増。
 雑誌は475億円で、同1.2%減。その内訳は月刊誌が384億円で、同0.1%減、週刊誌は91億円で、同5.4%減。
 返品率は書籍が39.9%、雑誌は43.0%で、月刊誌は43.4%、週刊誌は41.3%。
 書籍のほうは新海誠『小説 天気の子』(角川文庫)が初版50万部で刊行された他に、東野圭吾『希望の糸』(講談社)、百田尚樹『夏の騎士』(新潮社)などの新刊が寄与している。
 雑誌は定価値上げに加えて、定期誌『リンネル』(宝島社)などが好調で、コミックは『ONE PIECE』(集英社)の新刊発売にも支えられている。
 例年は『出版年鑑』(出版ニュース社)の実売総金額も挙げてきたが、出版ニュース社が閉じてしまったので、それももはや提示できなくなってしまったことを先に付記しておこう。

小説 天気の子 希望の糸  夏の騎士  リンネル ONE  PIECE 



1.出版科学研究所による2019年上半期の紙+電子出版市場の動向を示す。

2019年上半期 紙と電子の出版物販売金額
2019年1〜6月電子紙+電子
書籍雑誌紙合計電子コミック電子書籍電子雑誌電子合計紙+電子合計
(億円)3,6262,7456,3711,133166731,3727,743
前年同期比(%)95.294.995.1127.9108.584.9122.098.9
占有率(%)46.835.582.314.62.10.917.7100.0

 前年と同様にインプレス総合研究所の18年電子書籍市場調査と合わせて言及してみる。
 出版科学研究所による19年上半期紙と電子出版物販売金額は7743億円で、前年比1.1%減。そのうちの電子出版市場は1372億円、同22.0%増で、そのシェアは17.7%、前年は16.1%。
 電子出版の内訳は電子コミックが1133億円で、同27.9%増、電子書籍が166億円で、同8.5%増、電子雑誌が73億円で、同15.1%減。
 電子コミックの3割近い伸びは海賊版サイト「漫画村」の閉鎖によるものとされる。前年に続く電子雑誌のマイナスは「dマガジン」の会員減が影響し、大幅減となった。
 電子出版市場は前年比プラス247億円だが、それは電子コミックの同247億円プラスとまったく重なる数字で、電子出版市場が電子コミック市場に他ならないことを象徴していよう。したがって今後の電子出版市場にしても、その成長は電子コミック次第ということになる。

 その一方で、インプレス総合研究所によれば、18年度の電子出版市場規模は3122億円で、前年比22.1%増。
 その内訳は電子雑誌が296億円、同6.1%減で、統計開始以来の初めての減少。電子書籍は2826億円、同26.1%増。
 電子書籍の分野別はコミックが2387億円、同29.3%増、文芸、実用書、写真集などの「文字もの等」が439億円、同10.8%増で、コミックのシェアは84.5%。

 出版科学研究所とインプレス総合研究所による電子出版市場規模は前者が上半期、後者が年間データで開きはあるのだが、電子市場のマイナス、電子コミックのシェアの高さは共通している。それゆえにインプレスの場合も、電子書籍市場は電子コミック次第ということに変わりはないといえよう。



2.『日経MJ』(7/31)の18年度「日本の卸売業調査」が出された。
 そのうちの「書籍・CD・ビデオ部門」を示す。

 

■書籍・CD・ビデオ卸売業調査
順位社名売上高
(百万円)
増減率
(%)
営業利益
(百万円)
増減率
(%)
経常利益
(百万円)
増減率
(%)
税引後
利益
(百万円)
粗利益率
(%)
主商品
1日本出版販売545,761▲5.81,026▲56.61,084▲57.5▲20912.9書籍
2トーハン416,640▲6.13,887▲12.71,819▲24.653114.3書籍
3大阪屋栗田74,034▲3.9書籍
4図書館流通
センター
45,2390.21,90715.72,117151,37818.3書籍
5日教販28,0242.44153.224512.421610.4書籍
9春うららかな書房3,465▲4.2書籍
MPD168,314▲6.9112▲73.1122▲70.8164.1CD

 日販とトーハンの決算に関しては本クロニクル134で詳述しているので、ここでは前年と同様に、決算を発表していない大阪屋栗田にふれてみる。
 それに折しも、ノセ事務所の能勢仁が『新文化』(7/25)に、「大阪屋栗田は情報発信を」という投稿をしているからでもある。能勢は大阪屋栗田のネット上の決算公告により、上記の調査表の空白を埋めるかたちで、次のように述べている。

「それによると、大阪屋栗田の売上高は740億3400万円で、前年比3.9%減である。日販やトーハンと比べて減少幅が低い。しかし、営業損失は3億6100万円、経常損失は2億7800万円、当期純損失は4億2200万円だった。
 昨年度、業界誌に大阪屋栗田の記事が載ることはほとんどなかった。役員・執行役員など14人以外、人事情報も公開されていない。取次会社はこの業界の公器で、取引書店にとっては親のようなものである。大阪屋栗田の沈黙は不安感を与えかねない。」

 
 さらに続けて、大阪屋栗田が書店に促進しているのは楽天ポイントキャンペーンが主で、それより重要な品揃えや接客といった読者ニーズ、来店動機への取り組みが欠けているのではないかとの疑念も発せられている。
 だが現在の大阪屋栗田には、かつて大阪屋や栗田が備えていた書店経営勉強会促進といった機能を望むことは不可能であろう。大阪屋栗田は書店の取次というよりも、もはや当然のことだが、ネット企業楽天の傘下取次の色彩が強くなっている。
 現在の出版状況において、「大阪屋栗田の沈黙は不安感を与えかねない」と能勢は書いているけれど、それは日販やトーハンも同様であろう。
 前回、文教堂GHDの「事業再生ADR手続き」やフタバ図書の長期にわたる粉飾決算などに言及したが、日販は沈黙を守っているに等しいし、それは新聞や経済誌にしても同じだ。トーハンもそうした書店を抱えているにもかかわらず、こちらも何も発信していない。
 しかし19年の書店売上と閉店状況を見る限り、書店市場は多くが赤字に陥っていると考えざるを得ない。そのバブル出店のつけを取次は清算することができるであろうか。
 なお中央社の決算が発表された。売上高212億円、前年比2.1%減で、減収減益の決算。

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3.『新文化』(7/25)が「TSUTAYA『買切仕入れ』の狙い」との見出しで、同社取締役でBOOKカンパニーの鎌浦慎一郎社長、内沢信介商品部長の話を掲載している。
 

 本クロニクル134で、TSUTAYAの買切に関して、詳細がはっきりせず、現在のようなTSUTAYA状況の中での疑問を呈しておいた。そうした見解はこの一面特集を読んでも変わらないけれど、ここで示されたデータからTSUTAYAの現在を観測してみる。
 本クロニクル133でTSUTAYAの18年度、書籍・雑誌販売金額が過去最高額になったことを既述しておいたが、その店舗数は不明だった。この記事には18年末の直営店、FC店合わせて835店、販売金額は1347億円とある。これまでのTSUTAYAの年間販売金額に関しても『出版状況クロニクルⅤ』などで試算してきたように、あらためて確認してみると、一店当たりの書籍・雑誌販売金額は年商1億6000万円で、月商1300万円となる。
 これに対して、日販の「出版物販売金額の実態2018」によれば、17年の書店坪数と販売金額は83.7坪、年商1億23万円とされる。08年には70.7坪、1億1474億円だったので、書店坪数の増床と反比例して、販売金額が減少していったことを示している。

 ところがTSUTAYAの場合、18年には30店が新規出店し、その平均坪数は700坪である。もちろんこれが書籍・雑誌売場だけでなく、複合であることは承知しているけれど、70、80坪でないことは自明だろう。すなわち、TSUTAYAは単店でみるならば、驚くほど書籍・雑誌を売っていないし、しかも雑誌、コミック比率が高く、書籍販売の蓄積を有していないと見なせよう。
 さらにこの記事にはTSUTAYAの返品率は雑誌・書籍を合わせて35%で、それを買切仕入れで30%未満にしたとの言もある。しかし18年に続いて、19年もTSUTAYAの大量閉店は止まず、7月で40店を超え、その坪数は1万坪近くに及んでいる。それらのトータルな返品も含めれば、返品率は優に50%を超えているはずだ。
 文教堂やフタバ図書だけでなく、日販とMPDはこのようなTSUTAYAを抱え、三つ巴の大返品状況を迎えている。それらの行方はどうなるのだろうか。
出版状況クロニクル5

odamitsuo.hatenablog.com
4.全国大学生活協同組合連合会(大学生協連)は秋から日販による専門書新刊の見計らい自動配本を取りやめ、全国共同仕入事務局と主要店舗選書担当者が選書と発注を行う「書籍事業再構築方針」を発表。
 大学生協連には206大学生協が加盟し、431店舗を有し、年間の出版物販売金額は240億円。

 6月に九州大学生協文系書籍店と理農購買書籍店の閉店が伝えられ、大学生協書籍店にも否応なく、危機が露呈し始めていることをうかがわせた。
 とりわけ九州大学文系書籍店は鈴木書店時代に小社によく注文があったこと、また大学生協連の日販への帖合変更が鈴木書店の倒産のひとつのきっかけだったことを思い出させてくれた。
 あれから20年近くがたち、大学生協書籍店も想像以上の変化と異なる事態に直面していると推測される。



5.小中学校の図書館に書籍を卸していた武蔵野市の東京学道社が破産手続きを開始。
 同社は公立小中学校280校の図書館に書籍を卸していたが、資金繰りの悪化と代表者の死去もあり、今回の措置となった。負債は1億円。

 このような民間の図書館納入会社が破産する一方で、映画『ニューヨーク公共図書館』がロングラン化している。また超党派議員からなる活字文化議員連盟(議連)の「公共図書館の将来」という答申を提出している。それは10年の議連の「一国一書誌」政策に端を発し、国会図書館の書誌データ一元化推進を主とするもので、TRCは「民業圧迫」と反発しているようだ。
 それは当然のことで、「公共図書館の将来」答申は議連と日本インフラセンター(JPO)のパフォーマンスにすぎず、実現することはないと断言していい。それよりも、現在の書店と図書館の関係の希薄化、東京学道社のような民間の図書納入業者が消えていく、小中学校も含んだ図書館市場の動向が気にかかる。



6.経済誌『Forbes Japan』を発行するリンクタイズは男性誌『OCEANS(オーシャンズ)』の発行所ライトハウスメディアのゼ株式を取得。それに伴い、リンクタイズの角田勇太郎社長が代表取締役に就任。
 ライトハウスメディアの太刀川文枝社長は退任するが、『オーシャンズ』編集体制はそのまま継続される。
Forbes オーシャンズ

7、『うんこドリル』の文響社は(株)マキノの全株式を取得し、同社とその子会社わかさ出版を完全子会社化した。
 わかさ出版の石井弘行社長は留任し、文響社の山本周嗣社長が取締役に就任。
 わかさ出版は1989年創立で、健康雑誌『わかさ』『夢21』『脳活道場』及び健康・医療関係の単行本などを編集発行。

うんこドリル わかさ 夢21 脳活道場

 たまたま今回は続けて2誌の買収が明らかになったが、出版社と雑誌のM&Aも水面下で多くが検討されているにちがいない。
 本当に雑誌の運命もどうなっていくのか。



8.LINEは8月5日にスマホ向けアプリ「LINEノベル」の配信を開始。
 「LINEノベル」はオリジナル作品の宮部みゆきの『ほのぼのお徒歩日記』、中村航『♯失恋したて』などが読めるアプリと、小説投稿アプリをベースにして、講談社や集英社など12社、2000作が搭載され、投稿数はすでに8000を超えているという。
 専門アプリのダウンロードは無料で、アイテム課金制。全作品の1話から3話まで無料公開され、4話以降は1話につき20コイン(20円)。投稿作品はすべて無料で読める。

 『日経MJ』(8/14)に中村航への「なぜスマホアプリに書き下ろし?」という長いインタビュー、及び「参加する出版社とLINEノベルの仕組み」というチャートが掲載されているので、必要とあれば参照されたい。



9.『週刊ポスト』(8/30)で、横田増生の潜入ルポ「アマゾン絶望倉庫」の連載が始まった。
 かつて『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』(朝日文庫)を刊行した横田は、二度目の潜入を「とてつもなく大きくなったなあ……」と始めている。
 この15年の間にアマゾンに何が起きていたのか、どのように変わっていったのかがレポートされていこうとしている。


週刊ポスト 潜入ルポ アマゾン・ドット・コム

 郊外消費社会は3C、すなわちcheap、convenience、comfortableをベースにして形成され、それがcheapであることは共通しているけれど、convenienceでもcomfortableでもない仕事によって支えられている。
 その典型を拙著『郊外の果てへの旅/混住社会論』の中で、桐野夏生『OUT』のコンビニ弁当工場に見たことがあったが、アマゾンの倉庫現場にもそうした労働によって成立しているはずだ。それらの詳細がこれから伝えられていくのだろうか。
 そのかたわらで、アマゾンのクラウドサービスの大規模障害が発生し、ペイペイやユニクロにも被害が及んでいる。こちらもどのようにレポートされていくのか、留意すべきであろう。
郊外の果てへの旅 OUT 上



10.
『東京人』(9月号)に北條一浩の「高原書店が遺したもの」というサブタイトルの「ダム湖のような古書店があった」が6ページにわたり、写真を含め、掲載されている。
 リードは次のようなものである。
 「2019年5月8日。
 町田の古書店・高原書店が閉店を発表した。書店閉店のニュースが多い昨今でも同店のクローズは最大級の衝撃をもって受け止められたと思う。
 高原書店はなぜあれほど大きく拡がり、人々を魅了したのだろうか。
 この稀有な存在を忘れないためにも、高原書店が遺したものについて考えてみたい。」

 

 高原書店に関しては本クロニクル133でふれている。だがこれは高原書店の創業から45年の歴史を丁寧にトレースし、創業者高原坦一の独自の半額販売と店舗展開、データベースに基づくネット古書店への進出、高原の死とその後までをたどっている。そのことによって、貴重な現代古本屋史でもあるので、一読をお勧めしよう。
 また『週刊エコノミスト』(8/6)にも「『古書店』と『新古書店』のあいだに―東京・町田高原書店が遺したもの」が掲載されていることを付け加えておく。

東京人 週刊エコノミスト 



11.漫画評論家の梶井純が78歳で亡くなった。
 

 梶井の本名は長津忠で、彼はかつて太平出版社の編集者、『漫画主義』の同人だった。
 拙稿「太平出版社と崔溶徳、梶井純」(『古本屋散策』所収)でふれているように、石子順造『現代マンガの思想』や石子、菊池浅次郎、権藤晋『劇画の思想』は梶井の企画編集によるものである。
 梶井も『戦後の貸本文化』(東考社)を上梓し、その後貸本マンガ史研究会を立ち上げ、『貸本マンガ史研究』(シノプス)を創刊している。
 梶井とは長らく会っていなかったけれど、『貸本マンガ史研究』や『貸本マンガRETURNS』(ポプラ社)が恵送されてきたのは彼の配慮によっていたのだろう。
 拙稿の最後で、「お達者であろうか」と書いたばかりだった。ご冥福を祈る。
f:id:OdaMitsuo:20190828150331j:plain:h112 劇画の思想 f:id:OdaMitsuo:20190828152146j:plain:h112 貸本マンガRETURNS



12.何気なく『本の雑誌』(9月号)を手にしたら、目次タイトルに「小田さん、その後の加賀山弘について少しお伝えします」とあった。 
本の雑誌 古本屋散策

 これは「坪内祐三の読書日記」の見出しで、彼が『古本屋散策』をジュンク堂で購入し、所収の一編「『アメリカ雑誌全カタログ』、加賀山弘、『par AVION』」に対し、加賀谷のその後についてのコメントを寄せていたのである。
 目次と見出しの呼びかけは途惑ったけれど、「坪内さん、こちらこそ高価な拙著を購入して頂き、本当に有難う」と返礼するしかない。



13.次著『近代出版史探索』のゲラが出てきた。
 こちらも『古本屋散策』と同様に、200編を収録した一冊である。
 今月の論創社HP「本を読む」㊸は「恒文社『全訳小泉八雲作品集」と『夢想』」です。