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古本夜話946 松平斉光『祭ー 本質と諸相』とアウエハント『鯰絵』

 『民族』に関係していた松本信広たちよりも少し遅れてパリに遊学した研究者がいる。それは松平斉光だった。

 彼は明治三十年生まれで、大正十年東京帝大法学部卒業後、西洋思想史を講義するかたわらで、日本政治思想を探究する試みを続けていた。しかし北畠親房の『神皇正統記』 (岩波文庫)を読み、その神話的記述に驚倒し、日本精伸の中にソクラテスやプラトンに通じる論理大系を求めることを放棄するに至っていた。
神皇正統記

 昭和戦前、もしくは大東亜戦争下における『神皇正統記』 がどのように読まれていたのかの実情に通じていない。だが松平とほぼ同世代のひとつの実例は知っている。拙稿「由良哲次『民族国家と世界観』」(『古本屋散策』所収)でふれておいたように、由良は奈良県の丹生神社の神主の家系で、京都帝大哲学科に進み、西田幾多郎や田辺元に学びながら、ハンブルグ大学に留学し、エルンスト・カッシーラの下で博士号を取得している。
古本屋散策

 そして帰国後、東京高師の教授に就任し、多くの著作を刊行していくのだが、それらはナチスドイツに傾斜し、大東亜共栄圏の発展を祈願するアジテーターのような色彩に染まっていく。その典型が『民族国家と世界観』(民族科学社、昭和十八年)に他ならず、彼はまた由良家が南朝の系譜にあることから、「南朝正閨論」も唱え、エピグラフにその一節が置かれている。英文学者の由良君美はその息子で、君美は教え子の四方田犬彦たちに、日本における比較神話学の始まりの本として、『神皇正統記』 を推薦したという。
f:id:OdaMitsuo:20190901174557j:plain:h120(『民族国家と世界観』)

 こうした京都の西田門下の右派ともいうべき由良、また同じく左派の三木清や林達夫たちとも異なり、松平は粗朴な意識と古来の心情を伝える祭の中に日本固有の思想を求めるべきだと考え、祭の研究を志したのである。それは『祭―本質と諸相』(朝日新聞社、昭和五十二年)の「はしがき」に示された次のような事情によっている。
f:id:OdaMitsuo:20190901103835j:plain:h120(『祭―本質と諸相』)

 中学時代からの畏友渋沢敬三氏が、自宅の庭内に三河の山村から花祭の祭祀団を招き、神秘華麗な祭の一夜を有志に披露したのが、その直接のきっかけであった。昭和五年のことである。
 翌年、早川幸太郎氏の『花祭』二巻を携えてパリに遊学した私は、そこで社会科学の全域に君臨していたデュルケム派社会学の力強い実証主義に感化され、グラネの奇想天外な『詩経』解釈に驚倒し、モス(ママ)の緻密雄大なポトラッチ理論に傾倒した。そして、「古いものほど長続きする」というフランス社会学の第一前提に心服して、三河の花祭を学位論文に選んだ。

 ここにもグラネやモースたちの弟子がいたことになり、その学位論文に当たるLes fêtes saisonieres au Japon によって三河花祭も、フランスに紹介されたのである。松平の滞仏には九年に及んだようだが、第二次世界大戦勃発とドイツ軍のフランス侵攻を機とし、帰国する。それは岡本太郎と同様であり、ともにモースの弟子として交流もあったにちがいない。

 松平は帰国してからも祭の探訪に全力を注ぎ、本連載922などの日光書院から昭和十八年に『祭』を出版する。それに続いて、戦況の激化する中で、その第二輯を慫慂され、破局を顧慮しながら大車輪で各地の祭を探訪し、祭りの本質、すなわち日本の神々を検出し、「祭の本質」を描こうとしたのが『祭―本質と諸相』である。しかしそれは検閲の忌避が生じ、刊行されたのは昭和二十一年であった。
f:id:OdaMitsuo:20190902114326j:plain:h115 (『祭』、日光書院)

 第一輯の『祭』は入手していないけれど、第二輯『祭―本質と諸相』は手元にあり、朝日新聞社版には付されていない「序」が昭和二十年一月付で記され、実際の刊行が二十一年十二月となっている事情が判明する。同書の前半は「祭の本質」で、「祭礼は高貴の賓客を招待して催す饗宴である。それが普通の饗宴と違ふのは、招かれる客人が唯の人間ではなくて神である点である。/されば祭礼の何たるかを知るには神の本質を知るのが先決問題である」と始まっている。

 ところが検閲は神の本質から「国体神」と「神社神」を除外せよとの要求で、双方の神がいかなる性質のものなのか、まったく不明だし、理念的にまったく明確でない神々も勝手に除外されては研究が成立しないことになってしまう。それもあって出版は戦後に持ち越されてしまったとわかる。「祭の本質」は「神」「霊魂」「祭の本質」「結論」の四章仕立てである。

 それに続けて、「祭のさまざま」が鞍馬の竹切、綱引神事、羽黒のおとしや、出雲の正月、諏訪の祭、那智の扇祭、志摩の浦風と具体的に展開されていく。しかし神と祭との関係からしても、検閲によって勝手に神々を除外されたら、観念的にも具体的にも論旨が成立しないことになってしまうので、戦前の刊行は不可能だったことを示していよう。

 この松平の『祭』と『祭―本質と諸相』は後者の朝日新聞社版の山口昌男による「解説」で言及されているように、C・アウエハントの『鯰絵』(小松和彦他訳、せりか書房、昭和五十四年)において、つぎのような評価が下されている。
鯰絵(岩波文庫版)

 おそらく、日本の民俗学研究者のうちでも、松平斉光ほど、日本の神々のもつ両義性と、多くの宗教的祭礼に内在する二元的構造を、明晰かつ実証的に説き明かした者はいないだろう。松平の思考法は、膨大な数の祭礼を分析した彼の二冊の著書の評論に示されている。

 それらの詳細な内容はアウエハントにまかせて立ち入らないが、山口の「解説」にも明らかなので、必要とあれば、参照してほしい。


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