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古本夜話949 シーブルック『アラビア遊牧民』と大陸書房

 前回のシーブルックだが、真島一郎が「ヤフバ・ハベ幻想」(『文化解体の想像力』所収、人文書院)の「註」で付記しているように、一九六八年=昭和四十三年は「シーブルック元版」で、大陸書房から『アラビア遊牧民』(斎藤大助訳)と『魔法の島〈ハイチ〉』(林剛至訳)が刊行され、後者は『魔術の島』に当たるが、入手に至っていない。それでも前者は手元にあるので、同書から始めてみる。
文化解体の想像力 (『魔法の島〈ハイチ〉』)

 『アラビア遊牧民』Adventures in Arabia-Among the Bedouins, Druses, whirling Dervishes and Yezidee Devil-worshippers.1927)はシーブルックが一九二五年に行なったアラビア遊牧民に関する調査で、サブタイトルにあるように、ベドウィン、ドルーズ人、原始イスラム教を引き継ぐデルヴィッシ教団、イジィディー人の悪魔崇拝教などがレポートされている。シーブルック特有の宗教や女性についての観察や記述はあるけれども、『アラビア遊牧民』には『魔術の島』や『密林のしきたり』に感じられたいかめしさは前面に押し出されていない。それは『アラビア遊牧民』が最初の著作で、しかもアラビア人が対象であったことから、『魔術の島』や『密林のしきたり』の黒人と異なり、彼の信奉するレヴィ=ブリュルの『未開社会の思惟』を写真も含め、充全に反映させていないことに求められるのかもしれない。

未開社会の思惟 (『未開社会の思惟』)Adventures(Adventures in Arabia)

 しかしその一方で、「訳者あとがき」によって、この『アラビア遊牧民』が戦前の昭和十八年に『アラビア奥地行』と題し、神田多町の大和書店から刊行されていたことを知るのである。しかも定価は三円六十銭で高価だったが、「世の中には同好の士が多いとみえ、相当の反響をみせた本」とされる。訳者の斎藤は当時二十四歳で、本連載580の東亜研究所に勤めていて、その「地下の書庫にもぐり、先人のふみしめた足跡を追って、世界の到るところをかけめぐるのが最大の生甲斐であった」。そして翻訳したのが。『アラビア奥地行』に続いて、『イラン紀行』や『ソ領トルキスタン潜入記』や『新彊省から印度へ』だったという。これらも好評のうちに迎えられたようで、斎藤は次のように述べている。
 

 世の中は広い。こうした本は同好の士によって広く、深く愛された。いかに、原著者や翻訳者とぴたりと息のあう人々が多いかを知って、私はむしろ唖然とした。そして、同時に、私は人間が信じられてうれしかった。

 そしてそれらの原書や資料を収集し、調査研究していた満鉄調査部や東亜研究所などの世界的レベルに達していた調査機関へのオマージュも捧げている。

 本連載でも大東亜共栄圏幻想と南進論の影響下に、満鉄調査部とコラボした生活社を始めとして、多くの翻訳書が刊行された事実にふれてきたが、斎藤の証言に従うならば、「こうした本は同好の士」という固定的な読者層によって支えられていたことになる。その「戦時中の同好の士」の一人が大陸書房を創業した竹下一郎に他ならず、それゆえに、斎藤は竹下の求めに応じ、単なる復刊ではなく、新たな写真を加えた、『アラビア遊牧民』の新しい翻訳を試みたようだ。

 この竹下のことは拙稿「倶楽部雑誌、細野幸二郎、竹下一郎」(『古本屋散策』所収)で、田中聡の『ニッポン秘境館の謎』(晶文社)における竹下へのインタビューを参照し、言及している。それを抽出してみる。竹下は昭和三十一年に双葉社に入り、『別冊実話特集』編集長となるが、これを怪奇、謎、恐怖、神秘をテーマとする「秘教雑誌」にリニューアルし、十五万部を売るヒットとなる。その成功を背景に「ノンフィクション・マガジン」とサブタイトルを付した「世界の秘境」シリーズを三十七年に創刊する。これはアメリカの探検や紀行ガイド誌『ナショナル・ジオグラフィック』を範とするもので、こちらも折からの探検ブームもあり、二十万部に達したという。
古本屋散策 ニッポン秘境館の謎(『ニッポン秘境館の謎』)

 真島のやはり「註」によれば、四十三年の「世界の秘境」シリーズ74所収の白川龍彦「象牙海岸奥地の喰人族グエール」は『密林のしきたり』の抄訳兼紹介文とされる。これは未見であるし、竹下はすでに双葉社を辞職し、大陸書房を立ち上げていたので、ダイレクトな関係はもはやなかったかもしれないが、同年に『アラビア遊牧民』を刊行していることを考えると、やはり大陸書房や竹下の企画とリンクしていた可能性も否定できない。

 大陸書房は昭和四十三年に本連載113の、これもまたチャーチワード『南洋諸島の古代文化』を小泉源太郎新訳『失われたムー大陸』として処女出版し、立ち上げられている。チャーチワードやシーブルックの著書も同じく大東亜戦争下の翻訳物であることは同様で、斎藤がいうように、竹下は突出した「戦時下の同好の士」で、戦後もそれに固執していたといえよう。それを考えると、まさに地続きで、大陸書書房の命名のよってきたるところは大東亜共栄圏幻想から浮かび上がる「大陸」である。それに南進論に連なる「失われた大陸」がリンクし、さらに「秘境」ともかさなっていたことになろう。

 なおシーブルックのその後の著作は前述の三冊の他に、The White Monk of Timbuctoo (1934),Foreign Americans : Theory of Witchcraft(1937), Negroes in America(1944)があるようだが、翻訳は出されていないと思われるし、彼は一九四五年に自殺したと伝えられている。


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