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古本夜話976『民間伝承』の流通と販売

 前回の柳田国男篇『海村生活の研究』が、民間伝承の会の後身である日本民俗学会から、昭和二十四年に刊行されたことを既述しておいた。姉妹篇ともいえる『山村生活の研究』は戦前の十二年に民間伝承の会から出されている。大東亜戦争と敗戦をはさんでいるけれど、両書は昭和十年に創刊され、二十七年の終刊まで一七五号を出した『民間伝承』と併走する企画だった。

f:id:OdaMitsuo:20191121150554j:plain:h115(『海村生活の研究』) f:id:OdaMitsuo:20191121152424j:plain:h120(『山村生活の研究』)f:id:OdaMitsuo:20191205172628j:plain:h120

 本連載973の『民間伝承論』としてまとまる、柳田の木曜会の講義に端を発する『民間伝承』については、拙稿「橋浦泰雄と『民間伝承』」(『古本探究Ⅲ』所収)で、実質的な編集長だった橋浦に焦点を当て、論じているが、その流通や販売に関してはふれてこなかったので、それらをここでたどってみたい。長きにわたる雑誌刊行は流通や販売を抜きにしては語れないし、それに『柳田国男伝』は『民間伝承』が「日本民俗会のシンボルでありつづけ」、「そのまま日本の民俗学発展の歴史でもあった」と述べているのだから、『民間伝承』の場合はどうなっていたのだろうか。幸いにして『民間伝承』は全冊が復刻され、国書刊行会から全十一巻が刊行されていることもあり、確認してみよう。

f:id:OdaMitsuo:20190805140653j:plain:h110  古本探究3  

 昭和十年九月の『民間伝承』は四六倍判の八ページ仕立てで、「非売品」と表記され、民伝承の会の目的は「組織的採集及び研究の為に会員相互の連絡を図ること」で、そのために『民間伝承』を毎月発行会員に無料配布すること」が謳われている。「編輯雑記」は「在京世話人」の橋浦と守随一の名前で記され、当初は実質的に守随が発行と編集を担ったとされる。

 だがここではそれらについての追跡は差し控え、『民間伝承』の流通と販売に言及したい。『民間伝承』は年を追うごとに、ページや会員数も増え、内容が充実していく様子がうかがわれるのだが、昭和十三年から「非売品」という表記は消え、最後の四六倍判の十七年三月号からは、これまでになかった奥付が設けられ、編輯兼発行者は橋浦、発行所は民間伝承の会と明記され、そこに出版文化協会々員との記載も見える。

 そして昭和十七年五月号からは、これまでの新聞的イメージからA5判、六四ページの表紙のある「柳田国男編輯」と銘打たれた『民間伝承』へと移行する。奥付の編輯兼発行者などは三月号と変わっていないが、「配給元 日本出版配給株式会社」が付け加えられている。これは何を意味するかというと、戦時下の出版統制によって、民間伝承の会も研究団体というよりも、出版社として分類され、必然的に国策取次の日配の雑誌流通販売に組みこまれたことを物語っている。

 それに加えて、次の六月号からは表紙裏に六人社の「民俗選書」の一ページ広告があり、発行所のところに事務分室として、六人社が記載されている。この事実から推測すれば、『民間伝承』の取次書店販売が六人社に委託されたことを伝えている。

 また『柳田国男伝』は昭和十九年に『民間伝承』が二千部を超える部数に達していたと述べ、それに注を付し、次のように記している。

 財政面では、発行部数増加にかかわらず、毎号三、四百円前後の赤字を出していたため、経営を外部に委託することになった。(中略)こうした折り、六人社社長の戸田謙介(一九〇三~一九八四)へ橋浦泰雄から「有意義な仕事だ」と話があり、戸田は「柳田国男編輯」と銘打つこと、三千部印刷して内千五百部は会員配布など、いくつかの協定事項を決めて引受け、普通雑誌の体裁に切り変えた。編集面ではこれまでどおり民間伝承の会が担当し、財政面は六人社が負担していくことになったのであった。

 おそらくそれまでの毎号の赤字は澁澤敬三によって支えられたのであろう。しかし昭和十九年五月号からは事務分室が、これも本連載でお馴染みの生活社へと移され、同年七・八月合併号の休刊まで続いていく。

 そして昭和二十一年八月に『民間伝承』は復刊され、民間伝承の会の常任委員、及び評議員として戸田謙介も挙げられ、事務分室は六人社へと戻され、戦後も始まっていく。

 また昭和二十四年に民間伝承の会は日本民俗学会と改称されるが、そのまま同学会の機関誌として継続刊行されていた。だが二十七年十二月号で終刊となり、新たに翌年から『日本民俗学』として誌名変更となった。『民間伝承』はそのまま六人社に委ねられ、昭和五十八年六月まで刊行されたようだが、こちらは未見である。

 なお以前に「探偵小説、民俗学、横溝正史『悪魔の毛毬歌』」「六人社版『真珠郎』と『民間伝承』」(『近代出版史探索』所収)なども書いているので、ぜひ参照されたい。

近代出版史探索

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